関取花が1年4カ月ぶりのアルバム「ただの思い出にならないように」を完成させた。
常々自身の楽曲について「歌詞を聴いてほしい」と言う関取。音楽ナタリーではその歌詞の魅力に迫るべく、俳人・佐藤文香との対談をお届けする。2人は昨年7月、佐藤がレギュラー出演していたNHKラジオ第一「つぶや句575」に関取がゲスト出演した際に初対面。その後行われた佐藤の著作・現代俳句アンソロジー「天の川銀河発電所」(左右社)の出版記念トークショーで意気投合したという。そんな2人による今回の対談では、佐藤が「ただの思い出にならないように」を題材に関取の作家性を読み解く。俳人とシンガーソングライター。表現形式こそ違うが、同じ言葉を扱うアーティストならではの洞察を楽しんでいただきたい。
取材・文 / 高岡洋詞 撮影 / 大畑陽子
「なんていい声なんだろう!」
──佐藤さんは音楽好きでいらっしゃるんですよね。
佐藤文香 網羅的に聴いてるわけじゃないんですけど、家にいるときはずっと何か聴いてますね。花さんのことはお会いするまで知らなかったんですけど、NHKのアナウンサーさんが「絶対に佐藤さん好きだと思う」と教えてくれて、聴いてみたら「なんていい声なんだろう!」って思って。最近は「朝」(2018年1月発売の2ndシングル)をすごくよく聴いてます。
関取花 ありがとうございます。「朝」のMVが公開されたときすぐにLINEをいただいたんですよ。めっちゃうれしかったです。
佐藤 今回のアルバムの中でも、私は「バイバイ」「動けない」からの「朝」っていう流れが好きで。
関取 一緒です! 私もその流れが一番気に入ってるんですよ。
佐藤 あと、それ以外では「蛍」と「彗星」。
関取 完璧です! もう何も言葉はいらないくらい。
佐藤 それじゃせっかく呼んでいただいた意味がないので(笑)、今日は歌詞をちょっと深読みして、花さんの作家性について考えてみたいなと。
関取 おお……ここ1年、そんな話をする機会は一度もなかったです(笑)。「最近ひがんだことは?」とか「最近腹立つ女は?」とかしか聞かれなかったので。(天を仰いで)お母さーん……。
共感を得る幼児性
佐藤 “ひがみソングの女王”はあくまで花さんの一面だと思うんです。ただ、なんでそういう歌詞が出てくるのかっていうところからまず考えたいなと。8曲目の「あの子はいいな」は“ひがみ文脈”で作られた曲だと思うんですけど、私はこの曲に“小さな子供が駄々をこねてる”みたいな幼児性を感じるんです。大人になるとみんな蓋をする気持ちなんだけど、それをあえて歌うことで共感を集めるわけですよね。幼児性って花さんにとって実は重要な要素なのかなと思ってて、例えば1曲目の「蛍」と3曲目の「親知らず」の歌詞に「真っ暗闇」って言葉が出てきますけど、「暗闇」じゃなくて「真っ暗闇」って言い方が、なんだか絵本っぽいなと感じたんです。
関取 絵本、大好きです。母親が好きで、小さい頃ドイツに住んでたときも、「言葉がわからなくても理解できるから」ってドイツ語や英語の絵本を与えられてましたし、日本からも取り寄せてました。だから絵本は常に周りにあって、名前が知られるようになった頃に出したミニアルバム「中くらいの話」(2012年11月発売)は、「私はこういうシンガーソングライターです」っていう自己紹介的な意味も込めて、意識的に絵本っぽい世界観を作っていきました。たぶん、子供が笑えて大人が泣ける、みたいな世界観がめっちゃ好きなんですよね。
佐藤 言葉の選び方が普遍的ですよね。大人の世界の言葉でやりくりすると、もっと生活に引き寄せた言葉になると思うんです。例えば「あの子はいいな」は日常に即した卑近な言葉で書かれているのに対して、「蛍」や「彗星」はずっと昔の記憶を呼び起こすような幻想的な言葉で書かれていて、花さんの本領はこっちなのではないかと。
関取 (拍手)ありがとうございます!
佐藤 「蛍」に「星屑の川のほとり ふたりだけの光 灯す蛍になろう」ってくだりがありますよね。「星屑の川」と言うと天の川を思い浮かべますけど、そのほとりに“ふたり”がいて、そこに星が光っているにもかかわらず、別の光を灯そうとしている。光を重層的に重ねるような描き方から、絵本のページが思い浮かぶんですよ。星の光がポンポンと描いてあるところに“ふたり”がいて、別の色の光を灯してるようなイメージ。
関取 ここは頭に浮かんだ絵をそのまま書いていった感じでした。
“行っちゃう”のも“留まる”のも自分自身
佐藤 あと“僕と君”でも、“あの子と私”でも、2人のうちの片方が“行っちゃう”歌が多いですよね。「蛍」は僕が君を連れていく。「バイバイ」はあの子を置いて僕が行く。「動けない」は君が行っちゃって僕が動けない。「朝」は私が動き出す。「彗星」は君の触発によって僕が行く。「三月を越えて」ではあなたが行ってしまう。なんでこんなに“行っちゃう”歌を書くんだろう?って思って。男女のことかなとも思うけど、色恋沙汰として描いてはいないですよね。
関取 極力、細かい描写を排除するようにしてる部分がすごくあります。それもたぶん、絵本好きなところにつながってるんですよね。
佐藤 “行っちゃう”のも“留まる”のも、両方が花さん自身なんじゃないですか? 留まる側の人物が“ずっと子供のままでいたい花さん”、行っちゃう側は“大人にならなきゃって思ってる花さん”で、両者の立場が曲によって入れ替わるみたいな。精神的な成長痛と言うか。
関取 それはかなりありますね。今挙げてくださったのは、どれも狙いのない曲なんです。外向きの自分は「いつも明るくいなきゃ」とか思ってるんですけど、本当はめっちゃ根暗だし、じっとしていたいタイプで、「親知らず」でも書いてるようにそのギャップが小さい頃からずっとあるんです。自然に書くと、その葛藤がいろんな形で出てくるんでしょうね。どっちも本当の私だから。
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キーワードは「あの子」
- 関取花「ただの思い出にならないように」
- 2018年6月13日発売 / dosukoi records
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[CD]
2500円 / DSKI-1003
- 収録曲
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- 蛍
- しんきんガール
- 親知らず
- オールライト
- バイバイ
- 動けない
- 朝
- あの子はいいな
- 彗星
- 三月を越えて
公演情報
- 関取花 バンドツアー ~あっちでどすこいこっちでどすこい~
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- 2018年7月23日(月)
- 福岡県 ROOMS
- 2018年7月25日(水)
- 広島県 LIVE Cafe Jive
- 2018年8月9日(木)
- 愛知県 SPADE BOX
- 2018年8月14日(火)
- 北海道 Spiritual Lounge
- 2018年8月16日(木)
- 宮城県 enn 3rd
- 関取花 ホールワンマンライブ ~西でどすこい東でどすこい~
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- 2018年8月4日(土)
- 大阪府 大阪ビジネスパーク円形ホール
- 2018年8月18日(土)
- 東京都 品川インターシティホール
- 関取花(セキトリハナ)
- 1990年12月18日生まれの女性シンガーソングライター。幼少期をドイツで過ごし、日本に帰国した後の高校時代より軽音楽部で音楽活動を始める。2009年には「閃光ライオット2009」で審査員特別賞を受賞し、2010年に初の音源となるミニアルバム「THE」をリリース。2012年には神戸女子大学のテレビCMソングに採用された「むすめ」が話題を呼び、同11月には「むすめ」を含む全6曲収録のミニアルバム「中くらいの話」を発表した。2014年2月には3rdミニアルバム「いざ行かん」を発売し、同年7月にFm yokohamaでレギュラー番組「どすこいラジオ」がスタート。2015年9月2日に初のフルアルバム「黄金の海であの子に逢えたなら」をリリースした。2016年10月にシングル「君の住む街」を、2017年2月にアルバム「君によく似た人がいる」をリリース。DJみそしるとMCごはん、カサリンチュへの楽曲提供なども行い、2018年1月にシングル「朝」を発表する。6月に「朝」やNHK「みんなのうた」オンエア曲「親知らず」などを収録したアルバム「ただの思い出にならないように」をリリース。
- 佐藤文香(サトウアヤカ)
©吉原洋一
- 1985年兵庫県生まれの俳人。中学時代に夏井いつき氏の俳句の授業に衝撃を受け、句作を始める。2002年に「第5回俳句甲子園」で個人最優秀賞を受賞。2008年に第1句集「海藻標本」(ふらんす堂)を上梓する。句集出版をきっかけに池田澄子に師事。2014年に第2句集「君に目があり見開かれ」(港の人)、第1詩集「新しい音楽をおしえて」(マイナビブックス)を上梓した。そのほかの編著に「俳句を遊べ!」(小学館)、「天の川銀河発電所 Born after 1968 現代俳句ガイドブック」(左右社)がある。
2018年6月18日更新