SNSや社会問題と真正面から向き合いながら「くだらなさ」や「弱さ」といった人間的な側面も肯定する。そんな力強さや解放感が、SIRUPが約4年ぶりに発表したアルバム「OWARI DIARY」にはある。
2023年発表のEP「BLUE BLUR」で描いた「ポジティブな絶望」からさらに踏み込み、今作では「終わりの始まり」をテーマに、揺れ動く心の奥底を見つめながらその先にある希望を描き出したSIRUP。Ayumu Imazu、Zion.T、Daichi Yamamoto、hard lifeといった国内外のアーティストとのコラボレーションも実現し、これまで以上に自分を開き、多面的な表現を受け入れた意欲作となった。
より深くリアルな響きを持つようになった楽曲たちはどのように生み出されたのか。音楽ナタリーではSIRUPにじっくりと話を聞いた。アルバムを掘り下げていくうちに、死生観や“飯テロ”についてなど、多岐にわたる興味深い話題も。最後には9月14日に神奈川・横浜BUNTAIで行われるデビュー8周年ワンマンライブへの意気込みも語ってもらった。
取材・文 / 黒田隆憲撮影 / 亜門龍ヘアメイク / DAISUKE MUKAI
気分や感情をそのまま音に落とし込むことができた
──「OWARI DIARY」はSIRUPさんにとって2021年3月発表の「cure」以来、約4年ぶりのアルバムです。まとまった作品としては2023年4月発表のEP「BLUE BLUR」以来になりますが、今回はどんな出来事やモチベーションから制作が始まったのでしょうか。
作り方はこれまでと大きく変わらず、その時期に自然に生まれた曲をまとめていきました。大事にしていたのは、自分にとってリアルであること、メッセージがきちんと形になっていること。主にTaka Perryとのセッションによって、そのときの気分や感情をそのまま音に落とし込むことができました。昨今、SNSでは常に意識を高く持とうという空気がありますが、実生活ではバカなことしか考えたくないときもあるじゃないですか。
──なるほど。「BLUE BLUR」は「絶望と向き合う」がテーマでしたが、今回はそれとはだいぶ違いますね。
あの頃は、コントロールできない現実やSNSに流れ込んでくる情報の渦の中で不安を抱えながら日常を過ごしていました。だからこそ“自己解放”が必要だという気付きも今作に込めています。年齢を重ねていく中、思い通りにならない多くの出来事を前向きに捉えられるようになったというか。諸行無常の感覚で、今この瞬間を大事にできるようになったのは大きな変化でしたね。今回、特に強く意識したのは「許容する」ということ。自分を許容し、世界も許容しながらどう闘っていくか、その感覚がアルバムの核になっていると思います。
──自分を許容することが、他者を許容することにもつながっているわけですね。
はい。このアルバムができるまでの自分は、同じ考えを持つ人と出会う旅をしていたように思います。その過程でアクティビストの友達も増え、それぞれの立場や状況によって「闘い方」も違うと知りました。自分と同じ考えの人ばかりではないし、本当に世の中を変えたいなら別のアプローチのほうが有効な場合もあるし、ときには違う考えを持つ人を受け入れる必要もある。もちろん加害や差別は許容できませんが、その人の立場や成長段階によって見えている景色は違うわけじゃないですか。その複雑さごと受け入れ、一緒に進む必要があると思うようになりましたね。
──今回のアルバムでも重要な役割を果たしているTaka Perryさんと一緒に制作するようになったきっかけは?
最初は彼からDMをもらったんです。共通のつながりもあって音源を聴いたらすごくカッコよくて、一緒にやってみることになりました。実際にセッションすると最初から熱量がすごいし、どんなアイデアでも形にできる力があって、めちゃくちゃ優秀な人だと思いましたね。僕のルーツはR&Bとヒップホップですが、海外のアーティストとコラボを重ねる中で「日本語やJ-POPの持つ独特の面白さを、どうR&Bに落とし込むか?」が重要だと考えるようになっていました。英語で「R&Bっぽい」曲は無限にあるけれど、日本語の響きやオルタナ的な感覚を混ぜることでしか生まれないものがあるなと。Taka Perryと作っていると、その部分をすごく肯定してもらえている感覚がありますね。
──Taka Perryさんとのセッションは、スタジオに入ってゼロから一緒に作ることが多いんですか?
そういうときもありますし、事前にリファレンスを決めてトラックをいくつか用意してもらう場合もあります。最近はリファレンスをもらってスタジオに入り、「この方向でいこう!」と決めて一気に完成させることが多いですね。「OWARI DIARY」で言うと、お題なしで作り始めたのは「TOMORROW」や「KIRA KIRA」。「KIRA KIRA」は映画「AKIRA」を意識して作った曲で、夜の街を疾走するような感覚やサイバーパンク的なビジュアルをイメージしました。デビュー当初からそういう世界観をアートワークなどで打ち出していたので、それが自然に音につながった感覚です。タイトルの「KIRA KIRA」も単に「キラキラ」という意味だけでなく、「AKIRA」の文字が含まれているんですよ。
社会的テーマと同時にラブソングも歌う面白さ
──「GAME OVER」は、ゲーム用語を恋愛に重ねたユニークな楽曲です。
「GAME OVER」と「RENDEZVOUS feat. hard life」は続きもので、ちょうど嫌な失恋を経験していた時期のリアルな感情が反映されています。「RENDEZVOUS」の最後に「世界が終わり 誰もいない星 そこでまた Rendezvous」と歌っていますが、一見ロマンチックに聞こえて、実は「二度と会いたくない」という気持ちも込めています。別れを重く描くのではなく「どうしようもないけど、もういらないってわかったから次に行こう」というライトでポジティブなテンションにしたかった。その流れで、ゲーム用語をちりばめた失恋ソング「GAME OVER」が生まれました。
──「INTO YOU」はかなり攻めたサウンドで、スティールパンのようなギターの響きや空間的なエフェクト、ローファイなビートが印象的です。
これは「中毒的な恋愛」がテーマですね。リアルで正直恥ずかしいんですけど、失恋してフリーになって、いろんな恋愛を経験する中で生まれた曲(笑)。歌唱も歌詞も「これぞR&B」という感じを全力で出して、恋愛のセクシーな部分を詰め込んだ1曲になりました。プロデューサーのme-maiが得意で好きなサウンドで、トロピカルなニュアンスやアフリカ的な雰囲気に、サイケデリックな音像や空間系エフェクトを重ねています。後半はオートチューンを強めにかけて、「聴かせる」というより「踊らせる」方向に振り切りました。
──恋愛や別れといった実体験を、ここまでリアルに歌詞に落とし込むのはすごいと思います。
本当はめちゃくちゃ恥ずかしいですよ?(笑) 「歌詞は想像ですか?」ってよく聞かれるんですけど、全部実体験。正直、あまり突っ込まれたくないくらい(笑)。でもやっぱり書きたいんですよ。書いて昇華することで気持ちを肯定できるし、自分の幅も広げられる。政治や社会について歌うアーティストが、同時にこういう恋愛の曲も歌うのは意外に思われるかもしれないけど、その振り幅の大きさこそがSIRUPというアーティストの面白さだと思っていて。お互いの関係が成立していれば恋愛の形は自由でいいし、僕にとって歌うのは自然なことなんです。今はSNSでアーティストの多面性を見られる時代だからこそ、その一面も含めて楽しんでもらえたらうれしいですね。
大人は誰しも「自分の原点」に気付く瞬間がある
──「CHEESE CAKE feat. Zion.T」もユニークな曲ですね。
まさかZion.Tとコラボできる日が来るなんて思っていませんでした。僕がまだデビューする前、二十歳前後の頃、K-POPが世界的に「めっちゃカッコいい」と認識され始めて。Zion.TはBIGBANGと並ぶ、R&Bの第一人者としてレジェンド的な存在です。その人と一緒に曲を作れたこと自体、自分でも「すごいな」と思うくらい大きな出来事でした。歌詞はライトですが、自分にとってはすごく大事な意味を持っています。
──その“大事な意味”を聞かせてください。
僕は「ごはんが食べられたらOK」というテンションで音楽をやってきて、スターとか人気者になりたいタイプではなかった。でもキャリアを続けるには上を目指さなきゃいけない現実もある。その葛藤を抱えつつ「原点を忘れたくない」という気持ちが常にあったんです。その象徴になったのがアメリカ旅行での体験でした。好きな服をキャリーに詰めて友達と遊び倒して、泥酔して入った深夜の店で食べたチーズケーキの味を、なぜか鮮明に覚えていて。高級なものじゃなくても、そういう何気ない瞬間こそが自分を形作っているんだと気付かされたというか。「CHEESE CAKE」はその感覚を詰め込んだ曲なので、単なるスイーツの歌じゃなくて、リアルかつローカルな自分を思い出させてくれるんです。大人になると、誰しも「自分の原点」に気付く瞬間があると思うけど、そういう感覚を共有できる曲になったんじゃないかなと感じていますね。
──「OUR HEAVEN feat. Daichi Yamamoto」の歌詞には「246」や「三宿」など実際の地名がちりばめられています。
ついに地名まで出してしまいました(笑)。「OUR HEAVEN」は「RENDEZVOUS」や「GAME OVER」で書いたような、めちゃくちゃ飲んでやさぐれていた頃の思い出から、今の音楽シーンや社会に対する視点までが混ざっています。1曲の中で、ここまで振り切れた曲はほかにないんじゃないかな。トラックメイクはKMさんと「ダンスを意識したクラブサウンドを作ろう」というところから始まりました。Daichiくんはずっと一緒にやりたいと思っていたラッパーで、ようやく実現できてとてもうれしいですね。
──この曲のリリックにはどんな思いを込めていますか?
「誰にでも大切な思い出がある」ということです。ハチャメチャに遊んだ時間もかけがえのないものですが、今の社会や政治の流れでは、そうした時間さえ奪われかねない。それを守れるのは自分たちしかいないから、「守ろう」と奮起できる曲にしたかったんです。最初はケイトラナダやチャンネル・トレスのようなクールなトラックをイメージしていたのですが、Daichiくんのヴァースが濃くて構成も独特だったので、それにどう応えるかを考えたとき、「自分も全力でぶつかろう」と。肉体的で、ライブでもかなり入り込まないと歌いこなせないくらいパワフルだし、だからこそメッセージも強く響く曲になったと思っていますね。
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“明日”は一番かけがえのないもので、憧れに近い