夏川椎菜 3rdアルバム「ケーブルサラダ」に見える、“あきらめ”の先で笑う人生

夏川椎菜が3rdアルバム「ケーブルサラダ」を11月15日にリリースした。

アルバムにはシングル曲「ササクレ」「ユエニ」に新曲9曲を加えた全13曲を収録。新曲のクリエイターにはHAMA-kgn、かわむら(ポップしなないで)、カメレオン・ライム・ウーピーパイ、川崎智哉、ワタナベハジメ、長谷川大介、やぎぬまかな(ex. カラスは真っ白)、山崎真吾、田口かやな(sympathy)、田中秀典といったバラエティ豊かなアーティストが名を連ねている。新曲のうち「メイクストロボノイズ!!!」「羊たちが沈黙」「エイリアンサークル」「ラフセカンド」の4曲は夏川自身が作詞を担当した。

2017年のソロデビュー以来、自身で作詞を手がけるのみならず、楽曲のアレンジやミックス、ジャケットおよびミュージックビデオの制作などすべての工程に関わっている夏川。音楽ナタリーではアーティスト、クリエイターとしての彼女の歩みを追いかけ続けてきた。今回は1万4000字のロングインタビューで3rdアルバムに通底する思いに迫る。

取材・文 / 須藤輝撮影 / 梁瀬玉実

ベースにあるのは“あきらめ”

──3rdアルバム「ケーブルサラダ」は、やっていることは夏川さん自身がたびたびおっしゃっているように“スキマ産業”的で……。

はい、それはもう(笑)。

──オルタナティブで、過去2枚のアルバムと比較してもだいぶ趣味性が高いと思いますが、ちゃんと大衆性もあって。うまいことポップにまとめてきましたね。

ありがとうございます。でも、明確にそこを狙ってやろうという意図はまったくなくて。特に今回は、作り始めの時点ではコンセプトもなく、悪く言えば見切り発車で「とりあえずライブやりたいし、アルバム作るか!」ぐらいの感じだったんです。それが結果的に、あとから振り返ってみたら「ちゃんと1本筋が通ってるね」みたいな。「趣味性が高い」と言ってくださいましたけど、自分のやりたいこと、好きなことをやるというのが根幹にあるので、そこに対して正直に作ったのがよかったのかもしれません。

──サウンド的には1曲を除いてバンドサウンド全振りで、「ライブを! バンドで! やらせろ!」という強い圧を感じます。

「お願いだから! 頼むから!」って(笑)。もはやミュージックレインに対する脅しに近い。

──「1本筋が通ってる」とおっしゃいましたが、新曲の歌詞に関しては全体として諦念めいたものを感じました。しょうもない現実をいったん肯定してみる、みたいな。

うんうん。今回は、自分で作詞した曲もそうでない曲も、歌詞の色により統一感が出たなと思っていて。それが、まさしく“あきらめ”なんですよ。あきらめがベースにあって、何もかも1回あきらめた先に抱く感情だったり、見えてくる情景だったりが描かれている。前向きに「まあ、そんなもんだよな」と言えている気がするし、そう言えたことによって少しは事態が好転する……かもしれない。そんな兆しが見えて終わる感じが、いつも私がやっている“前向きすぎないメッセージを伝える”ことに、結果としてつながったなって。

夏川椎菜

──「ケーブルサラダ」というタイトルは、例えばスタジオなどでケーブルがごちゃごちゃっとしているのがサラダみたいに見えたとか?

これは私がよく使う造語じゃなくて、ドイツ語の「カーベルザラート(Kabelsalat)」という言葉を英語にしたものなんですよ。私の好きな本に「翻訳できない世界のことば」という、例えば日本語だったら「木漏れ日」とか「積読」とか、ほかの言語に訳すとひと言では表しづらい言葉を集めた本があって。そこに「カーベルザラート」も載っていたんです。意味としては今おっしゃったまんま、ケーブルがごちゃごちゃに絡まっている状態で。「今、私の頭の中はこんな感じになってます!」というのを表現できるし、私がこの本を読んだとき、真っ先に「この言葉、いつか使いたいな」と思ったんですよね。

“声出し”が戻ってくるツアーに向けて

──では新曲について伺っていきますが、1曲目「メイクストロボノイズ!!!」は作詞が夏川さん、作編曲がHAMA-kgnさんです。開幕からブチ上げるロックナンバーであり、夏川さんの1つスタンダードと言える曲ですね。

はい。HAMA-kgnさんは、夏川楽曲では常連の作家さんなので。

──楽曲の機能としては、同じくHAMA-kgnさんが手がけた「イエローフラッグ」(2019年4月発売の1stアルバム「ログライン」収録曲)や「烏合讃歌」(2022年2月発売の2ndアルバム「コンポジット」収録曲)のように、ヒヨコ群(夏川ファンの呼称)を焚き付けるみたいな。しかもライブの現場で。

まさしくそういう曲が欲しくて。すでにツアー(「LAWSON presents 夏川椎菜 3rd Live Tour 2023-2024 ケーブルモンスター」)の開催が発表されていますけど、このツアーでようやく“声出し”が戻ってくるので、ヒヨコ群と一緒に、気持ちを声に乗せてぶつけ合えるような曲を必ず入れたい。そう思ったときに、書いていただくなら絶対にHAMA-kgnさんだなって。「メイクストロボノイズ!!!」はコンペをするより前に、リード曲の「ラフセカンド」とかよりもずっと早く上がってきたので、作詞もレコーディングも最初にしました。

──歌詞に「刷り込みの 通常を ワンパンでのして」とあるように、夏川さんの反骨精神みたいなものが表れているといいますか、ここ数年、いろいろ鬱憤が溜まっていたのかなって。

やっぱりコロナ禍を耐え抜いた先のライブという前提があって。例えば「サイレンサーは排除」とか、ちょっと時代性を感じさせるワードも入れつつ、でもそういう時代性を抜きにしても成立しないと曲としてつまらないじゃないですか。だから、世の中に対して言いたいことを言えないとか、言いたいことを言うのがダサいみたいな風潮がある中で「黙っとこう」となってしまった人の鬱憤を、明るくカッコいい形で晴らしてあげられないか。そんな思いも込めています。

夏川椎菜

──夏川さんらしい、皮肉っぽい言葉選びも健在で。例えば「腕を組んで地蔵がもう 板につき始めて」の「地蔵」は物言わぬ人の比喩であると同時に、直立不動でライブを観ている人のことを指しますよね。

そうそう。そういうライブに関連するワードを重ねたほうが、ライブで歌うのにちょうどいいと思ったんですよ。その直前の「あっちだこっちだ “正義感”らが 絡まってしょうがないよな」というフレーズは、主にSNSで振りかざされる歪んだ正義感だったりして。そこで“お気持ち”を表明するのも品がないから「地蔵」になることを選択したけど、そうすると脳内が「だんだんと膿で埋まっていく」。それは不健全なので「弾け飛ばせ!!!」「叫び飛ばせ!!!」と煽っております。我ながら、歌詞にも歌にも夏川の個性を出せたので、この曲を最初に作れたのはすごくよかったですね。

人はそんな急に成長するもんじゃない

──3曲目の「ライダー」はさわやかなインディーロックで、作詞、作曲、編曲はポップしなないでのかわむらさんです。これは、夏川さんからの指名で?

いや、「ライダー」はコンペで選んだ曲なんですよ。コンペでは作家さんの名前は伏せられているので、選んだあとで「え! ポしなのかわむらさんなの!?」と。歌詞は仮歌詞の状態からほとんど変わっていないんですけど、それも今の私の気持ちに馴染んだというか、今、歌いたいメロと歌詞だったんですよね。

──「今、歌いたいメロと歌詞」とは、具体的には?

特にサビの「ダーリンダーリンララリラ これが世界を変える歌になるって」に、自分で無理やり世界を広げている感じがしたんですよ。世界をグイッと広げて、歌を聴いてくれる人に「ほら、見て?」と言っているようで、かといって別に押し付けがましくはないところが、すごくいい塩梅だなって。

──このアルバムは“あきらめ”がベースにあるとのことでしたが、「ライダー」の歌詞も「退屈な現実とおさらばしたい だけどこんな日々も嫌いになれない」「あー来週もこのままさ」と、変化をあきらめています。でも、人生とか生活ってそういうものですから。

そうそう、本当にそうなんですよ。私も「成長したい」とか思うし、年単位で見たら少しは前進しているかもしれないけど、数日やそこらでは何も変わらない。でも、人はそんな急に成長するもんじゃないということ自体が大事じゃん?っていう。だから歌詞の主人公の人生は1mmも進んでいなくて。進んでいないくせに「これが世界を変える歌になるって」と、ちょっと大きいことを言っているのがたまらないんですよね。

──アルバムの中で、僕はこの「ライダー」のボーカルが一番好きです。声のトーンも力の抜き加減も、何もかも完璧だと思いました。

おお、うれしい。私が初めてこういう脱力した歌い方をしたのは「ラブリルブラ」(2018年7月発売の3rdシングル「パレイド」カップリング曲)なんですけど、当時はまだ歌い方のバリエーションが全然なくて。そんな中でディレクターの菅原拓さんに「もっとだらけた感じで。あんまりメロを追ってない感じで」とディレクションしてもらったんです。以降、そういう歌い方がハマる曲が徐々に増えて、その都度積み上げてきたものがあったから「ライダー」らしい表現ができたんだと思いますね。本当に肩の力が抜けた状態で歌っているので、ライブではどんな感じで歌えるのか、今から楽しみです。

夏川椎菜

ラフォーレ原宿での運命的な出会い

──続いて「I Can Bleah」はカメレオン・ライム・ウーピーパイのChi-さんが作詞、Whoopies1号・2号のお二人が作曲という、ヤバいダンスナンバーですね。

ですね(笑)。

──ダンスナンバーといってもいわゆるEDMではなくて。カメレオン・ライム・ウーピーパイは3人共通のフェイバリットミュージシャンとしてBeastie BoysやThe Jon Spencer Blues Explosion、The Chemical Brothersなどを挙げていますが、「I Can Bleah」も90年代オルタナ、ミクスチャー由来の、それでいて今っぽいダンスナンバーだと思いました。

これは私が「カメレオン・ライム・ウーピーパイに曲を書いてもらいたい!」という希望が叶った形なんですけど、きっかけから話すと、私がラフォーレ原宿でお買い物をしているときに、たまたまカメレオン・ライム・ウーピーパイの曲が流れてきて。「何これ!? めっちゃいいじゃん!」と、その場でShazam(音楽検索アプリ)をダウンロードして、曲が終わるギリギリで吸い取って知ったユニットなんですよ。だから運命的な出会いというか、ちょうどその頃、アルバムに入れる縦ノリ曲のリファレンスを探していたんです。

──2ndアルバム「コンポジット」で言えば「奔放ストラテジー」みたいな?

そうそう。その「奔放ストラテジー」はボカロ文化寄りの縦ノリ曲だったので、そこからちょっと離れたものをやりたくて。かといって、ガチのクラブミュージックだときっと私には似合わないし……と悩んでいたときにカメレオン・ライム・ウーピーパイの曲に出会って「これだよ! 私がやりたかったのは!」と。でも、楽曲提供をしてくださる方なのかわからなかったので、私から夏川チームのスタッフさんに「バカのフリして聞けませんか?」と頼んだりして、ダメ元でオファーしたら、なんと快く引き受けてくださったという。

──この人選にはびっくりしました。

OKをいただいたときは本当にうれしかったし、レコーディングも楽しかったです。普段、私は同じ歌詞を繰り返すパートでも、基本的にはコピーペーストしないで、ハモとかも含めて全部歌うんですよ。でも「I Can Bleah」はデジタルで作る前提だったので、素材としての私の声を最低限録ったら、あとはそれをあえてコピーしたり加工したりして仕上げてもらうというやり方で。だから歌い上げるというよりは、グルーヴに乗ることを最優先して歌いました。

──歌詞の内容も、先の「ライダー」と同様に前進はしていないというか……。

ずっと「まだ足りない」「まだ飛びたい」と言っていて。たぶん前に進むんじゃなくて、その場でジャンプしているだけなんですよね。曲も歌詞もお任せだったんですけど、Chi-さんのワードセンスにも遊び心があって、デモを聴いた瞬間にめちゃくちゃテンションが上がりました。こういう曲にはコンペでは絶対に出会えないので、好きになったアーティストさんに楽曲をお願いするのはやめられません(笑)。