大塚 愛が語る初コラボアルバム「marble」|ドリカム中村正人インタビューと参加者コメントも (2/4)

これ、人が歌えるんですか?

──そこから、蔦谷好位置さんによる「FREEKY」へと続きます。

蔦谷さんとは自分では作れないものをやりたかったから、「カッコよくておしゃれな曲をやりたいです」というお話をして。私は歌声のせいで何をやってもキュートなイメージが覆せないところがあって、最近はちょっとあきらめモードだったんですけど、蔦谷さんとならその弱点を補えるんじゃないかと思ったんです。でも、いざ届いたデモを聴いたら、メロディのレンジが広すぎて、「これ、人が歌えるんですか?」と思うくらい難易度の高い曲だったので不安でした(笑)。そこから、仮歌を録るときにコーラスを考えたんですが、自分なりに「どうやったらこの曲の足を引っ張らないかな?」と考えながら、いろんなコーラスを試してみて。とりあえず全部入れて、あとは差し引きで選んでもらおうと思って、音源を返しました。

──歌詞は大塚さんから「自分で書きます」と伝えたんですか?

蔦谷さんは「歌詞はご自分でどうぞ」という感じだった気がします。サビの疾走感が強かったので、個人的にはドライブで聴きたい曲かなと思って。そこから移動することをテーマの1つにして、加えてふざけることとか真面目に生きないとか、そういうことを歌詞に詰め込みました。

大塚 愛

──このおしゃれでカッコよさのある曲調に、ちょっとユルめの歌詞が不思議と合っているんですよね。

私はミトさんや(長屋)晴子ちゃんのような歌詞を書けないんですよ。ちゃんとしたことを言うのが恥ずかしいというか……恥ずかしいって、別に悪い意味じゃなくて、自分のシャイな部分が出ちゃうんですよね。だから私みたいな人間がそれを言ったら胡散臭くなってしまうので、こういうふざけた歌詞のほうが自分に合っているのかもしれません(笑)。

──この曲といい「グッバイ蕎麦」といい、大塚 愛節が炸裂してる気がしました。続いて6曲目「東京スパイラル」は、いきものがかりの水野良樹さんによる楽曲です。

水野くんにも「私が書けないものをやりたいんだよね」と、今話したようなことを伝えたんですけど、水野くんの中ではそのイメージが私と重ならなかったみたいで(笑)。「あなた、違うでしょ?」と思われちゃったのか、華やかでおしゃれな楽曲が届きました。歌詞に関しては、水野くんも「自分が書いてもいいし、どっちでもいいよ」という話だったんですけど、最初にメロディを聴いたときにパッと浮かぶものがあったので、「1回書いてみるけど、書けなかったらお願い」という感じで進めました。

──どういう歌詞を書きたいと思ったんですか?

水野くんの歌詞は小説の物語のような匂いが持ち味だと感じていたので、そういう歌詞がいいなと思ったんです。加えて、メロディの持つ湿気が強かったので、それに見合った真面目なテイストにしたいなと考えました。

──レコーディングはいかがでしたか?

アルバムで一番難しかったです。自分の声の嫌な部分、自分がずっとコンプレックスに思っていた部分が出ちゃうと、曲自体が古いものとして終わってしまうから、この曲のためにならない気がして。水野くんもそれを感じ取ってくれていろいろ探ったんですけど、最終的には素直に歌ったほうがいいねと、なるべくメロディの持つ湿気に歌の湿気が重ならないように気を付けながら歌いました。

──自分の声の嫌な部分っていうのは、どういうところだったんですか?

私は音楽活動を始めてから、しばらくは湿気が多い歌声で歌ってきたんですけど、その歌声に対して「これじゃ売れないね」と言われてしまって。確かに自分で聴いていても「なんかぱっとしないな」と思う声だったんです。今回の水野くんの書いたメロディを歌うとなると、そういった部分が自然と浮き出てしまって。もちろん意図的にキャピっとした声にもできるんだけど、それは曲と合わなさすぎるし、いろいろ調整が難しい曲でした。なので、「その嫌な部分が出ないように」「あまり声を張りすぎないように」とか「暗くしないように」とか、煌びやかさを出せるように強く意識しました。

修行みたいな1曲

──最後は緑黄色社会の長屋晴子さんによる「I was a girl」です。

晴子もすごく忙しそうだったので「無理しなくていいよ?」とは伝えたんですけど、すぐにこの曲がポンと届いて。デモがピアノと歌だけのものだったので、アレンジでどう転がるかによって大きく変わるなと思いました。

──ボーカルに関してはいかがでしたか?

歌のカロリーがかなり高い曲なので、声量的に「これを私に歌えるのかな?」と最初は不安でした。レコーディングも自分のやりたいことが実力不足でできなくて、すごくもどかしくて大変でした。「これ、難しいよね?」って晴子本人にも伝えたんですけど、「え、そうですか?」みたいな感じだったんですよ。やっぱり彼女は“歌唱力おばけ”ですね(笑)。

──なるほど。

晴子が歌っている姿は簡単にイメージできるけど、いざ自分が歌おうとするとそのイメージ通りに歌えない曲。本当に修行みたいな1曲でした。

──そんなカラフルな7曲がそろった本作に、大理石を意味する「marble」というタイトルを付けた理由は?

レコーディング終盤に「アルバムタイトルはどうしようか?」と、まずはスタッフを集めてみんなで考えたんです。実は以前、「ハニカミジェーン」という曲のタイトルを決めるときもスタッフみんなで考えたんですよね。でも、「これはどう? あれはどう?」って考えさせておいて、最終的には全然違うものを自分で思いついてそのときは終わったんですけど、今回もそのパターンになってしまって(笑)。みんなで何時間も考えたけど、次の日の朝にパッと「マーブル」という言葉が浮かんできて「これだ!」と。自分が絵をやっているというのも大きくて、「どうしようかな、この先」みたいなことを考えながら、異なる色を混ぜていたときに、ポンと「あ、マーブルだ!」と思いついて、妙に納得したんです。

──確かにこれだけのいろんな色を大塚さんというキャンバスの上で混ぜていく感じは、マーブル模様とイメージが重なります。

あと、家になんちゃって大理石があって、そういうマーブル模様を日頃から目にしているから「ああ、確かにマーブルだ!」みたいな(笑)。

──このタイトルも、前作「LOVE POP」でひと区切りつかなかったら出てこなかったかもしれませんし、そもそも使おうと思わなかったかもしれませんものね。最初に修行という言葉もありましたけど、今回の経験によってどんなものが得られましたか?

「ここでこのメロディラインに行くんだ」とか「ここでこのコードを挟んでくるんだ」とか、人の曲を歌うことでいろんな学びがありましたね。最初、人が書いたメロディをまったく覚えられなくて「我ながらなんて頭が悪いんだろう」と思ったんですけど、「でも楽曲を提供されている人ってこんな感じなのかな?」と思ってきて。1番と2番のメロディをあまり変えると大変だなとか、いろいろ考えさせられました(笑)。あと、いただいたメロディを勝手に変えて歌ってしまうこともあって、そこから「自分の癖はこうなんだ」と気付くこともありましたし。でも一番大きな収穫は、これだけバラけた楽曲をまったくバラけているように感じないように歌っていることで、「自分の歌にはちゃんと1つ大きなジャンルみたいなものがあったんだ」と気付けたことでした。

大塚 愛

──この経験を自信につなげていただいて(笑)。

あははは。いつになっても歌がうまく歌えないんですよ(笑)。一生上手に歌えない気がする。

──でも、ここまできたら上手下手とかそういう次元ではなく、「大塚 愛」という1つのジャンルですよ。

そうですね。それは今回、初めて思いました。

“オワコン”を超えて……

──このアルバムが、ご自身の誕生日である9月9日に発売されるわけですが、改めて20周年を迎える現在の心境は?

今振り返ると、最初の10年はそんなに難しくなかったなと思ったんですよね。本当に一生懸命やっていたら10年経っていたので。だけど、そこから20周年までの10年間は本当に苦しかったし、首の皮1枚でつながっている感じがずっとしていたので、ここまでたどり着けたのは奇跡だなって思います。

──後半10年の苦しさというのは、どういったところが?

やっぱり普通では生きていけない気がするというか、のらりくらりではいけない気がしたんです。10周年以降の私は、世間的にはオワコンになっていたわけですよね(笑)。そこからオワコンさえ超えて仙人状態、化石状態みたいな世界にまで到達してしまって。

──でも、上にはさらに超人みたいな方々がたくさんいるわけで。

デビュー前はそういったすごい人たちのことをどこか非現実的で、アニメのような感じで捉えていたんですけど、皆さんどれほど血のにじむ努力をなさっているのかがデビューから20年経ってすごく身に染みてきて、そのすごみを改めて現実のものとして実感しているところです。

──では、デビュー21年目に突入する大塚 愛というアーティストは、今後どうなっていくんでしょう?

新たな目標というか、そこまでの道をしっかり決めたいなと。なので、ここからの数年はちょっと考える期間になるのかなと思っています。年齢的にも40を超えたので、終活という意味も含めてどう生きていくのかも考えないといけませんし。制作に関しても、今まではひたすら幅を広げてきたけど、そこに関してもしっかりと考えていきたいなと思っています。それこそ人に楽曲提供することが中心になるかもしれませんし、もしかしたら歌のない作品を作ることになるかもしれない。今まで自分が作った曲を自分で歌うところから一度離れるということも含め、大塚 愛をどうしていくべきなのか、しっかり考えていきたいです。一方で、絵画といった芸術面は別の視点で自分の幅の広さにつながっていくのかなという気がしていて、そういう自由さも次のステップにつながっていくと思っているので、視野を広く持って自分自身と向き合っていきたいと思います。