SIRUP「OWARI DIARY」インタビュー|自分と世界を許容した先に──。最もオープンなアルバムで新章突入 (2/2)

“明日”は一番かけがえのないもので、憧れに近い

──先ほど「RENDEZVOUS」は失恋を元に生まれたとおっしゃいましたが、僕はこれを聴いたときに、単なる失恋ソングではなくSIRUPさんの死生観をも表していると思ったんですよね。

なるほど……確かに死生観は、自分にとってずっと大きなテーマです。若い頃から人の死と向き合うことが多かったんですよ。友達が突然亡くなったり、数日前まで相談に乗っていた人が急にいなくなったり。学生時代からそういう経験が重なって、「人は必ず死ぬ」という感覚がすごくリアルにある。だからこそ「今この瞬間を大事にしよう」と考えるようになったし、恋愛や別れを描くときにも「これが最後かもしれない」という感覚が自然と反映されるのかもしれません。でも最近は「生きているからこそまた会えるかもしれない」という希望もどこかで持てるようになってきました。それは年齢や経験を重ねたことが大きいと思いますね。「RENDEZVOUS」には、その両方の感覚が共存しているのかなと。

──そういう意味では「TOMORROW」でも「わからない 永遠はない」「Cuz we don't know if we'll get tomorrow(明日が来るとは限らない)」と歌っていて、「今を大事にする」思いが込められているなと。

“明日”って一番かけがえのないものなんです。約束されていないからこそ憧れに近い。おっしゃる通り、この曲では「明日世界が終わるかもしれない」「だからこそ今一緒にいよう」と歌っています。恋愛的な表現も出てきますけど、実際には恋人だけじゃなく、友達や仲間など身近な人みんなに向けた曲ですね。「NEXT LIFE TOUR 2025」で演奏したときも、その感覚が強くありました。ライブこそ、今この一瞬しかないと強く思わせてくれる場所ですし。

SIRUP
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自分だけのオフラインな場所を持つこと

──アルバムのラストナンバー「今夜」は、サビに出てくる「ニュースの届かない場所へ」という言葉がすごく印象的でした。SNSやニュースに常に接続されている日常から少し距離を置き、別の時間を見つけることの大切さを歌っているように感じました。

「ニュースの届かない場所へ」という言葉は、誰が言うかによって意味が変わると思います。僕にとっては、社会的な倫理がアップデートされるたびに必ず起きる「振り戻し」や、まだ受け入れられない人との摩擦も含んでいます。1人でずっと闘い続けるのは難しい。だからこそ、たまに「ニュースが届かない場所」に行くことが必要です。逃げ場であり、休む場所であり、英気を養う場所でもある。「今夜」では「闘い続けている人が休んでいる姿」を描きましたね。

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──マーヴィン・ゲイのオマージュも効いていますね。

わかりやすくサンプリングしました。70年代のベトナム戦争時代、「なぜ戦うのか」という疑問から「What's Going On」のような音楽が生まれ、ムーブメントが広がったけれど戦争はなくならなかった。今も争いは続いているし、SNSの時代は情報が届きすぎることで逆に「コントロールされている」感覚すらある。だからこそ「自分だけのオフラインな場所を持つこと」がより大事なんじゃないかと思って、この曲を書きました。

──そういう意味で、歌詞に出てくる「誰にも見せない思い出」がすごく大事だと思います。なんでもSNSに投稿しなくてもいいし、共有せずに自分の中に留めておけばいい。「終わりもはじまりもない場所へ」というフレーズにも、そうした意味が込められているのではないかと。

「ふれる社会学」(編著:ケイン樹里安、上原健太郎)という本に“飯テロ”(食欲を刺激する食べ物の画像や映像をSNSに上げる行為)について書かれている章があって。人間は本来「共食」、つまり群れで食べる生き物ですが、現代は孤食が増えて、その代わりにSNSに写真を上げることで「共食」を再現しているんだと。

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──それはユニークな視点ですね。

SNSにはもともと「つながっている感覚」を与える大事なエネルギーがあったはずです。でも今は生成AIやビジネスの場になって、初期のTwitterみたいに気軽にくだらないことをつぶやく場所ではなくなってしまった。僕は当時そういう使い方をしていたので、余計にそう感じます。

──完全に距離を取るわけでもなく、どっぷりハマるわけでもなく。今はSNSとの距離を「計り直す」段階にきているのかもしれないですね。

そう思います。僕自身、大切な思い出はほとんどSNSに上げないタイプですが、アカウントを持っている以上ある程度は向き合わざるを得ない。でも根本的にはリアルな現場でのつながりを大事にしているんだと、こうして話していて改めて気付きました。そういう価値観の変化がアルバムにも表れている気がしますね。ここまで自分をオープンにできたのは初めてで、まさに「新しいSIRUP」を感じられるアルバムになった。ここから何を作っていくのか、自分でもわからないくらいです。

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新しくなった自分をダイレクトに感じてもらいたい

──9月14日には、本作を引っさげたアニバーサリーライブ「8th Anniversary Live 『DIARY』」が控えています。今話せる範囲で意気込みを聞かせてください。

今回のインタビューで話してきた「新しくなった自分」「成長した自分」を、みんなにダイレクトに感じてもらいたいです。「NEXT LIFE TOUR 2025」では、演出や美術にこだわったり、「GAME OVER」や「UNDERCOVER」でダンスをしたり、弾き語りをしたりと、わかりやすく「新しいことに挑戦している姿」を見せてきました(参照:SIRUPが“新曲祭り”で人生をシェア、そして次のステージへ──「NEXT LIFE TOUR」大団円)。「DIARY」はその延長線上にあるライブにしたいですね。さらに海外アーティストのライブを観て「自分だったらこんな表現をやりたい」と思うことが増えたので、演出面でももっと踏み込みたい。今回はデビュー8周年も兼ねたライブなので、仲間とのコラボレーションも大事にしたいです。本当は全員呼びたいくらいですけど(笑)、予算やスケジュールもあるので、ガチッとハマる仲間を呼ぶつもりです。めちゃくちゃ面白いライブになると思うので、ぜひ足を運んでもらえたらうれしいです。

──最後に、現在のSIRUPさんの“歌声の状態”をご自身でどう感じていらっしゃいますか?

これは自分で言ってもいいと思うんですけど、歌がめっちゃうまくなったんですよ。僕が一番ぜいたくに感じているのは、SIRUPの表現の中で“できるけど出していない歌の引き出し”がまだまだあること。自分という人間と歌が直結してきたんだと思います。ラップとかダンスとか、いろいろやっていますけど、どこまで行っても自分は“歌の人”で、ライブで一番おいしいところは自分の歌。それは忘れずに活動していきたいと思っています。

公演情報

SIRUP 8th Anniversary Live「DIARY」

SIRUP 8th Anniversary Live「DIARY」フライヤー

2025年9月14日(日)神奈川県 横浜BUNTAI

出演者

SIRUP

客演
フロントアクト:Roka
Daichi Yamamoto / hard life / iri / showmore / TENDRE / WILYWNKA / YonYon

バンドメンバー
宮川純(Key) / HISA(G) / RaB(Dr, Mani) / Funky(B) / KenT(Sax, Fl, Syn)

プロフィール

SIRUP(シラップ)

R&B、ネオソウル、ヒップホップなどをルーツに持つシンガーソングライター。2017年にTokyo Recordings(現:TOKA)サウンドプロデュースの楽曲「Synapse」でデビュー。2022年に自身初となる東京・日本武道館公演を開催した。これまでにイギリス、韓国、オーストラリア、台湾などのアーティストとのコラボ曲を発表。2024年には中華圏最大の音楽賞「GMA(金曲奨)」に楽曲がノミネートされるなど国境を超えて活躍している。デビュー8周年を迎えた2025年9月、3rdアルバム「OWARI DIARY」を発表した。