ナタリー PowerPush - 柴田淳
「ありのままの自分を出しきった」しばじゅん赤裸々インタビュー
昨年、自身が幼い頃から慣れ親しんできた70年代の名曲の数々をカバーしたアルバム「COVER 70's」で、ボーカリストとしての魅力を幅広い層にアピールした柴田淳。そこで新たな自信を手に入れたという彼女が、今度はシンガーソングライターとしての自分に向き合って制作したのがニューアルバム「あなたと見た夢 君のいない朝」だ。
「計算や狙いをせず、ありのままの自分を出しきった」という本作はいかにして生まれたのか? その真相に迫るべく、ナタリー初のインタビューを実施。心の奥底に潜む感情を繊細にすくい取るシリアスな作風とは裏腹に、朗らかでキャッチーな語り口でさまざまな思いを語ってくれた。
取材・文 / もりひでゆき 撮影 / 福本和洋
私、知名度がなさすぎる
──昨年リリースされたカバーアルバム「COVER 70's」が、「第5回 CDショップ大賞」で「全日本CDショップ店員組合2013特別賞」を受賞されましたね。おめでとうございます。
ありがとうございます。私は今までに賞なんていただいたことがほとんどないので、受賞を知ったときは正直どうしていいかわからなかったんですけど、やっぱりすごくうれしいことだったのでスタッフも含めて超盛り上がりました(笑)。私ね、12年やってきて改めて思うのは、知名度がなさすぎるなあってことなんですよ。
──いきなりどうしたんですか(笑)。まったくそんなことないと思いますけど。
いや、ないっす(笑)。ここまで活動してこれたのは、CDがまあそこそこ売れていて、ツアーをやればお客さんがちゃんと来てくれているからではあるんですけど、知名度はぜんぜんないんですよね。周りを見渡してみると、何十年も活躍している先輩方って皆さんヒット曲を持っているじゃないですか。でも私にはそれがない。逆に言えばそれで12年続けてこれたっていうのはすごいことだと思うんですけど、それが堪えてた時期もあって。でも、ここに来てようやく「COVER 70's」がややウケしたんですよ!
──ややウケって(笑)。すごくいいアルバムだったと思いますよ。
知らない人がTwitterで褒めてくれたりとか、「柴田淳のことは知らないけどアルバムはいい」って書いてくれたりとか、そういうのを見る機会がほんとに多かったんです。そこで私は、ああメジャー感ってこういうことなんだなって初めて気づくことができて。
──そこで知名度を含めた手応えを感じることができたと。
うん。私の中での知名度っていうのは、ちやほやされたいとか人気者になりたいとかっていうことではなく、自分の曲を知ってもらえる、認めてもらえることに対しての手応えなんです。そういう意味で「COVER 70's」は自分にとっての大きな自信になったんですよね。私のことをようやく気づいてもらえたかなって。
「できないんです、これしか!」
──確かに柴田さんのこれまでを振り返ると、ドカンと派手な活動はしてこなかったと思うんですよ。でも、ご自身が信じる音楽を堅実に形にして、着実に歩いてきていた印象はものすごくある。生来そういうタイプのアーティストなんだろうなあとずっと思っていたので、知名度を気にされていたことがちょっと意外ではありますね。
ドカンと右肩上がりにはならないけど、でもガクンと落ち切ることもないっていう状態でずっと来れていることはありがたいなって思うんですよ。自分としても長く残る人になりたいと思っているから、常にこれが最後だっていう気持ちで、1個1個納得いく形で妥協せずやってきたつもりではありますし。でも一方では知名度を得ることでの自信を後ろ盾にしたい気持ちもずっとあって。
──でも例えば、ヒット曲を出すために、知名度を高めるために流行に乗っかって、「柴田淳がエレクトロに挑戦!」みたいなことはありえないわけですよね。
いや、それがね、ちょっとテクノというか、そういうのをやったほうがいいのかなって自分自身では思ったときはあったんですよ。魂を売るじゃないですけど。
──ええ! ほんとですか!?
うん。でもできなかったんです(笑)。
──まあそうですよね(笑)。だって柴田さんはデビュー以来、揺るがない音楽性を持っているアーティストだと思いますから。
スタッフさんに言われたことでよく覚えていることがあるんです。柴田さんは流行が目まぐるしく変化する時代の中で、ずっと同じ世界観を持っていますね。流れに左右されない意志の強いアーティストですねって。
──うん。その通りな気がしますけど。
でも私としては「できないんです、これしか!」っていう感じなんです。だから結果的にそういう見られ方になっているだけで、自分ではぜんぜんすごい人じゃないんだけどなって思っているんですよね。
──だからこそ、カバーアルバムではありましたけど「COVER 70's」が評価されたことへのうれしさがひとしおだったわけですね。
そうなんです。私、4年くらい前に一度シンガーとして挫折したことがあったんですよ。ピアノとチェロだけの演奏で、ボーカリストが次々と入れ替わるっていうライブイベントに出たことがあったんですけど、そのときに私は1人のシンガーとして何を見せればいいんだろうっていうことがわからなくなってしまって。それまでって、作詞作曲をしているから歌はヘタクソでも許してよみたいな感じで、シンガーソングライターであることをどこかで言い訳にしてたところがあったと思うんですよね。
──それが歌だけで勝負するステージで露呈してしまったと。
そう。そこで自分の中のプライドや自信がガラガラと崩れ落ちてしまったんです。今思えば、そんなプライドや自信なんて中身のないものだったから、崩壊するときが来てしかるべきなんですけどね。ただそれが思いのほか遅い段階でやってきたので、大きな衝撃だったんです。で、そういう経験があったからこそ、歌の力が試されるカバーアルバムに挑戦できたところもあったと思うんですよ。
──なるほど。そういう経緯があったわけですね。
そこである程度認めてもらうことができたから、自分としては気持ちに少し余裕が出てきた気がしますし、ここからまたスタートだなっていう感覚になってもいるんですよね。
- ニューアルバム「あなたと見た夢 君のいない朝」 / 2013年3月27日発売 / ビクターエンタテインメント
- 初回限定盤 [CD] / 3780円 / VIZL-525
- 通常盤 [CD] / 3150円 / VICL-64009
収録曲
- ノマド
- あなたの手
- 雲海
- 恋人よ
- 冷めたスープ
- 嘘
- 朝靄
- 魔女の話
- 道
- キャッチボール
柴田淳(しばたじゅん)
1976年生まれ、東京都出身の女性シンガーソングライター。幼少期からピアノを習い、音楽に親しみながら育つ。2001年10月にシングル「ぼくの味方」でメジャーデビュー。2002年3月に1stアルバム「オールトの雲」を発表する。以降もコンスタントに作品を発表し続け、2005年9月には初のシングルコレクションアルバム「Single Collection」をリリース。2008年9月には映画「おろち」のテーマソング「愛をする人」を書き下ろし、音楽ファン以外の注目も集めた。透明感のあるボーカルと、女性の情念を繊細に描いた詞世界が支持されている。CHEMISTRYや中島美嘉らへ楽曲提供を行うなど、作曲家としても活躍中。デビュー10周年を迎えた2012年10月に、初のカバーアルバム「COVER 70's」を発表し、ボーカリストとしても高い評価を得る。2013年3月に9枚目となるオリジナルアルバム「あなたと見た夢 君のいない朝」をリリース。