夏川椎菜 3rdアルバム「ケーブルサラダ」に見える、“あきらめ”の先で笑う人生 (3/3)

大人になることはきっとない

──11曲目「コーリング・ロンリー」の作詞、作曲はsympathyの田口かやなさん、編曲はヒヨコ労働組合(夏川のバックバンド)のギタリストであり、アルバム収録曲では「passable :(」(2022年11月発売の6thシングル「ササクレ」カップリング曲)と「だりむくり」(2023年5月発売の7thシングル「ユエニ」カップリング曲)の作編曲、および「ラフセカンド」の編曲を手がけた川口圭太さんです。sympathyの田口さんは、夏川さんの指名ですか?

そうです。私はインディーズのバンドを聴くのも好きで、何組かお気に入りのバンドがいて。その中で、今回はsympathyに曲を書いてほしかったんです。というのもsympathyの楽曲が持つ初々しさとか、いい意味での拙さみたいなものがすごく魅力的に見えるし、それは今の夏川チームでは絶対に作れない感じがするんですよ。あと、私は今27歳なんですけど、これ以上歳をとったらこういうタイプの楽曲はできないんだろうなと、ふと思って。もともと私は音楽のことはよくわからないという地点から音楽活動をスタートさせていて、20歳を過ぎてからいろんな音楽を聴いていった先で、sympathyのようなガールズバンドに出会い、憧れちゃったんですよ。いや、憧れるのが遅いんですけど(笑)。

──(笑)。

もし私が中学の頃に出会っていたら、絶対に真似していただろうなって。その憧れを、夏川椎菜の人生の中で一度でいいから形にしたくて「やるなら今しかない!」と。

夏川椎菜

──インディーロックという点で「ライダー」と被る部分はありますが、「コーリング・ロンリー」のほうがよりデリケートというか、刹那的というか。

今にも消え入りそうなんですよね。今この瞬間を逃したらもう聴けないかもしれない、そんな期間限定感……と言ったら言葉が軽いかもしれないけど、独特な空気があって。この曲を書いてくださった田口さんは私とほぼ同世代で、もしかしたら田口さんも、あと数年したらこのテンション感では書けなくなってしまうのかもしれない。同世代で同性だから、こう、相通じる部分というか……。

──その、シ、シンパシーを……。

どうしてもダジャレっぽくなっちゃいますよね(笑)。でもその通りです。これが最後のチャンスだと思って歌いました。

──今のお話を聞いて「いつかいつか大人になっても」といった歌詞の見え方が変わったかもしれません。

たぶん、私は30歳になっても、それ以降も大人になることはきっとないんだろうなって。私にとって「大人」って、あんまりいい言葉じゃないんですよ。“抗うことをやめてしまった”感みたいなものを大人に対して抱いていた時期があったので(笑)。ただ、中身は子供のままでもガワは大人になっていくというか、老けていくわけで、心と体がどんどん離れていくような感覚は年々増しているんです。そういった不安が歌うたびににじみ出てくる、歌えば歌うほど切なくなる曲になるんじゃないかな。曲の中ではすごくさわやかに「コーリング・ロンリー」と歌っているけれど、だんだん本当に、心だけがロンリーになっていく……そんな予感がします。

歌うというよりは、“声”という楽器を追加するような感覚

──ここまで夏川さんは実に多彩なボーカルを聴かせていて……あの、夏川さんはあまり「声優アーティスト」という感じがしないのでつい忘れてしまうのですが……。

そうなんですよ、実は声優なんです(笑)。

──声の選択肢をたくさん持っていて、曲に合わせてそれを使い分けているような自覚はあるんですか?

いや、そういうふうに思ったことはなくて。単純に「このサウンドで、この歌詞だったらこう歌うよね」みたいな……歌うというよりは、オケのトラックに“声”という楽器を追加するような感覚でいつもレコーディングしているので、アレンジに馴染むように、アレンジがさらに引き立つように模索していく過程で声色が変わると言えばいいのかな?

──少なくとも意図的に声色を選択しているわけではないと。

声を選択することを考えると、どうしてもキャラソン感が出ちゃうんですよ。逆に言うと、キャラソンを歌うときはキャラに応じて声を選択しています。でも夏川椎菜の楽曲を歌う場合は、選択している声があるとすれば、それは「夏川椎菜の声」なんですよ。あんまり上手に説明できないんですけど、曲に合わせて、自分が気持ちよく歌えて、かつ自分で聴いて気持ちいい声で歌ったらこの声色になりました、みたいな。

──「アレンジに馴染む」から「気持ちいい」。それが夏川さんにとっての正解で、ディレクターの菅原さんからもOKが出る。

そうですね。初期の頃からずっと、声色や感情面に対して拓さんからディレクションを受けたことはほとんどなくて。そもそも拓さんがキャラソン的な歌の録り方をしていないというのもあるんですけど、「もっと高い声で」とか「年齢感を低く」とか、言われたことがないんです。特に最近は、ディレクションされるとしたら「デュレーションが短い」「そこは言葉同士をつなげたほうがいい」「もうちょいスタッカート気味に」といったテクニカルな部分だけで。大枠では夏川に任せてもらっている、夏川の声を1つの楽器として認めてもらっている感がありますね。うん、声という楽器の演奏法を指導されることはあっても、楽器自体を取り替えろとは言われない(笑)。

気持ちにも、言葉にも、歌声にも嘘がない

──アルバムを締めくくるのが、リードトラックの「ラフセカンド」です。作詞は夏川さん、作曲は田中秀典さん、編曲は川口圭太さんで、この顔ぶれは「ファーストプロット」(「ログライン」リード曲)と同じですが、つまりはそういうことですか?

そういうことです。でも、実は「ラフセカンド」もコンペで選んだ曲なんですよ。だから「『ファーストプロット』の続編を作りたい」という発注はしていなくて。例によって曲を選んだあとで作曲者が秀典さんであることを知り、「秀典さんで、この曲調……じゃあ、夏川にはやりたいことがあります」という流れでした。

──「ファーストプロット」が「君の歌もいつか歌えますように」という歌詞で終わっていたのに対して、「ラフセカンド」では「強くなれたし キミを歌う」と、明確にアンサーソングになっていますね。

ようやく長い物語に終止符を打てました。あ、別に終わるつもりはないんですけど(笑)。「ファーストプロット」以降、ターニングポイントには「クラクトリトルプライド」(2021年1月発売の5thシングル表題曲)だったり「ササクレ」だったり、自分の考えを表明するような楽曲を置いていたけれど、はっきりアンサーしたことはなかったし、いつかはやりたいと思っていたんです。「ファーストプロット」では夏川視点の、夏川のドキュメンタリーみたいな気持ちで歌詞を書いていて(参照:夏川椎菜「ログライン」インタビュー)。そこからフェーズが変わって、より外に向けて発信することを目指している今、「ラフセカンド」は自分自身を見つめるというよりは、ちゃんとステージから客席のほうを見て歌えている感じがする。だから、本当にこのタイミングで作れたのはよかったなって。

──「ファーストプロット」のアンサーでありつつ、「ケーブルサラダ」というアルバムのリードトラックとしての役割も果たしていますよね。もう、歌詞の1行目の「笑えるまでは生きようかい」に尽きる。

根底に“あきらめ”があるんですよね。たぶん、ずっと笑って生きてきた人は「笑えるまでは生きようかい」とは言えないんですよ。泣いたり落ち込んだりしたことのある人が、グッと顔を上げたときに出てくる言葉だから。それに、きっと泣いたことのある人のほうが多いと思うから、そういう人たちに向けて「でもさ、悩み事とかはこの先もなくならないし、どうせなら愉快な人生だと思おうじゃん!」って。

──それを、夏川さん自身はどういう気持ちで歌ったんですか?

タイトルとも被りますけど、和製英語的な意味でのラフな状態というか、飾らない、一番自分らしい状態で歌えました。もう、朝起きて一発目に出す声ぐらいのラフさで。どこにも無駄な力が入っていないし、どこにも嘘がない。うん、気持ちにも、言葉にも、歌声にも嘘がない。作詞をしている時点で自分の気持ちは嫌というほど乗っているので、そこにレコーディングでトッピングを加えると嘘になるというか、くどくなると感じていて。もちろんそのくどさが求められる現場もあるけど、「夏川椎菜」においては、それは必要ないと思っています。

ハートを伝えるために私はステージに立っている

──「ラフセカンド」の「ラフ」について、僕は「ラフスケッチ」のように、「粗い」「大雑把な」を意味する“rough”だと捉えていて。つまり、最初の「プロット」から4年半が経ったのに、まだ下書きという……。

いつになったら完成するんですかね(笑)。でも、私はそっちの「ラフ」は作詞しているときは全然意識していなくて。もともとは「笑う」の“laugh”と、さっきも言った「飾らない」とか「気取らない」の“rough”のダブルミーニングのつもりだったんですよ。もちろん、メインは「笑う」のほうなんですけど。

──あ、僕は「笑う」のほうをまったく考えていませんでした。先ほど「『笑えるまでは生きようかい』に尽きる」と言っておきながら。ともあれ、完成していない=まだ続きがあると示唆しているようでもあって、アルバムの最後の曲としても収まりがいいと思いました。

アルバムの収録曲が全部できあがったとき「1曲目は『メイクストロボノイズ!!!』で、最後の曲は『ラフセカンド』にします。この2曲の位置だけは絶対に動かしません!」と、強く言いました。今まさに「続きがある」と言ってくださいましたけど、「ラフセカンド」の最後に「愉快な人生(サキ)を 共に歌う」と歌っているように、私はこの先もずっと活動を続けていきたいし、それを明示しておきたかったんですよ。

夏川椎菜

──アルバムリリース後の活動としては、12月に「ケーブルモンスター」ツアーが始まりますね。

めちゃくちゃ楽しみです。現時点ではざっくりしたセトリを決めたぐらいで、舞台セットとか衣装とか、ほかにも考えなきゃいけないことはまだまだあるんですけど、そんなに心配はしていなくて。ここ数年、歌だけじゃなくお芝居に小説といろんな活動をしてきて、結局一番大事なのって、ハートじゃん!と思っている自分がいるんですよ。ハートを伝えるために私はステージに立っているし、伝えたい相手が目の前にいる状況で何を着ていようが関係なくて。肝心なのは、伝えるためにどうしたらいいかを考えることなんじゃないか。だから、時間を割くべきはそこかなって。

──あくまで僕個人の意見ですが、ライブの演出がどうとか衣装替えがどうとか、別にそんなに……あんまり言うと角が立ちそうなのでこのへんでやめておきます。

なかなか難しいところではあるんですけど(笑)、いまだに私のことをしぶとく応援してくれている人たちには、ある程度わかってもらえている気はしています。ただ、それだけじゃ活動を続けていくうえで心もとないので、そのへんをビジネスとして考えてくださっているスタッフさんのアドバイスもちゃんと聞きつつ、最後の砦としてここだけは守る(心臓のあたりを拳でトントン叩きながら)。それは今後も大事にしていきたいです。

ツアー情報

LAWSON presents 夏川椎菜 3rd Live Tour 2023-2024 ケーブルモンスター

  • 2023年12月16日(土)東京都 立川ステージガーデン
  • 2023年12月17日(日)東京都 立川ステージガーデン
  • 2023年12月28日(木)福岡県 福岡サンパレス ホテル&ホール
  • 2024年1月5日(金)愛知県 日本特殊陶業市民会館 フォレストホール
  • 2024年1月13日(土)兵庫県 神戸国際会館 こくさいホール
  • 2024年1月14日(日)兵庫県 神戸国際会館 こくさいホール
  • 2024年1月21日(日)神奈川県 神奈川県民ホール

プロフィール

夏川椎菜(ナツカワシイナ)

1996年7月18日生まれの声優、アーティスト。2011年に開催された「第2回ミュージックレインスーパー声優オーディション」に合格し、翌年より声優として活動を開始。2015年に同じミュージックレインに所属する麻倉もも、雨宮天とともに声優ユニット・TrySailを結成し、神奈川・横浜アリーナ公演などを経て現在まで精力的に活動している。2017年4月に1stシングル「グレープフルーツムーン」で自身の名義にてソロデビュー。2019年4月には作詞に初挑戦した1stアルバム「ログライン」をリリースし、9月より初のツアー「LAWSON presents 夏川椎菜 1st Live Tour 2019 プロットポイント」を行った。2022年2月に2ndアルバム「コンポジット」を発表。11月に6thシングル「ササクレ」、2023年5月に草野華余子が作曲した表題曲を含む7thシングル「ユエニ」をリリースした。11月に3rdアルバム「ケーブルサラダ」を発表。12月よりライブツアー「LAWSON presents 夏川椎菜 3rd Live Tour 2023-2024 ケーブルモンスター」を開催する。