Sano ibuki|自分自身が息づく私小説的アルバム ポップミュージックをまっすぐ見つめて ゆかりのある著名人7名から寄せられたメッセージも

Sano ibukiの2ndアルバム「BREATH」が7月7日にリリースされた。

2019年発売のデビューアルバム「STORY TELLER」、2020年発売の音源集「SYMBOL」では、自身が生み出した空想上のストーリーをもとに楽曲を制作していたSano。ドラマ「ソロ活女子のススメ」(テレビ東京系)のオープニングテーマ「Genius」や、映画「滑走路」の主題歌「紙飛行機」を含む12曲を収録した本作は、これまでの作風とは打って変わり、よりリアリティのある感情が表現された“私小説的”な作品に仕上がっている。自分自身と向き合いながら紡いだという本作の歌詞、そして島田昌典、トオミヨウ、伊澤一葉(東京事変、the HIATUS)、須藤優(XIIX)、TENDRE、河野圭、江口亮(la la larks)らを迎えた色彩豊かなサウンドなどについて、Sano本人にじっくり語ってもらった。

また特集後半では、今作に参加したトオミ、須藤、TENDREに加え、広瀬臣吾(SHE'S)、三原勇希らSanoとゆかりのある7名からのメッセージを掲載している。

取材・文 / 森朋之

誰かの一部になるポップミュージック

──1stアルバム「STORY TELLER」と音源集「SYMBOL」は、Sanoさんが創作した架空の物語をもとに制作されたものでしたが、今作はそれとはまったく違うスタンスで作られたそうですね。

はい。その2作は、まず自分の中で物語を考えて、設定までしっかり作り込んだうえで、その世界の中に曲を落とし込む感覚でした。でも2作を作り終えたときに、そのやり方は僕の中で完結したという実感が生まれて。それ以降、次の作品を作るタイミングで自分は変化しなくちゃいけないなと思っていました。で、自分という存在をどう表現したらいいんだろうと考え始めたところから、この「BREATH」がスタートしたんです。

──変化するためにこれまでと同じやり方で新たな物語を作るわけではなく、Sanoさん自身に意識が向いたのはどうしてでしょう?

「STORY TELLER」や「SYMBOL」のような曲の作り方は、自分にとってはごく自然で。もともと自分が持っているものから派生させるよりも、まったく違うストーリーをもとにしたほうが作りやすいというか。だからこそ、今回は違う扉を開きたいと思ったんです。そうじゃないと、もっと遠くに行けないような気がして。

──遠くに行けない?

アーティストとしての目標って人によってそれぞれ違っていて、例えば「武道館でライブをやりたい」という具体的な目標を持っている人もいると思うんです。でも僕の場合は、「自分の音楽を通して、もっと遠くに行きたい」ということが一番にあって。僕の音楽を聴いてくれる人も一緒に遠くまで行けたらいいなと思うし、そこで幸せを感じてもらえたら最高だなと。そのために、今回のアルバムでは自分自身を表現する必要があると思ったんです。

──自分の感情や体験を音楽にすることで、より多くの人に伝えたいと。

はい。ただ曲自体は僕自身のことをベースに作りつつ、どこかにはフィクションを混ぜています。音楽って、最終的にはリスナーのものになることが大事だと思うし、そのためにはもっと自分を開いてポップにならなくちゃという気持ちがあるんです。そうすることで、もっと自分を表現できるんじゃないかなと。

──Sanoさん自身、もともとポップな体質なんですか?

どうなんでしょう……ポップミュージックには、聴く人にとって満ち足りていないものを補完してくれる力があると思うんですが、僕の音楽も聴いてくれる人の一部になれたらいいなと思っています。あと今回アルバムを作るうえでは、“五感”も意識していました。五感の中で人間が一番早く忘れてしまうのは聴覚で、最後まで記憶に残りやすいのは嗅覚だと言われていて。実際にライブやフェスに行ったときも、もちろんそこで聴いた音楽の記憶もあるだろうけど、会場の景色や匂いの方が鮮明に覚えていたりするじゃないですか。今はコロナ禍の影響でそういう体験ができる機会が少なくなっているので、聴くことによっていろいろな景色や匂いが感じられるようなアルバムを作りたいなと。

Sano ibuki

──なるほど。ちなみにSanoさんにとってのポップスターと言えば?

マイケル・ジャクソンですね。いろんな音楽を聴きますけど、幼い頃から現在まで絶え間なく聴き続けているのはマイケル・ジャクソンくらいだと思います。もともと父親が聴いていたことが大きいんですが、家で流れていたマイケル・ジャクソン、スティービー・ワンダー、Earth, Wind & Fireあたりが僕の音楽的なルーツになっていて。特にマイケルのことは大好きで、音楽はもちろん、彼のインタビューや書籍なども読んでいます。

──マイケルのように、エンタテインメント性にあふれたステージをやってみたい気持ちもある?

うーん、正直自分にはあまり向いてないと思うんですけど(笑)、まったく興味がないわけでもないですね。ステージ上で音楽をいろいろな方向から表現することが好きなので。マイケルのライブは映像もすごいじゃないですか。ミュージックビデオにも物語性があるし、そこに彼自身がしっかり投影されている。そういう表現の仕方にも、かなり影響を受けていると思います。

1人ぼっちは孤独じゃない

──では、収録曲について聞かせてください。まず1曲目「Genius」ですが、今作のポップな側面を象徴する曲だなと。

確かにポップに振り切った曲かもしれません。サウンドもずば抜けて明るいし、歌詞も今まで書かなかったような内容になっていますし。「ダイレクトな表現でありながら、聴いてくれる人の側にいられる歌を、どうやって紡いだらいいだろう?」と考えながら作りました。この曲を書いたことで、自分はポップスをやるんだという覚悟が決まったところもありましたね。アレンジをお願いした島田昌典さんにも、最初から「とにかくポップにしたいです」と話していました。

──シンセやキックの音色など、1980年代のテイストも取り入れられていますね。

まさに。マイケルやa-haなどもそうですけど、80年代の曲はリズムを聴くだけで懐かしい匂いがするし、世界がセピア色になるような瞬間があって。その感じが自分の記憶を思い出すときの感覚に近いなと思ったんですよね。レコーディングも楽しかったです。ボーカルの録音をしていると歌うことに没入しがちなんですけど、この曲はいつもよりも軽やかに歌えた感覚がありました。

──この曲はドラマ「ソロ活女子のススメ」のオープニングテーマですが、制作時にはドラマの内容も意識されていたんですか?

実はすでに完成していた曲を主題歌として使用していただいたんです。でもドラマを観ていて、曲がドラマにすごく合ってるなと思いました。このアルバムもそうだし、僕というアーティストもそうなんですけど、“1人ぼっち”というテーマが常にあって。それは1人でいることが寂しいということではなく、「1人ぼっちではあるけれど」という部分を表現したいというか。それが「ソロ活」という作品にも合っていたんだと思います。

──“1人ぼっち”というテーマを掲げたのはどうしてですか?

もともと「STORY TELLER」のときからあったテーマなんです。でも前回は“1人ぼっち”のイメージがフワッとしていたので、今回はもっとソリッドに表現したいなと……そもそも、僕自身も1人ぼっちですし。

──さらっとすごいこと言いましたね。「僕自身も1人ぼっち」って。

Sano ibuki

はい(笑)。「自分は1人ぼっちだな」って、誰かの存在があって初めて成り立つ感情だと思うんです。他人と一緒にいても寂しいと思ったり、誰かと別れたりした経験がないと、そういうことは感じないはずなので。

──確かに。人間は本質的に孤独であるということも、古くから言われていますしね。

1人ぼっちは孤独じゃないってこと、みんなどこかでわかっているはずなんだけど、普段は見ないようにしているという人が多い気がします。ゆえに、他人ではないもっと別のもので寂しさを埋めたいと感じるんでしょうね。でも僕自身は、こういう感情としっかり向き合ったほうがいいと思っているんです。そのほうが他者の存在を理解できると思うし、大切にできるんじゃないかなって。ただ、あえて1人でいることもすごく大切だなと思います。……こう言うと、寂しい奴みたいに聞こえるかもしれませんが(笑)。

──あははは。ちなみに友達は多いほうですか?

とても少ないです。誰かと初めて会った瞬間に「この人とは仲よくなれそう」と感じることってあると思うんですけど、僕はそれが滅多にないので、友達と呼べる関係になるためのきっかけを自分から作れないんですよね。向こうからドンドン心の中に入って来てくれる人のほうが、仲よくなることのほうが多いかもしれない……なんだ、この話(笑)。

──(笑)。2曲目「ムーンレイカー」は、ノスタルジックな雰囲気を感じさせるポップチューンですね。「会いにいくよ 今、会いにいくよ」というストレートな歌詞にもグッと来ました。

ありがとうございます。この曲はただ前向きに希望を歌っている曲ではなくて、根底には別れというテーマがあるんです。だからこそ「会いにいくよ」という歌詞に強い意味が込められると思って。今は誰かに気軽に「会いにいくよ」と言える時世ではないし、人と会うこと自体が難しい状況だからこそ、強い思いを込めてこの言葉を歌いたかったというか。アルバム制作の終盤で書いた曲なんですが、この曲ができたことで、大きな扉が開いたような感覚がありました。

自由に考えるための余白

──続く「ジャイアントキリング」は、バンド感が全面に押し出されている楽曲ですね。レコーディングに参加している真壁陽平さん(G)、伊澤一葉さん(Organ, Piano)の奔放な演奏も聴きどころだなと。

この曲のテーマは“負け犬の遠吠え”で。それを表現するためには意外性が必要だなと思って、アレンジャーの須藤優さんと細かく相談しながら作っていきました。途中でシャンソンみたいなパートが出てきたり、奇想天外な展開もあったり。レコーディング中に構成がガラッと変わった曲でもあります。デモの段階ではギターソロを予定してたんですけど、ピアノの伊澤一葉さんがピアノのソロを考えてきてくださり、その場で弾いてもらったら「これしかない!」と。そういうふうに誰かとその場で相談しながら曲を作っていくということは意外と今までなかったことだし、バンドらしい作り方だったなと思います。

──Sanoさんは曲作りの際はきっちり構築していくタイプかと思いましたが、そういうふうに偶発的に生まれたアレンジを採用することもあるんですね。

Sano ibuki

自分でも意外でした。おっしゃる通り、どちらかというと細かく作り込んでいくのが好きなんですが、「ジャイアントキリング」は制作の終盤に録った曲ということもあって、今まで以上にフレキシブルにやってみようと思ったんです。そもそも僕、これは須藤さんにも話したんですが、以前はずっとバンドをやりたいと思っていたんですよ。メンバーを探したこともあったんですけど、なかなか見つからなかったので、シンガーソングライターとして活動し始めたという。だから、どこかでバンドに対する憧れやコンプレックスがあるのかもしれないですね。

──なるほど。4曲目の「pinky swear」は、繊細な鍵盤のフレーズやリズミカルな弦の響きがとても印象的でした。切なさがにじむメロディ、感情的なボーカルも素敵ですが、この曲は思春期の恋愛を描いたマンガ「青のフラッグ」にインスパイアされて書かれた曲だとか。

そうなんです。アルバムの制作時期に「青のフラッグ」にハマっていて、「この世界観で曲を書いてみたい」と思って。普段はドロッとした人間関係が細かく描かれた小説を読むことが多いので、登場人物たちの心情を鮮やかに描いた「青のフラッグ」がすごく新鮮に感じたんです。

──この曲のMVはSanoさん自身がディレクションと編集を担当されていますよね。楽曲への思い入れの強さが感じられました。

最初は自分でMVを制作するべきかどうか迷ったんですけどね。でも僕の中では、MVって楽曲に対する1つの答えというか。曲を作っているときに思い描いていたストーリーや主人公像、曲に託したいメッセージも、MVではすべて表現できると思うんです。だからこそMV制作時は自分自身の思いがMVに表れすぎないように、なるべく第三者の視点を保とうとしたんですが、すごく難しかったですね。

──いい意味で明確に答えを提示していないMVだと思いました。主人公である高校生の女の子が、ラスト近くで学校のグラウンドに行き、トラックのスタートラインに立ちますが、彼女が走り出したかどうかは明示されていなくて。

アニメや映画なども好きでよく観るんですが、いつも自分で考える余地が欲しいなと思っているんです。「pinky swear」のMVでいうと、女の子が走ったのか、そのまま帰ったのか、そもそも本当にグラウンドに行ったのか、彼女の想像上の話なんじゃないかとか。観てくれる人に自由に考えてもらいたいから、細かく説明せずに余白を残して描くことを意識しました。あと、主人公を演じてくださった田久保夏鈴さんがすごく運動神経のよい方で、缶を蹴っ飛ばすシーンがすごく美しく撮れたので、そこも気に入っています。