須田景凪「Ghost Pop」特集|須田景凪にとってのポップスとは? 人生観がにじむニューアルバム (2/2)

満たされない感覚

──これは僕の解釈ですが、頭4曲の「ラブシック」「メロウ」「ダーリン」「バグアウト」は、いろんな感情がピークアウトしている感じがするんですよね。「ラブシック」はタイトルの通り少し病んでいる。「メロウ」は喜び、「ダーリン」は執着や依存、「バグアウト」は怒りで。そういう感情のコントラストが強い曲が並んでいるように思うんですが、そのあたりはどうでしょう?

確かにそうですね。おっしゃる通り感情のコントラストがわかりやすい4曲だと思います。ただ、そういう曲を集めたというより、この作品の入り口にふさわしい曲を並べたら必然的にそうなったという感じです。

──一方でアルバムの中盤には、内に内に向かっていくような「Howdy」などの楽曲が並んでいます。「Howdy」はアルバムの中では特にダークな曲ですが、これはどういう位置付けの楽曲でしょうか?

「Howdy」はかなり昔に書いた曲なんですよ。「Quote」という最初のアルバムを出したすぐあとに書いて、それからずっと温めていたんです。「Billow」に入れようかと考えたんですけど、その頃はコロナ禍に入った直後で、世界がどんよりしていた時期だったので、タイミング的にこの曲を発表するのはあまりにも残酷だなと見送って。この曲はホラー映画を観たところから着想を得て書いたので、今回はタイトルが「Ghost Pop」だし、発表するのに一番ふさわしいタイミングなんじゃないかと思って入れることにしました。

須田景凪

──「幼藍」についてはどうでしょうか。

どんな人にも自分の一番古いノスタルジーな記憶ってあると思うんですけど、この曲ではさらにもう1つ向こうの、覚えていない自分の原点みたいなところを改めて知りたいということを歌っていて。記憶のさらに奥にある原風景を探しにいくような曲です。

──「いびつな心」はテレビドラマ「沼る。港区女子高生」の主題歌で、先行配信ではシンガーのむトさんとのデュエット曲となっていました。アルバムバージョンは須田さんがお一人で歌っていますけど、それぞれどんなことを考えて作っていきましたか?

もともとドラマのお話ありきで書いた曲なんですけれど、特にむトさんとともに歌っているバージョンに関しては、日常的に音楽を聴かない方々に伝わりやすいものにしたいという思いがあって。だったら自分のメロディと言葉以外は1回取っ払って、むトさんの歌声や、Carlos K.さんという編曲家の方の力も借りて、自分が考えている人生観をよりピュアに表に出そうと思ったんです。アルバムバージョンは、もう一歩自分の音楽的な方向に進めたというか、「いろんな人に知ってほしい」というより、もう少しパーソナルな人生観を音で表現した結果、この形になりました。

──今おっしゃった人生観って、どういうものなんですか?

例えば自分の人生を振り返ったときに、あの分岐点でああしたことが正解だったか不正解だったかって、きれいごとを抜きにしたら1つもわからないじゃないですか。いつか死ぬであろうときに、振り返ってその答えがわかる。自分は昔からそういう人生観を持っているんですけど、それを改めて言語化したのが「いびつな心」なんです。

──この曲の歌詞には「どうしたって最低な暗闇を 手離せないんだな」というフレーズもあります。最初に須田さんが「Ghost Pop」の由来についておっしゃった“満たされない感覚”に通じているようにも感じるんですが、どうでしょう。

そうですね。満たされなさというのはネガティブな意味だけではなくて、それが心地いいと思っている瞬間が自分にもあるんです。満たされたいと思っているけれども、その満たされない感覚にすがっている自分もいる、そういう感覚がありますね。

須田景凪

パーソナルな感情をポピュラーな形で伝えるには

──アルバムのラストを飾る「美談」についても聞かせてください。アルバムの中でもひと際ストレートで美しいメロディの曲ですが、これはどういうことを考えて作りましたか?

「美談」は初めからアルバムの最後に置く曲として書いたんです。アルバムの前半がさっきのお話の“Ghost”という部分で始まっているのであれば、最後は今自分が思うポップス、ポピュラー音楽というものを一番形にしたものを置きたいと思って。編曲に以前「MOIL」でご一緒したトオミヨウさんのお力をいただきつつ作っていきました。ここ数年の自分だったらたぶん言えなかったであろうことや、パーソナルな感情をよりポピュラーな形で伝えるにはどうしたらいいのか考えていて。独りよがりではないものを作りたい、という気持ちが根本にありました。

──この曲を作ったときに、リスナーに共感してほしいといったことは意識しましたか?

もちろん、すべての曲である程度は意識しています。内容を深堀りすればするほど、例えば「ダーリン」「ラブシック」と「美談」で言ってることはそんなに変わらないんですよね。同じような事象も、見方を変えるだけで、すごくダークなものにもなれば、すごく美しいひと幕にもなる。そこのグラデーションやコントラストを表現したかった。自分の場合はアルバムって、最後の曲を聴いて頭に戻ってまたリピートして聴くことが多いんです。なので「美談」を聴き終わったあとに「ラブシック」という、いわゆるダークな世界に戻ることによって、初めて「美談」という曲が成立するんじゃないかと思って。頭に戻って聴いてもらったときにもっと深い意味を持つ形になったらいいなと思いつつ、「美談」を最後に置きました。

須田景凪

イラストと実写のミクスチャー

──アートワークはどんなふうにイメージを広げて作っていったのでしょうか?

アートワークに関しては、タイトルが浮かんだ時点でアイデアがあって。ずっと一緒にやらせてもらっているアボガド6さんのイラストと、実写のモチーフを混ぜるものにしたかったんです。で、個人的に昔から好きだったmagmaさんというクリエイティブチームがいて。その方々の作品とアボガド6さんの作品を融合させたら、自分が表現したい「Ghost Pop」というテーマにより近しいものができるんじゃないかと。それぞれにお声がけして、自分の理想通りのイラストと実写のミクスチャーに仕上げていただきました。「ダーリン」のMVにも顕著なんですけれど、このアルバムはイラストと実写のミクスチャーみたいなところが、目に見えるところでのテーマにはなっているかもしれないです。

「Ghost Pop」通常盤ジャケット

「Ghost Pop」通常盤ジャケット

──アボガド6さんとmagmaさん、それぞれにどういうお話をしたんですか?

アボガド6さんとは、MVを作るときと同じように画面共有しながら一緒に構築していく作業でした。magmaさんに関しては、1stアルバム「Quote」のアートワークがアボガド6さんに描いてもらった観覧車のイラストだったので、それが数年経ってより明確に肉体性を持って世に出てきたということを踏まえて、改めて観覧車をベースに作ってほしいとお願いしました。どの曲がどのゴンドラでというのはmagmaさんに想像していただきつつ、基本的にはmagmaさんが曲を聴いて感じたものを一番大事にしてもらって。制作途中の写真を見せてもらったり、制作段階で自分もmagmaさんの作業場にお邪魔したり、そういうやりとりはありましたね。

──完成したアートワークをご覧になっての感想は?

まずmagmaさんのいちファンとして普通にうれしかったし、客観的に自分の音楽を聴いて解釈してくれた作品が目の前にあるということに対しての感動もありました。前回のアルバムでもお世話になっているデザイナーさんの力でアルバムのジャケットが完成したときに、自分の思い描いていたものが形になって感動したんです。今回も腹に落ちる感覚みたいなものもありましたね。

須田景凪

須田景凪が考える、現代のポップス

──最後に、須田さんが考える今の音楽の時代性についても聞かせてください。トレンドの移り変わりの速さもアルバムを制作するうえで意識したとのことですが、今の時代のポップさってどういうものだと思いますか? 例えばどういうものがバズるのか、どういうものが時代を彩るのか、自分の曲以外も含めて、どんなふうに分析しているのか聞かせてください。

本当に流動的なので、「こういうものだ」と明言することはできない。でも、間違いなく言えるのは、10年前より共感の形が多様化してきたと思うんです。美しいラブソング以外にもトレンドはたくさん存在するし、ある種の醜い感情にフォーカスした曲もある。今の時代だからこそ、決して人には言えないけれど「これは私のことを歌っているんじゃないか?」みたいな、ピンポイントで刺してくるような音楽が顕著に時代を彩っているんじゃないかと。月並みなことではなくて、より一層自分の深いところに潜ってきてくれる音楽が今の時代を作っているんじゃないかと思います。

──ポップスって、世の中の人がイメージしているよりも品行方正でお行儀のいいものではなくて、皮をめくったら中はドロッとしている、そういうことはあるかもしれないですね。

本当にそう思いますね。わかりやすく「ポップス」という言葉を使っていますけど、きれいなことしか言っちゃいけないんだとしたら、自分の音楽はポップスではないと思うので。何を歌うにしても、1つの事象をいろんな角度で見られる人でないとポップスってなかなか書けない。自分もそこは常に勉強しなきゃなと思っています。1つの心情をいろんな角度から書ける、それを触媒にしていろんな形にできるような、そういう音楽を作っていきたい。そういうバランスが整っているもの、もしくはそのバランスを大きく逸脱しているものが時代を作っているんじゃないかと、ここ数年のトレンドを見ていると思います。

──これは僕の印象ですけれど、須田さんの音楽はすごくポップだしキャッチーだけど、どこかに引っかかりがあるし、自己主張がある。世の中の形に合わせて自分を丸くしている感じではない、と思います。

もちろん時代性みたいなのは大事にしているつもりなんですけど、そこと擦り合わせて自分の形を変えようと思ったことはないですね。ふさわしい形でやりたいと思いつつも、自分を無理やり変えるようなことはしないので。

須田景凪

ライブ情報

須田景凪 LIVE 2023 "Ghost Pop"

2023年5月27日(土)東京都 昭和女子大学人見記念講堂


須田景凪 TOUR 2023 "Ghost Pops"

  • 2023年9月2日(土)東京都 Zepp DiverCity(TOKYO)
  • 2023年9月9日(土)広島県 広島CLUB QUATTRO
  • 2023年9月10日(日)福岡県 DRUM LOGOS
  • 2023年9月16日(土)北海道 cube garden
  • 2023年9月30日(土)宮城県 Rensa
  • 2023年10月22日(日)愛知県 DIAMOND HALL
  • 2023年10月28日(土)大阪府 Zepp Namba(OSAKA)

プロフィール

須田景凪(スダケイナ) / バルーン

2013年より「バルーン」名義でニコニコ動画にてボカロPとしての活動を開始。代表曲「シャルル」はセルフカバーバージョンと合わせ、YouTubeでの再生数が1億回再生を突破。JOYSOUNDの2017年発売曲年間カラオケ総合ランキングで1位、年代別カラオケランキングのうち10代部門で3年連続1位を獲得し、現代の若者にとって時代を象徴するヒットソングとなっている。2017年10月、自身の声で描いた楽曲を歌う「須田景凪」として活動を開始。2019年1月、ワーナーミュージック・ジャパン内のレーベルunBORDEより初の音源集「teeter」をリリースした。2021年2月にメジャー1stアルバム「Billow」を発表。同年11月にはフレデリックとのコラボ曲「ANSWER」をリリースした。5月には映画「僕が愛したすべての君へ」の主題歌・挿入歌の「雲を恋う」「落花流水」や、テレビアニメ「スキップとローファー」のオープニングテーマ「メロウ」を収録したアルバム「Ghost Pop」を発表。また5月27日には東京・昭和女子大学人見記念講堂でワンマンライブ「須田景凪 LIVE 2023 "Ghost Pops"」を開催。9月からは全国7都市を回るツアー「須田景凪 TOUR 2023 "Ghost Pops"」を行う。