藤井隆主宰のもと2014年に設立されたSLENDERIE RECORDでは、これまで藤井自身をはじめ早見優、レイザーラモンRG、椿鬼奴、鈴木京香、伊礼彼方と数多くのアーティストの作品が世に送り出されてきた。10月28日にリリースされるSLENDERIE RECORD初のオムニバス作品「SLENDERIE ideal」にはレーベルと関わりのあるアーティストに加え、暗黒天使、川島明(麒麟)、後藤輝基(フットボールアワー)、とくこが参加。藤井自身が楽曲セレクト、トラックメイカーの選定、アートワークなどすべてにおいてプロデュースを手がけ、SLENDERIE RECORDならではのこだわりが詰まった1作となっている。音楽ナタリーでは今作の発売を記念し、レーベルヘッド藤井にこのアルバムのコンセプトや各楽曲制作時のエピソード、強い美学が感じられるアートワークについてインタビューした。
取材 / 臼杵成晃 文 / 高橋拓也 撮影 / 笹原清明
レーベルのサンプル盤みたいなアルバムを作ってみたかったんです
──SLENDERIE RECORDからのリリースは伊礼彼方さんのカバーアルバム「Elegante」(参照:藤井隆主宰レーベル、次なる新作は伊礼彼方が歌うミュージカル名曲集)からおよそ1年半ぶりと、少し期間が空きましたよね。
いつも作品のアートディレクションを手がけてくださる高村佳典さんも「定期的にリリースしたほうがいいんじゃないですか?」と言ってくれたんですけど、「すぐに作品を出そう!」という感じにはなりませんでしたね。でも「SLENDERIE ideal」の企画自体は2019年末には構想してました。
──その頃にはある程度作品のコンセプトは固まっていた?
そうですね。昔、ラジオ番組のパーソナリティを担当していたとき、レコード会社のプロモーターの方が新作音源をまとめたサンプルCDをよく持ってきてくださったんですけど、ああいうアルバムを作ってみたくて。SLENDERIE RECORDの事務所があると仮定して、このレーベルに所属するいろんなアーティストのシングル曲を集めたサンプル盤、みたいな作品を作りたかったんです。
──コンピレーションではなく、雑多に集めた業界向けのサンプル盤のようなものを。
あれ大好きやったんですよ。サンプル盤ってレーベルごとに特徴があって、洋楽が混ざっているのもあるし、なんだかお得な気分になれたんです。販売するくせに「サンプル盤を作りたい」って言うのは変な話ですけど(笑)。ベスト盤ではなく、コンセプチュアルなコンピレーション盤とも違う、あえてレーベルのシングルを“寄せ集めた”アルバムを作りたかったんです。「SLENDERIE ideal」はそれに加えてもう1つ、各アーティストに僕がリクエストした曲を歌っていただく、というコンセプトを立てて制作しました。
川島くんはサックスかスチールドラムが似合いそう
──SLENDERIE RECORDは、レーベル初のCD作品となるLike a Record round! round! round!のシングル「kappo!」発表後どんどん派生していき、藤井さんの中でもやってみたいことが増えていったと思うんです。ベスト盤「ザ・ベスト・オブ藤井隆 AUDIO VISUAL」のリリースタイミングでお話を伺った2015年にはすでに「暗黒天使さんのCDが出したい」とおっしゃってましたね(参照:藤井隆「ザ・ベスト・オブ藤井隆 AUDIO VISUAL」インタビュー)。
懐かしいですね(笑)。
──そのリリースがいつになるのかなって気になっていたんです。ほかにも今年の春から麒麟の川島明さんがサックスの演奏に挑む動画コンテンツ「tenor ch」がYouTubeでスタートして、「これなんの布石だろう?」と思っていましたし(参照:「tenor ch」 | YouTube)。「SLENDERIE ideal」ではそんなもろもろが伏線のように回収されています。全体的な参加アーティストやクリエイターはどのように決めていったんでしょうか?
まず川島くんは「SLENDERIE ideal」の企画が決まったとき、真っ先に「シングル出そう!」って決めましたね。堂島(孝平)さんにもすぐに相談しました。川島くんとはよく一緒にカラオケに行くんですけど、彼の歌声はすっごくいいんですよ。でも川島くん、先輩後輩問わずそんなにカラオケに行く人じゃなくて、普段は行ったとしても全然歌わないんですって。
──確かに川島さんがテレビ番組で歌っている姿はほとんど見たことがないですし、「アーティスト活動をしてください」というオファーがあっても、絶対に断りそうなイメージがあったんです。
実はよしもとで「TKプロジェクト ガチコラ」というコンピレーションアルバムを出したとき、小室哲哉さんプロデュースで参加してたんですよ。でも麒麟名義だったし、パブリックイメージだとそんなに表立った活動をしている感じではないですよね。
──堂島さんは川島さんの歌声はご存知だった?
去年開催したイベント「MUSIC COLLECTION bonus stage 2019」で共演してくださっていて、そのときも「川島さんの声、いいですね!」とお話ししてました。で、打ち上げのとき川島くんに「どう? 歌わへん?」と相談したら「(藤井)隆さんが言うのならいいですよ」とおっしゃってくれたんです。ついでに「ギターとか弾けんの?」って聞いたら、彼まったく楽器を演奏したことがなかったんですよ。すごいやれる人っぽい雰囲気ですけど。
──ははは(笑)。
それでどんな楽器を演奏したら似合うか考えてみて、サックスかスチールドラムがいいかなって。でもスチールドラムは唐突すぎるとみんなに止められました。マイクスタンドの位置も難しいとも言われました。一気に違う国に連れていってくれるような音で、僕はすごくスチールドラムが好きなんですけどね。最終的に川島くんにはサックスを演奏してもらうことにして、今年1月に楽器を買っていただきました。堂島さんもさっそく楽器店や先生を紹介してくださって、すぐに練習を始めました。その様子を収めた映像がのちに「tenor ch」として公開されたんです。
どちらか一方じゃなく、どっちも大事なんです
──「SLENDERIE ideal」では川島さんは2曲参加していますが、まずはオリジナル曲「where are you」について聞かせてください。作曲は堂島さん、作詞は神田沙也加さんが担当しています。
川島くんはなんて言うのかな、“雨”っていうイメージがずっとあって。堂島さんにはそのイメージを共有して曲を作っていただきました。実は沙也加さんに対しても、彼女が子供の頃から晴れではなくてやはり“雨”というイメージを思い浮かべていたんです。沙也加さんが書く歌詞や文章がすごく好きで、「急にご相談して失礼じゃないかな」とちょっとためらったんですけど、引き受けてくださりありがたかったです。しかも沙也加さん、歌詞を送ってくれた際「川島さんがこの歌詞を見たとき、少しでも喜んでくださるよう、いろいろ調べちゃいました」と一言添えてくださって。とっても愛情深くて感動しました。
──藤井さんと西寺郷太さんの対談では(参照:藤井隆「Coffee Bar Cowboy」特集 藤井隆×西寺郷太(NONA REEVES)対談)、藤井さんの声の魅力として、ニューロマ路線の曲でよく使われる低音の“藤井ロー”と、スコーンと突き抜ける高音の“藤井ハイ”があるというような話をしましたが、川島さんの歌声を聴いたとき、同じような魅力を感じたんです。「where are you」は「この魅力ある歌声を今まで生かしていなかったのか!」と思うぐらい素晴らしくて。
そういえば堂島さん、「where are you」のキーはかなり慎重に決めてくださいました。川島くんは低い声が有名ですけど、もともと声域は広いそうなんです。特に高音はこう……簡単な言葉になっちゃうんですけど、切ない雰囲気がすごく出ていて。その魅力を発揮できるようキーは高めにしたい、という意見は堂島さんと一致しました。
──川島さんの声は低音と高音どちらも澄んでいながら絶妙にくぐもっている繊細な響きがあって、まさに“雨”というイメージにぴったりでした。作詞については、神田さんも決して根の暗い人ではないけどめちゃくちゃ明るいわけでもなく、どこか影のある方で。あのムードは川島さんにも通じるものがあると思います。
わかります。沙也加さん作詞の「Remember rain」という曲が僕は大好きなんですけど……僕が歌詞について語るのはおこがましいんですが、例えば傘の置いてある場所や登場人物の目線が、はっきりと想像できる歌なんですよね。「where are you」も川島くんの声を聴いて、昔好きだった人のことや当時の状況などを思い出してもらえるような曲にしたかったんです。そんなオーダーに応えてくれつつ、沙也加さんらしさもしっかり盛り込まれていて、堂島さんも歌詞を見て驚いてましたね。その一方で沙也加さんと堂島さん、お二人共納得していただけるものができるか、怖くなってしまいました。
──そこはプロデューサーとしての藤井さんの仕事が問われるわけですからね。最終的なジャッジをするのはプロデューサーですし。
まさにそうでしたね。どちらも大事ですから「あっちを取ってこっちは取らない」みたいな判断は絶対にできなくて。鈴木京香さんのシングル「dress-ing」(参照:鈴木京香「dress-ing」特集 藤井隆インタビュー)のときは鈴木さんに初めて作詞をしていただいたので、制作に参加してくれた冨田謙さんとDÉ DÉ MOUSEさんには「歌詞を優先させてください!」ってすっごく甘えちゃったんです。今回はどちらも優先させる、というミッションがあったのでドキドキしちゃって。でもお二人共真摯に向き合ってくださり、お互い納得できる形で完成できてホントにうれしかったです。
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ファンの思いを守りつつ、川島くんの健やかな歌声を押し出したい