坂本真綾「シングルコレクション+ アチコチ」インタビュー|新たな出会いが刻まれたアチコチの軌跡

今年デビュー25周年を迎えた坂本真綾が、これを記念したアルバム「シングルコレクション+ アチコチ」をリリースした。彼女にとって約8年ぶり、通算4枚目のシングルコレクションとなる本作は、アニメタイアップが多数並ぶシングル表題曲に加え、椎名林檎、冨田恵一、小山田圭吾、坂本慎太郎ら多彩な面々とのコラボ楽曲、Negiccoへの提供曲のセルフカバーなども収められた盛りだくさんな内容となった。そんなバラエティ豊かな「アチコチ」の収録曲を振り返り、坂本はこのアルバムを“刺激を受けた部分を切り取った”作品集だと語る。音楽ナタリーでは坂本へのインタビューを通して、「アチコチ」完成に至るまでの道のりや彼女自身に起きた変化を紐解いていった。

取材 / 臼杵成晃 文 / 石井佑来

この状況での新たな発見

──坂本さんにはステイホーム期間に音楽ナタリーのコラム企画「ねえ、みんな家で何してる?」にご参加いただきました。その記事でも少し触れてもらいましたが、ここ最近の生活はいかがでしたか?(参照:ねえ、みんな家で何してる? 坂本真綾編

コラムのオファーをいただいたのは緊急事態宣言発令の直後で、あのときはハイな状態にあったというか……この時間をものすごく有効に使って、ステイホームが終わったときには何段階か上がった状態になってやる!みたいなアドレナリンが出ているときに書いた文章だったんですよ(笑)。だから本当に忙しくて。溜まっていた本もいっぱい読み、映画も観て、原稿もたくさん書き、曲も作ったり、運動もして料理もして掃除もして。何かに取り憑かれたように忙しさを自分で作ってましたね。

──ただ休むのではなく有意義に使わないと、みたいな。

坂本真綾

直近の目標に向かって走ることの連続で25年間生きてきたのに、ゴールがなくなったよって言われたら、何か別の目標を生み出さないと自分の中で何かが終わってしまうんじゃないかという焦りがあって。だからとにかく日々の目標をがんばらなきゃってところにシフトしました。でも1カ月くらい経つと、それもけっこう疲れてきちゃって。後半は「こんなにがんばってるけど報われなかったらどうしよう」とネガティブに考えてしまう日もあれば、「こんなときにゆっくりできない私ってなんなんだろう」と虚しくなったり、「もっと大事なことがあったんじゃないか」って反省したり、そういううねりがありましたね。

──自分と向き合わざるを得ないこのタイミングだからこそわかる、新たな発見みたいなものはありました?

日々の些細なことも含め、ライブをするとか舞台に立つとか、自分の身近にあり続けたものが、自分の努力だけで成り立っているわけではないとわかったというか。世の中が平穏じゃないと、こんなにも私の仕事は自由にできないものなんだと改めて気が付きました。あとは意外に、老後の練習になったというか(笑)。老後ってこんな感じかな、みたいな。忙しいことは好きだと思ってきたけども、本当に自分の食指が動いたものにだけ情熱を傾けられるようになることは、歳を重ねた人に対するご褒美なんじゃないかって。若いときにはすごく苦労して、体に鞭打って働いて、老後は自分のため、自分のエネルギーを注ぎたいことに集中する、というのもいいなって思いました。

刺激を受けた部分を切り取った作品集

──「アチコチ」は坂本さんがこれまで出してきたシングルコレクションシリーズの第4弾です。過去のリリースタイミングを確認してみたのですが、第1弾の「ハチポチ」が1999年12月、次の「ニコパチ」が2003年7月、3枚目の「ミツバチ」が2012年11月、そして今作が2020年7月で、前作から約8年経っています。わりとバラバラですが、タイミングは“機が熟したら”みたいな感じなんでしょうか?

「もうちょい貯まってから」とか「もうちょいなんかできてから」みたいな、言葉には説明できない「今だ!」という感覚が自然とやって来る感じがあるんです。意外な人に呼ばれて出て行ったものとか、カバー曲だったりとか、気が付けばいろんな曲が貯まってたというのがあって、ちょうどいいタイミングかなって。

──「ミツバチ」以降の流れを見ると、全曲自作のオリジナルアルバム「シンガーソングライター」が2013年にリリースされ、20周年のお祭りを挟みつつ、昨年秋に最新オリジナルアルバム「今日だけの音楽」発表、という8年間でした。菅野よう子さんとのタッグで作り上げた「ハチポチ」「ニコパチ」期の活動を経て、さまざまなプロデューサーと出会った「ミツバチ」までの時期を第2期とするならば、この8年は第3期とも言えるような新しい歩みがあったように思います。坂本さんご自身の実感としてはいかがですか?

「ミツバチ」には、菅野さんというたった1人のプロデューサーしか知らなかったところから、やっと1人で歩き始めた試行錯誤の歴史みたいなものが詰まっていたと思うんですけど、その後は1つひとつの楽曲で全然違うタイプの方とご一緒して、その1つひとつが冒険でした。でも、そこにはあまり不安がなかった。シングルだとアニメのタイアップが多いので、アニメのストーリーや世界観に合わせることで意外な人とのコラボを思いついたり、自分の中から意外なフレーズが出てきたり、刺激を受けやすい場があるんですね。この時代の全部が「アチコチ」に入っているわけではなくて、刺激を受け取った部分を切り取ったのが「アチコチ」という感じなんです。だから「ミツバチ」のとき以上に、自分の中にしっかりと芯を持った状態で、人の色に染まることを心から楽しんだ8年かなって気がします。

果敢に攻めて偉かったなあ

──DISC 1にはシングルの表題曲がまとまっていて、DISC 2にはコラボ曲やカバー曲などが多く収められています。DISC 1はアニメタイアップありきの曲が主ですが、こうやってシングル曲をまとめて聴いて改めて何か感じること、思うことはありますか?

1曲1曲順に聴いたら、思わず笑ってしまったというか(笑)。「はじまりの海」で穏やかに始まっておいて、その後に「Be mine!」が出てくるってどういう人なの?っていう(笑)。時系列で並べたので、曲のつながりとしてはかなり支離滅裂なんです。それが我ながらおかしくて。私も毎回毎回、自分が飽きてしまわないようになのか、前の曲を裏切る形でやってきてるなと。「果敢に攻めて偉かったなあ」みたいな感慨深さがありました。

──アニメの世界観に紐付いた音楽ということで、サウンドの傾向も歌詞のムードもまったく違いますもんね。アニメ作品に多く携わるアーティストの特徴かもしれないですけど。

みんなどうしてるんだろう。命がけで戦う少年が主人公だったり、世界を救わないといけなかったり……世界観が広大な分、歌詞の世界観も大風呂敷を広げていて。DISC 1は聴いていてお腹いっぱいになりました。

──求められる世界観はアニメによってさまざまなれど、みんな共通して“坂本真綾的なもの”を求めて発注してくるわけですよね。それも不思議なもので。

坂本真綾

面白いですよね。アニメの主題歌というと10代の人が主人公であることが多いので、自分の中にある若さや青さの引き出しを開けて取り出してこなきゃいけない。「物事を俯瞰で見てるような落ち着きはいらないんです」とか「シンプルに健気にがんばってる姿を歌ってほしいんです」みたいなオーダーをいただくことがわりとあるので。皆さんの求める坂本真綾なのかアニメソングに求めるものなのかわからないですけど、未熟であることを求められる部分があるので、自分が歳を取っていくときに、それが悩みになることはちょっとありましたね。

──なるほど。自分のたった今を表現すればいいというわけではなく、少年少女の心を反映させなくちゃいけないというのは、確かにアニメソングならではの特殊なオーダーなのかも。

でもそれがまったく思ってもないことを言ってるかといえば、もちろんそうではなくて。求められている未成熟な人間の姿というのは、もちろん40歳になっても抱えている部分ではあるんです。抱えている一部分を抽出することで、ずっと自分の嫌な部分と向き合わなければいけないしんどさはあります。

──DISC 1の中で、リリース当時よりもよく聞こえたり、印象が変わってしまった曲はありますか?

それぞれにそんな感じがありますけど、特に挙げるなら「レプリカ」かなあ。「レプリカ」は「重い歌詞書いちゃったかな」とか「大げさなこと書いちゃったな」とか、レコーディングでは照れながら歌った記憶があるんですけど、今聴くとなかなかこういう歌詞もないなって(笑)。このへんから吹っ切れて、自分で役柄を演じるように歌詞の世界観にのめり込めるようになりました。「Be mine!」だったら「世界を征服してやろう」という欲の塊みたいな人間の歌だし、「レプリカ」は人類を憂いてる歌だし、1つひとつが大げさなんですけど、もともと役者として役を演じる喜びを知っているので、自分を役柄にあてはめて歌詞を書くということが楽しくなったのが「レプリカ」や「Be mine!」なんですよね。

──個人的には、この8年でさらに堂々とした人になったなという印象を受けているのですが、坂本さん自身の変化も作品に反映されていると思いますか?

岩里祐穂さんの35周年アルバムのブックレットで対談をする機会があって(参照:岩里祐穂35周年盤付属の真綾対談が一部公開に)、そのとき岩里さんに「作品として言いたいことをサビに持っていくようになったよね」と言われたんです。昔はどこかひねた部分があって、それはそれで自分のいいところだったと思うんですけど、最近はそういうある種の照れみたいなものがなくなって、断言することができるようになった。「こうだと思います」ではなくて「こう!」って言えるようになって、その言い切り感にスカッとする感じはあります。