制作中はいっぱいいっぱいになっていた
──吉田さん、今作での作詞作曲を振り返ってみていかがですか?
右京 1曲1曲とめちゃめちゃ向き合ったし、簡単に書き終わった曲は1曲もなかったですね。「前回こうだったから、次はこうしよう」という課題意識を常に持ちながらやっていたし、レコーディングの現場に歌詞を何パターンか持っていくこともあって、制作期間中はいっぱいいっぱいになっていたんですよ。あるとき、お腹が空いてカップラーメンを食べようとしたときに、頭の中ではずっと制作のことを考えているから、間違えて水を入れてしまって。水とお湯が出るウォーターサーバーだったので、たぶん、押すボタンを間違えてしまったんでしょうね。だから今度はポットから入れようと思ったら、誰かが作ったコーヒーが入っていて。そんな感じでミスりまくって、結局新しいカップラーメンを買い直して、ようやく食にありつけたんですけど……(笑)。
タクミ そんなこともあったね(笑)。
右京 そんな感じでけっこうな極限状態だったので、全曲できたときはホッとしました。
──特に苦戦した曲はどれでしょうか?
右京 1曲目の「凪」は歌詞を書くのにすごく時間がかかりました。僕は普段、メロディと歌詞がほぼ同時に出てくることが多いんですよ。だけどこの曲はメロディが先に出てきたので、歌詞はあとからはめることになって。譜割りにうまくはめつつ、ストーリーの整合性がとれている歌詞を書くのに時間がかかってしまいました。曲中ずっと「気づけなかった」と歌っていますが、ラスサビでは「気づいていたら」に変わって、転調するんです。その部分で感情の流れを表現できた手応えがあって、自分でも気に入っているんですけど、ここに行き着くまでに時間がかかりました。
──時間をかけた甲斐あって、素敵な仕上がりになっていると思います。「凪」をアルバムの1曲目にしたいと思った理由は?
右京 ピアノで静かに始まるイントロからすごく引き込まれる感じがあるので、アルバムの始まりにいいと思ったのが1つ目の理由です。あと、歌詞が「ちゃんと大人になるからさ」という言葉で終わるように、また新しく一歩を踏み出すような曲だから、この曲のあとに恋の始まりを歌う「恋焦がれて」が始まっていく流れがいいなと思いました。
──「恋焦がれて」は聴いていて、とても楽しい気持ちになりますね。ギターリフからの2ビートで勢いよく始まるものの、「お手上げの状態で 妄想だけ進む」と歌っているように、歌詞のストーリーが主人公の心の中だけで展開されているのが面白いです。
shuji イントロから自分を鼓舞するようなサウンドにできたなと思っているし、徐々にバンドの音が重なって、「作戦決行だ」でギアが上がっていく感じもうまく表現できたなと。
右京 ライブで盛り上がれる曲にしたいなと思って、2ビートにするか四つ打ちにするかすごく悩んだんですけど、最終的に2ビートに決めました。言っていただいたように、主人公は頭の中でいろいろ考えているけど、空回りしちゃって、結局現実では何もできていないという状態で。歌詞でもサウンドでもそういう様子を表現したいなと思いながら、メンバーとイメージを共有しつつ、アレンジを進めていきました。
心配性な人たちへ
──次の「ミックス」もいいですね。かなりポップな曲ですが、バンドの音の存在感もしっかりと感じられます。
タクミ ギターの音もけっこう立っていてポップさもしっかりある曲なので、マルシィとして新境地を開拓できた手応えがあります。
shuji この曲は、みんなでアンサンブルしている感覚が強いですね。演奏していてすごく楽しいし、ライブではみんなも一緒に楽しめる曲だからすごく盛り上がるんですよ。貴重な1曲ができたなと思っています。
──6曲目の「大丈夫」は「ポカリスエット」のWebムービーのために書き下ろされたマルシィ初の応援ソングですが(参照:マルシィ「ポカリスエット」Webムービーに新曲書き下ろし、初の応援歌)、応援ソングにおいても、恋愛ソングにおいても、吉田さんは悩んでいる人の気持ちを肯定したいんじゃないかと感じました。「悩んでいるその状態も美しいんだよ。だから大丈夫」と。
右京 そうですね。確かに、ほかの曲とも通じる部分があるなと思います。「大丈夫」に関しては、僕自身に向けて書いたようなところもあるんですよ。僕は心配性なので、いろいろな場面で「本当に大丈夫かな?」と不安になるんですけど、だからこそ僕と同じく心配性の人に対しても「大丈夫だと思えたらいいよね」という気持ちを持っていて。そういう思いがこの曲から出ているんですかね。僕は「心がちぎれそうなときに、マルシィの音楽でちょっとでもつなぎ止められたら」と思いながら曲を書いているんですけど、恋愛ソングとか応援ソングとか、聴きたい曲はそのときの自分の状態によって変わってくる。そのうえで、マルシィとして応援ソングをリリースできた経験は大きかったですし、今後の選択肢が広がってよかったです。
忘れられない温かな感情
──「幸せの花束を」でアルバムを締めたいと思ったのはどういった理由からですか?
右京 「ちゃんと大人になるからさ」と歌う「凪」から始まって、「幸せの花束を」で終わるのが流れとしてきれいだと思ったからです。ちょっと悲しいけど温かい曲から始まって、純粋に温かい気持ちになれる曲で終わるという。「Candle」というアルバムは、まさにキャンドルに火を灯すように、温かい気持ちで終わるような作品にしたかったんですよね。そう考えると、「幸せの花束を」のストーリーには「Candle」の温度感と重なる部分も多いのかもしれないです。
──そもそも、「温かいアルバムにしたい」と思ったのはどのタイミングでしたか? 「こういうアルバムにしよう」というイメージありきで曲を作っていったのか。それとも、ある程度曲がそろってから「こういうアルバムになりそうだ」というイメージが見えてきたのか。
右京 後者ですね。最初からイメージが見えていたわけではなかったです。
──「幸せの花束を」は2022年10月に配信リリースされた楽曲で、その時点ではアルバムのことをイメージしていなかったのに、すでに「Candle」の作品性に通ずる楽曲が生まれていたというのが興味深いですね。無意識かもしれませんが、吉田さんの中に「温かい作品を作りたい」という思いがずっとあったのかなと思いました。
右京 どうなんだろう? そこはあんまり意識してなかったです。だけど今こういう質問をもらって思い出したのは、仲のいい友達との会話の中で「結婚」というワードが出てくる機会が増えてきたな、ということで。そういうところが無意識に曲に反映されていたのかもしれない。僕らの世代って、早い人はもう結婚し始める時期なんですよ。
タクミ 確かに、そういう話を聴く機会も増えた気がする。自分の周りにも、長く付き合っている人たちとかいますし。
shuji 僕は親戚や友人の結婚式に何回か出席しましたけど、泣きそうになりました。というかもう、大号泣してた(笑)。
右京 わかる。エモすぎるよね。
shuji エモすぎる。「こんなに幸せな瞬間ないな」と思った。そのとき「こういう温かい感情って絶対に忘れないんだろうな」「心の片隅に永遠に残るものなのかも」と思ったんですよ。だから、右京が「無意識に影響を受けたのかもしれない」と感じるのも理解できるし、すごく共感できますね。
──来年の1月21日には、マルシィにとって2度目のツアー「マルシィ one man live tour 2024 "Candle"」が始まります。ツアーファイナルの会場は東京国際フォーラム ホールA。初のホールワンマンですね。
右京 まだ想像がついていないですけど、Zepp Hanedaよりもさらにたくさんの方が観に来てくれると思うので、来てくれる方全員に自分たちの音楽をしっかりと届けるにはどうしたらいいのか、模索していかなければと思っています。今までで一番いいライブにします。