2023年12月、自身のSNSに「最後のCDになるのかな、最高な曲が揃ってます。来年出せるように頑張ります!」と投稿し、新たなアルバムの制作をスタートさせた中島卓偉。ファンだけでなく、同業者も注目する中、宣言通り2024年12月にリリースされたのが最新アルバム「JAGUAR」だ。
中島卓偉といえば2022年に独立後、自身の現状を赤裸々に発信し反響を呼んでいる。そこにはロックミュージシャンとして、というだけでなく1人のアーティストとして、これからの音楽シーンがよりよいものであってほしいという切実な願いがにじむ。
音楽ナタリーでは約2年3カ月ぶりに中島卓偉にインタビューし、デビュー26年目に突入した今、ミュージシャンとして抱いている危機感、「JAGUAR」リリース後の反響、最大の夢、目標として掲げ続けている日本武道館ライブの足がかりとなる7月の日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)公演に向けての思いなどを聞いた。
取材・文 / 西廣智一撮影 / 大橋祐希
主観だけで勝負する中島卓偉の活動
──独立以降の卓偉さんを見ていて感じることなんですが……中島卓偉は常に丸裸で、すべてさらけ出している人だなと。
確かにすべて包み隠さずやっています。中にはプライベートなことも含めて、一切表に出さない人も多いじゃないですか。自分にとってはそれが不自然に感じられるので、基本はありのままというスタイルですね。
──特にそう感じた理由なんですが、卓偉さんが鳴らし続けている音楽はもちろん、SNS上での発言に関しても繕っていない。すべてにおいて、ご自身の生き様を見せているように思えるんです。
もともとそこまで器用な人間じゃないですからね。自分らしくない発言、自分らしくない行動を取ると、それが音楽にも表れちゃうんですよ。だから、どんな場面でも自分自身でありたい。ステージ上で普段と同じように会話できないことのほうが、僕にとっては不自然なんです。どんな場面でも一貫していたいという気持ちは、独立して以降特に強くなりました。いい意味でも悪い意味でも、大手の事務所にいると守られる部分があるので、自分がこう言いたいと思っても抑えられてしまうことがあるじゃないですか。僕はパブリックイメージを自分で作り上げることに興味がないんです。なので、独立して以降はより感性のままに生きています。
──ただ、活動が長くなればなるほど、いろいろ守るべきものも増えていくと思うんです。特に、卓偉さんはご家族もいらっしゃいますし、そういう意味でも44歳で独立するというのは大きな決断でしたよね。
むしろ世の中的には遅いほうだと思うんですよ。僕の周りを見渡しても、早くから独立している仲間たちが多かったですし。ただ、何事においても遅すぎることはないと思えば、僕の場合は2年前がそのタイミングだったんでしょう。独立というと、何ものにも縛られないということがひとつ大きいと思います。ただ、会社の運営とかグッズの制作や管理、スケジューリングとかも全部自分で決められるのが独立なわけですけど、僕自身は生粋のミュージシャンなんですよね。こういう歌詞を書きたい、こういうレコーディングをしたい、こういうライブをしたい、こういうパフォーマンスをしたい、そういう音楽に通じるものを他人にセーブされたりプロデュースされたりすることはもう苦しいんです。それは自分が曲を書く人間だからというのも大きくて、特に最近は音楽を作るうえで客観よりも主観のほうが大事というところに行き着きました。だからこそ独立しようと思ったし。
──卓偉さんはアイドルグループにも楽曲提供をしていますが、求められたものに対してオーダーに沿った楽曲を制作するという面もあるわけですよね。
そっちはむしろ、ディレクションとかプロデュースがあって、モチーフを提示されるほうが書きやすいし、やるからには言われた通りに作りたいんです。それがビジネスだと思うんで。だからこそ、中島卓偉の活動においては主観だけで勝負したい。両方とも主観だけではダメだし、両方とも人に言われたものだけを作っていてもダメ。正反対の表現手段ができるからこそ、僕は今を楽しめているんです。
──そう考えると、独立後の音楽活動はすごく健全なのかもしれませんね。
とはいえ、独立後の運営がうまくいっているのかと問われたら、ちょっと難しいところもありますけどね(笑)。
26年間変わらないライブスタイル
──ライブ活動に関してはいかがでしょう。独立以降の環境や見せ方における変化などはありますか?
ライブは昔から、自分も楽しんでお客さんを楽しませるというエンタテインメントに徹してきたところがあるので、今も新曲を出せばその新曲を披露しつつ、かつ古い曲もファンが望むようにやるというバランスでいいライブを作れたら一番だと思っているんです。なので、ライブのやり方やモチベーションに関してはデビューしてからの26年間変わってないです。
──2月22日に始まったツアーでは最新アルバム「JAGUAR」を軸にしつつ、3つの異なるセットリストを用意して各地を回っています。そうやって見せ方に多様性を持たせられるのも、長くキャリアを積んできたからこそですよね。
そうですね。まさか自分が提供曲のセルフカバー縛りのセットができるようになるとは思わなかったです。26年も活動しているといろんな時期、いろんな時代のファンがいてくれて、どのタイミングで好きになったかというのも違うわけで、それを1つのセットリストで納得させるのはなかなか難しい。そういう意味では、この3つのセットリストを用意したのは、お客さんに対する親切心以上に、エンタテインメントとしてより面白いものになるんじゃないかと思ったからなんですよ。
──とはいえ、1つのツアーでセットリストが3つもあると卓偉さん自身はもちろんのこと、バンドのメンバーも大変ですよね。
歌詞もそれだけ覚えなくちゃいけないので、間違いそうになります(笑)。ただ、いざやり始めると、やっぱり飽きないよさも当然あって。もちろんニューアルバムのツアーだから、新曲を全部燃やし尽くすまでやり切って次にいくのも大事ですけど、それもやりつつ並行してお客さんが聴きたい過去の曲もいろいろ披露していく。これだけキャリアが長くなると、その間に結婚されてご家庭を持ち、しばらくライブから遠のいていたファンの方も少なくない。そういう人たちの環境が少し落ち着いてきて、最近またライブに顔を出すようになってくれたとしたら、その人たちのために古い曲をやってあげたいという気持ちも生まれますね。中にはお子さんを連れてライブにいらっしゃる女性もいますから、子供たちも楽しめるライブにもしたいと思うようにもなる。そう考えると、自分と一緒に成長していったファンとともに楽しめるサーカス小屋の窓口を全部開けておくというか、「今の軸はこれなんだよ」っていうことにフォーカスしすぎず、幅広くやりたいなという気持ちがあります。
──そうか、家庭が落ち着いて1人でいらっしゃるだけじゃなくて、子連れでいらっしゃる方もいるんですね。
そうなんですよ。僕のライブが彼ら彼女たちにとって「子供に必要ないもの」だと思っていたら、きっとライブには連れて来ないと思うんです。老若男女、幅広い世代に愛される楽曲を書けてきたのかなと考えたら、なおさらどんな世代も楽しめるセットリストを複数用意すべきですよね。
はっきり言わないと理解してもらえない時代に
──特にここ数年はコロナの影響で、どのアーティストもライブの動員で苦戦を強いられましたけど、最近は状況が少し上向きに見える感じがしますよね。でも、実際に全国を広く見てみると、必ずしもどこもそうというわけではなく、集まらないところは本当に集まらないという現実もあります。卓偉さんもそういう厳しい状況をSNSで正直に発信してらっしゃいましたよね。ナタリーでもそのXのポストをニュースにしていましたが(参照:中島卓偉、地元福岡ライブ動員伸びず謝罪もやり抜く決意を表明 SOPHIA松岡充が激励)、あれを読んだときは一瞬「卓偉さんくらいキャリアのある方が、こんなことを言わなくてもいいんじゃないか」と感じたんですけど、そのすぐあとに「でも言わなきゃいけないほどの状況になっているんだろうな」とも思えてきて。すごく複雑な気持ちになったんです。
あれに関してもひとつ言わせてもらうと、僕は26年ものキャリアを積んできた中で、ことあるごとに「説明しなきゃわからないことがいっぱいあるのにな」と思ってきたんです。最初の話に戻りますが、事務所に守られている頃は「こういう発言をしちゃダメ」「自分のイメージを崩す発言はNG」って言われていたわけですよ。今だから言える話ですけど、僕はそれにずっと納得できなくて。自分自身も社会人として説明を受けないと理解できないことって多々あるはずなのに。だけど、場合によっては説明がなくても自分で学んで理解しなきゃいけないこともある。その2つが両極にあったとして……例えば僕が福岡でライブをすることになり、「今これだけ動員が大変だ、このままじゃ赤字なんだ」っていう事実があるとするならば、20歳の頃の僕はその事実を背負って、お客さんに見せずにやっていたと思います。日本ってそういう負の部分を隠すことが美学みたいなところがあるじゃないですか。それは素晴らしいことだし、日本はそういう美学を重んじる国だということも重々承知しているんですけれど、やっぱり「見せない美学」が強く浸透しすぎて、一般人のお客さんに真実が理解されなさすぎているという危機感を感じているんです。何も説明せずに福岡でライブを強行したら、次は福岡をはずさなければならない。そうすると、真実を知らないファンからは「福岡を捨てたんですね」と言われてしまう……アーティストにとって「捨てた」と言われるほど傷付くことはないわけです。
──確かに、ファンの間では「今度のツアーは〇〇(地名)を“飛ばす”んだ」って声をよく耳にします。
どの土地も同じように訪れないと、その土地のファンを傷付けてしまうのかもしれないですけど、だったらみんなで協力して「現状はこうなんだよ」ということを言わないと、この音楽シーンにおいてライブと言われる文化やそこに関わっている人に“終わり”が来てしまうんです。だから、僕はみんなに問いかけたくて、あの発言をした。知っていただかないと、もうこの先キャリアは絶対に続かないという危機感を、僕は独立したこの2年で特に感じたんですよ。「次に来たら行けばいいや」「また来るだろうしね」ではなくて、「これが成功しなかったら次はない」んです。いつだって、これが最後のチャンスになるかもしれない。辞める辞める詐欺とどんなに言われたとして、僕はアーティスト側が発信しないと理解してもらえないと感じたんです。事実、僕より下の世代のバンドマンは、とっくに北海道や九州、四国に行くことができなくなっている。だったら、僕がどれだけ批判を食らっても「現状はこうなんだ」と伝えたいし、僕だけが集中攻撃されても全然かまわない。アーティストやバンドを愛している人なら絶対に僕の発言を理解してくると信じていたから、あのメッセージを発信しました。この件に関してはどうしても話が長くなってしまうし、話していると熱くもなるんですけど、はっきり言わないと理解してもらえない時代にきているんだなというのが僕の答えです。
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子供にとって恥ずかしくない“ロックシンガーの父親”