田村ゆかり|会えないけれど、ポジティブに

信頼の松井五郎、新たな風を吹き込むRAM RIDER

──アルバム冒頭の3曲は音楽的なバリエーションは違えど、どれもすごくポップで。徹頭徹尾好いたらしいラブソングで、ニーズオブファンとも言えるキャッチーな楽曲が並んでいますよね。

アルバムの制作を始めてすぐの頃は特に曲順は考えていなかったんですけど、「Only oneのあなたのせいよ」は1曲目にしようと決めてました。いつも、CDを再生したときに最初に聞こえてくるのは、グッとつかめる曲がいいと思っていて。それが明るい曲だろうが暗い曲だろうが、アルバムの顔になるものだと思っているので。今回のアルバムの中では特に「1曲目らしい曲だな」と思ったんです。歌詞を発注する段階で「これは1曲目になります」と伝えていますね。

──作詞はこの「Only oneのあなたのせいよ」を含め、10曲中8曲が松井五郎さんですね。

松井さんには意思が伝わりやすいんですよ。自分の思い描いている世界を、自分ではまとめられないところまでうまくすくって形にしてくれるのが松井さんで。

──2曲目の「BITTER SWEET HOLIDAY」では作編曲のみならず作詞もRAM RIDERさんです。RAMさんは2018年の「ゆかりっく Fes '18 in Japan」に出演した、田村さんにそっくりな3人組ユニット・スイミィスイミィの楽曲が初顔合わせですか?

そうですね。まあ、あれは私じゃないですけど(笑)。

──そのあと昨年5月発売のミニアルバム「Strawberry candle」では「Darling Darling」「セルフィッシュ」と2曲に参加していて、さらに今作と、すっかりレギュラーメンバーですね。田村さんの作品に新たな要素を加えるポジションとして定着しそうな。

RAMさんは共通のお知り合いがいて、スイミィスイミィの曲を作るときにテクノポップやEDMを作れる作家さんということで紹介していただいたんです。RAMさんは「なんでもできますよ。歌詞だけでもできます」とグイグイくるんで(笑)、じゃあお願いしますと「Darling Darling」では作詞のみ依頼したんですけど、まあ意思の疎通が難しい(笑)。同じ「かわいい」でも思い描くものは人によっていろいろあるじゃないですか。そこが擦り合わなくて何度もやりとりしました。ただ、歌詞と曲を一緒に依頼した曲に関しては、直してもらったところはほぼほぼなくて。わりと信頼しています。

──「BITTER SWEET HOLIDAY」はちょっとジャジーな雰囲気がありますよね。これは田村さんの希望で?

はい。「こういう曲がやってみたいんだけど」ってあるアイドルの曲を挙げたら「俺もこういうのやりたいと思ってたんですよ」って。RAMさんは前回のツアーに来てくださって……これは作家さんがみんな陥るパターンなんですけど、こんなふうに盛り上がっているから自分もそこに入んなきゃ、みたいな感じになっちゃって「もっとコールを入れられる曲を」「もっとノリのいい曲にしなくちゃ」って考えてしまうみたいなんです。でも私としてはRAMさんなりのよさがなくなっちゃうから「お客さんのことは気にせず作ってください」とお話ししました。

田村ゆかり×奥華子、「恋」から「嘘」へ

──「Under Lover」はK-POPのような軽快さもある曲で、しばらくライブで披露される機会がないのが残念だなと思いました。

これはわりと最後のほうで収録を決めました。候補曲の中でも気に入っていたんですけど、ちょっとキャラソンっぽい印象もあって。最終的に10曲の中のバランスとして、ちょっとクセのある曲が欲しいなと思って選びました。

──この冒頭3曲が明るくてポップだからこそ、奥華子さんの提供による4曲目の「嘘」との落差が……。

順序で言うと「嘘」が最初にできた曲なんですよ。一番早くて、去年の12月には奥さんに発注をしていたんです。ハワイでケータイを使って発注概要書を作って(笑)。メモで2枚にまとめた概要書をスクショで撮ってアラモアナショッピングセンターから送りました。

──常夏の島でこんなじめっとした曲を(笑)。

実は奥さんには以前にも曲をお願いしたことがあったんですけど、そのときはご自身の作品でお忙しかったようで叶わなかったんです。それで今回改めてお願いしました。

──田村さん、「ゆかりっく Fes」のときに奥さんの「恋」をカバーしていますよね。

実はそれまで奥さんの曲はそれほど聴いていなかったんです。カバーをしたのも自分で決めたわけではなくて……たまたまお客さんが「カバーしてほしい」とつぶやいていたのを見かけて、それで決めたんです。それをきっかけに聴いてみたら、すごく素敵で。カバーした「恋」のような切ない曲をお願いしたいと思ったら、どうしても暗い曲になっちゃう(笑)。めちゃめちゃ暗い曲が最初にできちゃって「どうしようかな」と思いましたけど(笑)。

──(笑)。「恋」はピアノと歌のみのシンプルな構成ですけど、「嘘」はストリングスやリズム隊も入ったドラマチックなアレンジですね。

ピアノだけのアレンジもいいかなと思ったんですけど、そこはライブを意識して。

──続く「新月のpollen」も「嘘」からの流れに合うディープな曲で。こういう中盤のズシンとくるディープな場面は近年の田村さんのアルバムの真骨頂というか、ニーズオブコアファンとでも言うべき展開ですね。

そうですね。得意です(笑)。

──作詞は松井さんですが、「ふれたところから彩が沈んでく」「肌の隙間から嘘も散らかるわ」など歌詞の表現が際立って面白い曲だなと思いました。

曲を聴いて浮かんだ固有のイメージが私の中にはあって、それを膨らませて松井さんに歌詞をお願いするんですけど、聴いてくれる人に明確な答えを言いたくはないんです。あるお花をイメージしているんですけど。作曲をしてくれた白戸佑輔さんは実はもう1曲書いてくださっていて、どっちがいいかすごく迷ったんですよ。もう1つは少しアッパーな暗めの曲で。本当に迷って、白戸さんに直接「どっちの曲のほうが力入ってるの?」って聞いたんですよ(笑)。「俺はこっちのほうがエモいと思う」と白戸さんが言ったのがこの曲で。アッパーな曲が多くなりすぎるのもよくないかなと思っていたので、ちょうどいいバランスになったと思います。

──6曲目の「Bad eclipse」は前の2曲に続くディープな流れにある中で、この曲では田村さんが特に歌を楽しんでいるなという勝手な印象を受けました。

楽しかったですね。こういう曲が歌っていて楽しいんですよ。ニーズを考えるとこっちばかりというわけにはいかないですけど。大島こうすけさんが作る曲はデモから完成度が高くて、仮歌も上手で「このまま出せるんじゃないの?」と思うくらいのクオリティなんですよ。人によっては「ちょっとイメージと違うんじゃないの?」と感じるみたいですけど、私の中ではライブで歌うところまで想像できていたんです。

──確かに、もし違うタイプのボーカリストが歌っていたら、田村さんの曲だというイメージは湧かないかもしれない。

仮歌はハスキーでめちゃめちゃパワフルな歌でした。でも「自分がステージに立って歌っているイメージができるか」というのが私の中では選曲の基準になっていて、この曲はそれがイメージできたんです。だから、逆にどんな好きな曲調でも歌っている姿がイメージできなかったら選ばないですね。

CDを再生する瞬間のワクワク感が大事

──7曲目の「涙のち晴れマーク」からはまたポップな展開で、この曲は特にポップスとしての構造美が感じられるというか、イントロからアウトロまで見事な流れですね。

この曲は今回のアルバムのためのコンペで用意された曲じゃないんです。移籍してから3年分くらいのデモのストックを、もう1回全部聴き返してみたんですよ。800曲くらい?

──800曲!

その中で「これだ!」と思ったのが、田村ジュンさんが作ってくださっていたこの曲で。

──「どんなどしゃ降りになっても 光 かならず射す そう信じてる」なんて、いつになくポジティブだなと思いました。

そんなに明るくてポジティブな感じを狙ったわけじゃないんですけど……(手元に用意した歌詞の発注書を見て)だって私「明るい歌のイメージがなかなか浮かばなくてごめんなさい」って書いてますもん(笑)。

──ポジのバリエーションがあまりない(笑)。

そうなんですよ! 楽しい気持ちがよくわかんないんで。

──すごく悲しいことを言いますね(笑)。次の「Catch me Cats me」は田村さんの新しい定番路線と言える、さわやかなダンスミュージックで。猫っぽい女の子の歌なんだけど、直接的な猫の表現をせずラブソングに落とし込んでいる松井さんの手腕はすごいなと。

松井さん、すごいですよね。この発注が自分でも一番意味がわかんなくて……ヤベえの送っちゃったなと思ってたんですよ(笑)。こんなにかわいい歌詞になって届くとは思ってもいませんでした。歌ってみたら思いのほかかわいくなって「あれ、これはリード曲じゃない?」みたいな突然の大抜擢で。かなり早い段階でできた曲なんですけど、レコーディングをしたときに「これ以上かわいい曲はないかもな」と思ってすぐに決めました。

──リード曲ということは、ミュージックビデオも作られるんですか?

はい、作る予定です。ちょっと撮影がコロナで飛んじゃったので、近いうちに。

──かわいらしさやキャッチーさで言うと、先ほどの話にもあった通り1曲目の「Only oneのあなたのせいよ」もリード曲然としているというか、シングルでもいけそうな雰囲気ですよね。

そうなんですけど……私はアルバムの1曲目は絶対に伏せておきたいんですよ。ラジオとかで事前にかける曲は、定番的で「みんなこれ好きでしょ?」と思う曲を選ぶことが多いです。みんなが好む“THE 田村ゆかり”みたいな曲。

──今回のアルバムで言うとそれには「Catch me Cats me」が適切だと。

はい。アルバムの1曲目はちょっと役割が違っていて。CDを買って最初に耳にする曲なので、別の媒体では絶対に聴いてほしくない。CDを再生する瞬間のワクワク感が私はすごく大事だと思っていて。人それぞれ、その瞬間の感情を含めての思い出値って絶対あると思うので。今回のアルバムでは「Only oneのあなたのせいよ」をそんな1曲目として聴いてほしかったんです。