くるりが語る「儚くも美しき12の変奏」|2部構成だけど古臭くないものを (2/2)

「東京」というパワーワードをどう消化するか

──アルバムを聴いていて自分が強く感じたのは時間の流れ方で。これまでのくるりのアルバムにもそういうところはありましたけど、今回のアルバムは決定的に同時代の日本のほかのバンドの作品と時間の感覚が違う。少なくとも、自分が住んでいる東京の時間の流れ方じゃないというか。

佐藤 ほとんどの曲は、前作に続いて伊豆スタジオで録ったんですけど、もう3年ぐらいずっと行ってるから、その時間感覚が体に染み付いてきたのかもしれない。

佐藤征史(B, Vo)

佐藤征史(B, Vo)

岸田 あと、ちょうど昨日考えてたんですけど、東京の街を散歩しながら、とてもいい天気で、気持ちいいなと思いながら、「俺はここに住んでいたのか」ってふと思って。自分が東京に住んでいたときの感覚が、時間の経過もあるんですけど、かなり抜け落ちた感じがあって。くるりは「東京」っていう曲でデビューしてるじゃないですか。あれを作ったときは京都にまだ住んでましたけど、東京へのプレッシャーみたいなものがどうしてもずっと自分の中にあって。あの曲を演奏するたびに「東京」というパワーワードを自分でどう消化するかっていうのを考えさせられてきたんですよ。特に「東京」を東京公演でやるときっていうのはね、なんかすごいこう、いまだにちょっと怖さもある感覚っていうのがあって。

──わりと頻繁にやりながらも。

岸田 そう。やるだけだったら普通にできるんですよ。でも、自分の中で腑に落ちるまでの感覚っていうのが、ずっとあったんです。ただ、昨日ひさしぶりに東京で散歩をしていて、普通に「いい街だな」って思えるようになってて。これは地方に住んでて、たまにしか東京に来ない人間の視点なんですけど、ここ5年ぐらい、特にコロナ禍のあとに顕著なんですけど、日本全国にある大都市の中で、ほかの都市と比べても、東京ってそれまでとは全然違う感じに見えるんですよね。

──あ、それは住んでてもわかります。

岸田 人の流れなのか、人の顔なのか、別にポジティブとかネガティブとかそういうことではなくて、本当に変わったように見えるんです。なんか、以前よりも落ち着いてるっていうか。自分が京都に住んでるからバイアスもあると思うんですけど、東京はほかの地方都市と比べても、昭和の残像みたいなものが実は一番残ってる街やなって思って。今の話は完全に余談なんですけど、確かに今回のアルバムの楽曲群は、東京臭はしないですね。ひさしぶりに東京っぽい曲を書いてみたいなとは思ってるんですけど、今回のアルバムは本当に東京臭がない。

──自分は4曲目の「瀬戸の内」が本当に好きなんですけど、別にその曲名に引っ張られているわけではなくて、東京からちょっと離れたときに、カーステレオとか電車の中でヘッドフォンとかで聴きたいアルバムだなっていうのが、一番素朴な感想で(笑)。そして、当然曲調は曲によって違いますが、最初にも言ったようにそこには一定のムードがある。

岸田 そうなんですよ。「変奏」って言ってますけど、実はほとんどの曲で、1つのメロディの形だったり、1つの構成の形だったりを、ほかの曲にも流用してるんです。ほかの曲で違うやり方を試してみたりとか、テンポを変えてみたりとか、キーを変えてみたりとか、音色を変えてみたりとか。

──ああ、ということは、ちゃんと変奏なんですね!

岸田 正式に「変奏」とは言えないんですけど、そういう節はあります。例えば、「oh my baby」っていう、Blurの「Tender」みたいな曲がありますけど。

──(笑)。

岸田 あの曲では「Aメロはこのメロディ」みたいなことは実は決めてなくて。同じメロディの形を同じコード進行、同じ流れで、ずっと変奏させていってるんです。実はそういう作り方をしている曲が多くて、「金星」という曲では、1曲の中で5回も転調していて。

──そう言われないと気付かないような、シンプルに感じる曲ですよね。

岸田 そう。すごくシンプルなメロディを、この曲ではメロディの形は変わらないんですけど、調を5回かなり大幅に変えるということをやっていて。謎のイントロが付いてるんですけど、それは物理的にそこに戻れるように付けたもので、「金星」だけを繰り返し聴いてもらえたら、とても気持ちよくなるはずです(笑)。

──そういうガイドがあると、聞こえ方が全然変わってきそうですね。このまま全曲について聞いていきたいくらいですけど。

岸田 本当は「曲の中で何事も起こらない」みたいなのが理想なんですけど、それだと退屈に思われてしまうじゃないですか。だから、このアルバムでやりたかったことは、何事も起こってない風なんですけど、実は何かが起こっていて、その繰り返しでリスナーが「どこに行くんだろう?」と不安になっていると、最後はちゃんと自分の布団の中にいたみたいな感覚。

岸田繁(Vo, G)

岸田繁(Vo, G)

佐藤征史(B, Vo)

佐藤征史(B, Vo)

それを歌っていく年齢になってきたのかな

──もう1つ、「歌もの」という意味でこれまでのくるりの曲の中でも異色だと思ったのは、ちょっとフォーク時代のボブ・ディランのようなスタイルのアルバム冒頭の「たまにおもうこと」と、中盤のちょっと童謡っぽい「はたらくだれかのように」。どっちも本音だけで書かれたような歌詞で。くるりは、本音を歌うときには全部タイトルをひらがなに開くのかなって(笑)。

岸田佐藤 (笑)。

──だって、これまではあんまり歌で本音を言ってこなかったじゃないですか?

岸田 言わないです。京都人ですから(笑)。

──でも、今回はまあまあ言ってるなって(笑)。

岸田 これでも自分の中でコンプライアンスに引っかかるところはかなり削っていったんですけど。元の歌詞は、両方ともかなりハードで。くるりの曲の中では、ちょっとね、思想とか、政治色が強い曲だったので、そういう部分を削っていったところはあるんですけど。これはあくまでも私にとってはという話ですけど、もし自分が何か思想のようなものを伝えたいと思ったとしても、それを音楽に結び付けることは、私には難しいんですね。でも、そうじゃなくて、誰も共感してくれないかもしれないけれど、私が一市民として素朴に思っていることがあって、目の前に音楽があって、自分が歌えるんだったら、それを歌っていく年齢になってきたのかなっていうのは、ちょっと思い始めてはいるのかもしれないです。

──その変化の兆しがこの2曲ということなのでしょうか?

岸田 うーん。長いキャリアの中で、1996年に結成して、98年にメジャーデビューして、あの頃の東京のカルチャーの中にいて──それをぬるま湯って今は言うこともできるけど──僕にとってはとても心地がよかったんですよ。その中で、いろんな青春群像があって、そこで感じてたいろんな叙事や叙情を歌にしてきて、それは恋愛の歌だったりもしたわけですけど、そこでそれなりのものを作ってきたという自負はあるんです。でも、ある時期から、ソングライターとしてというかリリシストとして、自分の感情みたいなものはないことにして作るっていうことを、近年はわりと考えていたんですよね。

──そうなんですか。

岸田 うん。もちろん気分としてはそれが歌に表れることはあるけど、もっと感情的な「なんやねん!」っていうような怒りにも近いような感情を音楽で処理するっていうことはしてこなかったので。

──だけど、これまであまり感情を出してこなかったからこそ、そこで作ってきた曲を今も自然に歌えるっていうところもありませんか?

岸田 ああ、あります。確かにね。

──でも、もうそろそろ50だし、もうこっからはきっとあんまり考え方とか変わんねえぞ、みたいな(笑)。自分に引き寄せても、そういう実感が50くらいを境にあったんですけど。

岸田 そうですね。基本的には自分が楽しければいいと思ってやってきましたけど、やっぱり世の中に対して、いろいろ考えることは増えてはきましたね。で、どうせ曲を書いて歌うんだったら、それはちゃんと自分のやり方じゃないと嫌なんですけど、投げかけていこうっていうのは最近ちょっと考えるようになってきたかもしれないです。

──岸田くん、ソーシャルメディアでもあまり無防備なポストをしなくなったじゃないですか。理由はすごくわかるし共感するんですけど、そういうガス抜きがなくなったからってことはありませんか?

岸田 そんなことは………いや、それもあるか。

佐藤 (笑)。

──あと、岸田くんのnoteとかを読んでて思うのは、あまり自分のことを「おじさんおじさん」言わないほうがいいと思います。

岸田 あー(笑)。

──以前、「くるりのこと」の中で岸田くんも佐藤くんも「くるりはお客さんの入れ替わりが激しい」って言ってたじゃないですか。それって、すごく健全なことだなと思ったので、自分から「おじさん」と言ってもいいことは何もないと思います。ほっといても、どうせ若い人からは言われるんだし(笑)。

佐藤 それはそうかもしれないですね。

──くるりって、ものすごい功績のあるバンドなんだから、もっとそれに見合うように偉そうにしていてほしいというか。

岸田 偉そうなおじさんになればいい?(笑)

──いや、「偉そう」っていうのはあくまでも言葉の綾なんですけど(笑)、特に今の時代、自虐していいことは何もないと思います。

岸田 いや、おっしゃってることはわかります。ひさびさにお話しできて今日は楽しかったです。

くるり

くるり

プロフィール

くるり

1996年に立命館大学の音楽サークル「ロック・コミューン」内で岸田繁(Vo, G)、佐藤征史(B)、森信行(Dr)により結成。1998年10月にシングル「東京」でメジャーデビューを果たす。2007年より主催イベント「京都音楽博覧会」をスタートさせたり、「ジョゼと虎と魚たち」「奇跡」といった映画作品の音楽を担当したりと、その活動は多岐にわたる。幾度かのメンバーチェンジを経て、2011年から岸田、佐藤、ファンファン(Tp)の3人編成で活動していたが、2021年3月にファンファンが脱退。岸田と佐藤の2人体制で活動していくことを発表した。2023年10月に、オリジナルメンバーで制作したアルバム「感覚は道標」をリリース。2024年9月に、メジャーデビュー時より在籍していたSPEEDSTAR RECORDSとの契約を満了したことを発表し、翌10月にイタリアの音楽家ダニエレ・セーペと制作した楽曲「La Palummella」をリリースした。2026年2月に15枚目のアルバム「儚くも美しき12の変奏」を発表した。

衣装提供:ZUCCa / A-net Inc.(03-5624-2626)
ヘアメイク:川島亨子