音楽ナタリー Power Push - ESTACION 南壽あさ子×鈴木惣一朗
2人が再び冬を描いた理由
僕らが作ったオリジナルの唱歌
──ESTACIONは「日本語の美しい歌を歌う」というコンセプトを掲げていますが、このアルバムからも“ディスカバージャパン”的な視点を読み取ることができました。
鈴木 お、山口百恵さん「いい日旅立ち」!
──今作は美しい日本の風景を想像させるアルバムになっていますね。
鈴木 その意識はすごくあります。年齢を重ねていくと、美しい風景とかをすごく求める気持ちになる。それに加え南壽さんは年齢のわりに落ち着きがあって、日本の季節の機微にも反応して、大和言葉の本を読んでいたりもする。
南壽 そういえば、アルバムのレコーディングに入る前に「大和言葉を使った唱歌を作りたいね」って話をしていて、1つ詞を書き上げたんです。でも「やりすぎかな」と思って。
鈴木 アプローチはよかったんだけど、企画モノっぽくなっちゃうかもって判断でやめたんだよね。
南壽 それが、いろんな変遷があって「カシュカシュ」という曲になったんです。タイトルはフランス語なんですけど、内容は冬に春を待つ、童謡のような曲。
鈴木 人って言葉の持つ意味について掘り下げようとするじゃない? だけど僕らは普段、感受性を駆使して、例えば言葉がわからなくても洋楽を聴いたり、さまざまな音楽を楽しんでいるし、本来なら響きだけで伝わればいいとも言える。「カシュカシュ」は「かくれんぼ」って意味だけど、その前にまずこの言葉の響きに南壽さんは反応した。冬にかくれんぼをしているというイメージ。こじつけかもしれないけれど、はっぴいえんどっぽい感じがしたんだよね。ということで細野(晴臣)さんが登場する理由がある。
──それで細野さんがボーカルで参加してらっしゃるんですね。
鈴木 南壽さんのプロデュースをやる直前ぐらいだったかな、一昨年ぐらいに細野さんと対談したとき、唱歌についての話をしたんです。「僕らはああいう曲を聴いて育ったはずなんだけど今はもう唱歌ってなくなったよね、教科書にも載ってないし」って。でも南壽さんは唱歌をよく知ってる。なんで知ってるの?
南壽 教科書には載ってなかったけど、唱歌が載っている本を読むのが好きだったので。
鈴木 唱歌に惹かれるような資質がもともと彼女にはあったんだね。僕の場合は原体験として、唱歌を聴いて育ってきて、僕と彼女は世代が離れているけど、唱歌という共通の符合があった、それぞれが唱歌に感じるものがあった、というところからESTACIONはスタートしているんです。それで、今回は既成のものだけじゃなくて、オリジナルの唱歌「カシュカシュ」を作るという目的があったという流れです。
南壽さんの音楽は“ちょいふる”
鈴木 「カシュカシュ」を作って感じたのは、すごくはっぴいえんどっぽいということ。だから細野さんが唱歌の話をされたことにもすごく合点がいったというか。「しんしんしん」もロックサウンドで唱歌を作ったようなもの。その背景には、昭和初期の時代というか、宮沢賢治や中原中也、稲垣足穂の世界が見え隠れしている。あのね、南壽さんの音楽って“ちょいふる”なんですよ。
南壽 じょいふる?
鈴木 違う違う(笑)。ちょっと古いの“ちょいふる”。昭和的というか、初めて聴いたときから何か懐かしさがあった。で、透かしてみればそこに荒井由実さんの音楽が見えた。南壽さんは幼い頃から「ひこうき雲」を聴いていたようなんだけど、「この人ってどういう経緯で、こういった仕上がりになったなんだろう?」とか興味が尽きなくて。
南壽 フフフ。
鈴木 で、いまだによくわからない(笑)。
──という評価だそうですが、ご自身としてどうですか?
南壽 こういう活動を始めてから、皆さんによく言われるんですよね。「あんまり周りにいないタイプの人だ」とかなんとか。あとは「今後いろんなことを経験していくだろうけど、このまま変わらないでください」って。あまりピンとは来ていないけれど、「はい」って答えてます(笑)。
鈴木 彼女は“ロイヤルな存在”という言い方もできると思います。ずっと留まり続けていて、確実に変わらないものって感じ。南壽さんがただそこにいてくれさえすれば、みんな日々の暮らしを無事に営めると言うか。かつて「山口百恵は菩薩である」って平岡正明さんが言いましたけど、もはやファンの方々にとって南壽あさ子もそうかもしれない。
南壽 もうなんて言っていいか……。
鈴木 彼女のキャラクターには日本古来の奥ゆかしさが宿っていて、そこが唱歌の世界とも合うんですね。だから無理のないことをやっている気がするんですよ。文部省唱歌の「雪」でさえ思いきり自由に遊べる確信があった。
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収録曲
- しんしんしん
- カシュカシュ
- 冬の海
- Blue Valentine's Day
- 雪
- 心に太陽を持て
- 冬は糸を連れ
- 灯台守
ESTACION(エスタシオン)
右 / 南壽あさ子(ナスアサコ)
1989年千葉県佐倉市出身のシンガーソングライター。幼少の頃からピアノを始め、大学時代に軽音部に所属。その後音楽活動を本格化させ、2010年よりライブ活動を行う。2012年6月には湯浅篤をプロデューサーに迎えたシングル「フランネル」でインディーズデビュー。翌2013年10月にはシングル「わたしのノスタルジア」でTOY'S FACTORYよりメジャーデビューを果たす。2016年7月に所属レーベルをヤマハミュージックコミュニケーションズへ移籍することを発表した。同月に「エネルギーのうた(弾き唄い Ver.)」、8月に「八月のモス・グリーン」を配信限定シングルとして発売し、9月に移籍後初のCDシングル「flora」をリリース。また同年11月には鈴木惣一朗とのユニット・ESTACIONの新作音源「もうひとつの冬」を発表した。
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左 / 鈴木惣一朗(スズキソウイチロウ)
1983年にWORLD STANDARDを結成し、細野晴臣プロデュースのもと「WORLD STANDARD」でデビュー。音楽プロデューサーとしてハナレグミ、ビューティフルハミングバード、中納良恵(EGO-WRAPPIN')、南壽あさ子、湯川潮音、羊毛とおはな、あがた森魚といったアーティストの作品に携わっている。また音楽雑誌への寄稿や本の執筆も行っており、1995年に執筆した「モンド・ミュージック」はロングセラーを記録した。2015年12月には南壽あさ子とのユニット・ESTACIONとしてミニアルバム「少女歳時記<冬>」をリリース。2016年11月にはESTACIONの新作音源「もうひとつの冬」を発表した。