2万字のアルバム全曲解説インタビューで暴く、アーティスト・夏川椎菜の思考と感性

夏川椎菜が2月9日に2ndフルアルバム「コンポジット」をリリースした。

夏川にとって約2年10カ月ぶりのアルバムには、シングル曲「アンチテーゼ」「クラクトリトルプライド」のほか、田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN)が作詞作曲、R・O・Nが編曲を手がけたリードトラック「ハレノバテイクオーバー」や、夏川本人が作詞した新曲「烏合讃歌」「トオボエ」「ボクはゾンビ」「すーぱーだーりー」など全13曲が収録されている。2017年にソロデビューした夏川は、これまで自身で作詞を手がけるのみならず、楽曲のアレンジやミックス、ジャケットおよびミュージックビデオの制作などすべての工程を監修し、こだわりを持って音楽活動に取り組んできた。そしてそのこだわりは、ある種オルタナティブとも言える夏川の独自の“色”となって確立され、本作にも色濃く出ている。

音楽ナタリーではアーティスト、クリエイターとしての夏川の思いや制作過程に深く踏み込みたいと考え、アルバムの全曲解説インタビューをオファーした。2万字におよぶインタビューから彼女のオリジナルな音楽性や、そこに至るまでの思考、感性をたっぷりと感じてほしい。

取材・文 / 須藤輝撮影 / 竹中圭樹(ARTIST PHOTO STUDIO)

自分の中にある感情をみんなにも知ってもらいたい

──アルバムタイトルの「コンポジット」は“合成”という意味で、映像制作の分野で使われたりしますが、これは夏川さんが「417Pちゃんねる」(2020年4月17日に開設された夏川のYouTubeチャンネル。2021年4月17日に「夏川椎菜 Official YouTube Channel」へ改名された)で動画の編集をしていたことと関係あったりします?

ああー。おっしゃる通り動画の編集をしているときに目にしてはいたので、ここ1年で身近になった単語ではありますね。このタイトルに関してはめちゃくちゃ悩みまして、前回は初めてのアルバムで、まっさらな状態だったからいろんな選択肢があったんですけど、今回は作っている段階から大事にしたいコンセプトもあり。なおかつ1stアルバムは「ログライン」(2019年4月発売)という、ワンワードにいろんな思いを詰め込んだタイトルを付けてしまったので、2ndでもそれは継続させたくて。私としては「ログライン」の流れを汲もうとして、同じ界隈の言葉を探してきたんです。でも、そうするともし3rdを作ることになったときに……。

──ネタ切れする?

そうそう(笑)。結果的に、スタッフさんからいろんな意見を出してもらった中から「コンポジット」に決まったんですけど、すごくいい言葉が見つかったと思いますね。

──「ログライン」は“物語の筋書きを1行で書いたもの”という意味で、これから書こうとする物語の軸になるものです。そして「コンポジット」は編集段階と捉えることもできるので、僕は勝手に、夏川さんは制作の過程に目が向きがちなのかなと思っていたんですよ。

確かに。そういう意味では言葉を引っ張ってくる場所というか、言葉を選ぶ際の根本的な考え方は変わっていないのかもしれませんね。実際、地続きな感じがちゃんと出たかなと。

──先ほどおっしゃった「大事にしたいコンセプト」とは、喜怒哀楽、つまり“感情”ですか?

そうです。「アンチテーゼ」(2020年9月発売の4thシングル)のときに「喜怒哀楽の“怒”をテーマにした」とお話ししましたけど(参照:夏川椎菜「アンチテーゼ」インタビュー)、その次の「クラクトリトルプライド」(2021年1月発売の5thシングル)は“楽”に振ったんですよ。結果、カップリングも含めて“怒”と“楽”の曲が2曲ずつできて、その4曲が入るアルバムになるから、足りないピースを埋めたくて。今回は自分の中にある感情をみんなにも知ってもらえるようなアルバムを目指しました。その中で、足りないピースとしてはまず“喜”と“哀”があって、それに加えて違うベクトルの“怒”と“楽”もあるんじゃないかなと、サウンド感や歌詞の方向性を考えながらパズルみたいな作り方をしましたね。選曲のときも「この感じだと“怒”が多すぎない?」とか「この曲は“怒”にも“哀”にも取れるから入れたいね」とか、そういう話をしていて。

──なるほど。

ただ、サウンド感は“喜怒哀楽”らしくけっこうバラバラになったものの、歌詞に関しては「結局、私が書いたらこうなるんだな」と改めて思い知らされたというか。新曲の中で自分が作詞した曲は4曲あるんですけど、どんな感情を説明するにしても皮肉っぽいところが抜けないんだなって。「クラクト」のときも、“楽”の曲なのに「悔しい」と書いてしまった経緯があるので、何かしらマイナスの、かわいくない要素が混入してしまうんでしょうね(笑)。

夏川椎菜

夏川椎菜

01.ハレノバテイクオーバー

──リード曲「ハレノバテイクオーバー」の作詞および作曲は、今お話に出た「クラクトリトルプライド」を作曲した田淵智也(UNISON SQUARE GARDEN)さんで、編曲はR・O・Nさんです。歌詞に「喜びの声を張れ!」とあるように本作は“喜”からスタートするわけですが、イントロからフルスイングでリスナーに殴りかかるような曲ですね。

夏川チームはイントロに命を懸けているので(笑)。アルバムを作るにあたって、ぜひまた田淵さんに曲を書いていただきたくてお願いしたところ、快諾してくださいました。ただ、「クラクト」も同じアルバムに入るし、当初から私は「クラクト」をアルバムの最後に置きたいと思っていたんですよ。なので「クラクト」とはまったく異なるイメージで、なおかつとにかくテンションが上がるような「カッコいい方向の田淵さんの楽曲を歌いたいです」とお伝えしました。

──田淵さんの曲って、アンセム感というかパーティ感というか、謎の華がありますよね。

うんうん。ご本人も「マイナー調の曲をオーダーされることもよくあって、そういう曲を作ろうとするんだけど、結局なんか華やかになりがち」とおっしゃっていました。

──「クラクトリトルプライド」は夏川さんが作詞をしていましたが、「ハレノバテイクオーバー」はなぜ作詞を田淵さんに?

田淵さんがいろんなアーティストさんに提供されている楽曲や、UNISON SQUARE GARDENの楽曲で田淵さんの歌詞はよく読んでいて。すごく素敵な歌詞を書かれる方なので、いつか私にも書いてほしいと常々思っていまして、タイミングとしてはここで間違いないなと。あと、私が書く歌詞はどうしても内にこもりがちで、外に向けて発信するようなことは今まであまりしてこなかったんです。そういう傾向があった中で、これは曲が完成した今だから言えるんですけど、もし私が詞を書いていたら、こういう駆け抜けるメロディに乗せた言葉がそのまま心にズドンと響くような楽曲にはならかったんじゃないかな。たぶん、ここまでまっすぐなメッセージは、自分の言葉では届けられない。

──田淵さんは夏川さんにはない語彙や発想をお持ちかもしれませんが、歌詞の内容は夏川さんが言いたそうなことだと思いました。

そうなんですよ。歌詞をいただいたときにめちゃくちゃ共感しましたし、「そうか、こうやって書けばいいんだ!」と参考になることもたくさんあって。私は、詞を書いているときにちょっとでも皮肉っぽいことが浮かぶとそっちの方向に突っ走ってしまうんですけど、「こうやって戻ってくればいいのか」みたいな。しかも田淵さんの歌詞は、ただ前向きなだけじゃないんですよね。すごく前向きなことを言っているんだけれども、ちゃんと考えたうえで前向きなほうを選択しているというか。

──発する言葉に責任を持っている?

そう、そうなんです。

──なおかつリスナーを巻き込んでいますよね。

言葉数がすごく多いんですけど、一番伝えたいこと、具体的にはサビの「君を連れていくBig Bang!」とか「君にも覚悟をして欲しいんだ」というキメのフレーズに至るまでの流れに起承転結があって。その起承転結の中にマイナスの要素も入ってくるけれど、でも最後はちゃんとプラスに戻ってくるんですよね。

──そんな歌詞を歌う夏川さんのボーカルもハイテンションかつパワフルですね。

「クラクト」でご一緒したことで、田淵さんは私が歌のどこにアクセントを付けがちかとか、そういうクセを理解してくださったんじゃないかと思うぐらい、「私はここで力を入れたい」というポイントに濁音が置かれているんですよ。「僕のアイデア」「まだ足りない」「ずっと探してる」とか、特に最後の「始まるんだ」は歌っていてめちゃくちゃ気持ちよくて。だから感情も乗せやすいし、こういう曲調だと“がなり”も入れたくなるんですけど、あんまり入れすぎるとお上品に見えない。でも、濁音で「ここでがなるといいよ」とガイドしてもらっているようで。

──とはいえ、めちゃくちゃ難しい曲ですよね?

めちゃくちゃ難しいです。「クラクト」のときに田淵さんに課せられた課題が息継ぎと早口だったんですけど、「ハレノバテイクオーバー」でさらに難題を突き付けられましたね。でも、この歌詞のおかげでテンションを保ったまま走り切れました。

──R・O・Nさんのアレンジもニクいですね。例えばラストのサビになだれ込むあたり、ツーバスでドコドコ加速してもよさそうなのに、四つ打ちでふわっとさせることで歌詞にもある「高揚感」が生まれていて、「ハレノバ」という感じがします。

それもこの曲の特徴的なところで、あえて定石を外すことで耳はびっくりしますよね。私はR・O・Nさんとははじめましてだったんですけど、「Pre-2nd」(夏川のライブツアー「LAWSON presents 夏川椎菜 Zepp Live Tour 2020-2021 Pre-2nd」)で初めて生バンドでライブをして味をしめてしまったというか。ここまでバチボコのバンド曲を作ってしまえば、次のライブも生バンドでやらざるを得ないだろうと。だからミュージックレインの偉い人へ向けた「またバンド付けてくださいね?」という脅迫状みたいなところもちょっとあります(笑)。

夏川椎菜

夏川椎菜

02.烏合讃歌

──「烏合讃歌」の作編曲は、「ステテクレバー」「イエローフラッグ」(いずれもアルバム「ログライン」収録曲)「ワルモノウィル」「ロジックルーパー」(いずれも2019年9月発売の1st EP「Ep01」収録曲)の作編曲、および「クラクトリトルプライド」の編曲を手がけてきたHAMA-kgnさんですね。楽曲にしてもボーカルにしても、ヒヨコ群(夏川ファンの呼称)の皆さんが期待する夏川椎菜ではないかと。

うんうん。HAMAさんはずっとお世話になっている作家さんですし、「烏合讃歌」は夏川チームの1つのスタンダードというか、得意分野なのでかなり自信はありますね。ボーカルにしても今まで大事に育ててきた歌い方なので、苦もなく歌えました。

──そして作詞が夏川さんで、ヒヨコ群をテーマに書かれたことは間違いないと思いますが、素敵な歌詞ですね。「我々は弱い。ゆえに群れるのである」と宣言しているようで。

そうそうそう(笑)。弱いけど、戦いたいから群れる。「烏合讃歌」に関しては、自分の書きたいことをそのまま書けましたね。ほとんど引っかかることなくスラスラと。

──皮肉っぽさも盛り盛りですね。特に2番の「アナログ好きの賢者サマ」というフレーズは「俺のことかな?」と。

おお(笑)。

──例えば音楽って、今はサブスクでいくらでも聴けますよね。でも僕は、好きな音源はできればフィジカルで、願わくばCDではなくアナログレコードかカセットテープで持っていたいと思ってしまうタチで。

そうやって、いろんな人を敵に回しかねない歌詞です(笑)。私は、以前は自分の身の回りで起きたり自分が感じたりしたトゲトゲした事柄を、ちょっとだけマイルドにして歌詞に起こしていたんです。でもこのアルバムからは、もちろん自分の中にない感情は書かないけど、むしろトゲを尖らせる方向で詞を書いていて。「こういうこと思ってる人、ほかにもいるでしょ?」という前提で、その誰かに刺さるような言葉を選んでいるんですよ。それこそ「アナログ好きの賢者サマ」なら、昨今いろんな会社でテレワークが導入されていると思うんですけど、中にはテレワークに否定的な上司とか社長もいて、そのせいで「出社しなきゃいけないんだよね」みたいな不満を持つ人もいるんじゃないかって。

──ああー。僕は「アナログ」というワードをレコードに直結してしまいましたが、確かに「この出版社、いつまで紙の請求書を郵送させる気だ?」とかイラつくことは多々あります。

私も、新しい考え方をなかなか受け入れてくれない人に対してモヤモヤすることがけっこうあって。でも、イラっとしたけど、自分の立場上あんまり文句を言えなくて余計にフラストレーションを溜めてしまう人もいるんじゃないか。「じゃあ、烏合になろうぜ!」と。だから負け犬の集会みたいな感じではあるんですけど。

──夏川さんの言語感覚も相変わらずユニークですね。例えば「負け損ないの挑戦者」は意味がひん曲がるというか。「負け損ない」だから負けてはいないのか、あるいは負けることすら満足にできないのか。

そうそう。ありふれた言葉をちょっといじって、一瞬「ん?」って困惑させるという、私がよく使う手口です。

──最後の「天下一ヤワな羽毛の群」というのも……。

いいでしょう?

──かわいい。

ですよね! 私もこのフレーズが大好きで、最後をカッコよく締められない感じが最高に夏川っぽいなと。実際、間違いなくヤワですからね、精神的にも肉体的にも。

──この「烏合讃歌」は、夏川さんが自分のファンに「ヒヨコ群」という名前を与え、それによってある種、ファンがキャラクター化されたことで生まれた楽曲と言えますよね。

ああ、そうだ!

──ファンに向けたメッセージソングみたいなものは世の中にたくさんあると思いますが、ヒヨコ群というキャラクター性がなければここまで具体的で限定的で、あえてきれいな言葉を使えば親密な歌にはならないでしょうし……そういえばなぜ「ヒヨコ群」と名付けたんですか?

私はアイドルが好きで、アイドル界隈ではファンに総称を付けるのはよくあることなんですよ。それによってファン同士の結束も固まるし、仲間意識も芽生えると思っていて。夏川のファンの人たちにもそうなってほしくて、私がブログで勝手に「君たちは今日からヒヨコ群です」と命名したんです。もちろん当時は「烏合讃歌」みたいな曲を作ろうなんて考えてもいなくて、単に自分の好きな動物であるヒヨコを……あんまり言うと怒られるんですけど、ちょっと軍隊っぽくしたかったんですよ。私が集団を組織するじゃないですけど……。

──「烏合」だから統率も規律もないんですけどね。

それはそう(笑)。でも「ヒヨコ軍」だと言葉が強すぎるし、ヒヨコは群れるとかわいいので「群」と書いて「ぐん」と読んだら、ちょっとシュールで柔らかい感じになるかなと。実際、グッズでヒヨコ型のペンライトを作ったんですけど、ライブでみんながそれを振ってくれている様子をステージから見ると、本当にヒヨコが群れているみたいで。あと「Pre-2nd」ではみんなが声を出せない状態だったので、私は初めて「羽を挙げよう」と言ったんですよ。ヒヨコだから「手」じゃなくて「羽」だなと思って。その羽を挙げているさまがすごく印象に残っていたし、「ヒヨコ労働組合」(夏川のバックバンド)という言葉もできたので、「烏合讃歌」でもちょっと社会派な雰囲気を出したくて。だからこの曲はヒヨコ群のために書いた曲であり、「Pre-2nd」で自分の中に起こったブームから生まれた曲でもありますね。

──また歌詞の話に戻ってしまいますが、特に「転機来たし、いざ喜怒哀楽 躊躇いなく曝そうじゃん」のあたりは「RUNNY NOSE」(シングル「アンチテーゼ」カップリング曲)の続編のようでもあります。

まさに。歌詞の方向性としては「イエローフラッグ」→「RUNNY NOSE」→「烏合讃歌」という流れが実はあって。

──3曲とも旗を振って先導していくような、イメージとしてはドラクロワの「民衆を導く自由の女神」みたいな。

そうそう、本当にそういうイメージで作っていて。「RUNNY NOSE」も歌詞に「メーデー」というワードがあるように、拡声器を持って叫んでいるイメージなんですよ。だから、自分の中に語彙辞典があるんですけど、「RUNNY NOSE」と「烏合讃歌」は同じページを引いているかもしれないですね。「イエローフラッグ」から続く、みんなの士気を高めるという位置付けの楽曲としても、「烏合讃歌」はかなりホットなものになりました。