ナタリー PowerPush - みきとP
完璧主義ボカロPの初アルバム「僕は初音ミクとキスをした」
動画共有サイトを中心に活動を展開するクリエイター、みきとPが初のアルバム「僕は初音ミクとキスをした」をリリースした。
シリアスな詞世界が多くの人の心を撃ち抜き、自身初の10万再生を果たした「小夜子」、200万再生を突破する大ヒットとなった中華風味のダンスチューン「いーあるふぁんくらぶ」、そのタイトルや歌詞からさまざまな憶測を呼んだ「サリシノハラ」など、約3年にわたるボカロPとしての活動を総括する全18曲が収録された本作。自身のルーツであるというギターロックをベースとしながらも自由奔放にカラフルな景色を見せる音楽性と、センチメンタリズムにあふれた文学的詞世界が描き出すみずみずしい楽曲群からは、みきとPの比類なき魅力が鮮烈に伝わってくる。
ナタリー初登場となる今回のインタビューでは、彼がなぜボカロPになったのかを含め、過去から現在、そして未来をつなぐ音楽ヒストリーに接近。さらに楽曲制作へのこだわりについても語ってもらった。
取材・文 / もりひでゆき インタビュー撮影 / 小坂茂雄
やっぱり音楽って楽しいなっていう気持ちが詰まってる
──初のアルバムはみきとさんの豊かな音楽性が垣間見える1枚になりましたね。
動画共有サイトに投稿してきた楽曲を集めた、ある意味シングルコレクションみたいな内容になっているので、かなり濃厚な1枚だと思います。エンジニアさんと最終的なチェックをしたときに、全部聴き終わった瞬間2人で「疲れますね」って言ってしまったくらい濃厚っていう(笑)。
──ボーナストラック含めて全18曲という大ボリューム作ですけど、あっという間に聴けましたよ。
一応3、4曲ごとにブロック分けした構成にしたので、聴きやすくはなってると思います。ただ、最近はアルバム単位というよりは、曲ごとに聴く傾向があると思うので、18曲あっても全然成立しちゃうんですよね。
──ここに並んだ曲たちを眺めてみて、改めてどんなことを思いますか?
僕は昔バンドをやってたんですけど、それがあまりうまくいかなくて2年くらい音楽から離れていた時期があったんですよ。そこを経て、今度はボーカロイドを使って楽しいことがしたいなって思って作り始めた曲ばかりなので、やっぱり音楽って楽しいなっていう気持ちが詰まってると思いますね。
──動画共有サイトにボカロ曲を初投稿したのは2010年3月ですよね。そのきっかけはなんだったんですか?
その音楽から離れていた時期、個人的にかなり低迷していた時期にも一応曲は作り続けてはいたんですよ。で、その中に女性が歌うことを想定して作った曲があったので、その仮歌として初音ミクを使ってみたんです。それがボカロとの出会い。で、動画共有サイトを観ていたら、ボカロを使ってオリジナルの曲を投稿している人たちがいることを知ったので、じゃあ曲はいっぱいあるからちょっと腕試しみたいな気持ちで投稿してみようかなと思ったんですよね。ネットの人たちは俺の音楽をどうとらえてくれるのかなって。
──それが初投稿曲となった「こくはく」ですか?
そうですね。ただ最初は全然思ったような反応じゃなかったんですよ。もっと「わー!」ってなるかなと思ってたんですけど。それはきっと、いわゆる同人という文化が持ってるノリみたいなものを俺自身があんまり理解してなかったからだと思うんです。こういう感じなんじゃないかなって出したものが、いまいちズレていたというか。聴いてるほうにきっと違和感があったんだと思うんですよね。「こくはく」という曲自体は気に入ってるんですけど、ちょっと中途半端なものだったのかもしれないなって。
「小夜子」を発表して覚悟と決意が固まった
──とは言え、その後もコンスタントに投稿は続けるわけですよね。
この世界のことは全然わからないし、いまいち思ったような評価が得られないんだけど、ボカロを使って音楽を作ることがとにかく楽しかったんですよ。だから評価がついてこなくてもそんなにヘコまなかったというか。何曲か上げていく中でだんだん仲間が増えていくのも楽しかったですし。
──その中で転機になった曲ってありました?
「なるほどな」って思ったのは「小夜子」(2011年8月)という曲を上げたときですね。それまではわりと「自分の曲は同人である」みたいな意識がすごく強くて、そっちにもっとすり寄っていかなきゃって思ってるところがあったんです。この世界で音楽をやるのならば、この世界の服を着なきゃみたいな感じで。でも、「小夜子」に関しては素の俺で作ったんですね。自分の体験をさらけ出して、あまり飾らずに作ってみたんです。そうしたらそれがすごくいい評価をもらえて。
──「小夜子」はみきとさんにとって初の殿堂入り楽曲になりました。
そう。ジワジワと再生数が伸びて、結果的に10万再生を超えたんですよ。そのときに、自分の中で勝手に意識していた同人っていうものはまったく関係なかったんだなってことに気付いたんです。今まで俺がやってきた音楽と一緒でいいんだなって。そこからはもっと自分を出していこうっていう方向にシフトしていったんですよね。そこに気付けたのはすごく大きな意味があったと思います。
──今回のアルバムを聴いても、「小夜子」以降に投稿された楽曲はより自由になっている印象がありますよね。
そうですね。このアルバムには俺が昔やってたバンドの流れにわりと近い曲が多いような気もします。いろんなジャンルの曲がありますけど、ギターロックみたいな部分は昔からやってたことだったりするので。気持ち的にも最初はボカロの世界に片足だけ浸けてた感じだったんですけど、「小夜子」以降はもう両足突っ込んだというか。俺の今の音楽活動はこれである、っていう感じで。
──覚悟と決意がより固まったと。
はい。もともと、生身の人間とバンドをやってきた経緯があったんで、当初はボカロ曲を作ってることを周りの友達とかに話してなかったんですよ。ボカロに対しての偏見もありますからね。「え、機械が歌うの!?」みたいな。でも、今はもう自分もすごく楽しいし、ボカロを使って自分の世界をもっと広げたいっていう気持ちが強いので、ちらほら周りにも言うようになりましたね。「俺、ボカロやってんだ」って。
収録曲
- 僕は初音ミクとキスをした / みきとP feat. 初音ミク
- 心臓デモクラシー / みきとP feat. 初音ミク
- 夕暮れツイッター / みきとP feat. miki
- クノイチでも恋がしたい / みきとP feat. 初音ミク、鏡音リン
- 世田谷ナイトサファリ / みきとP feat. 初音ミク
- 東京駅 / みきとP feat. 鏡音リン
- 夕立のりぼん / みきとP feat. MAYU
- 絆創膏 / みきとP feat. 初音ミク
- 非公開日誌 / みきとP feat. GUMI
- いーあるふぁんくらぶ / みきとP feat. GUMI、鏡音リン
- うぇんずでー・ぶるー / みきとP feat. miki
- 刹那プラス / みきとP feat. 初音ミク
- サリシノハラ / みきとP feat. 初音ミク
- SECRET DVD / みきとP feat. 初音ミク
- サラバーにゃカウダ / みきとP feat. miki
- ガリベン広瀬の勝利 / みきとP feat. GUMI
- 小夜子 / みきとP feat. 初音ミク
BONUS TRACK
- kiss / みきーの(みきとP×keeno) feat. 初音ミク
みきとP(みきとぴー)
ボーカロイドを使用したオリジナル曲を動画サイトで発表するボカロP。「小夜子」のような心を揺さぶるシリアスなギターロックから「いーあるふぁんくらぶ」のようなアッパーなディスコポップまで、幅広いタイプの作品を発表している。またボカロPとしての活動のほか自身が歌った動画の投稿も行っている。2013年4月には初音ミクをフィーチャーした初のオリジナルフルアルバム「僕は初音ミクとキスをした」をリリースした。