音楽ナタリー Power Push - NakamuraEmi

新作「クライマー」が描き出す3人の今

ヒップホップとの出会い

──ところで曲作りの決まったスタイルってあるんですか?

まずは詞をパーッと書き上げます。そうやって曲全体のイメージを作ったあとに、ドラムループに合わせてコードを付けていきますね。あとは昔のヒップホップのドラムサンプルを聴きながらイメージを構築することもあります。

──ビートに歌を乗せていくヒップホップ的な曲作りも行っているんですね。

NakamuraEmi

そういうふうにできたらいいなという憧れがあるんです。ヒップホップに出会ったのは4年前とまだ日が浅いんですけどね。フリースタイルのレゲエやヒップホップ、ジャズをやってらっしゃる方って、その場にある音を組み合わせながら世界を作り出していくじゃないですか。あの感じこそ“ライブ”だなと。私もそういうふうにできたらいいなと思うんです。私、とにかくドラムの音が好きなんですよ。「こういうビートに合わせて歌いたい!」というものを昔の音源から引っ張ってきて、プロデュースをしてもらっているカワムラヒロシさんにイメージを伝達すると理想的な形にしてくれる。カワムラさんは私の曲を最終的に完全なものにまとめてくれる人で、本当に欠かせない存在です。

──ヒップホップと出会う前はどういうスタイルの音楽をやっていたんですか?

“シンガーソングライターの女の子”って感じのスタイルです。以前はそれこそ「人を感動させたい」とか「メジャーに行きたい」とか思っていたし、そういった思いが反映された歌詞を書いていたと思うんですけど、別に変だとも思っていなかった。でも、レゲエが盛んな地元の厚木で、みんなから「なんか気持ち悪いな」とは言われてました(笑)。

──型にハマった感じの音楽をやってることが?

キレイなことをキレイに歌っている感じと言うんですかね……。いかにも感動を誘いそうだけども、結局何も響かないというか。ただ最初は、その「気持ち悪い」っていう意味がよくわからなかった。でもあるとき、私のiTunesが壊れちゃって、その頃付き合っていた彼氏……その人はヒップホップが大好きでバンドをやっていたんですが、彼のパソコンにつないだらライブラリの中身が全部ヒップホップに入れ替わっちゃったんです(笑)。J-POPのヒット曲しか知らなかったのに、そこで初めてヒップホップを聴くことになって。

──偶然の出来事があってのことだったんですね。

そうなんです。もしiTunesが壊れることがなかったら、こういう曲を歌い始めることもなかった。で、私当時、仕事の面で悩んでいたんですよ。人に合わせるやり方でずっと通してきたけど、自分を変えたい時期だった。そんな矢先にヒップホップと出会って、じっくりと曲を聴きながらすごくいろんなことを考えていたら、徐々に自分の音楽が「気持ち悪い」と言われる理由がわかるようになっていったんです。

──ちなみにそのiTunesに入っていた曲やアーティストは?

一番ガツンときたのは、RHYMESTERさんですね。宇多丸さんもすごくカッコイイんですが、Mummy-Dさんのリリックとあの弾むような歌! あれがもう……。歌詞はガシガシ心に入ってくるし「なんだこれは!」と思って。その出会いが音楽制作に対する姿勢をガラッと変えるきっかけを与えてくれたんです。

──そうだったんですね。では曲はスムーズにできるほうですか?

サッとできることは少ないです。けっこう時間がかかるタイプですね。

──どの曲からも、書いたり消したり、行ったり来たりという試行錯誤の跡が見てとれます。きっと身を削るように作っているんだろうなと感じました。

でも身を削るのは、詞を書く前の段階というか。身を削られるような出来事が現実に起きて、そのまんまの事実をブチまけるようにバーッと言葉を書きつけていくんです。出てきた言葉を調整していくのは難しかったりするけど、思っていたことをどんどん組み立てていく作業なので楽しいといえば楽しいですよ(笑)。

「YAMABIKO」は格闘していく曲

──今回の作品でサポートを務められているメンバーは、これまでと若干変化しているんですよね?

NakamuraEmi

はい。これまではカワムラさんが率いるalosotimuというインストバンドにずっとサポートしてもらっていたんですが、メジャーデビューの話が出たときにドラムの河村亮さんがご自身の音楽活動のスケジュールのこともあってサポートを離れることになって。で、新しいドラマーを決めなければいけなくて、まず思い浮かんだのが地元の先輩でもあるTOMO KANNOさんだったんです。2年前にジャズのハコでTOMOさんの演奏を観たんですが、めっちゃカッコよくって。「TOMOさんとやりたい!」と思ったものの、MISIAさんのドラマーをやっているし、今はニューヨークに住んでいるから無理だろうなあと半ばあきらめていたんですけど……ちょうどニューヨークから帰ってきた時期だったようで、音源を聴いてもらったら「とてもいいからぜひ一緒にやろう」と言ってもらえたんです。

──理想の音を手に入れることができたわけですね。レコーディングの苦労でパッと思い出されることはありますか?

1曲目に収録された「YAMABIKO」はアルバムのメインになる曲で、ライブでも欠かさず歌っていたんです。だから、一番自信があったというか「きっとすんなり録れるだろう」と予想していました。でも、ドラマーが変わってグルーヴに変化が生まれたことから、すごく時間がかかってしまったんです。演奏に歌を乗せる段階でちょっとズレが生まれて、どこに落とし込んだらいいのか見失ってしまった。私、リズム感がよくないので何度も何度も練習して身体にリズムをなじませないとダメなんです。そこで、今度は「ライブのようにやるしかない」と繰り返し歌ってみたんだけど歌が強くなりすぎたりして、理想の形にたどり着くのにいろいろ苦労しました。ライブだと勢いだけで成立することもあるけど、レコーディングされた音源は耳だけで聴くものですから、ちょっとでもズレがあると伝わるものも伝わらなくなっちゃう。

──その苦労の甲斐あって、素晴らしいオープニング曲になったと思いますよ。そこで学んだものは何だったと思います?

迷ったら一度もとのところに立ち戻る勇気というか……まだ歌詞を歌うことだけで必死だった最初の自分に1回戻ってみることが大事だということでしょうか。今回はそうすることで一番納得のいく結果が得られたから。この曲はレコーディングを始めたときには、私の歌というよりもバンドが鳴らす音のほうがカッコよくなっちゃっていたわけです。ドラマーが変わって、ビートも少しブラックな感じが増したときにもとのまんまじゃ歌が乗らないし、私の今のまんまでも乗らない。その中間点を探すことが大事なんだとわかって。でも、その探し方が最初は全然わからなかったんです。プロデューサーと、エンジニアの兼重哲哉さんがいろんなヒントを出してくれて、繰り返し練習しながら感覚をつかんでいきました。

──この曲はこういうふうに歌うのが正しい、というイメージを1回捨ててみた。

そうですね。何度もライブで歌って、勢いばかりが付いてしまった曲をもう1回きちんとした形で録り直すときのテンションの持っていき方を学んだというか。ライブのようにテンションを上げることと、曲のリズムをつかむのは違うんだと気付かされました。

──そうすることで、自分の中に流れているリズムを発見することにつながった?

どうでしょうか。「YAMABIKO」はこれからも格闘していく曲になるかな、と思います。正直エンジニアの力があって完成した曲というか、自分の歌のみでこの感動を作り出せるかと言ったら、今はそれがまだできないことがわかっちゃったし、悔しさもある。でもこれを課題としてこの先がんばっていこうと思えたので、すごく思い入れのある1曲になりました。

メジャーデビューアルバム「NIPPONNO ONNAWO UTAU BEST」2016年1月20日発売 / 日本コロムビア
CD 2916円 / COCP-39398
アナログ 4320円 / COJA-9301
収録曲
  1. YAMABIKO
  2. スケボーマン
  3. All My Time
  4. 台風18号
  5. オネガイ
  6. 女子達
  7. プレゼント~繋ぐ~
  8. 使命
  9. 七夕
"NIPPONNO ONNAWO UTAU BEST"~Release Tour 2016~
  • 2016年5月17日(火)大阪府 Music Club JANUS
  • 2016年5月18日(水)愛知県 Tokuzo
  • 2016年5月25日(水)東京都 UNIT
NakamuraEmi(ナカムラエミ)
 NakamuraEmi

1982年生まれ、神奈川県厚木市出身。2007年に中村絵美としてアーティスト活動を開始。2011年頃、カフェやライブハウスで歌う中で出会ったヒップホップやジャズに影響を受けて、歌とフロウを行き来する現在の独特な歌唱スタイルを確立。NakamuraEmiとして新たに音楽活動を始める。2012年 10月にシングル「NIPPONNO ONNAWO UTAU vol.1」をリリース。翌年にはミニアルバム「NIPPONNO ONNAWO UTAU vol.2」を発表する。2014年7月にはAugusta Campにオープニングアクトとして出演。2015年にはミニアルバム「NIPPONNO ONNAWO UTAU vol.3」をリリースし、7月に行われたライブでオフィスオーガスタへの所属と日本コロムビアからのメジャーデビューを発表。1月20日にデビュー作となる1stアルバム「NIPPONNO ONNAWO UTAU BEST」をリリースする。