「なんでも似合うっしょ」というスタンス
──今回のアルバムの中でも、「まるで喜劇」は一段とユーモラスな曲です。
ふふふ。「まるで喜劇」はギャグマンガがアニメ化したときのオープニングをイメージしたんですけど、バンドメンバーにあえてそれを伝えなかったら、みんな「この曲の落としどころはどこだ?」と混乱してしまって(笑)。そこから「ちょっと8ビット感を出したくて」「鍵盤よりもシンセがいい」というふうにイメージを共有しながら、みんなで少しずつアイデアを出し合っていきました。そうしたら楽しくなってきちゃって。曲を作っているというよりも、レゴを組み立てているみたいな感じでした。「このブロックはここに乗せたほうが面白くない?」って。
──間奏やアウトロではオペラ風に歌っていますね。
それも「ここでオペラっぽい声があったらめっちゃ面白くない?」とメンバーに伝えて、(体の前で軽く手を組みながら)こうやってなりきりながら録りました。あと、Bメロからサビに入るタイミングで“ファオーン”と音が下がるのも、エフェクターじゃなくて自分の声でやっているんですよ。だからこの曲の作り方自体が喜劇(笑)。初めは「何これ?」という感じで探り探りだったし、失敗もあったけど、最終的にめちゃめちゃ楽しい曲になったから最高!という。
──特に「まるで喜劇」を聴いて感じたのですが、関取さんって上品な声質をされていますよね。J-POPの中でご自身の声をどう生かすべきか、扱い方に迷った経験はこれまでありましたか?
おっしゃる通り、コントロールするのが難しい声なんですよ。「逃避行」や「スローモーション」をプロデュースしてくださった野村陽一郎さんにはインディーズの頃からお世話になっているんですけど、初めてお仕事をしたときに「花ちゃんの声は木管楽器みたいだよね」と言ってくださって。抜けがあって、ほわーっと広がるから、オケを混ぜるとにじんで存在感が消えちゃうんですよね。
──でも今回のアルバムでは、扱いづらさをいい意味で気にせず、「こうしたらもっと面白くなるんじゃない?」というスタンスで自由に声を操っている印象を受けたのですが、いかがでしょうか?
その通りですね。これまでは「この声に似合う曲を作ろう」「声に合った世界観のアルバムを作ろう」という考え方が基盤にあったんですけど、今は「なんでも似合うっしょ」というマインドに変わった感じがします。似合わないなら似合わないで、似合わせるように小物を足せばいいじゃない、と。
──というと?
例えば、肌の色をイエベ(イエローベース)、ブルべ(ブルーベース)にカテゴライズするのが流行ってますよね。それに合わせてお化粧をすると確かに似合うし、客観的に見た自分に合ったもので全部そろえるのも1つの美学だと思います。だけど私の場合、自分に似合う色とは関係なく、好きなお化粧がしたい。それで実際やってみるとやっぱり似合わなくて、「このオレンジのリップ、雑誌で見たら超かわいいのに、私が付けたらナポリタン食べたあとみたい……」と思うことがあるんです。そういう経験が今までたくさんあったんですけど、メイクさんとお仕事をする中で、「この色をちょっと混ぜたらオレンジのリップも似合うようになるよ」とアドバイスをもらって、メイクさんはイエベ、ブルべをそんなに気にしていないことを知ったんです。だから、工夫次第でどんなメイクも似合うようにできるということですよね。今はそういうものを見つけるのが楽しい!という感覚です。
──今日のカラーマスカラも素敵ですね。「女の子はそうやって」はほかの曲よりも声色が柔らかく感じられました。
この曲は歌詞に合わせてサポートメンバーも全員女の子にしたので、それもあって、母性があふれ出てきたのかもしれません(笑)。20年以上の付き合いの親友に娘が生まれて、ちょうど歩いたりしゃべったりできる歳になったんですけど、「この子もいつか誰かと出会って、恋をして、その恋にやぶれたりもして、いつか結婚したりもするのかな?」と想像して。女の子ってそうやって強くなって、母になるんですよね。今の年齢だから書けた曲だし、今の年齢だからできた歌い方なのかなと思います。
歌詞のベースは5000字の小説
──「今をください」のボーカルも素晴らしかったです。
前作と比べても、歌い方の解放され具合が全然違いますし、オケや曲に委ねている感じがありますよね。この曲はコロナ以降にレコーディングしたんですけど、自分と向き合う時間が増えたことで、「みんなにいいと思ってもらえるように上手に歌おう」という意識がなくなり、もっとリラックスして歌えるようになりました。その変化は自分で聴いていてもわかりますし、この曲から憑きものが取れたなあと思いますね。
──「今をください」はFODのドラマ「アンサング・シンデレラ ANOTHER STORY 〜新⼈薬剤師 相原くるみ〜」の主題歌で、命をテーマにした曲ですが、次の「スローモーション」と一緒に聴くと、浮気や不倫を描いた曲としても解釈できそうです。
鋭い、さすがです! 「今をください」には“ずっと一緒にいられないとわかっているから……”というメッセージがありますし、「スローモーション」は最初はもっとドロドロした歌詞だったんですよ。2019年の冬に「メジャーっぽい冬の曲書いたろう」と思ってメロディを作ったんですけど。その頃はまだ捨てきれていない自我もあって、「ありがちなラブソングにするのもちょっとなあ……」と。それで歌詞をドロドロにして、せめてもの私らしさを残そうとしたんですけど、たくさん聴いてもらいたいからメジャーっぽいメロディを書いたのに「わかられてたまるか」という歌詞の書き方をしているから、バランスが取れなくてボツにしたんですね。そのあとも2ndミニアルバムに入れるつもりで書き直したんですけど、やっぱり整合性が取れなくて。だけどこのタイミングで書けたんですよね。
──歌詞が書けない状況を打開するきっかけとなった出来事に心当たりはありますか?
5000字ぐらいの小説を書いたんですよ。それまでは“冬の恋”みたいなマクロのイメージで捉えていたんですけど、小説を書くことで、実は私がイメージしていたものはめちゃめちゃ具体的だったことに気付いて。表参道のイルミネーション……表参道交差点のみずほ銀行のあたりから、表参道ヒルズの駐車場の入口までのあの坂道で起こっている出来事だ!と物語を作り上げていったら、一気にイメージがクリアになったんですね。そこからはすぐに書けました。
「あなたはあなたのままでいい」と歌う説得力
──アルバムのクライマックスを担う「美しいひと」は、自己肯定というアルバムのテーマが色濃く出ている曲ですね。
私、大人になると、折り合いを付けながら生きるようになって、年相応の服装とかを気にするようになって、“自分のなりたい自分”ではなく“自分のなるべき自分”になっていくんだろうなあと思っていたんですよ。だけど、そうじゃなかった。もともと「個性を大事にしたい。周りの意見なんて気にしないで生きていける」というタイプではなかった私が、10年かけて変われたので、そういう今の自分を作品に反映させたかったんです。
──変われたからこそ「あなたはあなたのままでいい / 誰かになろうとしなくていいんだよ」と歌えるようになったんですね。
私の周りにいてくれる人たちが自信をくれたから、この1年で自分のことを好きになれたし、今ならそう言えると思って。1年前だったら「どこかで聞いたことがあるような言葉を歌詞にしてたまるか」という気持ちがあったから、この言い回しはしてないと思います。だけど今は誰が伝えるかが大事で、私が歌うからこそ説得力があると思えるんですよね。それに何より「あなたはあなたのままでいい」と言えるようになった自分がいることがうれしいです。
──そしてラストは「私の葬式」のバンドバージョンで締めくくられます。こちらはどういう経緯で今回収録することになったのでしょうか。
これは「いざ行かん」というアルバムに入っていた曲で、そのときは弾き語りだったんですけど、ライブとともに成長していったんですよね。私からは出てこなかったアレンジをサポートメンバーのみんなが付けてくれて、そのアレンジがお客さんの反応によって変わっていって、ライブで出会ったお客さんのおかげでこういう楽しいテイクも録れるようになって……。この曲を書いた当時は「こういうお葬式がいつかできるようになったらいいな」という気持ちでした。だけど今は、変な話、もしも私がなんのメッセージも遺さずにポーンと天国に行っちゃっても、「え、花ちゃんマジで?」と言いながら、きっと笑って思い出話とかをして、勝手にこの曲を演奏してくれるであろう仲間がいるんですよね。だから“私の理想のお葬式”という意味の歌じゃなくて、やっと本当にこれが“私のお葬式”を表現する歌になった気がします。
──自分のことをわかってくれている人がちゃんと近くにいる。そう実感できているということですよね。
はい。今回のアルバムはそれに尽きますね。1人じゃ咲けなかったお花がようやく咲いたなあと。だからこそ、この10年間で出会った人々とそれによって変わった私を今残しておきたかったんです。