大塚 愛が語る初コラボアルバム「marble」|ドリカム中村正人インタビューと参加者コメントも (3/4)

中村正人(DREAMS COME TRUE)インタビュー
中村正人(DREAMS COME TRUE)

J-POPに特化したカルチャーの基盤を作った世代

──中村さんは、大塚 愛さんというアーティストに対してどんな印象を持っていましたか?

僕も女性シンガー(吉田美和)と一緒に⻑く活動しているので、歌詞のいい女性シンガーソングライターには常々注目してきたんですけど、その中でも愛ちゃんは詞や歌、パフォーマンス面において最も興味があったアーティストです。ドリカムのカバーアルバム(2014年発売の「私とドリカム ―DREAMS COME TRUE 25th ANNIVERSARY BEST COVERS―」)に愛ちゃんが参加してくれたときに、「ROMANCE」っていう通好みの曲を選んでくれたんですけど、すごく凝ったアレンジでカッコよくしてくれて。ベースソロが一番苦手な僕に「ベースソロの場所を作っておきました」と仕込んでくれたことも、すごくうれしかったなあ。そういう点でも、単なるシンガーソングライターというよりもアレンジャーやプロデューサー気質が強い人だなと思ったことをよく覚えています。

──大塚 愛さん以前 / 以降で女性シンガーソングライターの系譜が変わった印象があります。

元来、女性シンガーソングライターってニューミュージック由来の方が多かったけど、愛ちゃんはJ-POPがベースにあるから、そのへんから時代が変わった印象はありますよね。

──歌詞の言葉遣い含め、2000年代的なノリといいますか。

本当にその通り。アーティストってデビューして最初の3年に出した作品ですべてが決まると言っても過言ではないと思うけど、彼女はそのレベルがすごく高かったんだよね。そうじゃないと20年も続かないですよ。このアルバムに参加してる水野(良樹)くんも愛ちゃんと同い年ですけど、J-POPに特化したカルチャーの基盤を作ったのは彼らの世代なんですよね。

大塚 愛

──なるほど。

あと、ライブを観に行ったときに、彼女のピアノのうまさに驚愕して。ちょっと話が逸れますけど、スター性が強いがゆえにプレイヤーとしての評価が追い付かないアーティストっているじゃないですか。プリンスなんてギタリストやベーシストとしても世界トップクラスだと思っていて、それこそ新しい三大ギタリストに入ると思っているぐらいだけど、愛ちゃんのピアノプレイもそれぐらいのレベル。手首のしなやかさとか指1本1本の動きとかにセンスを感じるし、もし愛ちゃんがフリーのピアノプレイヤーだったら絶対にドリカムのライブに参加していただきたいと思うくらいです。

ボーカリスト・大塚 愛の魅力

──そのほかにも絵本作家やイラストレーターとしても才能を発揮するなど、本当に多才なアーティストですよね。では、ボーカリストとしての大塚さんはいかがでしょう?

シンディ・ローパーみたいなタイプというか、強烈な個性を持っていて歌自体もめちゃくちゃうまい。今は機械でボーカルのピッチ調整も可能だけど、そういう修正技術がない1960~70年代でもマイケル・ジャクソンなんかはまるでオートチューンがかかっているようなレベルの歌を歌ってる。デビュー当時の吉田もそうだけど、「これオートチューンがなかった時代だよね?」って驚くほどのクオリティで。愛ちゃんの歌にも同じ匂いを感じるんです。デジタルでのエディットが主流じゃなかった時代から音楽活動を始めた人ならではの、ボーカリストとしての実力。レコーディングでも1音を出すために1日中、何回も歌い直したりしていたから、みんなプロとしてうまくなる。そういう意味では、非常に貴重な世代なんです。

──確かに、2000年代半ば以降はレコーディング機材の技術的な進化を含め、音楽シーンのあり方が大きく変わりましたものね。

今や宇多田(ヒカル)くんでさえ、“僕たち側”に入っちゃう時代になってしまいましたし。宇多田くんが出てきたときは、あれだけの枚数を売ったことで「おお、時代が変わったな!」と思ったけど、最近は米津(玄師)くん以降それ以前の音楽が全部“こっち側”になってしまったから。あと、フィジカルからデジタル、サブスクとビジネスモデルも変わったじゃないですか。そういう意味では、愛ちゃんには生きづらい時期もあっただろうけど、それでも自信を持って「大塚 愛はすごいんだぞ!」と言いたい。本当に今聴くべき、楽しむべきアーティストだと思うし、そんな彼女の楽曲をサブスクですべて楽しめるんだから、すごくいい時代になったと思いますよ。

──それこそ大塚さんのデビュー当時を知らない10代の子たちが、「さくらんぼ」をTikTokでバズらせている現実があるわけですし。世代を超えて愛される楽曲を生み出してきたという事実は、デビュー20周年という重みにもつながりますよね。

本当にそうですね。きっと、その時代その時代でいい相方もいたと思うんだけど、女性ソロアーティストというのはすごく孤独なんです。今の時代は1人でなんでもできることが当たり前になってきたけど、愛ちゃんがデビューした頃まではそうじゃなかったから。それでも、ここまで第一線で続けてこられたのは本当にすごいことだと思いますよ。

キーワードは「レトロポップ」

──そんな大塚さんが20周年という節目に、自分が尊敬するアーティストの方々に楽曲を提供していただいて歌うという、今までしてこなかったことに挑戦しました。

相当勇気が必要だったと思いますよ。これまで通り、ご自身で作詞作曲しても素晴らしい作品をまだまだ作れるのに、「ここでひとつ新しいチャレンジをしたほうがいい」と自分を客観的に見ることができるわけですから。僕の曲は歌詞を書いてもらったけど、ソングライターでありながらこういう選択ができることは本当にすごいと思います。さっきの孤独の話につながりますけど……こういう表現は本人にとって失礼かもしれないけど、相棒が欲しかったんじゃないかな。音楽制作において、今の子たちはクールにデータをやりとりするだけかもしれないけど、昭和世代は1つひとつのことに熱くなっちゃうんですよ。うちもいまだにそうだけど、1音を決めるだけで喧嘩になるから(笑)。今回のコラボ相手を見て思ったのは、きっと愛ちゃんは音楽仲間を集めたんじゃないかな。いわゆるトリビュートとかそういうものじゃなくて、みんな大塚 愛が大好きで、大塚 愛と一緒に仕事をしたいと思っている。水野くんなんて、“大塚 愛”愛がダダ漏れだからね(笑)。僕もその1人だけど、先輩後輩関係なく「大塚 愛のためならなんでもやりましょう」という熱狂的なファンがこれだけいたっていう証拠ですよ。

──では、中村さんはどういう形でこのアルバムに参加することになったんですか?

オファーをいただいただけ(笑)。1つだけ確認したのは、愛ちゃんのスタッフが「ドリカムの中村でいいんじゃない?」と言ったんじゃなくて、本当に愛ちゃんが中村に曲を書いてほしいと言ったのかということ。そしたら本人からのオファーだということがわかって、「もちろんやらせてください!」と返事しました。

──そこから「グッバイ蕎麦」の楽曲制作はどのように進めていったんでしょうか。

実は、これは愛ちゃん本人にも言ってないんだけど、この楽曲の大元になるネタは40年前に書いたものなんです。セッションミュージシャンとして活動しながら、クリエイターとしてアマチュアからプロになりたいと思っていた、最高にイケてた時代の曲(笑)。アマチュアからプロを目指していた頃に作った曲には、今の自分には作れないようなヤバいものが多いんですよ。ドリカムにもそういう曲が活動前半にちょいちょい出てくるんだけど、「LOVE LOVE LOVE」もそのうちの1つ。で、今回この話をいただいたとき、急に「あの曲だ!」と思い出して40年前のネタを引っ張り出したわけです。それともう1つ、愛ちゃんにはすごくポップな曲を歌ってほしかった。だってこのラインナップだったら、ほかの人との曲は絶対にカッコよくなるはずだから。そこから僕が愛ちゃんと一緒にやる必要性を考えていき、レトロポップというキーワードを思いついたんです。

──レトロポップですか。

そう。僕は1960~70年代の音楽を聴いて育ち、今もそれを基盤に音楽活動を続けている。そんな僕にしかできなくて、愛ちゃんのためにやれることと言ったら、やっぱりレトロポップだなと思って。正直なところ、新しいアレンジを加えようとも思ったんだけど、40年前の自分が「PORTA ONE」という4チャンネルのMTR(マルチトラックレコーダー)に録音したデモ音源は、今の自分が聴いても驚くほど情熱的な仕上がりで。そういうパワーが注ぎ込まれたものをレトロポップという落としどころで、愛ちゃんにプレゼントしたいなと思ったんです。

──なるほど。そこから、大塚さんが歌詞を書いたわけですね。

結果として想像通り、いや、想像以上の歌詞が届いたんですよ。こういうちょっとジョークが利いた歌詞って、まさに大塚 愛の持ち味の1つじゃないですか。最近愛ちゃんの曲にそういうのがちょっとなかったかなと思っていたら、まさに「そう、これだよ!」っていう歌詞が届いた。いろんな比喩が使われていて、聴き込むとめちゃくちゃ深い。昭和のヒット歌謡曲で名を馳せたプロの作詞家が作ったような歌詞なんですよ。

──蕎麦をモチーフに、いろんな小ネタが詰まっていて。昨今のヒットチャートやサブスクの再生数上位に入るような歌詞とも、また異なるテイストですしね。

「そういえば、こういう詞を書いてよかったんだ!」っていう、詞の自由度の高さを感じましたよ。

大塚 愛に感じた「うれしい!たのしい!大好き!」

愛ちゃんはすごく嫌っていたんだけど、彼女はアイドル的な部分もたくさん持っていると思うんです。周りを見回せば、今や40代、50代のアイドルもいますし、40代の愛ちゃんがそういう存在でいられることってすごく素敵だと思いませんか? ご本人はそこに関してはネガティブだけど、僕はこの曲をまさにそういう「大人のアイドルソング」にしたいなと思っていたんですよ。もともとこの曲の種自体、そういうつもりで作っていたものでしたし。

大塚 愛

──第一線で活躍するトップアーティストの方々には、少なからずそういうアイドル的資質が絶対に備わっていると思います。

そうなんですよ。それこそさっき例に挙げたシンディ・ローパーだって、デビューしたときからそういうオーラを放っていたし、僕より年上だけど今もかわいいじゃないですか。60歳になったって70歳になったってアイドルでいられることってすごく素敵だし、こればかりは神からのギフトで、持っていない人もいるわけですからね。愛ちゃんにもそうであってほしいし、この「グッバイ蕎麦」は彼女がおばあちゃんになってから歌ってもみんなが盛り上がるような曲になってくれたらいいなと思っています。

──この曲での大塚さんの歌唱に関してはいかがですか?

実力のあるボーカリストだから、説明しなくたって意図した通りのものを返してくれましたよ。特に、いい意味で軽々と歌ってくれたのはよかったですね。本当はもうちょっと揉めて、もっともっと深いところで話がしたかったんだけど、上手で揉めようがなかった(笑)。本当にセンスの塊ですよ。

──それが20年間、第一線で活躍できた理由ですものね。

そうですね。愛ちゃんは絵画とかお花とかをやったり、いろんな方法で自分を表現しているけど、今回のアルバムもそのうちの1つだと思うんです。自分が音楽に向き合ううえで1回迂回するというか、新たなチャレンジをしてみることで自分を客観的に見られるいいチャンスになりますし。そういうプロセスを通して、「やっぱり大塚 愛という人は本当に間違いがない」ということに本人が気付いてくれればいいな。本当はね、もっと適当でいいんですよ(笑)。今はこういう時代だから、何をやってもあれこれ言われるけど、大塚 愛という存在はもうそういう次元じゃないから。だから、ここからは好きなことを好きなようにやれる環境を作っていくことが大切になってくるんじゃないかな。

──20周年の節目を迎えた大塚さんに対して、中村さんがこれから期待することは?

今のままで大丈夫。あとは大塚 愛という至宝をどうマネタイズするか、それはスタッフの仕事ですから(笑)。今回は声をかけてもらえて、本当にうれしかったです。短期間のプロダクションだったけど楽しかったし、まさに「うれしい!たのしい!大好き!」を大塚 愛に感じました。ありがとうと伝えてください。

プロフィール

中村正人(ナカムラマサト)

DREAMS COME TRUEのプロデューサーであり、ベーシスト / コンポーザー / アレンジャー / プログラマー。今年開催されたドームツアー「史上最強の移動遊園地 DREAMS COME TRUE WONDERLAND 2023」では5大ドームすべてが完売、全国で40万人を動員。来年2024年にはデビュー35周年を迎える。また中村は、ゲーム「ソニック・ザ・ヘッジホッグ1&2」の作曲 / 編曲を担当したことで世界中にファンを持つ。