ナタリー PowerPush - 坂本真綾

“シンガーソングライター”への挑戦

坂本真綾の通算8枚目となるオリジナルアルバムは、本人自ら全曲の作詞・作曲に挑戦する意欲作となった。その名も「シンガーソングライター」。作詞の分野では早くから才能を発揮してきた彼女だが、過去に作曲を手がけたのは2曲のみ。今作では自宅に本格的な録音環境を用意し、新たに8曲を作り上げている。

ナタリー3度目の登場となる今回のインタビューでは、デビュー18年目を迎える彼女がなぜ今“シンガーソングライター”への挑戦を選んだのか、その真意に迫った。

取材・文 / 臼杵成晃

「いい予感」に導かれて

坂本真綾(写真は3月9日に実施されたアルバム「シンガーソングライター」先行試聴会の様子)

──「シングルコレクション+ミツバチ」発売時のインタビューでは、最後に「詳しいことはまだお話できませんが、私にとってはまた大きな挑戦の年になりそうです」っておっしゃってたんですよね。それがまさか「全曲の作詞作曲」とは。あの昨年秋の段階で、アルバム制作はすでに進んでいたということでしょうか。

はい。「次のアルバムは全部自分で作詞作曲」というのは、「Driving in the silence」(2011年11月に発売されたコンセプトアルバム第3弾)が完成した頃にはアイデアとして出ていて、動き出したのはかれこれ1年前ですね。去年は秋に舞台(ミュージカル「ダディ・ロング・レッグズ~足ながおじさんより~」)で、そのあとは大晦日までツアーがあったので、物理的に動ける夏前までにある程度曲を書き溜めて、年が明けた頃に最後の追い込みを。

──今回はもう最初のアイデア段階から「全曲の作詞作曲が坂本真綾」であることが前提だったと。

もう今回のコンセプトはそれだけなんですね。どういうテーマで作ろうとかはまったくなくて。私の中から何が生まれてくるのか、自分でもわからないままスタートしました。アルバムトータルを見据えて作るんじゃなく、1曲1曲をしっかり完成させていくうちに、きっとアルバム全体の世界がおのずと決まってくるんじゃないかなって。

──過去に自ら作曲したのは2曲だけという状態から、いきなりフルアルバム全曲分を作ることに、不安や恐れはなかったですか?

「everywhere」(2010年3月発売のデビュー15周年記念ベストアルバム「everywhere」に収録)は旅の途中でホントに偶然のようにできた曲だったので、これが永続的に続けていけるものなのか、果たしてまぐれなのか自分でもわからなかったし、「また作ろう」という気持ちになるまで無理に作るのはよそうと放っておいたんです。次の「誓い」(「Driving in the silence」収録)は震災のあとに感じた思いがあってできた曲で。この2曲は、何か出来事があって、それに反応してできたものなんですよ。でもそうではない、日常の中で生まれる曲があるはずで、それに挑戦したい気持ちがすごくあって。不安がまったくなかったかと言えば嘘になるけど、挑戦したいという気持ちと……あと「なんの根拠もないけど、なんだかいい予感がする」というか(笑)。今ならできるかもしれない、っていう自分を信じる気持ちのほうが強かったので、ビビりつつも「なんとかなるだろう」と思ってました。

──漠然とした「いい予感」に導かれて。最初から煮詰まることもなく?

作り始めの頃は、どんどんどんどんアイデアが浮かんでくるし、楽しくなっちゃって。3、4曲パパパーッとできちゃったんですよ。それを受けて「よし、できる!」って早い段階で自信がついたので、迷うことなく突き進めました。

──自分の中でゼロから生み出したものをスタッフやアレンジャーに初めて聴かせる瞬間というのは、照れや恥ずかしさはないものですか?

最初はすっごく恥ずかしかったです。まずアレンジャーの河野伸さんと渡辺善太郎さんに「アルバム全曲やるんですよー」っていうのを報告した瞬間から恥ずかしかったですし(笑)。新曲ができるたびに、ずーっと家で考え込んで「これでいいです!」ってところまでいけたらディレクターに提出して。最初は「どこがサビだかわかんないよ」って言われて「えーっ、自分ではすごいキャッチーなサビができたと思ってたのに!」みたいなやりとりもありましたが(笑)、だんだん慣れていきました。

贅沢な“下積み時代”

坂本真綾(写真は3月9日に実施されたアルバム「シンガーソングライター」先行試聴会の様子)

──作曲方法も、過去2曲のようにレコーダーで簡単に録ったものではなく、DAW(デジタルオーディオワークステーション / コンピュータを使った演奏&録音システム)環境を整えての本格的なものに変わって。初回限定盤に付属するDVDには、DAW環境を準備する様子までをとらえたドキュメンタリー映像が収められていますが、これはとんだ萌え映像ですよね(笑)。機械の操作に戸惑う姿に萌える人は多いと思います。

あはははは(笑)、そうなんですか?

──DAWってもちろん最初は取っ付きにくいものだと思うんですけど、映像にもある通り、途中から作業そのものを楽しんでますよね。

1人で作るなんてもちろん初めてですけど、私はずっと、いろんな作家さんが目の前で音を作り上げていく作業を見てたわけですよ。リズムから入れていって、コード感のあるものを乗せて、みたいな。今までの十数年がこんなに生きることはなかったってぐらい(笑)。ラッキーだったのは、もし最初からシンガーソングライターだったら、こんなにいろんな作家さんの仕事ぶりを間近で見る機会はたぶんなかったんですよね。1人ひとりこんなにやり方が違うんだなーというのを見ながら、記憶が知識となって私の中に積もっていってたんだと気付かされました。そういう贅沢な“下積み時代”があったわけです(笑)。

──でもメロディ自体をゼロから生み出すことは、ほかの作家の見よう見まねというわけにもいかないですよね。

そうなんですよ。いまだに自分でもよくわからないんですよね。メロディラインからできる曲もあるし、好きなコード感を並べてからメロディを当てはめることもあるし。

──曲作りは鍵盤に向かって「さあやるぞ」という状態で始めるんですか? それとも、ふと思い浮かんだメロディをメモしておいたりとか。

基本は鍵盤の前なんですけど、パッと浮かんだものもたまにありました。「Ask.」とか「サンシャイン」は先にサビがパッと浮かんで、あとからほかの部分を探り探り作った曲ですね。

ニューアルバム「シンガーソングライター」/ 2013年3月27日発売 / FlyingDog
初回限定盤 3570円 / VTZL-60
通常盤 2940円 / VTCL-60340
CD収録曲
  1. 遠く
  2. サンシャイン
  3. everywhere~HAL mix
  4. ニコラ
  5. Ask.
  6. なりたい
  7. カミナリ
  8. 誓い~ssw edition
  9. 僕の半分
  10. シンガーソングライター
初回限定盤DVD収録内容
  1. レコーディング・ドキュメンタリー“Road to SSW”
  2. “ニコラ”MUSIC CLIP
坂本真綾(さかもとまあや)

坂本真綾

1980年3月31日生まれ。幼少時より劇団で活動し、1996年にテレビアニメ「天空のエスカフローネ」のオープニングテーマ「約束はいらない」で歌手デビューを果たした。声優、女優としても活躍しながら、コンスタントにオリジナル作品を制作している。2012年11月にはシングルコレクションアルバム第3弾「シングルコレクション+ミツバチ」を発表。同年12月31日には東京・中野サンプラザにて初のカウントダウンライブを行った。2013年3月27日には全曲の作詞・作曲を自ら手がけた最新アルバム「シンガーソングライター」をリリース。