関取花|さまざまな出会いを肥やしに、10年かけて咲いた花

関取花がメジャー1stフルアルバム「新しい花」をリリースした。

コロナ禍でファンからさまざまな手紙を受け取り、その1つひとつに目を通した関取。手紙には差出人の深刻な悩みがつづられており、彼女は心を痛めていた。そんなステイホーム期間を経て制作した今回のアルバムには、「私の好きな私でいればいい。あなたはあなたのままでいい」と人々を励ますような自己肯定のメッセージが込められている。

音楽ナタリーでは2019年にリリースされたメジャーデビュー作「逆上がりの向こうがわ」以降の活動の変化や、バンドメンバーと「新しい花」を作り上げていく過程、新曲の制作秘話を中心に関取にじっくりと話を聞いた。

取材・文 / 蜂須賀ちなみ 撮影 / 山口真由子

私がポップスをやる必要があるのか?

──今回のインタビューではメジャーデビュー後のお話を中心にうかがえればと思います。まずは、2019年以降にリリースした作品を振り返ってもらえますか?

関取花

はい。インディーズ時代はずっとセルフプロデュースで、新しいジャンルを掘るよりも、自分の好きな音楽やルーツ、得意分野を突き詰めることを中心にやってきたんですよ。だけど、インディーズでホールワンマンをやったときに「あ、私がこの世界観でやり得ることは一旦やりきったな」と感じて。安心して全部を任せられるようなバンドメンバーに出会えたし、お客さんも付いてきてくださっている実感があったからこそ、苦手分野に挑戦してみようと思ったんです。

──苦手分野というのは?

ド直球のポップスですね。苦手というか、「聴くのは好きだけど私がやる必要ある?」と思っていたからこれまでやってこなかったんです。だけどプライドは一旦捨てようと。そのタイミングでちょうどメジャーデビューのお話をいただきました。メジャーレーベルの担当さんは、私の曲の中でもコアな曲を好きだと言ってくださった方なので、安心感もあって。私のことをわかってくれている人と今までやってこなかった挑戦をしよう、ポップスをやってみよう、というのが「逆上がりの向こうがわ」でした(参照:関取花「逆上がりの向こうがわ」インタビュー)。

──リード曲の「太陽の君に」は亀田誠治さんプロデュースの王道ポップソングでしたね。

亀田さんと一緒にやらせていただいたり、スタジオで歌を録りながら「メジャーとはなんぞや?」というものを教えてもらって。インディーズの頃は倉庫で録っていたんですよ。

──倉庫?

そうです、田端からバスで20分の。雨が降ったり、選挙カーが通ったりすると歌録りもできない環境だったから「ちゃんとしたスタジオで録るとこういう音になるんだ!」という気付きもありました。だけど、「逆上がりの向こうがわ」をリリースしたあと、曲が書けなくなって。「ポップスをやりたい気がするけど、自分のルーツもちゃんと出したいし、どうしようかな……」と悩みながら作ったのが、去年の3月に出した2ndミニアルバムの「きっと私を待っている」でした。

自分を肯定できるようになった

──「きっと私を待っている」リリース後の1年間は関取さんにとってどのような時間でしたか?

「どすこいな日々」表紙

この1年で肩の力がすごく抜けましたね。去年はデビュー10周年でエッセイ(「どすこいな日々」)の出版もあったので、自分の過去作品を聴いたりブログや連載を読み返したりしながら、10年間を振り返ることが多かったんですよ。その中で「ああ、私は少しずつ自分を肯定できるようになってきたんだなあ」と実感できるようになった。今までは曲を作るときもエッセイを書くときも必死にネタを見つけに行っていたんですけど、そうじゃなくて、もうちょっとフラットに、自分なりの視点でいろいろなものを楽しみながら作品にする感覚が身に付いてきましたね。

──“音楽があるから生活が成り立っている”ではなく、“生活の中に音楽がある”という感覚に変わったということですか?

そうですね。今思えばミュージシャン・関取花を自分で勝手に作り上げていたのかもしれない。今は「生きている限り面白いことあるわ、日々」「生きている限り全然できるわ、曲」と思えるようになって、すごく肩の力が抜けています。

──リラックスした状態で、どんな曲を作りたいと思いましたか?

メジャーに来てからの2年間、プロデューサーさんと制作をする中でアレンジや音作りについて学べたことがたくさんあったので、今回は「セルフプロデュースでポップスをやろう」と決めて。「2年前はできなかったことが自分でできるようになりました」と宣言する気持ちで作った曲が「新しい花」です。初めてCDを出すきっかけになった曲が「花」という曲だったんですよ。「花」を書いた頃の私は自分のことが好きじゃなかったし、今のレーベルのスタッフさんのような、自分と一緒に未来まで進んでくれる人とも巡り会えていませんでした。だから音楽活動をやりながら「最後は1人」という感覚があったし、当時書いた歌詞も「少しずつ花が咲いていくよ」という内容だったんです。

──花はまだ咲いていなかったと。

はい。だけどこの10年で、サポートメンバーやお客さんのような、私の音楽をいいと言ってくれる人、離れないで何年も一緒にいてくれる人の存在を肌で感じることができて。10年間でいろいろな人から“水”や“光”をもらって、芽がついて、蕾になって……「今なら咲ける!」と思ったんですよね。

──先ほどおっしゃっていた自分自身を肯定する気持ちも歌詞に表れていますね。

「新しい花」を書いたあと、「自分を肯定することができればこんなに生きるのが楽になるんだ」と思えたんですよ。いただいたファンレターを読んでいると、皆さん、コロナ禍で悩みごともより深くなっているようで……。「私の好きな私でいればいい」「あなたはあなたのままでいい」というメッセージ、自己肯定というテーマが真ん中にあるアルバムにしようと思ってからは、アルバム全体の構成もきれいに決まっていきました。

プリプロで悶絶

──2曲目の「はなればなれ」からはバンドの音のみずみずしさを感じました。

サポートメンバーの皆さんはいろいろな方と組んでやられてますけど、「花ちゃんの現場が一番バンドっぽい」とよく言ってくれます。楽しいんですよ、私の現場(笑)。みんなでフラットにアイデアを出し合っていますし。

──セルフプロデュースの曲は、サポートメンバーとコミュニケーションを取りながらアレンジを固めているのでしょうか?

関取花

そうですね。どのパートの人も「この人とやりたい」という理由が自分の中にあって、ファンとしてオファーしているので、信頼しているし、「私の好きな人たちは、私のことをどう面白がってくれるんだろう?」という感覚もあるんですよ。だから初めから「こういうふうにしたいです」と伝えちゃうと、選択肢が減ってもったいないなあと思う。なので、弾き語り音源だけを渡して、セッションする感覚で作っていますね。

──ほとんどの曲はコーラスもご自身でやっていますが、3曲目の「恋の穴」にはギターやマンドリンを演奏している齋藤ジョニーさんのコーラスも入っていて。それがいい味になっていますよね。

めっちゃいいですよね! プリプロで最初に歌を重ねてもらったときに、(胸を押さえてうずくまりながら)こんなふうに悶絶してました。「ヤバい! 胸が痛い!」って(笑)。ジョニーくんとは10代の頃に一緒にお仕事していたんですけど、歌声も好きだし、プレイも好きだし、音楽にも詳しいし……「こんなに楽しそうに音楽を鳴らす人はいない」「私もこうなれたらいいのに」と憧れの存在だったんです。それからしばらく連絡をとっていなかったんですけど、最近たまたまTaylorのショップで再会して、「今だったらこの人と一緒に楽しめる」と思って今回呼びました。で、この曲には初恋感、甘酸っぱさがほしいと思っていて、どうしようかなと考えていたんですけど、歌録りをしながら「コーラス、ジョニーくんがいいんじゃないかな?」と思い付いて。ブースを出て、卓のところにいたサポートメンバーのみんなに言おうとしたら、ちょうどみんなもそう話していたんですよね。

──みんなが同じように曲を理解できていたんですね。

そうなんですよ。それがすごくうれしかったです。

「ふたりのサンセット」に隠された裏テーマ

──その次に収録されているのが「ふたりのサンセット」です。この曲はどんなところにこだわりましたか?

この曲では音で遊ぶことによって私らしさを出しています。ペダルスチールのギターの「ぐーん」という音色もその1つなんですけど、いろいろと試す中で宮下(広輔)さんが「もうちょっとヤバいやつやってみていいですか?」と言いながら、めっちゃ「ぐーーーーーーーん」とやってくれて(笑)。レコーディングがすごく楽しかったです。

──歌詞はどうでしょう? 「サンセット見に行こうよ / ワンセットになりたいよ」の部分など歌うと気持ちがいいですね。あえてベタな韻の踏み方をしている印象がありますが。

「一気に踏み込むアクセル」という歌詞があるんですけど、実は「わかりやすく韻を踏む」という裏テーマを設けてます(笑)。

──次の「あなたがいるから」は映画「感謝離 ずっと一緒に」の主題歌です。

もともとデモとしてあった曲なんですけど、映画のお話をいただいたときに「このために書いたのか?」と思うくらいぴったりだなと思って。おもちゃの楽器の音を入れたり、ぜんまいの音を入れたり、音作りの面では映画からすごく影響を受けましたね。あと、ピアノやパーカッションで参加してくれたシーナアキコさんが、60年近く前の古い木琴を「絶対合うと思って。この楽器も出番ができて喜ぶと思う」と持ってきてくれたんですよ。そういうふうに物語を紡いでいくように作りました。