音楽ナタリー Power Push - 藤井隆

“道”でつながる音楽史

およそ11年ぶりのオリジナルアルバム「Coffee Bar Cowboy」を今年6月に発表した藤井隆が、初のベストアルバム「ザ・ベスト・オブ藤井隆 AUDIO VISUAL」を10月21日にリリースした。2000年のデビューシングル「ナンダカンダ」から、藤井自身が作詞・作曲を手がけた最新アルバム収録曲「YOU OWE ME」まで、アーティスト藤井隆の歴史を凝縮した1枚だ。

「Coffee Bar Cowboy」を携えた全国ツアーでは自ら物販スペースに立ち、直接ファンとの交流をはかったという藤井。音楽活動が活性化する中で、彼は今どのような姿勢で音楽に向き合っているのか。インタビューにはともにツアーで全国を回ったミッシェル・ソーリーに同席してもらい、ツアーでの手応えやベストアルバム制作の経緯、藤井が主宰するレーベルSLENDERIE RECORDの未来図などについてたっぷりと語ってもらった。

取材・文 / 臼杵成晃 撮影 / 須田卓馬

「また来週お会いしましょう、さようなら」の怖さ

──藤井さんは前回のインタビュー(参照:藤井隆「Coffee Bar Cowboy」特集 藤井隆×西寺郷太(NONA REEVES)対談)で「『こんな歌出してたんですね。知りませんでした』と言われることがないように届ける努力をしたい」とおっしゃってましたよね。

藤井隆

藤井隆 はい。

──最新アルバム「Coffee Bar Cowboy」では、できたての新作を直送するかのように、大規模なツアーで全国を回られていました。やはり直接届いたという実感があったからこそ、過去の楽曲もベストアルバムという形で改めて届けたいと考えたのかなと思ったのですが。

藤井 今回はアルバムが出る前からツアーを始めて。リリース前に10本近くライブをやるなんて昔の僕なら考えられなかったですけど、いざステージに出てみると、皆さん聴いたこともない曲で踊ってくださるんですよね。それが本当に心強いというか。……本当はもっと面白おかしいこと言いたいんですけど、ネタになんないぐらい感謝の気持ちしかなくて(笑)。あれはツアー何本目でしたっけ、やっとこさリリースできたあとの最初のライブが札幌だったんですよ。そのとき初めてアルバムの物販を経験したんです。もう本当にできたての、ダンボール1つに100枚入ってたんですけど、マネージャーがそれを抱きかかえるように持ってきて「100つ子ちゃんですよー」って。

──100つ子ちゃん(笑)。

藤井 「楽しみにしていました!」という声も直接いただいて「物販最高!」と思いました(笑)。CDを受け取って「緊張してうまく話せません」とか、泣き出してしまう方もいらっしゃったり。昔は現場に入ったら少しリハをやってすぐ本番で、ひどいときには本番終わったらすぐ東京に移動するような感じでしたから、ツアーでご当地を楽しむような余裕もなかったんです。「ワールドツアーがやりたい」と言ったら本当にロサンゼルスに行けたり……もちろんそれはそれで勉強することはたくさんありましたけど、今回のツアーで高松に行ったときだったかな?「『ロミオ道行』のツアーにも行ったんです!」とおっしゃる方がいたり、遠く岡山からいらっしゃった方に直接お会いすると、いろいろ考えてしまいますよね。僕、テレビで「また来週お会いしましょう、さようなら」と言う怖さは十分知ってるつもりなんですよ。何かのきっかけで観て「また来週も観てみよう」と思っていただけるのは本当に奇跡的なことで、ありがたいことやなあと思うんですよ。ある時期からそれを無自覚に発することが怖くなって。だから物販でお客さんと直接触れ合って「ずっと待ってました」という声をいただけたのは本当にありがたかったです。

ベストアルバムは照れくさい

藤井 そうこうしているうちに郷太さん(NONA REEVES 西寺郷太)が「セレクトアルバムを出したほうがいいんじゃない?」ってご提案くださったんです。「Coffee Bar Cowboy」が置いてある横に、Smalll Boys(西寺郷太、堂島孝平とのユニット)やLike a Record round! round! round!(椿鬼奴、レイザーラモンRGとのユニット)の曲をまとめたセレクトアルバムを置いて「実はこういうのも出てるんですよ」と。郷太さんが言うには、例えばミッシェル・ソーリーさんとか、宇多丸(RHYMESTER)さんとか、吉田豪さんとか、ゆかりのある方に選んでもらって1枚のアルバムにしたらどうだろうと。

左から藤井隆、ミッシェル・ソーリー。

──ベストアルバムというよりは、本人名義でない楽曲をまとめた作品集を。

藤井 はい。そんなメールをしてたら「今から会う?」という話になって、お会いしてみたらすぐに選曲リストを用意してくださっていて。

ミッシェル・ソーリー 僕らに選ばせると言っておきながら、郷太くんの中ではもう選曲が決まってたと(笑)。

藤井 選曲リストを出して「想像してみて。アルバムが2つ並んでるの、よくない?」って、すごく丁寧に説明してくださったんですよね。僕の「照れくさい」というシャッターを1つひとつ開けながら「この曲は入れたほうがいいですよ」と。だからT&T(島田珠代とのユニット)とかも入ってるんです(笑)。その週末にはツアーがあったからミッシェルさんに相談してみたら、やっぱりすぐにアイデアをくださって。そうやって考えているうちに、いよいよセレクトアルバムというよりはベストアルバムになってきて……それはやっぱり恥ずかしいんですよね。

──なんでベストアルバムだと恥ずかしいんですか?

藤井 やっぱ照れくさいですよ。ベストって、「It's My Best」ってことでしょ? それでどうしてもウウウッ!(身悶えしながら)ってなっちゃうんですけど、よく考えたら僕は矢面にこそ立っているものの作品においてはごく一部で、作家さんたちはみんな「これがあなたのベストですよ」という気持ちで作ってくださっていると思うんです。どの曲ももちろん気に入っているけど、器の小さい僕には自分が歌っている曲を、例えば東野(幸治)さんに「これ聴いてください」とは言えなかったんです。でも自分でレーベルを立ち上げて、形だけでもプロデューサーとして外側から携わったことで、改めてわかったんですよね。歌っている自分はほんの一部分なんだって。そう考えたときに、ベストアルバムもいいんじゃないかと気持ちが変わってきました。

ドサ回り的ツアーで“アーティスト藤井隆”が仕上がっていった

──藤井さんの音楽活動再開から「Coffee Bar Cowboy」の制作、そしてツアーという一連の流れをそばで見ていたミッシェルさんは、藤井さんが生き生きと音楽活動されている様子をどのように感じていますか?

ミッシェル 生き生きしている顔も、悩んでいる顔も(笑)、どっちも見てますからね。

──外から見ている分には、極めてスムーズにいろんなことが美しくつながっていったように見えるのですが、裏には苦労もあった?

ミッシェル・ソーリー

ミッシェル もちろん苦労はありますけど、実際は見えている通りのスムーズな流れでしたよ。この一連の流れのいいところは、仕掛けてどうこうというわけじゃなくて、自然とみんなが集まってきたんですよね。藤井さんにどんなツアーにしたいのか希望を聞いたときは「今までやったことがない形のツアーがやりたい」ということだったので、僕が手伝える範囲で藤井さんがやったことないツアーにするとしたら、ちょっとドサ回り的な感じですけど「たくさん数を回る」ということかなと。顔の見える範囲の小さいところで、僕が「(有)申し訳ないと」というクラブイベントで培ってきたノウハウを抽出したツアーはどうかなと思ったんです。最初は10カ所ぐらいのつもりだったんだけど、あれよあれよと30公演近くになって、しかもアルバム発売よりちょっと前倒しで始まるという(笑)。

──実際にツアーを始めてみて、お客さんの反応はどうでしたか?

ミッシェル 新譜も出ていない頃から始めるツアーということで、藤井さんの全国的な知名度を考えればそれほど心配はないものの、“歌手・藤井隆”の存在を忘れている人も多いんじゃないかという不安があったんですよ。そこで大きかったのがtofubeatsくんの「ディスコの神様」という曲の存在で。古くからのファンの方には「ナンダカンダ」、若いファンには「ディスコの神様」という2つの大きなフックがあったのは大きかった。それともう1つ、Like a Record round! round! round!のお三方がそろうという必殺技もありまして(笑)。でもやっぱりアルバムがリリースされたあたりのタイミングで、大きく潮目が変わりましたね。ツアーを回るうちに“アーティスト藤井隆”が仕上がっていったというか。最終的にツアーファイナルでベストアルバムの発表ができたのはいい流れでしたね。

ベストアルバム「ザ・ベスト・オブ藤井隆 AUDIO VISUAL」2015年10月21日発売 / よしもとアール・アンド・シー
CD+DVD 4000円 / YRCN-95248
CD 2500円 / YRCN-95249
CD収録曲
  1. ナンダカンダ
  2. 絶望グッドバイ
  3. 代官山エレジー
  4. 乱反射
  5. 未確認飛行体
  6. わたしの青い空
  7. ある夜 僕は逃げ出したんだ
  8. 月と砂漠と
  9. 赤と黒
  10. 1/2の孤独
  11. T&T / T&T
  12. OH MY JULIET!
  13. RAIN RAIN RAIN...
  14. She is my new town
  15. Selfish Girl feat. 藤井隆 / Small Boys
  16. ディスコの神様 feat. 藤井隆 / tofubeats
  17. YOU OWE ME(Radio edit)
DVD収録内容
  1. ナンダカンダ(Music Video)
  2. アイモカワラズ(Music Video)
  3. 絶望グッドバイ(Music Video)
  4. 未確認飛行体(Music Video)
  5. わたしの青い空(Music Video)
  6. T&T(Remix version)/ T&T(Music Video)
  7. OH MY JULIET!(Music Video)
  8. Selfish Girl feat. 藤井隆 / Small Boys(Music Video)
  9. ナウ・ロマンティック / Like a Record round! round! round!(Music Video)
  10. kappo! / Like a Record round! round! round!(Music Video)
  11. YOU OWE ME (Music Video)
  12. 負けるなハイジ -Live-
  13. アイモカワラズ -Live-
  14. discOball (Music Video)
ライブ情報
ザ・ベスト・オブ藤井隆 AUDIO VISUAL 発売記念イベント
  • 2015年10月21日(水)東京都 新宿LOFT
ザ・ベスト・オブ藤井隆 AUDIO VISUAL TOUR
  • 2015年11月2日(月)北海道 Sound Lab mole
  • 2015年11月14日(土)大阪府 名村造船所跡地
  • 2015年11月15日(日)京都府 KYOTO MUSE
「ザ・ベスト・オブ藤井隆 AUDIO VISUAL TOUR」番外編(※ライブイベント「でゑれ~祭」出演)
  • 2015年11月21日(土)岡山県 旧内山下小学校
ザ・ベスト・オブ藤井隆 AUDIO VISUAL RELEASE PARTY
  • 2015年11月22日(日)東京都 恵比寿ザ・ガーデンホール
藤井隆(フジイタカシ)
藤井隆

1972年3月10日生まれ。1992年に吉本新喜劇オーディションを経て、お笑い芸人として吉本興業入り。2000年にシングル「ナンダカンダ」で歌手デビューし、同年「NHK紅白歌合戦」に初出場する。数々のシングルのほか、2002年発売のアルバム「ロミオ道行」、2004年発売のアルバム「オール バイ マイセルフ」などで高い評価を得ながらも、2007年8月発売のシングル「真夏の夜の夢」以降はしばらくアーティストとしての活動を休止。2013年6月にニューシングル「She is my new town / I just want to hold you」で6年ぶりに個人としてアーティスト活動を再開した。その後はさまざまなアーティストとのコラボレーションも展開し、2015年6月におよそ11年ぶりとなるオリジナルアルバム「Coffee Bar Cowboy」を自身のレーベル「SLENDERIE RECORD」より発表した。同年10月には初のベストアルバム「ザ・ベスト・オブ藤井隆 AUDIO VISUAL」をリリース。