Omoinotakeの3rdミニアルバム「モラトリアム」が2月19日にリリースされた。
2020年に入り、テレビ朝日系「関ジャム 完全燃SHOW」内で蔦谷好位置に楽曲「Blanco」が紹介されたほか、2月15日に全国公開された映画「囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather」で主題歌を担当するなど、着実に注目度が増しているOmoinotake。彼らにとって1年4カ月ぶりとなるミニアルバム「モラトリアム」には、「囀る鳥は羽ばたかない」の主題歌である表題曲をはじめ、昨年配信限定シングルとしてリリースされた「惑星」「Blanco」「トニカ」、先日行われたワンマンライブ「FACE TO FACE」で初披露して多くのオーディエンスを沸かせた「So Far So Good」の5曲が収められている。
音楽ナタリーではミニアルバム「モラトリアム」の魅力を伝えるべく、音楽ライターの柴那典によるロングレビューを掲載。Omoinotakeの活動を振り返りつつ、これまでに発表された作品やライブパフォーマンスからうかがえる彼らの魅力を書きつづってもらった。また特集の後半には、メンバーによる「モラトリアム」の解説文も掲載する。
文 / 柴那典
Omoinotake「モラトリアム」ロングレビュー
さらなる成長を果たしていく予感を感じさせる作品
島根県出身のピアノトリオOmoinotakeが、大きな飛躍を果たそうとしている。
渋谷での路上ライブが話題を呼び、徐々に支持を広めてきた彼ら。おそらく近いうちに、その名前は全国区に広がっていくだろう。2月19日にリリースされた3枚目のミニアルバム「モラトリアム」は、その1つのきっかけになるはずだ。ネオソウルやR&Bなどブラックミュージックをベースにした音楽性を持つバンドだが、その大きな魅力は切なく胸を打つメロディセンス。藤井レオ(Vo, Key)の伸びやかな歌声も、センチメンタルな心情を描く歌詞の言葉も、目覚ましい成長を遂げている。そこでこの特集では、彼らの歩みと現在地について解き明かしていきたい。
地元の島根・松江市で高校生の頃から交友関係のあった藤井、福島智朗(B, Cho)、冨田洋之進(Dr)の3人によって2012年に結成されたOmoinotakeは、2017年に本格的な活動をスタート。同年1月に初のフルアルバム「So far」をリリースし、東京・渋谷のスクランブル交差点などで路上ライブを行うようになる。
2018年10月には、2枚目となるミニアルバム「Street Light」をリリース。音楽ナタリーに掲載された当時のインタビュー(参照:Omoinotake「Street Light」インタビュー)では、ceroの傑作アルバム「Obscure Ride」がバンドの方向性にとっての大きな影響源になったと語っている。それだけでなく、ロバート・グラスパーを筆頭にした現代ジャズ、スティーヴィー・ワンダーやブルーノ・マーズなどのソウル / R&B、ローリン・ヒルやメアリー・J. ブライジといったヒップホップ、ドナルド・フェイゲンやボビー・コールドウェルといったAORなど、数々の名作を研究し音楽的な素養を育んできたという。
こうして、ギターレスのピアノトリオという編成にフィットする方向性を試行錯誤する中で、ブラックミュージックを基調にした横ノリのグルーヴィな曲調にたどり着いた彼ら。きらびやかなダンスチューンの「Hit It Up」(「So far」収録)、スムースでメロウなR&Bの「Stand Alone」(「Street Light」収録)など、洗練されたサウンドのクオリティは当初から卓越したものがあった。
そして、そこからのさらなる成長を感じさせたのが、昨年7月に配信リリースされた「惑星」だ。「きっと二度と戻らない 僕らの引力」というフレーズが印象的な、離れてしまった恋人へのくすぶる思いをつづったこの曲。バンドの全曲の歌詞を手がけているのは福島なのだが、彼が書く「部屋の隅で 飛べずに佇んでるピアス」や「二人裸でくるまった毛布」といったディティールにこだわった言葉が情景を呼び覚ますことで、藤井の歌声が持つ表現力が生きてくる。単に「おしゃれでセンスがいい」というだけでなく、楽曲の持つ物語やエモーションをありありと伝える表現に転じてきた。
同年9月に配信された「Blanco」もそういうタイプのナンバーで、SIRUPなどを手がけるShingo.Sをサウンドプロデューサーに迎えたこの曲は、すれ違う恋人同士の揺れる思いをブランコに例えた1曲だ。ちなみに、1月19日に放送されたテレビ朝日系「関ジャム 完全燃SHOW」の人気コーナー「売れっ子プロデューサーが選ぶ年間ベスト10」では、蔦谷好位置がこの曲を7位に選出している。「ストリートライブから話題が広がったバンドですが、サウンドメイキングセンスが非凡です。ブラックミュージックを基調としたサウンドメイクの中にも、この曲は和風でノスタルジックなサビのメロディが非常にマッチしている。これからの楽曲にとても期待したいです」とコメントしている。
さらに12月には「トニカ」を配信限定でリリース。こちらはハンドクラップから始まる躍動感に満ちたナンバーだ。1月31日に東京・Shibuya Milkywayで開催されたワンマンライブ(参照:Omoinotake、大入りのフロアで観客たちと「FACE TO FACE」ワンマン)でも、リリースされたばかりのこの曲が1つのハイライトになっていた。現在の彼らのライブはサポートの柳橋玲奈(Sax)を迎えた4人編成で演奏を行っているのだが、打ち込みと生ドラムが絶妙に同期したビート、要所で吹き鳴らされるサックスが、ダイナミックな高揚感をもたらすアンセムとなっていた。
そして先日先行配信されたミニアルバムの表題曲「モラトリアム」は、2月15日に公開されたヨネダコウ原作の劇場アニメ「囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather」の主題歌として書き下ろされたバラードナンバー。「行き交う人々 水溜りに映る ぼやけた信号 赤色のままで」という歌い出しから始まる、彼らの新境地を感じさせる1曲だ。
「囀る鳥は羽ばたかない」はヤクザの若頭・矢代と元警官・百目鬼の抜き差しならない関係を描いた1作。「モラトリアム」にはどこか欠落を持ち、次第に惹かれ合う主人公たちの胸が苦しくなるような狂おしい思いが表現されている。「この空が鳴き止んでしまえば君は 帰るべき場所へ 飛び立ってしまうのだろう」「君とこのまま 鳥籠の中で 永遠 閉じ込められて 飛べないままで 微睡みの中」というサビのフレーズや、曲後半の転調を経て振り絞るようなハイトーンの歌声が胸を打つ。
ミニアルバムには上記の4曲に、ゴスペルの要素を取り入れた「So Far So Good」を加えた5曲を収録。まさに「惑星」以降の彼らの足取りを総括した1作になっている。
Omoinotakeというバンドが“覚醒”を果たしたその内実は、歌詞の言葉の“解像度”が格段に上がったことにある。そのことによって、メロディと歌声が、より生々しく響くようになった。もともと卓越したサウンドメイキングのセンスを持つ3人だが、楽曲を通して思いを伝え、情景を描き、感情を揺さぶることに真っ向から取り組んだことで、ポップソングとしての強度がぐんと高まった。ミニアルバムの5曲はそういうことを感じさせる楽曲群だ。
おそらく、バンドはこの先さらなる成長を果たしていく予感がする。楽しみに期待している。
公演情報
- Omoinotake「モラトリアム」Release One Man Tour
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- 2020年5月3日(日・祝)愛知県 ell.SIZE
- 2020年5月5日(火・祝)大阪府 CLAPPER
- 2020年5月8日(金)東京都 WWW X
- 2020年5月16日(土)島根県 LIVE&STUDIO 松江B1
メンバーが語る「モラトリアム」に向けた思い
2019年にリリースされた配信シングル3部作の第1弾「惑星」や第2弾「Blanco」では、自分自身の思いや恋愛体験をより深く掘り下げることで、これまで以上にパーソナルなラブソングを制作することができました。
楽曲が以前よりリスナーの皆さんの深くまで届いていることをライブ会場やSNSでのリアクションで実感することができとてもうれしく思いましたが、その反面、続々と活躍をしていく同世代のミュージシャンに対しての悔しさや、結成8年を迎えてもなかなか結果の出せない自分自身への憤りもありました。
配信シングル第3弾として公開された「トニカ」は、そんな行き詰まる日々の憤りや葛藤さえも「いつの日か自分自身の一部と誇りたい」と願う思い、「自分自身を鼓舞する曲を作ろう」というテーマをもとにメンバー3人で何度も話し合いを重ね制作しました。
「トニカ」の制作と前後して、劇場アニメ「囀る鳥は羽ばたかない The clouds gather」の主題歌のお話をいただき、バンドとして初の映画主題歌となる「モラトリアム」を提供することができました。原作から深いインスピレーションを受け、決して報われることのない恋とわかっていながらも、抑えることのできない揺れ動く湿った感情をつづりました。
「囀る鳥は羽ばたかない」を通じて僕らの音楽に触れていただいた方が増えていくのを実感しており、とてもうれしく思っています。
ミニアルバム「モラトリアム」の最後を飾る「So Far So Good」では、大人になるにつれ、いつしか顔を合わすことがなくなってしまった親友への思いを、温かく熱量を持ったグルーヴィなトラックに乗せて表現しました。
まったく異なる個性を持った5曲は、それぞれが力強く意味を持っており、
これからの僕らにとって、ひとつのターニングポイントであり礎です。
このミニアルバムから、これまでよりもずっと強く深まった「Omoinotakeらしさ」を感じていただけたらうれしく思います。少しでも多くの方の心の深くまで届きますように。
Omoinotake