関取花がメジャー2作目となるミニアルバム「きっと私を待っている」を完成させた。本作には野村陽一郎、トオミヨウ、會田茂一がプロデューサーとして参加しており、“関取花節”を感じさせつつも新鮮なサウンドを聴かせる一作に仕上げられている。
音楽ナタリーでは、関取と2016年リリースのシングル「君の住む街」や、新作に収録されている「逃避行」「はじまりの時」などを手がけてきた野村との対談を企画。出会いから新作にまつわるエピソードを語り合ってもらった。
取材・文 / 高岡洋詞 撮影 / 藤田二朗(photopicnic)
野村陽一郎を逆ナン
──野村さんが花さんの楽曲を初めてプロデュースしたのは「君の住む街」でしたよね。
関取花 そうです。2枚目のミニアルバム(2012年11月リリースの「中くらいの話」)からずっとセルフプロデュースでやってたんですけど、「君の住む街」を作っていたときにマネージャーさんから「今までにない開けた感じの曲だから、プロデューサーを立てたほうが絶対に世界観が広がるし、今後のためにもいいと思う」と言われたんです。でも、当時の私はまだまだとがってたので……。
野村陽一郎 えっ、あの頃の花ちゃんとがってたの?
関取 とがってましたね。「THE」(2010年7月リリースのミニアルバム)を作ったとき、まだ自我がなくてプロデューサーさんにまるまるお任せしちゃったことで、あとから「今だったらこうするんだけどな」と思うことが多くて。だから安易にお願いすることはしたくなかったんです。なのでマネージャーさんに「じゃあ自分で一緒にやりたい人を探します」と言って、野村さんにお願いしたんです。逆ナンみたいな(笑)。
野村 いやいや、こっちからお願いするケースはあんまりないですから。
関取 そうですね(笑)。部屋にこもって片っ端からTSUTAYAで借りてきた音源を試聴しまくるみたいなことを何日かして、自分のやりたい音像に近い曲を徹底的に探したんです。その中で星羅ちゃんという知り合いのシンガーソングライターの「ラブレターのかわりにこの詩を。」を聴いたときにすごく気に入って、クレジットを調べたら編曲が陽一郎さんで。マネージャーさんに「この人がいいです」と言ったら、たまたま昔ご一緒したことがあったとかで「だったら連絡取れるかも」とうまいことつながった感じです。
野村 最初は弾き語りのデモを送ってもらってね。そのあと打ち合わせで会ったんだっけ?
関取 会いました。下北沢のカフェで。
野村 そうだ、思い出した。踏切の近くのね。
関取 初めてお会いしたとき、半袖半ズボンで背が高くて「おっしゃれー。イケてる人や」と思いました(笑)。
野村 いやいや、半袖半ズボンとおしゃれはイコールじゃないから。
関取 イコールですよ!
野村 しかもサンダル履きで手ぶらだったし、大人としてどうなんだという。
関取 えー! めっちゃいいじゃないですか!
野村 そのときは、生い立ちとか、どんな気持ちで曲を作ったのかとか2時間くらい話したよね。ほとんど雑談だけど、音楽を一緒に作るうえでそういうところが大事だったりするんです。
関取 前半は雑談、後半は曲の話でしたけど、こっちから何か言ったわけじゃないのに「あんまりストリングスで派手にしたりとかという感じじゃないよね?」と言われて、「ああ、もうわかってくださってる」と安心したのをすごく覚えてます。
野村 事前に過去の作品を聴かせてもらったんだけど、「むすめ」や「流れ星」の印象がすごく強かったんだよね。それを聴いて「なんて素晴らしいシンガーソングライターなんだろう」と。それから「君の住む街」のデモを聴いたら、新しい扉を開こうとしていることはすぐにわかったんです。もう少し広い範囲に届けたいんだなと。でも、今挙げたような曲にある、いい意味での素朴さが花ちゃんの強みだと感じたから、アレンジはもともと持ってるものの延長線上でやったほうがいいだろうなと。より多くの人に届きやすい、でも着飾らないものがいいなと。
悲しい曲を悲しそうな声で歌っても誰の心も打たない
──花さんはこのときにボーカルディレクションを初体験したそうですね(参照:関取花「朝」インタビュー)。
関取 人生初でした。「マイクの向こうにお客さんがいると思って歌えばいいんだよ」と言われて。まだ閉じてる感じがあったんだと思います。
野村 そうだったね。僕は花ちゃんの歌を聴いたとき、根っからの明るさより、ちょっと翳りのある部分を感じたんです。ただ歌はおしゃべりとは違うから、悲しい曲を悲しそうな声で歌っても誰の心も打たない。まず開いた気持ちになったうえで悲しいイメージで歌わないと相手に届かないんですよ。だからそういうディレクションをしたんだけど、今回の「逃避行」の歌入れのときに「成長した!」と思ってめっちゃうれしかったんだよね。声のトーンがちゃんと「リスナーに届けよう」という気持ちを表現してた。最初に会ったときに「私の声って木管楽器みたいなんですよ」と言っていたのをよく覚えてるんだけど、本当にそうだなと思って。柔らかくてまろやかだから、歌い方1つで明るく軽やかにもなるし、すごく内向きな印象にもなる。マイクの前でパッと声を出した瞬間にそのジャッジを僕の中でするんですけど、今回は圧倒的に外に向いてるなと。「はじまりの時」はもう歌った瞬間からめっちゃくちゃよかった。特に何も言わなかったもんね。
関取 そうでしたね。
野村 今回は本当に歌が素晴らしくて、数テイク録っただけで「これがいい」となった。
関取 レコーディングの前日がライブだったから、たぶんその感覚を持ったままいけたんだと思います。それこそ「君の住む街」のとき陽一郎さんに教えていただいたことが、一番イメージしやすかったというのはありますね。
本当は座って歌いたい
野村 そういえば、花ちゃんってレコーディングのときに座って歌うよね。
関取 はい。
野村 最初「えっ!」とびっくりしたもん(笑)。「君の住む街」は立って歌ってたけど。
関取 あのときはまだスタイルが定まってなかったんですけど、今は座って歌ってます。本当はライブも座って歌いたいんですよ。そのほうが落ち着くだけなんですけど。ギターもストロークは立ってるほうが体を動かしたりして乗れるけど、アルペジオは座ってたほうが断然弾きやすいから、曲ごとに立ったり座ったりしたいぐらいです(笑)。
野村 歌も同じ感覚?
関取 なんか立ってると持て余しちゃうというか。自分の中ではマックスを出したつもりが「まだいけるんだけど!」みたいなのがここらへん(頭の斜め上)にいる感じになっちゃうんですよ。過度なビブラートがかかっちゃったり、語尾を伸ばしすぎちゃったり。
野村 ということは、ライブでは本気で歌えてないってこと?
関取 いや、それがここ1、2年ぐらいで歌えるようになってきたんです。あとで記録用の動画を見たらすごく動いてるんですよ、私。左脚がプラプラしたり、空を蹴ったり。あれをやってるときはリラックスしてるんです。右脚もそうなると完全に乗ってます(笑)。
野村 へー! 自覚症状ないの?
関取 ないです。
野村 今度そうやって録ろうよ。
関取 (笑)。あと間奏ではとにかくステージを歩き回りますね。そうすると落ち着くんです。たぶん少し体力を消費するくらいがちょうどいいんでしょうね。無自覚のうちに動いて、そこからよくなることもあります。
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お客さんの顔が変わる「聞こえる」
2020年3月4日更新