音楽ナタリー Power Push - 関取花

“ひがみソングの女王”が、笑えて熱い1枚を完成させるまで

「わたしにはできないな」側の人に寄り添える音楽を

──畑違いの人に喜んでもらえるといえば「行列のできる法律相談所」で「べつに」を披露したのが最たる例ですよね(参照:関取花「行列のできる法律相談所」に出演、新曲「べつに」を歌唱)。

はい、この曲の歌詞はカップルをうらやむ内容なので「ひがみソングの女王」というキャッチコピーで出させていただきまして。近しい人は「本人的にはどうなんですか?」なんて言ってくださるんですけど、むしろそう言われるのが意外です。だって本来、お茶の間に出られるような人間じゃないんですよ(笑)。大して売れてもいないのに、視聴率モンスター番組に出させていただいて、しかも25歳で「女王」の称号までいただいて(笑)。これをきっかけに普段音楽を聴かない人が面白がってくれて、何人かに1人でもYouTubeの右側に表示されるほかの曲のミュージックビデオをクリックして聴いてくれたら、絶対に何か感じてくれるって思っています。マイナスも含めて評価されるところまでいかないと、親に心配かけてまでやっている意味がないと思うんです。ほかの曲を聴いて「なんだよ」って思われるなら私の実力不足だなって思うだけです。

──大人ですね。

いやいや……。

──歌を聴いていても大人だなって思うところが多々あって。例えば子供ができたら伝えたいことを列挙していく「もしも僕に」は、最後のサビでオチを付けているところにお笑い好きの資質を感じつつも、伝えたいことの内容が達観しているなあと思いました。同世代の女の子と話していて話が合わなかったりしませんか?

いや、めっちゃ普通です! よく遊ぶ子は高校時代の友達なので、普通のOLが多くて。6人くらいで集まってプレゼント交換して「なんで私たちには彼氏ができないんだ」とか「時代が私たちに合ってない」とか(笑)、そういう話ばっかりしています。

──そうなんですか。歌い方もちょっと感情を突き放している印象を受けます。

ワーッて熱く歌う人はカッコいいなって思うんです。憧れるっていうか眩しくて、ライブに行って感動するのはそういう人だったりするんですけど、世の中にはそういう人を見て「ああなりたい」って思って実行できる人より、「私にはできないな」って思う人のほうが多いと思うんですよ。私もそっち側の人間なので、そういう人に寄り添えるような曲を作りたいなと思っていて。それはもしかしたら、どこにでもいるような私だからできることかもしれないなって。

──歌を作るようになったきっかけは?

褒められたかったんです。今もそうなんですけど、サイコロを振っても絶対に6の目が出ない、みたいな人生なんですよ(笑)。すごろくをしてもジェンガをやっても、ビリにはならないんだけどヌルーッと2とか3の目を出して無難にゴールしちゃうみたいなことが多くて。中学生のときは部活でバスケをやっていたんですけど、私は背番号8。ギリでレギュラーだけどだいたいハーフタイムで交代させられるし、あと1年部活を続けていたら絶対に後輩に取って代わられるポジションみたいな。そういうところで生きていたんですけど、高校時代に友達とカラオケに行って歌ったときに、初めてみんなが「なんだこれ?」って本気で驚いているのを肌で感じて「もしかしたらこれなら4か5の目から始められるかもしれない」って思ったんです。

イップスを乗り越えたきっかけはゆで卵

──去年初めてライブを拝見して、ギターのうまさにも驚きました。

いやいや。独学だし、練習もろくにしてないし、難しいコードも知らないんですよ。自分の部屋で弾いていたので、ストロークで弾くと隣の部屋の兄が「うるせえ!」って言ってくるからアルペジオしかできなくてずっとやっていたら、まあまあできるようになったっていう。さっき「一昨年くらいは調子が悪かった」って言いましたけど、同世代でギターや歌の上手な子がたくさんいるのを見て焦っちゃって、1日8時間くらい練習したんです。歌もギターも同じフレーズを何時間も。そしたらイップスになっちゃったんですよ。

関取花

──思い通りに筋肉を動かせなくなる心因性の運動障害ですね。

今も完全に治ってはいないんですけど。親指と人差し指がめっちゃめちゃ強力な磁石みたいにくっ付いて、大きな鍵の爪みたいになっちゃって動かないんです。まず声が出なくなって、次にギターが弾けなくなって。前日まで弾けていたフレーズが次の日には弾けないみたいな。それがまさに前作のレコーディング中に起こったことで。ツアーも控えていたので途方に暮れていたんですけど、ツアーの終わりかけの頃に「どうしよう、ファイナルなのに」とか思いながら、ゆで卵を食べていたんです(笑)。

──突拍子もない展開ですね!

ちゃんといい話になりますから聞いてください(笑)。親指と人差し指が寄っていっちゃって、まさにゆで卵みたいな形になっていたので、「あー、同じ形だな」と思って、なんとなくそこにはめてみたんですよ、ゆで卵を。そしたらなんだか面白くなって、「これ、ひょっとしたら持ちながらなら弾けるんじゃないか?」と思って。

──ゆで卵を?

はい。それでちょっと弾いてみたら、弾けたんですよ。

──弾けたんですね(笑)。

「そうか、親指と人差し指の間に幅を作れればいいんだ」と思って、部屋にあった象の置き物とか、いろんなものを持ちながら弾いてみて、ペットボトルのキャップを挟んだらスムーズに弾けるようになって(笑)。「1年以上悩んできたのに、こんなどこにでもあるもので解決するんだ」って思ったら面白くなってきちゃって、細かいことを気にしても仕方ないなっていうか、「もしも僕に」の歌詞にある「楽しんだもん勝ち」じゃないですけど、そこからいろんなことが楽しくなってきて、ものすごく前向きになりました。

──それで喉も快方に向かっていった?

関取花

悩んでいたときは調子のいいときに録った音源を聴いて、いろいろ工夫して、ボイトレに行ってみたりもしたんですけど「そのときの歌い方に合わせようと思うからいけないんだ」と思って、歌い方を変えたんです。そしたら以前よりも負担が少ないから長時間歌っても疲れないし、しかも「その声すごく好きだよ」って言ってくれる人がたくさん周りにいたんですよ。最初は「違いがみんなにバレたらどうしよう」って不安だったんですけど、ずっと私の歌を聴いてくれているミュージシャンの友達が「あの曲だけ歌い方が違ったけど、すごくよかったよ」って言ってくれて。実は……って話をしたら、「日本一くらい歌が上手な玉置浩二さんだって、歌い方は少しずつ変わっているけど、ずっと素晴らしいでしょ」って言葉をくれたんです。それでまた気が軽くなって、歌い慣れない曲も練習したらどんどん歌えるようになって、すごく楽しくなっていきました。大人になると初体験って減ってくるし、特に歌とギターはさんざんやってきたはずなんですけど、初めてギターを触ったとき、初めて歌を褒めてもらったときの感覚を取り戻して、ちゃんと向き合えた気がしたんですよね。その気持ちが(アルバムに)出ているかもしれないです。

──さっき俯瞰しているって言いましたけど、その経験と関係があるんですかね。曲を作った時期が一致しないかもしれませんけど。

そう言われれば、ガーッて入り込むとヤバいって気が付いてから、1回俯瞰するようにはなりました。今初めて気付きましたけど。だから曲にも出ていますね。

ニューアルバム「君によく似た人がいる」2017年2月15日発売 / 2300円 / dosukoi records / DSKI-1001
「君によく似た人がいる」
収録曲
  1. この海を越えて行け
  2. 君の住む街
  3. また今日もダメでした
  4. ベントリー・ワルツ
  5. もしも僕に
  6. 僕らの口癖
  7. べつに(Album Edit)
  8. 黄金の海で逢えたなら
  9. カッコー
  10. 平凡な毎日
  11. それでもいいならくれてやる
公演情報
関取花 “君によく似た人がいる” ツアー
  • 2017年3月10日(金)愛知県 CLUB ROCK'N'ROLL
  • 2017年3月11日(土)大阪府 梅田CLUB QUATTRO
  • 2017年3月25日(土)東京都 WWW
関取花(セキトリハナ)
関取花

1990年12月18日生まれの女性シンガーソングライター。幼少期をドイツで過ごし、日本に帰国した後の高校時代より軽音楽部で音楽活動を始める。2009年には「閃光ライオット2009」で審査員特別賞を受賞し、2010年に初の音源となるミニアルバム「THE」をリリース。2012年には神戸女子大学のテレビCMソングに採用された「むすめ」が話題を呼び、同11月には「むすめ」を含む全6曲収録のミニアルバム「中くらいの話」を発表した。2014年2月には3rdミニアルバム「いざ行かん」を発売し、同年7月にFm yokohamaでレギュラー番組「どすこいラジオ」がスタート。2015年9月2日に初のフルアルバム「黄金の海であの子に逢えたなら」をリリースした。2016年10月にシングル「君の住む街」を、2017年2月にアルバム「君によく似た人がいる」をリリース。


2018年6月18日更新