「あなたが待ってる」の歌詞に込めた菅波＆宇多田の思い

──今回の歌詞は菅波さんと宇多田さんの共同名義ですが、先ほどの話にあったデモの状態からどのように書き上げていったのでしょうか？

菅波　デモにあった一番の歌詞と基本的なサビの歌詞以外の欠けていた部分を、穴埋め的に宇多田さんが考えてくれて。もともとあった歌詞も、「歌いやすさや韻の踏み方として、もっとこっちのほうがいいんじゃないか」みたいな提案をしてくれました。最終的にはレコーディングの前に、この曲に込めたテーマを直接話して完成を迎えたんですが、すごいなと思ったのは、そのテーマを話す前に向こうから「ちょっと考えてみたんだけど」と届いた歌詞が、ほぼ今回の完成形に近い状態の、的を射たドンピシャなものだったんです。

──おお。

菅波　もうビックリでした。そのあとにスタジオで直接テーマを話し合って「やっぱり、こういうことが言いたいよね」みたいな答え合わせをしたという。

──その際にやり取りしたテーマについての会話とは、具体的にどういう内容でしたか？

菅波　主に僕がこの曲の中で一番重要なポイントだと思っている「あなたが待ってると思うだけで もうそれだけであったかい」というこの2行についての解釈の話でした。例えば自分が正月の帰省で実家に帰るとする。すると実家ではコタツに入って家族みんなとばあちゃんがみかんを食ってるとか、友達が集まってあったかい部屋で酒を飲んでるとか、なんでもいいんですけど、遠く離れていても自分を待ってくれている人がいる場所のことを思っただけで、胸が温かくなる感覚が自分はあって。

──なるほど。

菅波　しかも、それは今生きている大事な人のありがたさを指す意味合いはもちろん、いなくなってしまった人とか二度と会えない人でも、その人の気配を感じたり、その人のことを自分が思い浮かべて胸が温かくなったりすることで、その人が自分の中では確かに存在しているという証明になるんじゃないかと思うんです。宇多田さんには、大事な人との関係は離れたり死んだりしたら終わりというわけじゃないという思いを書いた話をしました。

──その気配の話って、まさに昨年宇多田さんが「Fantôme」についてのインタビューの中でも話していたことなんですよね。

菅波　でも、俺らはオファーの段階ではまだ彼女がアルバムをリリースするとかまったく知らなかったんですよ。

──あ、そうだったんですね。

菅波　うん。でもオファーをした時期、光舟がヒカルちゃんの「花束を君に」をすごく気に入って聴いていて。

岡峰　朝ドラの主題歌だったじゃないですか。俺、毎朝観ていたので、あの歌が耳に染み付いちゃって。

菅波　その曲を聴いたりしたことも、今思えば作用していたのかもしれないです。あの曲も、それこそ彼女のお母さんへの思いが含まれていましたよね。

──つまり関係性やコラボの下地は10年以上前からあったものの、今回のプランは、皆さんと宇多田さんの双方が抱いていたムードのシンクロによって実現したのかもしれませんね。

菅波　うん。そういう理由もあったのかもしれない。

宇多田ヒカルのボーカルディレクション

──歌詞に「いつか僕らも雪の下で眠る日まで」というくだりがありますが、これは宇多田さんから出てきた歌詞ですか？

菅波　宇多田さんですね。

──そんな気がしました。ここ、すごく曲の中で効いているなって。命がいつか終わりを迎えることが前提だから、優しい思いやドロッとした感情が歌える。さらに、そうした思いを超えたとき、景色がきらきらと輝いて見える。THE BACK HORNと宇多田さんの歌詞の共通点の1つには、そういうことを描いているところがあると思うんです。そして例えばこのフレーズからは、宇多田さんの感性というか、その根底にある思想であり、野生のようなものを感じるんです。

菅波　野生（笑）。でもそうかもしれませんね。

──山田さんはこれまでの取材において、自分の中で歌詞を100パーセント消化できないときっちり歌えないし、そこはボーカルが一番嘘を付けないというお話をされていますね。

山田　消化というか「口に出して、歌っていいんだな」と自分が勝手に納得するだけの話なんですけどね。作者の気持ちを代弁して歌うのとは違うというか。

──ボーカル録りにあたって、今回の歌詞はどのように向き合い、また消化していきましたか？

山田　どのようにと言うよりも、すぐにすっと自分の中に入っていきましたね。そもそも「あなたが待ってる」という主観的な視点の歌詞なんだけど、その視線の持ち主がどんな人間なのかという描写が、ヒカルちゃんからどんどん出てきたことも大きかった気がします。ヒカルちゃんはボーカルのディレクションもやってくれて。俺の歌がどういうふうに乗るといいというのも、ヒカルちゃんの中でかなりイメージができていたんだと思います。「もうちょっと強く歌ってみようよ？」とか具体的で細かい意見もくれて、そのあたりも面白かったですね。

──大サビの「あなたが待ってると思うだけで」のところで、歌の音程がかなり低くなりますね。この低く語りかけるような感じ、歌とリスナーとの距離が近くなる感じがして、すごくグッときました。

菅波　あ、それすごくうれしいです。

山田　ここは栄純が最初からこの形で作っていたよね。このしゃべり声に近い感じの温度感、いいですよね。

岡峰　これまでの曲の中で一番低いんじゃない？

山田　そうかもしれない。ヒカルちゃんからは「山田くんは私の中で無骨なイメージがあるから、ここはそのまま何も考えずにポーンと歌ってみたら」といったディレクションがありました。そうすることが正直な姿というか、一番強い説得力が生まれるんじゃないかと判断してくれたんだと思います。