りりあ。×VIA特集|アーティストとレーベルの幸せな関係

2020年11月、トイズファクトリーが新レーベルVIAを発足すること、そして第1弾アーティストとしてりりあ。が所属することを発表。同月末に「蛙化現象に悩んでる女の子の話。」が配信リリースされた。りりあ。は2019年に活動を開始し、2020年にTikTokをきっかけにブレイクしたシンガーソングライター。TikTokにおけるギター弾き語りでのカバー動画投稿の草分けとも言える存在で、フォロワー数は120万人を超えている。

昨年9月に公開された音楽ナタリーのインタビュー記事では、音楽活動はあくまで趣味で仕事にすることに抵抗があると話していたりりあ。(参照:令和のアーティストとSNS | りりあ。が実践する、新しい音楽活動のカタチ)。そんな彼女から早くも新曲「素直になりたい子の話。」が届けられた。VIA所属後もりりあ。はメディアへの顔出しはせず、SNSを中心とした従来のスタンスを変えることなく、しかし精力的に活動を続けている。この記事ではVIAレーベルヘッドの松崎崇氏のコメントを中心に、今の時代におけるレーベルとアーティストのあり方を考えてみたい。

文 / 丸澤嘉明

TikTok旋風が吹き荒れた2020年の音楽業界

2020年はTikTokが音楽業界に非常に大きな影響を与えた年だった。そしてそれは2021年に入ってからも変わることはなく、もはやブームではなくスタンダードになりつつあると言っていいだろう。TikTok発のアーティストが多数出てきた背景について、TikTok Japanの音楽チームシニアマネージャー・宮城太郎氏は「音楽の聴き方が変わってきました。昔はアーティスト側が『この歌はこういう曲なんだよ』とミュージックビデオで提示していたのが、今はユーザーが勝手にMVを作ってくれます。ユーザーがうまいことMVを上げてくれるような流れを作っているアーティストが共感を得ていて、共感が生まれたものが結果的に多く聴かれる状態になっています」と分析する。りりあ。もTikTokをきっかけに多くのユーザーの共感を得たアーティストの1人だ。2019年秋に投稿を始めた彼女は、すぐさまその歌声が「天使の歌声」と話題になり、毎月10万人ずつフォロワーが増加。2020年5月に配信リリースした初のオリジナル曲「浮気されたけどまだ好きって曲。」はLINE MUSICのウイークリーランキング1位を獲得した。音楽業界に突如現れた新星と契約しようと多くのレーベルが声をかけていたようだが、そんな彼女を射止めたのが新設レーベルのVIAだった。果たしてVIAとは、いったいどのようなレーベルなのだろうか。

The Orchardとの提携がもたらすもの

VIAは「新世代のストリーミング特化型アーティストにフォーカスし、SNSなどのデジタルコンテンツを最大限に駆使しながら、アーティストごとに最適化された方法でリスナーの元へ届けていく」という理念を掲げたトイズファクトリーの新レーベル。「~を経由して」「~を通して」などの意味を持つVIAをレーベル名に冠したのには、「VIAというレーベルを通して、新たな音楽の提示、そして新たなミュージックシーンを創出していく」という意図が込められているという。そして所属アーティストの作品は、ディストリビューションサービスThe Orchardを通じて世界配信される。

The Orchardロゴ

The Orchardは1997年に設立され、全世界に40カ所以上の拠点を持つ大手音楽配信会社だ。2019年5月には日本オフィスが開設され、日本の市場に対してよりきめ細やかなサポート体制の構築が進んでいる。自社でも楽曲配信を行えるトイズファクトリーがあえてディストリビューターと手を組んだ理由について、VIAレーベルヘッドの松崎氏は「違う角度からの発想を外からも積極的に取り入れたかった」と語る。VIAにはさらに、外部スタッフとしてデジタルプロモーション / マーケティング会社arneの代表・松島功氏も参画するとのことで、松崎氏は「結局は人。とても熱量のあるスタッフの皆さんばかりで、一緒にアイデア、戦略を練りながら大事なアーティストの音楽活動を一緒にサポートできる」と手応えを明かしてくれた。

日本発の音楽ストリーミングサービスとしてLINE MUSICやAWAがあるように、中国にはTencent Music Entertainment Groupが手がけるQQ MusicやKuGou、韓国にはMelonといったその国独自のサービスが存在する。ディストリビューターによっては、SpotifyやApple Musicといったグローバルサービスへの配信は対応していても、ローカルサービスまで網羅できていないケースがある。その点、The Orchardは世界40カ所の拠点を持つため、世界各国満遍なくフォローすることができる。松崎氏も「世界的にストリーミングが中心になる中、配信できない国があるのはスタートラインにも立てていない状態。The Orchardと提携することで、本当の意味での世界配信ができることは大きな強み」と認識している。

さらにThe Orchardのサービスの特徴の1つが詳細なデータ分析だ。例えば、配信曲がどの地域でどのDSP(Digital Sales Provider=配信事業者)でどのように聴かれているかがタイムリーにわかるため、音楽の再生回数が伸びている地域にフォーカスして売り込みをかけるといったマーケティング施策を取りやすくなる。「Dynamite」の世界的大ヒットが記憶に新しいBTSのマネジメント会社・Big Hit EntertainmentもThe Orchardと契約していることで知られるが、BTSの躍進の影にThe Orchardのサポートがあったことは想像に難くない。VIAでもそういったデータ解析をマーケティング施策に生かしていく予定で、データ解析こそレーベルの役割における最重要事項と捉えているそうだ。

2020年5月にリリースされたりりあ。の「浮気されたけどまだ好きって曲。」は国内最大手のデジタルディストリビューター・TuneCore Japanを使って配信されているのだが、実は彼女はもともとこのサービスを知らず、アーティスト仲間のあれくんに教えてもらったという。あくまで推測だが、彼女はThe Orchardのことも、VIAのスタッフに聞くまで知らなかったのではないか。レーベルを介さず個人でも音楽を配信できる時代にはなったとはいえ、こうした専門的スキルを持ったレーベルスタッフ / 外部スタッフが音楽活動に必要な周辺の作業をサポートしてくれることは、りりあ。にとっても非常に心強いに違いない。

りりあ。の新たな魅力が味わえる楽曲

2月8日に配信リリースされた新曲「素直になりたい子の話。」は、好きな相手に思いを伝えることができない男女に、りりあ。が「さあ!そろそろ勇気出して頑張ろう」とエールを送る恋の応援歌。アコースティックギターの弾き語りによるオリジナル版が2020年10月にTikTokやYouTubeにてアップされており、多くのリスナーの共感を呼んでいる。配信バージョンにはサポートメンバーとしてモチヅキヤスノリ(Piano)、渡辺裕太(AG, Mandolin)、Yuta Kitamura(Upright Bass)、板井直樹(Programming)、Satoshi Setsune(Violin)、Akira Sakamoto(Dr)が参加。りりあ。のエモーショナルな歌声を十分に生かしつつ、バイオリンやピアノ、マンドリンが楽曲に彩りを加えている。この2曲を聴き比べてみるのも面白いだろう。

ジャケットアートワークはアニメ映画「ジョゼと虎と魚たち」のキャラクターデザインを手がけた絵本奈央が制作した。こうしたさまざまな分野のプロフェッショナルによるサポートを受けられるのも、りりあ。がレーベルに所属するメリットと言えるだろう。つまり、アーティスト活動を行うにあたり、ビジネスの側面とクリエイティブの側面、その両方からVIAの手厚いサポートを受けられるというわけだ。

りりあ。「素直になりたい子の話。」ジャケット

これからのレーベルの果たす役割とは

かつてメジャーレーベルは、アーティストへの音楽制作面でのサポートはもちろん、CDを全国の販売店に届ける流通機能、テレビやラジオといったマスメディアを使って大々的なプロモーションを打つ宣伝機能が強みだった。しかしながら現在ではデジタルディストリビューターを使って個人で配信を行い、SNSを使ってアーティスト自ら告知できる時代に突入している。そんな中で果たしてレーベルはどんな役割を担うべきなのか。この質問を松崎氏にぶつけたところ、「アーティストとレーベルが中心になってヒットを出す時代から、ヒットに選ばれる時代になっていると実感しています。それはネガティブな考え方ではなくて、いいもの、クリエイティブなものをしっかり作っていればいつか誰かに気付かれて、選んでもらえてヒットにつながる気がします。レーベルの役割としてはそのチャンスが訪れるまでしっかりと武器を蓄える、下拵えをするということではないでしょうか」という返事が返ってきた。また「アーティスト自身も気付いていない魅力を広げていくことができるのもレーベルだと思います。リブランディングするのではなく、あくまでも見せる場所を変えるという意味合いです」とも考えているようで、まさにりりあ。の存在はTikTokの枠を超えて世間に広まり始めている。

VIAでは、ストリーミングサービスでの楽曲のリスニング傾向がそうであるように、じっくり時間をかけて運営をしていくとのこと。現時点で第2弾所属アーティストの具体的な名前は挙がってきていないが、「自社のみならず他レーベルやインディーズアーティストの分析も行い、それらを総合的にThe OrchardやVIAスタッフと意見交換をし、アウトプットしていきます。自分たちがいいと思えて、勝負できる作品をコンスタントにリリースしていきたい」と松崎氏は意気込む。これまでのレーベルにはない、新たな取り組みを始めたVIAの今後の展開にも注目だ。