新山詩織「何者 ~十年十色~」インタビュー|デビュー10周年イヤーに描く、心の“かすり傷”

新山詩織がデビュー10周年記念アルバム「何者 ~十年十色~」をリリースした。

2012年12月にアーティストデビューし、昨年末に活動10周年を迎えた新山。一時活動を休止するなど紆余曲折がありながらもアーティストとしての道を歩み続けてきた彼女は、10周年という節目に心の“かすり傷”をテーマにしたアルバムを作り上げた。自分の弱さやダメな部分をさらけ出した本作はどのように生まれたのか。本人へのインタビューを通じて、「何者 ~十年十色~」に込められた思いを紐解いていく。

取材・文 / 真貝聡

「自分はどうありたいのだろうか」という葛藤

──デビュー10周年を迎えた心境はいかがですか?

「あっという間だな」という気持ちと、「まだ10年なのか」という気持ちが半分半分ですね。最近はこの10年を振り返る機会が多くて。「あの人がこの人とつながっていた」とか、思わぬところで意外な接点を知ってびっくりします(笑)。

──この10年の中で、自分が新山さんと何か接点があったか探ってみたんです。些細な話ですけど、僕が雑誌の編集者をしていた頃、アーティストの新譜を紹介するページを担当していて、5thシングル「絶対」の紹介記事を書いたことがあって。

あ、そうなんですね! その節はお世話になりました。

──「絶対」という曲は、理由のわからない不安に怯えていたとき、それでも自分には揺るがないものがあると気付き、懸命に生きようと前を向く歌で。カップリングの「分かってるよ」も、言葉のニュアンスこそ違うけど、同じことを歌っている。“私”を歌ってきた新山詩織の根幹に、この2曲はある気がします。

その通りです。「絶対」も「分かってるよ」も私の根っこにある部分をストレートに書いた曲で。とにかく自分と対話するように作りましたね。

──デビューされた17歳のときから現在までのインタビューを読んだり、作品を聴いたりすると、その時々で新山さんは自己や社会と戦っている印象があって。

そうですね。10代の頃は高校に通いながら音楽活動をしていたので、学校内での人間関係もあったし、音楽でも人との関わりがあって。そのバランスの取り方がうまくいかなくて。そんな自分に対してイライラしたり怒ったり、よく泣いたりもしていました。うん……10代はやりきれない自分と戦っていましたね。それから高校を卒業し、20歳になって一人暮らしを始めたんですけど、それまでは“高校生・新山詩織”だったのが、もう学生ではなくなって。10代の頃は学校の中で思ったことをストレートに書いていたんですけど、20代は「今、自分は何を書きたいのか」とすごく悶々としていた時期がありました。なかなか曲もできないし、歌詞も書けない。そんな中でなんとか形にできたのが「絶対」と「分かってるよ」でした。「どうしようもない」「何もできない」「でも、このままじゃダメだ」という揺れる気持ちと、20代になってからは戦っていて。「自分はどうありたいのだろうか」と常に葛藤していましたね。

──22歳のときに活動を休止して、3年ほど音楽から離れた生活を送っていましたね。

一旦、それまでの自分の生活から離れてみようと思ったんです。それで福祉の専門学校に2年間通って、これまでとは違う場所に身を置いてみました。その中で、自分探しじゃないですけど「自分は何がしたいんだろう」とか「私はどんな人間なのか?」と模索していましたね。

──音楽は人の心に間接的に触れるコミュニケーションと言えますけど、福祉の場合は人と直接コミュニケーションを図るからある意味、真逆ですよね。

まさに自分が苦手としている、直にコミュニケーションを取らないといけない場面がたくさんあって。グループで話し合いをするとか、クラスメイトの前に立って1人で話すのとかも得意じゃないんですけど、そういう場面があるからこそ、苦手なことにも向き合えるし、新しい人たちとともに生活する感覚を得られた。それと同時に、音楽は自分から切っても切り離せないものだと知ることができて、自分は誰のために、なんのために歌うのかを再確認できた時間でした。

新山詩織

「10代の頃と変わってないな」

──これまでを振り返って、ターニングポイントはどこでしょう?

やっぱり2013年にデビューシングル「ゆれるユレル」を出したところから、すべてが始まったと思います。人に見られることが何より嫌いだった私が、パッと表に出るようになって。そんな自分を俯瞰して見たときに、ただごとじゃないなって感覚がありました。そこから一気に人間関係が変わっていって、音楽との向き合い方も変わった。よくも悪くも、すごくもがいていました。あとは、先ほども言った「絶対」ですね。あの曲は「自分はどう進んで行けばいいのか」「どんな新山詩織でいたらいいのか」「何を書けばいいのか」と本当にごちゃごちゃになったときに、どうしようもないっていう気持ちをそのまま書いたんです。それを出したあとに、自分の中で少し開けた感じがあって。この曲に共感してくれたリスナーの方がたくさんいたことで「自分だけじゃないんだな、みんな一緒なんだな」と思えた。じゃあ自分の気持ちを素直に書けばいいんだ、と視界がクリアになったきっかけでもありました。

──最近は新しい発見や気付きを得るような、大きな出来事はありました?

最近で言うと、まさに今回のアルバム「何者 ~十年十色~」の制作ですね。今作は心の“かすり傷”をテーマにしていまして。これまで出したくないと避けていた自分を、とことん出す一心で制作したので、そういう意味でも人生のターニングポイントになったと思います。

──どうして、心のかすり傷をテーマにされたんですか?

友達や家族とか、それぞれがいろんな仕事をしていて、いろんな職場にいて、その中で人間関係もあって。いい面もあれば、誰かが誰かのことを悪く思っていたりとか、年齢を問わず悪口が飛び交っていたり。そういう話を周りから聞いているうちに、心のかすり傷をテーマにしたら、同じような気持ちを持ってる人に届くのではないかと思うようになったんです。

──前作「I'm Here」は演奏や音数も極力シンプルにした1枚でしたが、今回はこれまでの作品の中で、最も鋭く厚みのあるバンドサウンドになっていますね。それが顕著に表れているのが1曲目「何者」かなと。

そうですね。リズム感のある曲をいっぱい出せたらという気持ちから、こういうバンドサウンドになりました。専門学校時代にスーツを着る機会があったんですけど、着慣れていないスーツと、履き慣れていないヒールで新宿の駅構内を歩いていたら、ちょうど人が多い時間帯だったのもあり、キャッチの人に声をかけられて。精神的にもすごく疲れていたので、サッと立ち去ればいいところ、どう返事をすればいいのかわからず「すみません、すみません」と謝ってしまったんです。そのときに己の弱さを痛感したし、堂々としていない自分に気付いて、「10代の頃と変わってないな」と思った。意図的に下を向いてるわけじゃないけど、自然と俯いている自分にイライラして。そこから生まれた曲でした。

弟から得た着想

──「変われていない」という話で言うと、9年前にリリースした「ひとりごと」で「つぎはぎの言葉で 書かれた台本 右手に 演技しながら生きる そんな日々は どこかに捨てるの」という歌詞を書いた18歳の少女が、大人になって書いた「何者」という曲でも「使い古しのセリフ身につけて」と歌っている。「そうか、捨てられなかったんだ」と思いました。

(うなずきながら)そうですね。

──人生はドラマや映画と違って都合よくいかないから、そう簡単に変われないですよね。

自分では変われているつもりでも、変わっていないままだったことに気付いた瞬間、心の中でため息をつきたくなりました。もちろん年齢も体も成長しているけど、「悪い部分はあのときのままだ」と思うことっていまだにいっぱいある。だけどいまだに変わらないなら、結局それが自分なんじゃないかと割り切ることも大事で。とにかく自分自身を受け入れてしまえという、そんな気持ちを込めましたね。

──「あいつの作った理想」というフレーズは、かつて自分が作った“理想”に対する言葉なのかなと思ったんですけど、いかがですか?

周りの人が思ってる自分像という意味ですね。

新山詩織

──なるほど。実像とは違う、他者が作り上げた自分のイメージに対して。

ですね。周りから見られている自分像というのが、それぞれにあると思うんですけど、それすらも気にしない。「それはそれで自分は自分」っていう、ちょっと強気な思いをこのフレーズに込めました。

──周りや社会から求めれられている自分像に抗うといえば、2曲目「Spotlight」もまさにそうですよね。個人的には「何者」と対になっているように感じました。

おっしゃる通りです。「何者」と「Spotlight」は自分の中で、どちらもアルバムのキーになっている曲で。中でも「Spotlight」は、アルバム全体のテーマにしている心の「かすり傷」という言葉をあえて歌詞に入れています。周りからの見られ方とか、それぞれの基準みたいなものがある中で「自分らしくしっかりと生きてるんだ、立ってやるんだ」と言い聞かせる気持ちで書きました。

──この曲が生まれたきっかけはなんだったのでしょう?

自分の弟はすごく無口というか、あまり他人としゃべらず壁を作るようなタイプなんです。その弟を見て「きっと周りからも、とっつきにくいと思われているんだろうな」と思う反面、それでもちゃんと仕事をがんばってるし、音楽やギターが好きで、友達を集めてバンドを組んだりもしているし、ちゃんと立ってちゃんと生きてる。それだけですごいよな、と思ったんです。そこから着想を得て作った曲でした。

新山詩織

──己をブラッシュアップすることだけが人生の命題じゃないというか。これまでやってきたことに目を向けたら、自分を肯定できますよね。

そう思います。自分自身の見方を少し変えるだけで「ちゃんと形にできたこともあるよな」と思えたし、「そしたらもっとこうすればいいんだ」と、いい方向に矢印が見えた経験が私にはあって。それが今まで出せなかった部分。「きっとみんなが思ってるよな」っていうことを、自分なりに隠さずに出せたのはすごくよかったなと思います。