坂本真綾|“今日だけの音楽”を集める旅

「いいアルバムになりそうだ」という予感

──7曲目の「火曜日」は堀込泰行さんの作詞作曲で、いかにも泰行さんだなーというムードですね。

2度の「矢野フェス」(参照:初参加Negicco真綾も奮闘、矢野フェス2日目 / 土曜日の夜は大にぎわい、ポップの祭典「矢野フェス」で豪華共演続々)と冨田ラボのライブ(参照:冨田ラボ15周年ライブでbird、堀込泰行、坂本真綾、長岡亮介ら14組と生コラボ)でご一緒したり、堀込高樹さん(KIRINJI)に曲を書いてもらったことはあったけど、泰行さんに曲をお願いするのは今回が初めてで。デモが届いたときはグッときちゃいましたね。

──訥々とした中に「『さよなら』は突然に 火曜日に」というフレーズが出てくるあたりがすごく泰行さんっぽいなと思いました。

私の文章に“火曜日のための音楽”を歌っているギターを背負った少年が出てくるので、そのイメージを拾い上げてくれたんだと思います。なんにもない火曜日って、誰にでもあることじゃないですか。その火曜日がこの人にとってはすごく特別という。打ち合わせでは「バラードもしくはミディアムでお願いしたい」というのと、日常の中にある「あれ? なんか今日は……」みたいな歌詞がいいというお話をしたんですけど、すごく泰行さんらしい音楽で表現してくださいました。

坂本真綾

──アルバムも後半で、このあたりから落ち着いてくるのかなと思いきや、次の「トロイメライ」、そして川谷さんの「細やかに蓋をして」とここに来てやたらと騒々しくて(笑)。「トロイメライ」の作編曲はASPARAGUSの渡邊忍さんですね。坂本さんによる歌詞は「やれ」「行け」「全然わかんないよ」とぶっきらぼうな感じで、曲調と相まってパンキッシュな印象もあります。

「トロイメライ」はアルバム制作の順番で言うと後半のほうに作った曲で、だんだん歌詞に煮詰まってきて「もうわっかんないよ!」みたいな(笑)。ASPARAGUSは普段英語で歌っているというのもあって、日本語が乗せづらいメロディではあるんですが、乗せづらいからこそ意外な日本語が湧いてくる部分もあって、それを拾い上げていきました。

──作詞家として新しいところに踏み込んでいるなと感じたのですが、それは曲に引っ張られて?

そうですね。自分で書いたほかの歌詞がわりと真面目だったので、もう少し気楽なものがあってもいいかなって。

──「ディーゼル」の作編曲はシンガーソングライターの古川麦さんという渋い人選ですね。

古川さんにも別の機会にデモをいただいていたんです。古川さんご自身の作品も聴いてみたら、すごくいいんですよね。私より少し歳下の方なんですけど、私がデビューしたときからご存知だったそうで、デビュー曲の「約束はいらない」(1996年4月発売)もテレビで観て知ってくださっていたそうなんです。なので岩里さんが歌詞を書くことは古川さんも喜んでくれました。岩里さんにも1曲歌詞を書いてほしいと思っていて、「だったらこの曲じゃない?」って。

──ライブ定番曲の「ポケットを空にして」(1997年発売の1stアルバム「グレープフルーツ」収録曲。作詞は岩里祐穂、作編曲は菅野よう子)にも通じる牧歌的で温かい雰囲気で。

ご本人が歌っても素敵だろうなって。古川さんのコーラスワークも好きなので、レコーディングにはコーラスでも参加してもらいました。実はこの曲がアルバムの中で最初にできた曲なんですよ。ミュージシャンもみんなニコニコしながら演奏していて、この曲が完成した時点で「いいアルバムになりそうだ」という予感がありました。

──岩里さんとはどんなやりとりを?

岩里さんには最近タイアップをお願いすることが多くて、こちらからテーマを細かく指定してお願いすることが多かったんですけど、今回は本当に自由に書いてもらいました。一見かわいい内容ですけど、岩里さんが思い描いたのは……岩里さんのメモを拾うと「福島原発のあとに故郷を離れざるを得なかった“僕”がたった1日だけ帰郷する」という一時帰宅から発想を膨らませたらしいんです。それをわざわざ曲の中で説明する必要はないけれども、彼女の中で起点になったのはそういう思いだったみたいで、それを聞いてから歌うとまた違った味わいがあるというか。

作曲家・坂本真綾の個性

──そしてラストを締めくくるのが、坂本さん作詞作曲の「今日だけの音楽」です。先ほどから物語の最後を締めるのは自分の曲という構想があったと説明をされていましたが、つまり曲自体はテーマの着想の時点である程度できあがっていたのでしょうか。

ものすごく漠然とはあったものの、曲としてできたのは本当に最後の最後で。ディレクターにもずっと「ところで、最後の曲はどんな曲なんですか?」と不安がられてましたけど(笑)。

──依頼した曲が届き、アルバムの全体像が見えてくればくるほどプレッシャーが重くのしかかってくるような……。

ホントにそうなんですよ(笑)。これを全部まとめるのは大変だな……って。

──大団円に導くことが約束されている曲を、ということですもんね。

はい。だからもともと大風呂敷を広げるというよりは、なるべく素朴で飾らない曲にしたいなという思いはあって。素晴らしい曲に出会ったことで自分の中から出てきた素直なメロディを歌うことに意味があると思っていたので、カッコ付けずにいこうということだけは決めていたんです。

──全体にシンプルと言えばシンプルですけど、メロディメーカーとして独特なものを持っている人だなと感じました。それは坂本さんが全曲ご自身で作曲した「シンガーソングライター」というアルバムでも感じたことですけど(2013年発売の8thアルバム。参照:坂本真綾「シンガーソングライター」インタビュー)、後半にがらりと展開が変わるあたりはすごく映像的で、それは声優やミュージカル俳優というお仕事に携わっているからこそなのかなと。

なるほど。確かに、モノローグから訥々と始まって、ここらへんからこういう照明に変わって……みたいな映像的なイメージを思い浮かべながら書くところはありますね。

──坂本さんの曲は大胆な場面転換だとか、サビへと移行する手前のBメロに個性があって。それはポップスを作り慣れている人だとむしろ出てこない発想だと思うんです。「今日だけの音楽」では「もうすぐ夢から醒める」からの展開がすごくドラマチックで。

それが本当に楽しくて……このアルバム全体が夢の中の出来事で、「ああ、そろそろ醒めてしまう」と強い引力で現実に引き戻されてしまう場面を確実に作りたかったんですよ。自分でも変な曲だなというか……どういう曲なんですかね?

──(笑)。

自分でも謎ですけども、別に変わったことをやろうと思ったのではなく、自然に出てきたんですよね。やっぱりコンセプトを先に決めていたおかげでこういう曲もできるし、何がしたいかがハッキリとあるので、このやり方は実に自分に合っているなと再確認しました。コンセプトアルバムは過去のものもすごく自分でも気に入っていて、フルアルバムでやったのは初めてですけど、このやり方が自分には合ってるんだなって。

坂本真綾

これで最後と言われても悔いはない

──思い描いていた通りのアルバムになりましたか?

はい。もちろん産みの苦しみはありましたけど、自分ではすごくいいアルバムができたと思っていて……シングル曲が入っていないアルバムとか、この時代になかなか作らせてもらえないと思うんですよ。それをやらせてもらえることにも感謝だし、私はすごくいいアルバムだと思っているんだけど、これがもし誰の耳にも留まらなかったらもうやめようって思いました(笑)。全部出し切ったから、これで最後と言われても悔いはないくらいやり切ったつもりです。

──そうですね。音楽配信が進む中で、そもそもアルバムという存在自体の在り方に変化が出てきている時代だと思いますし。

昔はアルバムアーティストなんて言い方もありましたけど、今はちょっと気に入った曲だけダウンロードして、という人のほうが多いですよね。そんな中でコンセプトアルバムというものがどれだけ刺さるのかわからないですけど、1つの映画を作るように起承転結があって、いろんな景色があって……というものを楽しむアルバムになったので、可能ならまるっと聴いてほしいし、何度か聴いているうちにどんどん印象が変わっていくような体験をしてほしいですね。

──作曲家としての個性に驚いたというのもあって……最近はKinKi Kidsへの歌詞提供も話題になりましたけど(参照:KinKi Kidsがニューシングル「光の気配」発売、坂本真綾が作詞で参加)、作曲家として仕事の依頼があったらどうしますか?

いやいやいや(笑)。作詞をお願いされるのは本当にうれしいですね。ずっと自分のためにしか書いていなかったから初めのうちは少し抵抗があったんですけど、今は人のために歌詞を書くことがものすごく楽しいんです。私じゃない声でそれが届いていくのを見るのもうれしくて。曲は今のところ自分のためじゃないととても書けないです。まあ、作詞と同じように20年ぐらい続けたら書けるかもしれないですね(笑)。

──「私、まだやることがある!」という思いが結実したのがこのアルバムかと思いますが、作り終えた今、まだやることはありますか?

ありますね。アルバムが完成するまでは余力を残すことはできなかったし、これで終わっても悔いはないという自信作になりましたけど、このアルバムを作れたことがまた1つ自信につながった部分もあって。

──来年にはデビュー25周年を迎えますが、20周年の際には「四半世紀だからスルーするわけにもいかないかな……とも思うんですけど」というニュアンスでお話しされていました。実際に25周年を目前に控えた今、どうお考えですか?

ちょっとした乾杯ぐらいですかね(笑)。ちょっとだけ「こういうことならできるかな」というのは考えています。

公演情報

坂本真綾 LIVE TOUR 2019「今日だけの音楽」
  • 2019年12月8日(日)神奈川県 ハーモニーホール座間 大ホール(ファンクラブ限定公演)
  • 2019年12月14日(土)大阪府 フェニーチェ堺
  • 2019年12月15日(日)大阪府 フェニーチェ堺
  • 2019年12月22日(日)愛知県 一宮市民会館
  • 2019年12月26日(木)東京都 Bunkamuraオーチャードホール
  • 2019年12月27日(金)東京都 Bunkamuraオーチャードホール
  • COUNTDOWN SPECIAL

  • 2019年12月31日(火)東京都 東京国際フォーラム ホールA
坂本真綾「10人のための1曲だけのLIVE」
  • 2019年12月14日(土)大阪府 フェニーチェ堺
  • 2019年12月22日(日)愛知県 一宮市民会館
  • 2019年12月26日(木)東京都 Bunkamuraオーチャードホール
  • ※アルバム「今日だけの音楽」購入者特典(応募抽選制)
坂本真綾「『今日だけの音楽』展」
  • 2019年11月27日(水)~12月5日(木)東京都 渋谷ヒカリエ Creative Lounge MOV aiiima2
  • 2019年12月7日(土)~24日(火)東京都 THINK OF THINGS TOT STUDIO