音楽の“遊び”が減っている? アルバム限定曲だからこそ表現できる個性
──先ほど「虹色∞オクターブ」の収録曲は前期と後期の作風に振り分けられているとお話しましたが、その作風に当てはまらないような楽曲はかなり挑戦的で。中でも「Rule」は直球のシンセポップでとても驚きました。これまでナオトさんはラテンやレゲエ、民族音楽のサウンドを積極的に取り入れてきたので、シンセを前面に押し出していたのが意外だなと思って。「Rule」は最初からこのサウンドを狙って作ったのでしょうか?
「Rule」も「あえて変わり種にしよう」という狙いはなくて、自然にできあがったんだよね。確か2017年ぐらいに完成させたから、ちょうど旅から帰ってきた直後だったはず。でも「J-POPシーンでこのサウンドはまだ早い」と判断して、一旦発表を見送っていたんです。今は80年代のJ-POP、シティポップの人気がピークになっているけど、当時はまだそこまでではなくて、じわじわきている途中というか。
──まだコアなリスナーが聴いている程度だった。
そうそう。徐々にアメリカでは流行り始めていたけど、日本ではまだ早かった。2022年になって、一般的にもシティポップのサウンドが身近になったから、ようやく引っ張り出してきました。当時スタッフに聴かせたときも「まあ……悪くないね」くらいの反応だったんだけど、最近聴き返してもらったら「これ今だね!」って全然評価が違っていて(笑)。リスナーがどんな音楽に興味を持っているか、その時々のムードに合わせることも大切だから。
──2017年に完成させたとき、サウンドのアレンジはもう固まっていたんでしょうか?
ほぼ同じだね。だから「シティポップが人気だから、それにあやかろう」みたいなことは一切なくて。自分の採用したかったアレンジがたまたまリンクしたってことだね。
──ほかにはナオトさんにとって初めてのクリスマスソング「Sunny Christmas」、“家族の食卓”をモチーフにした「The Day」のように、特定のシチュエーションにフォーカスした楽曲も複数あります。このあたりは過去曲だと「同窓会」「わなげうた」を彷彿とさせますね。
「Sunny Christmas」は12月3、4日にアリーナワンマンが決まって、「その時期にぴったりな楽曲を届けたいな」と考えていたんだよね。だからアリーナライブありきでできた曲。「このライブで演奏したい」というきっかけで新曲を作ったことはあんまりなかったと思う。
──クリスマスという題材をナオトさんが歌うのは珍しいと思ったのですが、そんなバックグラウンドがあったんですね。
一方で「The Day」はシングルカットできない、アルバムにしか入れることができないタイプの曲だけど、今作の心臓と言ってもいいくらい重要な曲で。一番「アルバムの曲ですよ」という顔をしてる(笑)。なんていうのかな……「私、こういう側面もあります」みたいな表現ができる曲って、配信がメインになってからかなり少なくなった気がして。シングルのカップリング曲やアルバムだけに収められている曲って、そのアーティストのアイデンティティや個性がより濃く表れると思うのね。そういう曲って、アーティストのことが好きになると「こんな面白いこともやっているんだ」と気付くきっかけになるんです。僕自身、例えばMr.Childrenの「君の事以外は何も考えられない」(シングル「抱きしめたい」のカップリング曲)とか、井上陽水さんの「荒ワシの歌」(シングル「少年時代」のカップリング曲)とか大好きで。アーティストがめっちゃ遊んでいる曲で、聴いていて楽しいんだよね。
──配信を主軸にしているアーティストはそのあたり、どう感じているのか気になるところです。
最近、若手のミュージシャンに「配信シングルだとそんなふうに遊べないからすごく苦しい」と相談されたことがあって。配信は基本1曲のみで、それを短期間で何作も作っていくから、全部を表題曲規模の完成度まで仕上げないといけない、という意識があるみたい。そうなると、カップリング曲のような遊びが入れられないわけだよね? アルバムも今まで出したシングル曲をまとめるだけでけっこうな曲数になるから、やっぱり遊ぶスキがない。野球で言うと全曲4番バッターで、点取り屋だけ作らないといけないって感じ。
──そうなると、1曲ごとのプレッシャーはかなり大きいですね……。
相当しんどいと思う。時代の流れを痛感しましたね。だからこそ、「The Day」のようなアルバムにしか入れられないような曲を作ることは大事だと思った。もしかすると、ティライミの新たな側面が一番よく表れた曲になったかもしれないね。
──ちなみに「The Day」の歌詞は全部ひらがなで書かれていますね。これも珍しい。
最初は漢字も混ぜて書いていたんだけど、「なんか堅いな」と思って。この曲は子供目線だし、雰囲気も穏やかだから、それを表現するためひらがなだけにしたんです。幼少期の食卓を思い出しながら作詞したんだけど、父親は仕事から帰ってきて、母親はごはんを用意してくれて、僕は泥んこになって帰ってきて……食卓にみんなが集まって、その日あったことを話し合う時間って、当たり前のようでいて尊い時間だったなあと。
──ひらがなにすることで「あのね もうね あしたいきたくない」という陰りのある歌詞が少しほぐれたり、ニュアンスが重くなりすぎない効果も出ていますね。
そこが日本語のすごいところで、ほかの言語ではここまで細かくニュアンスを選べないよね。改めて日本語の自由度には驚きました。
あなたの5分、今一度ティライミにください
──アルバムの最後を飾るのは、ももいろクローバーZの百田夏菜子さんに提供した「わかってるのに」のセルフカバーです。デモ音源風のシンプルな弾き語りで、なかなか自分の思いが伝えられない歯がゆさ、気持ちの落ち込みが歌われています。
「わかってるのに」は最初入れる予定はなかったんだけど、完成した曲を並べてみて、こういうすっぴんなもの、言葉も音もむき出しなものが必要だと思って追加しました。百田ちゃんに渡した音源をそのまま使っているんだよね。
──それは貴重ですね。
あえてコーティングする必要はないと思ってね。提出したあと、スタッフに「アレンジどうしますか? これデモですよね?」とか質問されたのを覚えてる(笑)。しかもこの曲、実は百田ちゃんが歌ったバージョンがまだレコーディングされていないんですよ。初披露されたソロコンサートのライブ音源はリリースされているけど、スタジオで録音したものはまだなくて。提供楽曲をご本人の歌唱音源が出る前にセルフカバーするのは業界初かもしれない。もちろんご本人やももクロ側のスタッフさんにはちゃんと許可はいただきました。
──アルバムを振り返ってみて、ナオトさんのこれまでの集大成だけでなく、次のステップへの姿勢を感じられる作品になったと思います。前作「『7』」から4年経った成果もしっかり示されているんじゃないかと。
もう4年も経っているのがびっくりだよ。デビュー当時は1年に1枚アルバムを出して、その間にシングルも3、4枚出してたことを考えると、あの頃はとんでもないペースで動いていたんだね……。今回は逆に「期間が空きすぎちゃったかな?」と思ったけど、去年ベストアルバムを出したし、何よりコロナ禍に入っちゃったから。ファンの方には本当にお待たせしちゃったけど、ようやくアルバムという形でティライミの今の音楽を伝えられてうれしいです。昔だったら記事を読んでくださった人に「アルバム買ってね」って言ってたけど、今はサブスクでポンと検索できるから、「あなたの5分、今一度ティライミにください」とお伝えしたいね。
今こそ勝負のとき、ナオトは40代でやり切ります
──今年もまもなく終わりますが、2022年は春のツアーや「ナオトの日」公演など、ライブ本数も少しずつ増えてきました。まもなくアリーナワンマンも実施されます(※取材は11月下旬に実施)。
アリーナ規模のライブは6年ぶりだからね。この規模じゃないとできない演出って山ほどあるから、ホール公演で物足りなさを感じた人にも存分に楽しんでいただける内容にしたいです。ツアーを回れたのは大きかったし、「ナオトの日」もひさしぶりに大規模でできてよかった。いい感じにペースが戻り始めてるかな。やっぱりライブがティライミの魅力が一番伝わるからうれしいよ。
──コロナ禍でライブに参加したファンの方が「ライブを観に行くことが悪いことをしているように感じてしまった」とおっしゃっていたのが印象的でした。確かにコロナ禍に入ってすぐ、クラスターが発生したライブハウスがかなり非難された報道もあったので、同じように後ろめたさを感じている方は少なからずいそうで。
確かにね。その気持ちはすごくわかるよ。
──そんな中でも、ナオトさんのライブが堪能できたとコメントしていました。場所を作ることも大事ですし、気軽に参加できる雰囲気を作ることが大事なんだろうな……と痛感しました。
ホントだよね。みんなで息抜きしたり、ストレスを発散できる場所が絶対に必要なわけで。それがティライミのライブだったら、僕としてはこんなにありがたいことはないなって。お客さんの中でよりどころになってくれたらうれしいし、僕もそういう場を提供し続けたいね。もう皆さんには手ぶらで来て、何も考えずに身を委ねてくれたら大丈夫。あとはティライミが楽しませるだけだから。
──もう1つ、最近のインタビューでナオトさんが「40代が最後の挑戦になる」とお話されていたのを見かけまして。この数年間で一気にご自身を追い込んでいく覚悟を感じたのですが、この発言に関して、詳しく伺ってもよろしいでしょうか?
体と脳みそが20代、30代と同じ感覚で動けるのは、40代が最後だと思っていて。もちろん50代以降でもできることはあるし、そこから新しい景色が広がることも想定しているけど、方法論は変わってくるんじゃないかな。だからこそ、これまでやってきたことの集大成を40代で出し切りたいね。これまでなんのためにがんばってきたのか振り返りつつ、50代になったとき「やり切りました」と言えるようにしたい。
──「10代で思い出を作り、20代で自分を作り、30代で人脈を作り、40代で歴史を作り、50代で自分の経験を後続に伝えるための時間を作る」という発言も、そういった思いから生まれたんですね。
福井の露天風呂に浸かっていたとき、頭に浮かんだ言葉だね。自分の中だけでなく、世間に対して歴史に残ることを実現したい。それが「やり切る」ってことなのかも。それに成功しても失敗しても、やり切ることで大切なことがわかるだろうし。やり切ってダメならしょうがないけど、やり切れなかったときの後悔は一生残るから、今こそ勝負のときだよ。あとはコロナ禍に入ってストップしていた、海外での活動も再開しようと思っていて。
──10月の中旬、ひさしぶりに海外に行ったことをSNSで報告していましたね。海外活動のプランはもう固まっている?
以前は年に何度も海外に行っていたけど、3年も期間が空いちゃったから、ゼロから仕切り直しになっちゃったね。でもコネクションはちゃんと残っているから、どんな曲をリリースするか、どういうペースで展開していくのか、もう一度練り直しているところです。曲はもう完成しているものもあるし、新しく作らないといけないものもあるから、これからの攻め込み方で構築していく感じになると思う。もちろん日本での活動も今まで以上にがんばっていくよ。
──来年の活動も楽しみにしています。ちなみにナオトさんが曲作りを始めたのは、確か中学生の頃でしたよね。
中2の9月だから、1993年かな?
──でしたら、来年で30周年になりますね。
えっ、ソングライター歴30周年か! すっかり忘れてた、それ使ってもいいかな?(笑)
──ぜひ(笑)。なんだかんだで周年が重なりますね。
デビュー15周年もすぐ来るし、どんどんあやかっていきたいと思います(笑)。そうか30周年か……リリースしていない曲もかなりあるから、どこかの機会で披露できたらいいね。
ツアー情報
ナオト・インティライミ LIVE TOUR 2023 SUMMER
- 2023年7月22日(土)神奈川県 相模女子大学グリーンホール
- 2023年7月28日(金)愛知県 名古屋国際会議場センチュリーホール
- 2023年7月29日(土)兵庫県 神戸国際会館 こくさいホール
- 2023年8月5日(土)新潟県 新潟テルサ
- 2023年8月10日(木)大阪府 オリックス劇場
- 2023年8月11日(金・祝)岡山県 倉敷市民会館
- 2023年8月13日(日)福岡県 福岡サンパレス ホテル&ホール
- 2023年8月19日(土)埼玉県 大宮ソニックシティ 大ホール
- 2023年8月26日(土)宮城県 東京エレクトロンホール宮城
- 2023年8月27日(日)神奈川県 神奈川県民ホール 大ホール
- 2023年9月1日(金)東京都 東京ガーデンシアター
プロフィール
ナオト・インティライミ
三重県生まれ、千葉県育ち。これまでに世界60カ国以上を1人で渡り歩き、各地でライブや楽曲制作を実施するなど、世界の音楽と文化を体感しながら活動を行っている。2009年にサポートメンバーとしてMr.Childrenのツアーに同行したのち、2010年4月にナオト・インティライミ名義でのメジャーデビューシングル「カーニバる?」をリリース。同年7月には1stアルバム「Shall we travel??」を発表し、12月には東京・日本武道館公演を開催した。その後「NHK紅白歌合戦」出演や大阪・京セラドーム大阪でのライブ、全国アリーナツアーを実現し、2017年1月に自分の原点に立ち返るため、世界を回る旅に出ることを宣言。約半年間の旅を経て7月10日開催の「ナオトの日」ライブで日本での活動を復帰させた。2019年9月にはジョーイ・モンタナとのコラボ曲「El Japonés」で世界デビューを果たしている。2021年にメジャーデビュー10周年を記念した企画「10周年!アニバーサリーおまっとぅりYEAR」を展開し、同年9月にベストアルバム「The Best -10th Anniversary-」をリリース。2022年11月には約4年ぶりのオリジナルアルバム「虹色∞オクターブ」を発表した。
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