新山詩織「何者 ~十年十色~」インタビュー|デビュー10周年イヤーに描く、心の“かすり傷” (2/2)

山崎あおいは大切な存在

──「何者」と「Spotlight」からは、今の心情や状況を受け入れて、強い気持ちで突き進んでいく姿を感じます。一方で「Keep me by your side」では、暗い部屋の中で行き場を失った少女が助けを求めている、というセンシティブな部分を見せている。この曲があることによって、アルバム自体に強気と弱気のコントラストが生まれて、新山詩織の人間味をより感じました。

まさに「Keep me by your side」の歌詞は、部屋の中で閉じこもっているときにできたもので。外に出たいけど自分の力では出られないという矛盾と、暗闇で丸まっている自分をどうにかして表に引き上げたいという気持ちからできた曲でした。私は小学生の頃から嫌なことがあると、部屋に閉じこもって出てこなかったりして、家族を困らせたことが何度もあったんです。そのときの自分が曲のベースになっていますね。

──塞ぎ込んで苦しくなる自分から、今は脱せたんですか?

ひと山乗り越えたような感覚はありつつ、やっぱり今でも閉じこもりたくなる瞬間はたくさんあって。だけど今は「そこにいてはいけないよ」と自分に言えるようになった。だからこそ、この曲を作ることができたのかなと思います。

新山詩織

──1人で悩み葛藤し、次へ進むことを決断する曲が多い中、盟友の山崎あおいさんと共作された「Free(feat. 山崎あおい)」は「2人でなら前へ進める」と歌った内容ですね。そもそも一緒に曲を作ることになった経緯はなんだったのでしょう?

去年4月に開催した「新山詩織 live 2022 ~New~」の東京公演で、あおいちゃんにゲストで出てもらうことになって。せっかくなら一緒に曲を作って披露できたらいいねって話をしたことから始まりました。最初に私が曲を作ったんですけど、そのときから「Free」という言葉が浮かんでいたので、「これから2人、もっと自由な気持ちで歩いて行けたらいいよね」という曲のイメージをあおいちゃんに伝えて、歌詞を書いてもらって。そこから「こういう言い方はどうかな?」など、LINEでやり取りをしながら作っていきました。

──2016年にシングル「隣の行方」のプロモーションで、新山さんがラジオに出演されていて。MCの方に「よくお食事に行く人とか、一番仲のいいミュージシャンは誰ですか?」と聞かれて、新山さんが「思い返すと、1回とか2回しか(食事に)行けてない人ばかりなので、私が一番とか特定していいのかどうか……」と答えたら、周りから「真面目!」とツッコまれていたんですよ。

ははは、そんなことが(笑)。

──そしたら「山崎あおいちゃんは一緒にいて楽しいです」と言ったんですね。お二人はいつから仲がいいんですか?

10代の頃から仲よくさせてもらっていて。デビューして間もない頃、アコギを弾くシンガーソングライターが集まるイベントがあって、そこで初めて会いました。その前からお互いに名前や顔は知っていて、私はあおいちゃんがライブで見せる人柄とか歌に惹かれていたので「この人と仲よくなりたい!」と思って連絡先を聞いたんです。そこから、定期的にごはんへ行ったり遊びに行ったり。一人暮らしを始めたときもお互いの家を行き来して、2人でよく飲んだりとか(笑)。いまだに一緒にいると心地よくて、すごく大切な存在です。

──これも「ひとりごと」との比較になるんですけど、「ひとり 私の答えを今探し求め歩くの」と歌っていた新山さんが「ふたりなら どこまでも きっと」と歌ってることにドラマを感じました。

「ひとりごと」を歌っていた頃は、「自分はこうだから」と勝手に1人で閉じこもっている感じがあったんです。それから今回のアルバムもそうだし、前作「I'm Here」もそうですけど、誰かと一緒に関わって話をするようになって、時間を共有している感覚が強くなって。その結果「2人でもっと行けたらいいよね」と歌えるようになりました。

新山詩織

過去に好きなものがあったおかげで新たに好きなものができる

──そのほかの客演で言うと、ラストを飾る「I can't tell you」で和久井沙良さんとタッグを組まれましたね。

前作「I'm Here」に収録した「Smile for you」では、沙良ちゃんのピアノと私の歌だけというシンプルな構成で臨みまして。沙良ちゃんの寄り添ってくれるようなピアノの演奏が大好きだし、何より歌っていて気持ちよかったんですよね。「また一緒にできないかな」という話から、「I can't tell you」で再びトライさせてもらいました。

──去年、LINEライブで「自分が好きで好きでたまらなかったモノが、急に何か違うな、何も思わなくなってしまったなと思う瞬間があって。変わってしまった自分にショックを受けつつ、変わることはしょうがないよねと思いつつ、そこで揺れている複雑な気持ちを曲にした」と話していましたね。

当たり前のようにずっと好きだった人やモノに対して「……あれ? 昔のように感動できないな」と感じてしまうことがあって。その気持ちを歌にしました。自分の中で大事にしていたモノ、当時の自分を支えてくれていたモノだったからこそ、簡単には手放したくないと思いつつ、「でもなんか違うんだよな」と感じてしまうという矛盾した気持ち。なかなかうまく伝えられない部分を「I can't tell you」というタイトルにして。そんな“矛盾”というワードがこの曲の大きなテーマになっていますね。

──年齢を重ねると、好きだったモノが変わってしまう。それは自然なことだと思うんですよね。それでも昔ほど好きじゃなくなったことに思いを馳せるということは、新山さんにとってよっぽど大きい存在だったわけですね。

例えば、自分が聴いていた音楽がそうですね。それこそ10代の頃は、その曲を聴くだけで「明日もなんとかやっていける」と希望を持つことができたのに、同じ曲を聴いてもそういう気持ちになれなくなってしまった。それを人に例えて書いた曲でした。

──「変わっていく感覚に対して、どう向き合うべきか」という問いへの答えは出ましたか?

「よくも悪くも自分は変わったんだな」と気付くことができれば、それでいいのかなと思って。自分が好きだったモノは思い出として残り続ける。それは絶対に消えないし、それがあったうえで今の自分がいる。過去に好きなものがあったおかげで、今また新たな音楽に出会えるし、新たに好きなものができる。それでいいのかなって思えるようになりました。

──今作は変わらない自分を歌った「何者」で始まり、ラストは変わっていく自分を歌った「I can't tell you」で着地します。アルバム全体として、とてもきれいな流れに感じたんですけど、初めから曲順は決めていたのでしょうか?

実は、もとから決めていたわけではなくて。最初に勢いのある楽曲を入れて、最後にクールダウンできるように「I can't tell you」を入れたんですよ。でもアルバムを通して聴くことで、皆さんが自分なりの答えを見つけてくれたら、すごくうれしいです。

新山詩織

自分の前にいる“もう1人の自分”

──「何者 ~十年十色~」では、心のかすり傷をテーマに新山さんが感じた葛藤や痛み、その中で見つけた希望が歌われています。中には弟さんから着想を得た曲もありましたが、「自己と対峙する」ということを新山さんは10年間ずっと音楽に昇華し続けていますよね。自分を深く掘っていく作業は、プラスに転じることもあるけど、危険な行為でもあると思うんです。なぜなら「自分はここがダメなんだ」とバイアスをかけてしまう可能性があるから。それでも、その姿勢を崩さずに曲を作り続けられるのはどうしてでしょう?

結局は自分のダメな部分をちゃんと表に出したい気持ちがあって。あまり見られたくないところを、やっぱり見せたいし歌いたいんですよね。そこにすべてがあるのかなって。中学3年生のときに書いた「だからさ」がそうだったように、誰かに言いたいことがあるから曲ができた。今回のアルバムもそうで、それが自分のエネルギーであり糧になっているんです。それでも立ち止まるときもあったし、歌詞が書けないときもあって。そのたびに「自分とは何か」を探って歌詞に残してきた感じがします。

──新山さんにとって、音楽は自分のどんなところを出す行為ですか?

変な話かもしれないですが、普段見せられない自分を表現する場所という感じがします。もう1人の自分がいて、それは自分だけど自分じゃない。特に今回のアルバムがそうですね。自分の前にもう1人の自分がいて、「これはあんまり人には見せたくない」という自分を歌ってる。「ゆれるユレル」も「絶対」もそうなんですけど、私の音楽は誰かに「がんばれ」とか「行けるよ」とか言うような感じではなくて。聴く方と一緒になって叫んだり挑戦してみたり、そういうのが好きなんです。

──自分の生き様を見せることで、結果誰かの励みになったらいいと。

そうなんです。このアルバムを聴いてくれた人の気持ちが軽くなって、少しでも自由でいられるようになったらいいなって思いがある。だから私は音楽を続けています。

新山詩織

公演情報

新山詩織 Live 2023「何者 ~十年十色~」

  • 2023年7月14日(金)愛知県 BL cafe
  • 2023年7月15日(土)大阪府 ヒルズパン工場
  • 2023年7月21日(金)東京都 SHIBUYA PLEASURE PLEASURE

プロフィール

新山詩織(ニイヤマシオリ)

1996年生まれのシンガーソングライター。幼少期より父親の影響でブルース、パンク、ロックを聴いて育つ。2012年にビーイング主催の新人発掘オーディション「Treasure Hunt ~ビーイングオーディション2012~」に「詩織」名義で出場。オリジナル曲「だからさ」と椎名林檎「丸ノ内サディスティック」を弾き語りで披露してグランプリを獲得する。同年12月に新山詩織としてアーティストデビューし、翌2013年4月に笹路正徳をサウンドプロデューサーに迎えたメジャー1stシングル「ゆれるユレル」をリリースした。2018年12月に活動休止を発表するも、2021年4月に再始動。2022年12月にアーティストデビュー10周年を迎え、2023年7月に4thアルバム「何者 ~十人十色~」を発表した。