作詞家・松本隆のトリビュートアルバム「風街に連れてって!」が7月14日にリリースされた。
松本の作詞活動50周年を記念して、日本コロムビア内に新設された音楽レーベル・びいだまレコーズの第1弾作品として発売された本作。吉岡聖恵による「夏色のおもいで」、幾田りらによる「SWEET MEMORIES」、宮本浩次による「SEPTEMBER」、池田エライザによる「Woman“Wの悲劇”より」、B'zによる「セクシャルバイオレットNo.1」、三浦大知による「キャンディ」、横山剣(クレイジーケンバンド)による「ルビーの指環」、Little Glee MonsterのMAYU・manaka・アサヒによる「風をあつめて」など、亀田誠治がサウンドプロデュースを手がけた珠玉のカバー11曲が収録されている。
ナタリーでは今作のリリースを記念して、幅広いジャンルで活躍する作詞家・児玉雨子と、今作の特典本にコラムを寄稿している澤部渡(スカート)が、トリビュートアルバム「風街に連れてって!」の歌詞とサウンドを紐解くレビュー企画を展開。児玉には松本の歌詞世界、澤部には亀田によって新たなアレンジが施された各曲のサウンドにそれぞれフィーチャーしてもらい、2つの側面から考える今作の魅力を解説してもらった。
また特集後半では、今作で「君は天然色」を歌唱した川崎鷹也、「スローなブギにしてくれ(I want you)」をカバーしたGLIM SPANKYの松尾レミ、「風の谷のナウシカ」を歌ったDaokoの3名からのコメントを掲載している。
構成 / 瀬下裕理
作詞家・児玉雨子が読み解く
「風街に連れてって!」の歌詞世界
その風の名は「歌詞」
普段わたしが便宜上「カシ」と呼ぶものは、ポエムではなくリリックであり、すでに鳴っているメロディからことばを掘り起こすのが「サクシ」であると思っている。これは平成J-POP以降の書き方だ。それ以前はことばが先立ち、次にメロディがつけられるポエム的制作方法で、韻はリリックほど重きが置かれない。これは時代ごとの特徴なので、どちらかに優劣があるわけではない。
時代の変わり目を結わく松本隆先生のカシは、そのポエムとリリックを両立しているとわたしは感じる。詩的表現はもちろん、詞的特徴──音としての効果や、歌手の声を看過して松本先生の作品を語ることはできない。
たとえばアルバム2曲目の「君は天然色」の、「くちびるつんと尖らせて」という一節。「くちびる」はそもそもくちびるを尖らせて発音する素敵な単語で、音からも表情を連れてくる歌い出しだ。「風の谷のナウシカ」の「振り向けば まばゆい草原」での「んー」と伸びる音は、優しいハミングのようで、清涼な風にそよがれている気分を呼び起こさせる。
このような音からの情景は、先生の重要なモチーフのひとつの「風」、あるいは「風街」が象徴的だ。「か」という爆ぜ弾ける音と、「ぜ」という勢いよく伸びる音が、歌の中にダイナミズムを生む。もちろん、音だけではなく意味としても。「風をあつめて」は言うまでもなく、「ルビーの指環」での「風」は、別れゆく「貴女」を溶かし、時間の経過を引き起こす装置でもある。
松本先生が「女の子の切実な思い」と語られているアルバムタイトル「風街に連れてって!」は、1曲目の「夏色のおもいで」に呼応しているそうだ。男の子が女の子を風になってさらってゆこうとする歌世界を、吉岡聖恵さんのボーカルが、その解釈の余地を押し広げてゆく。吉岡さんの声は、「ぼく」や「きみ」をどう解釈しても正解にしてくれる。この変化は文字だけでは起こせない。歌手や、その声によるシの異化効果だ。
当然だけど、シは声がなくては立ち上がらない。そして声によって風速、風向き、湿度などががらりと変わる。今回のアルバムでは他にも「SWEET MEMORIES」「スローなブギにしてくれ(I want you)」「キャンディ」がその典型で、「セクシャルバイオレットNo.1」に至っては(適切な表現ではないかもしれないけれど)まるでB'zの新曲に聴こえてしまうほどの転生を果たしている。まじでほんとにびびった。
一方「Woman“Wの悲劇”より」の池田エライザさんのボーカルは、原曲に描かれる女性の切実な悲しみを丁寧に踏襲している。往々にして、昭和歌謡曲の女性像は悲しく淋しく迎えを待っている存在であった。正しさというものは時代によって変わるので、ここではその是非は問わない。とにかく、松本先生はその歌謡曲的ノスタルジーと現実の都市生活のはざまに暮らす女性たちを、壊れてしまいそうなほど繊細に描かれてきたこと、リスナーの心をつかんできたことは確かである。
音韻の快感、情景の美しさ、ひとびとの機敏、頬をかすめて走り去ってゆく時代。それらすべてを閉じ込めた先生のシは、ポエムともリリックとも言い切れない。これこそ、そして、これだけがほんとうの「歌詞」なのだと思う。極言すれば、先生の後に「歌詞」はない。
- 児玉雨子(コダマアメコ)
- 1993年12月21日生まれ、神奈川県出身の作詞家。これまでにモーニング娘。'20、アンジュルム、Juice=Juice、つばきファクトリー、BEYOOOOONDSといったハロー!プロジェクト所属グループや、近田春夫、CUBERS、私立恵比寿中学、フィロソフィーのダンス、中島愛らに歌詞を提供しており、アニメソングの作詞も多数行っている。雑誌「月刊Newtype」で小説「模像系彼女しーちゃんとX人の彼」、雑誌「BRUTUS」でエッセイ「〆飯」を連載中。2021年7月21日に初の小説単行本「誰にも奪われたくない / 凸撃」(河出書房新社)を発売する。
スカート澤部渡が紐解く
「風街に連れてって!」のサウンド / アレンジ
地続きに繋がる音楽の行方
3曲目までは生音を全面に押し出したプロダクションとなっていて、特に「夏色のおもいで」は、原曲が持っていたサイケデリックさは鳴りを潜め、ポップさが惜しみなく全面に押し出されていて、一点の曇りもない夏の日のような眩しい仕上がりになっている。「SEPTEMBER」と「Woman“Wの悲劇”より」ではベーシストとしての亀田誠治の演奏に耳が行く。ゆったりとしたビートの中でキメるところをキメまくる前者、そしてメロディと歌、そしてなにより詩を支える役割としてのベースを楽しめる後者の対比は大きな聴き所だ。B'zの稲葉浩志氏がロックシンガーを演じるセクシーな役者(そしてそれは表裏一体だった、ということに改めて気づく!)のように攻め立てる「セクシャルバイオレットNo.1」から、原曲が持っていたブルーノートがこれ以上ない形で冴え渡る「スローなブギにしてくれ(I want you)」、エレクトリックピアノの弾き語りと最小限のシンセサイザーというシンプルなアレンジながら強烈なインパクトを残す「キャンディ」までの3曲の流れは、アルバムの中でもハイライトといえるものでしょう。「ルビーの指環」は原曲が持っていたAOR的な都会さの中に少しばかりの汗のエッセンスを加え、なんと言っても(横山)剣さんのダブルトラックのヴォーカルに悶え、酔い痴れる!!!!!
このアルバムが出る、というニュースの中の選曲リストを見て不思議に思ったことがあった。誰もが知る“超”がつくほどのヒット曲がずらりと並んだ中に、職業作詞家としての処女作であるチューリップの「夏色のおもいで」と、世代や国境を超えた超名曲ではあるものの、当時はシングルカットすらされていない、はっぴいえんどの「風をあつめて」が入っていることが気にかかったのだ。しかし最終的に決定された曲順は、作詞家としての処女作「夏色のおもいで」からはじまり、「風をあつめて」で終わる、という曲順だったものだから、なるほど、と唸ってしまった。ヒット曲だろうが、アルバムにひっそりと収められた曲であっても(当たり前なのだけど)全ては地続きだった。その地続きがどこから繋がってきたのか、これからどこへ繋がっていくのかを証明するためにアップデートされたのが今作なのである。
- 澤部渡(サワベワタル)
- 1987年12月6日生まれ、東京都出身のシンガーソングライター。2006年にソロプロジェクト・スカートとしての活動を開始。2010年に1stアルバム「エス・オー・エス」をリリースし、2017年にポニーキャニオンよりアルバム「20/20」でメジャーデビューを果たす。2020年にメジャー3rdアルバム「アナザー・ストーリー」、2021年4月にPUNPEEとのコラボ曲「ODDTAXI」を発表。スカートとしての活動の傍ら、ギター、ベース、ドラム、サックス、タンバリンなどを演奏するマルチプレイヤーとしても活躍している。