Sano ibuki|空想の街で鳴る音楽

Sano ibukiが5月13日に新作「SYMBOL」をリリースする。

2019年11月に発売されたデビューアルバム「STORY TELLER」は、約2年の構想を経て作られた、12編の空想上の物語からなる作品だった。一方今作は、「STORY TELLER」の舞台となった街の黎明期や行く末を5編の物語で描いたスピンオフ作品。ソングライティング、サウンドメイク、ボーカルのすべてにおいて、Sanoのさらなる進化を感じられる作品となっている。音楽ナタリーではSanoに初めてインタビューを行い、今作の制作過程や、物語を軸にしたクリエイティブのあり方などについて語ってもらった。

取材・文 / 森朋之

その世界で鳴っている音を形に

──2019年11月にリリースされた1stアルバム「STORY TELLER」は、Sano ibukiとしての音楽的スタイルを明確に提示した作品だったと思います。Sanoさん自身の手応え、リスナーの反応を含めて、どのように捉えていますか?

やり切った感じはありますね。今はもちろん「もっとこうしたい」という部分も少しずつ出てきていますが、あの時点でできることはすべてやれたので。リスナーの反応に関しては、意外なところもありました。「STORY TELLER」は、まず物語を作って、それをもとにして制作したわけですけど、そこまで物語をフィーチャーして聴いてもらわなくてもいいように作ったつもりなんです。僕が作ったストーリーを受け取ってほしいというより、聴いてくれた人がそれぞれの体験などを重ねて、その人だけのストーリーを思い描いてほしかったのですが、実際は「ibukiくんはどういう思いでこの物語を作ったんだろう?」という目線で聴いてくれた人が多かったみたいで。それはちょっと意外というか、びっくりしましたね。もちろん、そういう目線で聴いてくれたり、より深く物語に入ろうとしてくれるのもうれしいんですけどね。

──「STORY TELLER」は2年以上前から構想があったそうですが、今作「SYMBOL」も、その構想の中に含まれていたんですか?

そうですね。前々作の「EMBLEM」(2018年7月発売の1stミニアルバム)、前作「STORY TELLER」、今回の「SYMBOL」を含めて制作を進めていたといいますか。特に「STORY TELLER」と「SYMBOL」はレコーディングもほぼ同時だったし、並行して作っていた感じですね。

──同時進行で制作して、2つの作品の物語が混ざってしまうことはないんですか?

それは大丈夫です(笑)。ストーリーを先に作ると言っても、自分の中でそこまで縛りはキツくなくて。さっき言ったように、むしろ聴き手の中に想像の余地を残したいし、楽曲の制作に関しても、物語に入り込み過ぎないように気を付けているんですよ。

──工程としては、まずどう始めるんですか?

今作に入っている「emerald city」もそうなんですけど、最初に曲の題名を決めることが多いです。その題名に対して物語のプロットを作って、主人公、登場人物のプロフィールを決めてから、お話を作っていく。それができあがってから、歌詞に落とし込みます。メロディやアレンジは、プロットを書いている段階でかなり詰めてるんですよ。その中で鳴っている音を想像しながら、イメージを固めて。

──劇伴を制作しているような感じで?

まさにそうかも。その世界で鳴っている音を形にするという意味では、劇伴に近い作り方かもしれないですね。自由すぎる状態があまりピンとこないというか、何もないところから作り始めると「どうしようかな?」と迷ってしまうだろうし、自分のことばかり書くことになりそうで。それだけだと面白みがないし、そもそも自分自身のことをそんなに面白いとは思えないんですよね。自分のことを歌うのって、恥ずかしいじゃないですか。

──なるほど。自分のことを歌うよりも、物語を軸にしたほうが広がりがあるのかも。

そうだと思います。物語の主題歌を作っているような感覚もありますね。それは一見、不自由なように見えて、実はより大きく広がるし、自由になれるんですよ。まあ「思った以上に自分が出たな」ということもありますけどね。「STORY TELLER」に入ってる「梟」もそう。今聴くと、ちょっと恥ずかしいところもあります(笑)。

全体の軸になっている「emerald city」

──では「SYMBOL」の収録曲についてお伺いします。プロローグ的な役割の「origin」で本作は始まりますが、作品の中心になっているのは2曲目の「emerald city」かなと。この架空の街は、アルバム「STORY TELLER」の舞台でしたよね。

はい。「emerald city」は、「STORY TELLER」「SYMBOL」を合わせて、全体の軸になっている曲なので。この曲の主人公は、「STORY TELLER」の作者なんです。「作者自身がこの世界に入り込んでしまったら、どうなるか?」というところから作り始めた曲で、今回の作品全体の主人公感も意識していて。僕が作った物語に対する反骨精神みたいなものもありますね。自分が作った物語は決して正解ではないし、自分の思想が正しいわけでもなくて。それを正したり、変えることができるのは、自分しかないというか。そういう思いが沸々と湧き出てるんですよね、この曲には。

──メタ構造と言いますか、いろいろな視点が絡み合って成立しているんですね。ちなみにSanoさんの中で、「emerald city」はどんなイメージの街なんですか?

あまり限定はしたくないんですけど、摩天楼であることは間違いないですね。ジャケットに描かれている街は、自分が思い描いているイメージにすごく近くて。絵を描いてくれたイラストレーターの方といろいろ話して、僕が描いたものも送ったり、細かいところまでやりとりさせてもらって。僕の頭の中にある「emerald city」を提示できたのはよかったです。

──「origin」「emerald city」のアレンジ、プログラミングはトオミヨウさんが担当されています。サウンドに関してはどんなやり取りが?

曲のデモができて、「この世界観をどう表現したらいいだろう?」とディレクターと話したときに出てきたのがトオミヨウさんの名前で。思い描いている街の雰囲気だったり、曲全体の疾走感、あとは「沸々と湧き上がる思いをエレキギターで表現してほしいんです」ということまでかなり細かく打ち合わせさせてもらいました。以前、トオミヨウさんと一緒に制作したとき、きらびやかな音が遠くで鳴っているようなイメージがあって、すごくワクワクしたんです。宝石箱が見えてくるような感じがすごく好きで、「emerald city」もそういうサウンドにしたかったんですよね。

──そのイメージは、同じくトオミヨウさんがアレンジした3曲目の「Jewelry」にもつながっているんですか?

そうですね。「Jewelry」のアレンジのテーマは“踊れる宝石箱”だったので。別れを描いてる曲なんですが、別れの瞬間をただ悲しく歌うのではなくて、“お別れ会”みたいな曲にしたくて。特にキックとベースの絡みにはこだわりましたね。

──ライブでオーディエンスを踊らせたいという気持ちもあったのでは?

一緒に踊ってもらえたらうれしいなとは思いますけど、僕自身、そこまでアグレッシブなタイプではないので(笑)。キラキラした音の中で、思わず身体を動かしたくなったらいいな……という感じですね。