昨年末にUNIVERSAL SIGMAへの移籍を発表した関取花が、メジャーデビュー作となるミニアルバム「逆上がりの向こうがわ」を5月8日にリリースした。
本作には、プロデューサーに亀田誠治を迎え、ストリングスを導入したアレンジで新境地を開いたリード曲「太陽の君に」を筆頭に、従来の関取流ポップ路線を極めた野村陽一郎プロデュース作「春だよ」、カントリーテイストの「僕のフリージア」、ブルージーな「休日のすゝめ」、批評性をユーモラスに展開した「カメラを止めろ!」、これまでお世話になった人々への感謝をつづった「嫁に行きます」と、彼女の魅力をダイジェストした6曲が収録されている。音楽ナタリーではメジャーレーベルでの活動を選んだ理由、メジャーの“向こうがわ”にあるイメージ、収録曲に込めた思いなどについて、関取に話を聞いた。
取材・文 / 高岡洋詞 撮影 / 堀内彩香
変わらなきゃいけない、ふわふわ浮かない
──メジャーデビューを果たして、今の気分はどうですか?
変な話、今までにないきちんとした焦りとか、いい意味での不安をすごく感じてます。去年のツアーと初めてのホールワンマンを経て「これ以上の規模感を私とマネージャーさんだけで回すのは物理的に無理だな」と思い始めて、どうにかしなきゃ……とはすごく思ってたんですよ。そこにメジャーデビューのお話がきたので、前向きな気持ちでお受けしました。ただ、環境が変わるのは間違いないから、「変わらない私で行きます」とは言いたくないんです。それは心の隅っこに置いておけばいいだけで、たぶんきちんと変わらなきゃいけない。気持ちだけでは追いつかないものがたくさん動いていることは感じるので。
──人が動くというのはお金が動くってことですものね。
ホントにそうです。こういう話ってあんまり皆さんしないかもしれないですけど、その分期待されている証拠だと思うので、それは常にきちんと感じていたいなと。社会人として。
──さすが。聡明な花さんのことなので、我々が気を揉むようなことはだいたい先刻ご承知だろうと思っています。
よくも悪くも警戒心強く、地に足を着けて「ふわふわ浮かないぞ」って自分に言い聞かせてきましたからね。実際にはジャケ写と同じでめっちゃ浮いてるんですけど(笑)。
──「逆上がりの向こうがわ」を聴いてまず思ったのが、“ひがみソング”がないな、ということでした。前作(「ただの思い出にならないように」)ではあえて入れていたのに。
今回のようなミニアルバムってさらっと聴けちゃうか、ガッツリ全曲印象に残るかのどっちかだから、「どうせだったら全曲、胸を張れる推し曲で固めよう」と思ったんです。関取花を知ってもらうために、自分のどの部分を6曲に集約するか考えて、ひがみ要素に関しては、ちょっと角度を変えて笑いに振り切ってみよう、バンドサウンドっぽくしてみようと。そこに毒のある言葉を乗せると響きがキツくなっちゃうし、ロックバンドやパンクバンドには勝てないなと思ったんですね。それで作ったのが「カメラを止めろ!」なんですけど、“ひがみソング”がヒソヒソ話だとしたら、この曲ではみんなで明るく話して笑えるような感じを目指しました。メジャーデビュー作ということで、開けた感じにしたいというのは全体を通してありましたね。
──「カメラを止めろ!」はまさにその印象ですが、花さん流の表現スタイル、いわば“花ちゃん節”をダイジェストしたような感触もあります。例えば「嫁に行きます」は語法が「平凡な毎日」を彷彿とさせるなとか、「休日のすゝめ」は「また今日もダメでした」へのアンサーソングっぽいなとか。そこは意識的なのかと思いました。
あー、まさに。今まではアルバムを作るとき過去の曲を聴き返すということをあんまりしてなかったんですよ。2014年あたりまでの曲を聴くと「この頃はもっと自由に書けてたな」とか考えて、落ち込んで筆が止まっちゃうんじゃないかと思って。今回は強制的に前に進まなきゃいけない状況があったから、ちゃんと制作と向き合うことができて、「このときのようにはできないけど、今しかできないこともたくさんあるな」と思ったんです。28歳という年齢もありますね。そうして改めて客観的に自分のよさみたいなものを見つめ直して、そのうえでセレクトした6曲みたいなところがあります。
リード曲が選ばれるまで
──新境地感が強いのが「太陽の君に」で、花さんの地声、低音、ファルセットそれぞれの魅力をうまく見せている曲だと思いますが、これがリード曲になったのはなぜですか? ポップということでは「春だよ」も負けていないし、これまでだったらリード曲は「春だよ」になっていたと思うので。
「太陽の君に」は前作の曲選びで落ちた曲なんですよ。自分の中で、1回ふるい落とされた曲は再浮上しないことが多いんですね。私は全部タイミングで判断しちゃうので、「タイミングが合わなかったということは違うんだな」と思って。でもマネージャーさんが「あれいい曲だよね」って言うから、「こんな曲もあるんですよ」みたいな感じでUNIVERSAL SIGMAのディレクターさんに聴いてもらったら「これ!」って反応だったんです。面白いなと思ったのは、「今まで私は自分の中でしかやってなかったな」と改めて感じたんです。
──そこがインディーとメジャーの違いですものね。
実はデモの段階ではCメロがなかったんですよ。
──そうなんじゃないかなーと思っていました。
わかりますよね(笑)。ディレクターさんに「これ、Cメロがあったらいいかも。できる?」と提案されて、実はそう言われる気がして用意してたんです(笑)。「なるほど、私の大衆的なJ-POPのイメージは間違ってなかった」と思って。そのCメロもスッと出てきて、一発でOKをもらえたのは自信になったし。「あ、はい」みたいなふてくされた気持ちはまったくなくて、今は自分でもそれをやりたいんですよ。去年、バラエティ番組に出演したり、NHK「みんなのうた」で「親知らず」が流れたりしたおかげで「初めてライブに来ました」とか「初めてCDを買いました」っていうお客さんがすごく増えたんですね。そういう人たちから「フジロックきっかけで好きになりました」という人まで、これだけ雑多な客層のミュージシャンってなかなかいないんじゃないかなと思ってやりがいを感じました。こういうやつがメインストリームに行ければ希望になるなって。そうなるためには、自分の好きなことだけやるんじゃなくて、その人たちと同じ目線に立って音楽を作っていくのが使命だと思いました。
──僕はすごく正直に言うと「よそゆきの曲だな」と感じました。
あー。でも、まさに。
──ただ、悪い意味でのよそゆきではないんですね。
めっちゃいい意味です! メジャーに行ってやりたいことをこの曲に全部込めてます。歯医者さんとかスーパーマーケットでオルゴールとかピアノのBGMで流れてる曲があるじゃないですか。あれで耳にして、歌詞も声もわからないのに「いい曲だな」と思うことがよくあるんですけど、それは邦楽特有の現象だなと思って。AメロBメロがあってサビがガッツリあって、メロディが豊かな音楽だから。自分もこういう感じで流れる人になりたいとずっと前から漠然と思ってはいたんです。それを亀田(誠治)さんに話したら「僕もラジオで同じこと話したことあるよ」とおっしゃって、「だから私は亀田さんのアレンジする曲が好きなんだ」と合点がいきました。それはすごく意識しましたね。アレンジも、サビ前のキメとか、絶対これまでやらなかったことをやってるし。
──エレキギターのソロまで入っていますしね。
ライブではギターのサポートメンバーいないのに(笑)。逆にいえば亀田さんじゃないと成り立たなかった曲だと思います。イントロからつかみがすごいんですよね。「わっ、すごい! これが私の大好きなJ-POPだ!」と思いました。ただ一方で、「春だよ」もすごく思い入れがあります。
──「君の住む街」や「朝」の路線ですね。
野村(陽一郎)さんにはその2曲でお世話になっていたので、私がやりたいことやりたくないことを完全に熟知したうえでアレンジしてくれたんですよ。デモを家で聴いたとき、最高すぎて床でのたうち回りました(笑)。いろんなものがハイブリッドになっていて、メジャー感もあるし、ルーツ感もある。これが長くやっていきたい「関取花のメジャーサウンド」だって発見にもなりました。どっちもそれぞれよかったから、ディレクターさんに聞いたんですよ。私的にはいずれ劣らずリード曲にふさわしいと思うし、ラジオで流れたときに「すごいやつ出てきたな!」と思うのはもしかしたら「春だよ」のほうかもしれないなって。でもディレクターさんとマネージャーさんは即答で「太陽の君に」でした。ポイントを聞いたら「簡単に言うと、泣きメロかどうかなんだよね」と言われて、めっちゃ合点がいって「私、メジャーデビューするんだ」ってそのとき思いました(笑)。「春だよ」にはワーッと進む強さはあるんですけど、四季を感じる日本的情緒みたいなものは「太陽の君に」しかない。すごく勉強になりましたね。
──「太陽の君に」は男の子の立場から女の子に歌いかけた曲ですが、MVは「太陽の君」を演じている清水葉月さんと花さんがカップルみたいに見える作りで面白かったです。
これオフレコなんですが……「大丈夫だよ」と笑ってくれる人がめっちゃ増えたということを歌詞につづったんですけど、実は大切な女友達のことを思って書いた曲なんです。もちろん恋ではないけど、恋と同じくらいに、彼女のことを思うとただ純粋に「この子が幸せな世界であってほしい」って思うんですよね。男の子になりきって女の子への恋心を歌ったことは過去にもありますけど、ここまで自然に、自分自身のままで男の子の気持ちになって歌詞を書けたのは初めてです。
だから私、音楽が好きなんだ
──3曲目以降は谷口雄さん、ガリバー鈴木さんなどいつものサポートメンバーとやっていて、アルバムの構成が、玄関でご挨拶して、上がらせてもらってだんだんと家の奥に入っていくような作りですね。
3曲目あたりで「そろそろ足崩しませんか?」って。5曲目くらいでお酒を飲み始めて「そろそろおいとましないと」「名残惜しいですなあ」と言ったところで「名残惜しさ、ちょっと増しちゃいます?」で「嫁に行きます」みたいな(笑)。そこまで含めて、改めて自己紹介的な1枚ですね。
──「僕のフリージア」はアレンジもカントリーっぽいし、従来のファンにはおなじみの花さんですね。
一番スッと書けました。歌詞とメロが完全に同時に出てきて、歌い出した瞬間にオチまで見えて、あとは語尾の微調整くらいで。歌いながらできたのはひさびさかもしれないですね。それこそ20代前半のときは全部そうやってできてたんですよ。今は「どうしたら共感してもらえるか」「どんな言葉を選べば伝わるか」とか、やっぱりいろいろ考えちゃうんですけど、それがない状態で書けて、「私、まだ大丈夫だな」って安心した曲でもありました。これをやらせてくれるレーベルに対して、ホントにありがたいなと思います。サポートのみんなにも「この音楽をメジャーデビュー作品で何曲もやらせてくれるって、すごいことだね」と言われましたし。
──レーベル側もそもそもそれを許容する気がなかったら「うちでやりませんか?」なんて言ってこないと思いますけど(笑)。
私がなんで「ここならがんばれる」と思ったかというと、ディレクターさんが私の持ち歌の中で「レイミー」が一番好きだと言ってくれて「わかってくださってる。この人なら大丈夫だ」と思ったんです。そこで「べつに」とか挙げられてたら「あー、私、消費されちゃう……」と思ったかもしれませんけど(笑)。感謝の気持ちを込めて、そういうテイストの曲を入れたいっていうのは頭のどこかにありましたね。
──「休日のすゝめ」はさっきも言いましたけど、「また今日もダメでした」の主人公に「それでいいんだよ」と言っているみたいな印象を受けました。
ちょっと大人になった感じですよね(笑)。これは今の私じゃないと書けなかった曲だと思います。花澤香菜さんに書かせていただいた「おしえて」とか、その前にカサリンチュさんに歌詞を提供した「伝えに行くの」もそうなんですけど、自分の曲だと思うと書けなかった“女のリアル”みたいなものが、提供曲だと素直に出てきて、「いい歌詞書けた!」ってすっきりしたんですよ。その感覚を自分の曲でも出したいなと思って、もとはもう少し男性っぽい歌詞だったのを女性側に寄せました。ちゃんと「いろいろあるけどさ」が枕につくような夕暮れ感というか。このタイミング、この年齢でしか書けない曲だなと思って気に入ってます。書きながら自分に言い聞かせてる部分がすごくありますね。
──一抹のやるせなさが大人っぽい。自分に言い聞かせるのは花さんの得意技ですよね。
あと、書き終わってから「私、こう思ってたんだ」と気付くことも。曲の意味ってどんどん変わっていくものなんだということを、この前のワンマン(「春ライブだよ 2019」東京・品川インターシティホール公演)で実感しました。今までまったく感じなかった意味を、歌いながらすごく感じたんですよ。リハでもゲネでも気が付かなくて、お客さんの前で歌って初めて「こんな意味があるんだ。この曲、これからもっと成長していくんだ」って。「音楽はすごいな。だから私、音楽が好きなんだ」と思いました。実は去年、水害があったあとの広島に行って「君の住む街」を歌ったときにも、お客さんたちの涙を見て「やっとこの曲の意味が見えた!」と思ったことがあったんです。
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毒を笑いに変えた5曲目、ファンに決意誓った6曲目