夏川椎菜 3rdアルバム「ケーブルサラダ」に見える、“あきらめ”の先で笑う人生 (2/3)

寝たいのに寝られない

──次の「羊たちが沈黙」は、タイトルを見て「ふふ」ってなるやつですね。

みんな鼻で笑う(笑)。

──「RUNNY NOSE」(2020年9月発売の4thシングル「アンチテーゼ」カップリング曲)、「トオボエ」(「コンポジット」収録曲)路線のオルタナティブメタル的な楽曲で、ゴリゴリのシャッフルビートがマリリン・マンソンを想起させます。作詞は夏川さん、作編曲は川崎智哉さんで、川崎さんは今言った「トオボエ」の編曲者でもありますね。

この曲はコンペだったんですけど、川崎さんには夏川の曲だけじゃなくてTrySailの曲でもお世話になっているので「おや、川崎さんか。まんまと選ばされてしまった」みたいな。

──トラックはヘビーなのに、歌詞は寝られないことについて歌っているという。

トラックがヘビーだからこそ、歌詞はコミカルにしたかったんですよ。カッコいい曲に乗せて面白いことを歌うほうが私は好きなので。あと、私は昔から「寝たいのに寝られない」という歌詞を自分で書いてみたいと思っていて。デモが来たときに、冒頭の「ネラレナイネラレナイメガトジラレナイ」という、私は“呪文パート”と呼んでいるんですけど、この呪文パートがうまくハマったので、これはもう書くしかないなと。

──夏川さん自身も寝付きが悪いタイプですか?

そうなんです。毎晩じゃないんですけど、たまに本当に寝られない日があって。最初は「今日、ちょっと失敗しちゃったな」ぐらいの些細なことでモヤモヤしていたのが、急に学生時代の失言シーンとか、思い出したくない過去の記憶がどんどんよみがえってくるんです。それを恥じたり悔やんだりしているうちに「マジで寝られない!」みたいな。

夏川椎菜

──「メイクストロボノイズ!!!」のコロナ禍における抑圧と同じく「羊たちが沈黙」の不眠も、程度の差こそあれ誰しも経験したことがあると思います。その意味では「より外に向けて発信したい」という“夏川フェーズ3”感がありますね(参照:夏川椎菜「ササクレ」インタビュー)。

確かに。私の周りにいる寝られない人の話を聞く限り、けっこう同じパターンが多かったので、それを代弁したい気持ちもありました。あと「羊たちが沈黙」は寝ることをあきらめたという点で、アルバムのテーマ的な部分もちゃんと押さえられているんですよ。

自分の目で見たものを信じろ

──7曲目の「Bluff 2」はワタナベハジメさん作詞、元Aqua Timezの長谷川大介さん作編曲のストレートなロックナンバーですね。これは「羊たちが沈黙」とは逆というか、夏川さんがカッコいい曲をカッコいい歌詞とアレンジでカッコよく歌うのって、珍しくないですか?

そうなんですよね。だから逃げ場がない感じはすごくありました。今までだったらノリと勢いで、無理やり個性として押し通していた部分が隠せなくなるみたいな。この曲もコンペで「イントロからカッコいいね!」と私も夏川チームのみんなも気に入ったんですけど、まっすぐなロックだし、カッコよく歌うことでよりカッコよく響くメロだったりするので、そこのバランスを取るのが難しくて。私の中では挑戦枠の曲です。

──一般的なボーカリストはカッコいい曲はカッコよく歌っていると思いますが、夏川さんがそれをやると挑戦になるって、面白いですね。

そうかも(笑)。だから、ライブで歌うとどうなるのかな? ひょっとしたら歌詞の力も相まって、聞こえ方が変わってくるんじゃないかなって思います。

──その歌詞について、僕は「烏合讃歌」のワタナベハジメ作詞バージョンみたいに思いました(参照:夏川椎菜「コンポジット」インタビュー)。

ああー、そうかもしれないです。ハジメさんがそれを意図したかどうかはわからないんですけど、「総員よ」「毛羽立つこんな世界に生まれた」とか、それっぽいワードがちりばめられていて。もともとハジメさんは「イエローフラッグ」の作詞もされているので、ヒヨコ群を鼓舞するような言葉選びが得意なんじゃないかな。

──「ナイトフライトライト」(「コンポジット」収録曲)にもそういうところがありましたね。

そうですそうです。もしかしたら「烏合讃歌」に寄せてくださったというよりは、ハジメさんがご自身の色を出した結果こうなったのかも。私とハジメさんは、同じような世界を見ながら作詞していると感じることがあって。語彙や経験の違いがあるからちょっとずつ分岐して、着地点は変わってくるけど、スタート地点は一緒みたいな。私としては「Bluff 2」は、「自分の目で見たものを信じろ」というメッセージだと思っています。

──僕は「Bluff 2」というタイトルを見たとき、「“1”は?」と思ったのですが……。

ハジメさんがおっしゃるには「タイトルすらもブラフ」だそうです。さも「Bluff 1」があったかのように、しれっと“2”を入れちゃうという(笑)。

夏川椎菜

ちゃんと次の段階に進めている

──9曲目の「消えないメランコリー」は作詞、作曲が元カラスは真っ白のやぎぬまかなさん、編曲がめんまさんで、「コンポジット」に収録された「サメルマデ」と同じです。これは「サメルマデ」がよかったから「またお願いします」と?

その通りです。私はカラスは真っ白が大好きで、今もよく聴いているんですけど、やっぱり自分でも“カラスは真っ白ワールド”をやりたいんですよ。前回の「サメルマデ」ではカッコいいほうのやぎぬま節をいただいたので、今回はかわいいほうの、ふわふわしたやぎぬま節を歌ってみたくて、そういう方向でお願いしました。だからサウンドとしてはすごく軽やかというか……。

──いわゆる渋谷系ですよね。

そうそう。なのに歌詞にはちょっと闇を感じるところがあって、「大丈夫?」って声をかけたくなっちゃう。そのアンバランスで危うい感じが最高にカラスは真っ白だなって。うん、大好きですね。

──渋谷系とは言いましたが、めんまさんのアレンジはしっかりロックしていますね。ギターポップやネオアコに寄るのではなく。

それこそが編曲をめんまさんにお願いしている理由でもあって。“カラスは真っ白ワールド”をやりたいからといって、模倣したんじゃ意味がない。やぎぬまかなさんと夏川椎菜のコラボレーションにする必要があると「サメルマデ」のときから思っていたんです。歌に関しても同じことが言えて、私の耳にはやぎぬまさんのボーカルが焼き付いているし、「消えないメランコリー」の仮歌もやぎぬまさんが歌ってくださったんですよ。だからデモをいただいたとき「わあ! カラスは真っ白の新曲だ!」と喜んじゃったんですけど、それを夏川の曲として歌うにあたって模索はしました。ただ、戸惑いはなかったかもしれないですね。

──と言いますと?

「コンポジット」がとんでもないアルバムで、その楽曲たちをツアー(「LAWSON presents 夏川椎菜 2nd Live Tour 2022 MAKEOVER」)でも歌い切ったことで、もはやメロやリズムを追いかけることに対する不安はほとんどなくなったんですよ。かつ、今までは楽曲によって歌い方を完全に分けていたんですけど、だんだんシームレスになってきていて。例えば「烏合讃歌」なら「烏合讃歌」の、「トオボエ」なら「トオボエ」の声の出し方やレンジを自分で決めていたのに対して、「消えないメランコリー」では「烏合讃歌」的な歌い方をちょっとだけ混ぜたりしているんです。だから自分の中でツマミを調整できるようになったというか、調整できることがわかってきたんですよね。

──「ライダー」のところで「人はそんな急に成長するもんじゃない」という話になりましたが……。

年単位で見たら成長している。少なくとも5年前はできなかったことが今はできるようになっているので、ちゃんと次の段階に進めているという実感はあります。

夏川椎菜

我々はみんな宇宙人です

──続く「エイリアンサークル」は作詞が夏川さん、作編曲が山崎真吾さんです。人と人はわかり合えないことに対して「エビバディUMA」「ガワが似てるだけの宇宙人♪」と、わかり合うことをあきらめている。あるいは、わかり合えない前提で人と接すれば「まあ、しょうがないか」とあきらめも付くみたいな。

私は小学生ぐらいからずっとそう考えていて。どうしても仲よくできない子っているじゃないですか。それを母に相談したら「そういう子とは無理して関わらなくていい」と言われて、子供心にすごく納得したんですよ。別に無視するとかじゃなくて、適度に距離をとる。その人と同じ世界に住もうとしない。そういう対処法で生きてきたので、人と人はわかり合えないというあきらめは、賢く生きるうえで大事だなって。

──でも、大人になるとそうはいかないケースも出てきますよね。

そうなんですよ。どうしても関わらなきゃいけない場合もあって「大人は大変だな」と思ったときに、わかり合えないことを理解したうえで関わるという、母の教えを更新するようなあきらめに到達しまして。お互いにわかり合えないことを認め合えば、うまく回ることもあるんじゃない?という歌になっています。

──実際、わかり合えないですからね。と、僕個人は思っています。

絶対に無理な人はいますよね。だから私は人を信頼はしても、信用はしないようにしていて。私にとって「信用」って、すごく盲目的なものに思えるんですよ。

──信仰に近い感じ?

あ、そうですそうです。自分の心まで全部預ける感じになっちゃうのが嫌で、あくまで「信頼」にとどめておきたい。信用も信頼も、言葉本来の意味は違うかもしれませんけど、私のイメージとしては、信頼は相手との間に一線を引けているんですよ。その人を頼りにしているだけであって、仮にその人が失敗しても「頼りにした私にも責任があるよね」と納得はできる。でも、相手を信用して心まで預けちゃうと、その人が失敗したときに「裏切られた」と感じて、全責任を相手に押し付けてしまう気がするんです。それってすごく無責任で、危険な行為なんじゃないかなって。

──あるいは信用した相手が間違った選択をしたとして、いったん信用してしまった以上、自分もそれに追随するしかなくなる。引くに引けなくなるみたいなパターンも。

そうそう、自分が逃げられなくなる。逆に、頼るぐらいだったらいつでも逃げられると私は思っているので、人を頼ることに対してはあまり躊躇がないんですよ。だって、自分1人の力だけじゃ生きていけないんだから。

──「エイリアンサークル」の歌詞にも「頼れ 頼れ 隣人を」とありますが、人を頼ることに恥や負い目を感じない世の中になるといいですね……ごめんなさい、今なんか偉そうなこと言いました。

いやいやいや。この楽曲自体もけっこう大きなことを言っていて、最終的には視点が地球規模になっているんですけど、自分にしては珍しくまともなことを言っているなと(笑)。

──全人類向けの歌詞ですよね。それをスタジアムロック的な解放感のある曲に乗せて歌うという。繰り返しになりますがフェーズ3感があります。

この曲は「シンガロングをやりたい」というお題でコンペをして選んだんですけど、結果的にみんながUMAであることをみんなで歌うことになったんですよ。「我々はみんな宇宙人です」って。

──しかも、1人ひとりがそれぞれ違う惑星の出身になるわけですよね。

そう、全員が異星人。これをライブで歌うこと自体に強いメッセージ性を感じつつ、どこかバカバカしくもあって、すごくいいところに着地できたなって思います。