想定通りも「そうきたか」もあった仲間たちの選曲
──そしてDISC 2には、坂本さんと所縁の深い関係者15人が選んだ楽曲が収録されています。選定者はどのような形で決まったのでしょうか?
ありがたいことに、私にこれまで関わってくださった方は、当然15人ではとても収まらないんですよね。本当にたくさんの方がすごく愛を持って関わってくださっているので、気持ちとしては、結婚式で「もうテーブルが満席に近いのに、あの人も呼んでない、この人も呼ばなきゃ!」と焦る感じで(笑)。なので、代表する方々にお集まりいただきました。ここにいらっしゃる音楽ナタリーの臼杵(成晃)さんをはじめ、音楽メディアの方にも参加していただいたのは、毎回取材していただく際には新譜についていろいろ話を聞いていただくものの、私の曲を個人的にどう受け止めているのかはわからないので、こちらから聞いてみたかったから。今回の15名の方だけでなく、周りにいる方に「私の曲の中でどれが一番好き?」と聞いたことが一度もなかったんですよ。
──臼杵さんは「走る」(4thシングル)を選曲されましたね。
(臼杵) 近年の曲だと「お望み通り」(2019年11月発売の10thアルバム「今日だけの音楽」収録)あたりも大好きですし、新旧の中から1曲だけというのは非常に難しいですが、ファーストインパクトの1曲として「走る」を選びました。当時は「年齢のわりに大人びた声だな」と感じていたんですけど、改めて聴くとめちゃめちゃ若いな!と。
それだけ歳を重ねたということなんでしょうね(笑)。忘れていたのですが、「走る」はシングルバージョンとアルバムバージョンの2つがあって、今回はシングルバージョンを収録したんですよ。聴き比べると、先に録ったシングルバージョンのほうはよりあどけない声をしていますね。
──関係の深い選者からのコメントを通じて「坂本真綾の歌は、こういうふうに届き、聞こえていたんだ」という新たな気付きや発見があったかと思います。
想像通りの選曲もあれば、「そうきたか」という驚きの選曲もあって、「○○さんからの選曲が届きました!」という報告をいただくたびにワクワクしていました。例えば、北川勝利(ROUND TABLE)さんはご自身が手がけた曲を選ぶのは予想通りだったのですが、数ある中から「Get No Satisfaction!」(2009年1月発売の6thアルバム「かぜよみ」収録)を選曲されるとは思いませんでした。
──のっち(Perfume)さん、花澤香菜さんの選曲はかなり意外だなと感じました。
のっちちゃん、香菜ちゃんという30代半ばの世代は「学生時代から聴いていました!」「子供の頃から好きでした!」と、すごく応援してくれる方が多くて。なので、2人は仲良しでもあり“この世代代表”としてお願いしたところもあるんですよ。香菜ちゃんが「紅茶」(2001年3月発売の3rdアルバム「Lucy」収録)を選んでくれたのは、聴いていた時代の部分が強く出ていますね。のっちちゃんも学生時代に聴いていた曲を選ぶのかな?と想像していたので、「シンガーソングライター」(2013年3月発売の8thアルバム「シンガーソングライター」収録)を選んだと知ったときは「そう来たか!」という驚きとうれしさがありました。「シンガーソングライター」は、“私にとっての音楽とは?”を詰め込んだ歌で。しかも音色は明るくて元気なんだけれど、どこか涙が出てしまうような不思議な曲なんですよ。その歌詞への共感や音の感覚も一緒に味わってくれたのかな?と、のっちちゃんの選曲を見て思いを巡らせましたね。
坂本真綾の歌が「人生の1ページのBGM」になっている喜び
──投票も音楽仲間の選曲も、「あの頃聴いていたから」や「あの歌詞がすごく刺さったから」というように、それぞれの感情や人生と結び付いた曲を自然に選ばれている印象がありますね。
そうなんです。リスナーさんも関係者の皆さんも、聴いたときの人生や出来事と重ねる方が多かったのは興味深かったですね。「音楽と人」の金光(裕史)さんは「おかえりなさい」(2011年10月発売の20thシングル)で私を初めて認識したときの感覚と、奥様との結婚エピソードが一緒に連なっていらして。CLAMP先生が「ボクらの歴史」(1997年3月発売のシングル「『CLAMP学園探偵団』MINI SOUND TRACK」収録)を選ばれたのも、私が先生の作品に関わった最初の曲だったことがすごく大きかったようです。それぞれの思いをもって真剣に本気で選んでくれていることへのうれしさもあり、人生の1ページのBGMとして感じてくれている人がいることへの喜びもあって。いろんな気持ちで受け止めていました。
──人の人生の一瞬に、自分の歌が寄り添っているという言葉が多く届いたことに、どのような思いがありますか? ある意味で「重く愛されている」証拠ではありますが。
確かに、そう考えると重い愛ですよね(笑)。サブスクでここまで簡単に音楽を聴けるようになる前、アルバム1枚を購入するという行為はイチかバチかでしたよね。全曲好きになるかどうかは聴き始めてみなければわからない。最初は「ん?」と思っても、せっかく3000円払ったなら30回でも40回でも、慣れるまで聴こうと思うじゃないですか。そうして聴き進めるうちに、だんだん耳や体に染み込んでいって、歌詞も覚えちゃう。そうしているうちに、気付けば大切な1枚になっている。しかも、登下校の時間や、掃除したり、歩いたりと生きていく中で聴き進めると「この瞬間が来ると、あの曲をふと思い出しちゃう」というふうに生活と音楽が結び付いちゃうんです。私は、そんなふうに音楽と人生が“否応なく”結び付いてしまう、最後のCDリリース世代なのかも(笑)。
──ある意味カジュアルではない、“体験としての音楽”をもたらしてくれるような。
そういう世代の方から届く「『プラチナ』が青春でした!」「『ヘミソフィア』(2002年2月発売の9thシングル)を聴きながら受験勉強がんばりました!」「転職した時期に聴いていました!」といったエピソードの1つひとつが愛おしくて。今も応援してくださる方だけでなく、30周年を機にひさびさに思い出してリクエスト企画に参加してくれた方もいたはず。私にとってこの255曲の1つひとつは大切な宝物であって、皆さんにとっても宝物のように思っていただけるのはすごく幸せな気持ちです。あと1つ、私の音楽を聴いてくださる方は、歌詞を噛み砕いて一生懸命聴いてくれる方が多いと感じていて。サウンドやプレイの技術を大事にしたり、感覚的に楽しんだり、音楽の愛し方はさまざまですけど、その中でも私のリスナーさんは「この曲のこの歌詞がとてつもなく好き」と言葉の部分に敏感な方が多い印象です。私自身も職業柄……と言うと変ですが、声優としての仕事、エッセイや歌詞の提供を通じて、言葉を大切にして生きてきました。その思いをキャッチしてくれるリスナーさんがたくさんいるのはうれしいですね。
──今作を通じて、坂本真綾ファンが自分の歌にまっすぐ向き合い愛していると知れる機会になったと。
本当にそうですね。今は手軽に音楽を聴けるからこそ、1曲聴き終えたらスッと通り過ぎちゃって「今の曲はどんなアーティストのなんという曲だったのかな」とわからなくなることが多くありませんか? すごくいい曲だったような気がするけれど、噛み締めるところまでいかないまま、次のオススメ、次の新しい曲へとどんどん進んでいく。じっくり集中して耳を傾けてもらえる環境は昔ほど簡単じゃないなあと、私自身がリスナーとして感じていて。今は「イントロは短いほうがいい」「再生時間は3分以内」とかいろいろ言われますけど、音楽というものはこの先もずっと残っていくものだから、私は普遍的な曲を歌い続けたい。しかも、ここでタイムカプセルのように「ベスト」という作品を残すことで、いつか未来の誰かに見つけてもらえるかもしれない。それってすごく素敵なことだなと思うんです。255曲中の30曲、まだまだ氷山の一角なので、この1枚で興味を持っていただいたあとも、たくさん深く掘っていただけます(笑)。このアルバムが新しい驚きと発見のきっかけになったらうれしいですね。
「私、タナボタをキャッチするの得意かも」
──坂本さんが以前とあるインタビューで、「坂本真綾の曲はどんな時代でもシンパシーを感じてくれるようなものでありたい」と語っていらしたのが印象的で。先日、BAYFM78のレギュラーラジオ番組「ビタミンM」内で「パイロット」(「走る」カップリング曲)が流れた際も「1998年の曲なのに色褪せない」と語られていましたよね。まさにタイムレスで、「若さ」も「成熟」も同一線上にあると「M30」を通して改めて実感しました。
「約束はいらない」とここ10年くらいの曲が並ぶと、それはより強く感じますよね。デビュー当時の16歳の私は「歌を続けていこう」と思ってもいなかったし、当然、先々を見通すことはまったくできなくて。ただ、菅野さんや当時ディレクターを務めてくださった佐々木史朗(FlyingDog代表取締役社長)さんがものすごく大切に育ててくださり、そうしたタイムレスな音楽を与えてくれたんですよね。最初の9年間にいただいたベーシックな部分は、今に至るまでの私の指針になっていますし、当時の曲は今も変わらず愛してもらえている。時代も環境も流行りも変わる中、長く愛してもらえる楽曲を歌い続けられることは奇跡のようだって、15周年のときよりも、25周年のときよりも、今のほうが強く感じています。
──2021年に開催された25周年記念ライブ「約束はいらない」のMCで、坂本さんは「私には出会いの才能がある」と話されていました。まさに稀有な才能ですよね。
本当に。縁というのは自らの手でコントロールできませんからね。ラッキーでした。
──ラッキーのひと言で済ませていいんですか⁉
その昔、菅野さんから「なんかさあ、坂本真綾の“棚から落ちるぼた餅”をめっちゃ上手にキャッチする感じ、いいよね」と言われたことがあって(笑)。それがずっと頭の中に残っているんですよ。言われたときは正直、自分のことをラッキー!とか幸運!と思ったことがなくて。でも、歳を重ねれば重ねるほど「確かに……! 私、タナボタをキャッチするの得意かも」と思える出来事に次々と巡り合うんですよ。素晴らしい曲に出会うたびに「私、ラッキーな人間だな」と実感しています。
──タナボタをうまくキャッチする才能の持ち主でもあった。
そうなんです(笑)。菅野さん、よくぞ見抜いていらっしゃいました。
公演情報
坂本真綾 30周年記念LIVE “M30~Your Best~”
- Route A〈北川勝利バンド〉
2026年4月18日(土)東京都 有明アリーナ - Route B〈河野伸バンド〉
2026年4月19日(日)東京都 有明アリーナ
料金:税込11000円
「30周年記念ベストアルバム M30~Your Best~」CD購入者対象先行予約抽選応募封入受付
受付期間:2025年10月22日(水)12:00~11月4日(火)23:00
プロフィール
坂本真綾(サカモトマアヤ)
1980年3月31日生まれ、東京都出身。幼少期より劇団で活動し、自身が主人公の声を担当した1996年放送のテレビアニメ「天空のエスカフローネ」のオープニングテーマ「約束はいらない」で歌手デビュー。以降コンスタントに作品を発表する傍ら、声優、俳優、ラジオパーソナリティとしても活動している。2025年10月に、歌手活動30周年を記念した2枚組ベストアルバム「M30~Your Best~」をリリース。2026年4月には東京・有明アリーナで2DAYSライブ「坂本真綾 30周年記念SPECIAL LIVE “M30~Your Best~”」を開催する。
坂本真綾「30周年記念ベストアルバム M30~Your Best~」 | FlyingDog | SPECIAL SITE







