ナタリー PowerPush - 坂本真綾
“シンガーソングライター”への挑戦
歌詞ですべてを言わなくてもよくなった
──ご自身の中で「ここはうまくいった!」という会心のポイントはどこですか?
いっぱいありますよ、とか言って(笑)。いや、自分で作った曲ってみんなそうだと思うんですよ。みんな自分が作ったものは最高だと思っているはずなので。ひとつは「シンガーソングライター」の転調ですね。1回転調して、もう1回転調したときに「お、いいんじゃない?」って。
──あそこはグッときますね。
最初は転調してなかったんですけど「なんか足りないな、もう一発なんかないかな。大サビでもないし、ぜんぜん違うメロディに行くのも違うし……」って考えてたときに、ふと思い付いて。これは発明だなと(笑)。自分の中でも「来た!」って感覚がありましたね。あとは「僕の半分」の大サビを付けたときに、この曲全体のカオス感が増した気がして気に入っています。
──歌詞については、作曲作業に集中するあまりいつものようにはいかなかったとか。
歌詞の書き方自体は変わんないんですけど、今までは「歌と歌詞」が自分の表現のほとんどを占めていて、歌詞が占める面積がすごく大きかったんですよ。作曲が加わったぶん、その面積が小さくなったように感じて。歌詞ですべてを言わなくてもよくなっちゃったんですよね。曲と詞と歌、その3つで何が表現できるんだろう、と考えるようになったので、ある種考えすぎずに歌詞が書けるようになったところもあります。「言葉ですべてを表さなくてもいいんだ」って考えることで、ちょっとだけ余裕を持って書けるようになったかな。
──楽曲の世界観そのものまで自分で作るようになったことにより、言葉ですべてを説明する必要がなくなったという。
あとで考えるとそういう部分もあるかなって。あと、これは人目にはわからないかもしれないですが……私、10代から歌詞を書いてきて、言ってることはずっと変わらないんですよ。時代時代で手法とか気分は違いますけど、今回この10曲を作り終えて並べたときに、なんだか10代の頃に書いてた感じに戻ったような感じがしました。抽象的、概念的な部分が多くて。最近はもっとシンプルでストレートな歌詞が多かったのに対して、かなりふわっとしてる。自分では懐かしいテイストだなと思うんですけど、なぜそうなったのか理由がわかんないです。
──具体的に「最近の私からは出てこなかったな」という歌詞はありますか?
「Ask.」とか「僕の半分」はラブソングのようでラブソングじゃないんですよ。徹底的に自分のことばかりを歌った曲で、相手のことを歌っているようでいて、実は自分のことしか言ってない(笑)。最近はシンプルにラブソングを歌うことに照れがなくなってきていたのに対して、今はラブソングに興味を失っていて(笑)。もっと自分のほうに、内に内に向かっている感じですね。
始まりの期待感、出発するときの高揚感
──アルバムの1曲目、オープニングナンバーに選ばれた「遠く」はかなりの“会心の1曲”なんじゃないですか?
今までの私を知っている人が「坂本真綾が自分で曲を作ると、どういうものになるんだろう」と思って1曲目を聴いたときに、きっとこうくるとは思わないんじゃないかなって(笑)。
──アルバムからいち早くビデオクリップという形で公開された「ニコラ」がアコースティックなサウンドだったから、インパクトはより一層大きかったですね。
そうですね。この曲は「地下鉄開通のイメージで」をまず河野さんに伝えて、アレンジを固めてもらったんです。始まりの期待感のような、出発するときの高揚感みたいなものを河野さんがサウンドで表現してくださったので、1曲目にふさわしい華やかさが出たかなと思います。もともと1曲目の予定じゃなかったんですけど、何かが始まる気持ちを煽るようなテンポや音色が、アルバムのオープニングとしてふさわしいかなって。
──そこから一転、2曲目の「サンシャイン」ではまたテイストががらりと変わって。冒頭2曲で「これは今までの作品とは何かが違うぞ」といういい予感を感じるんですよ。
この曲はコーラスありきで作ってるようなところがあって。主旋律というよりも、声がたくさん重なった状態でひとつのメロディとして受け取ってもらえるようなものを目指しました。
──これこそ先ほどおっしゃっていた「声を楽器として捉える」坂本さんならではの楽曲ですよね。
同じようなところで「カミナリ」は、自分ひとりしかいないのにどうしてもツインボーカルの曲にしたくて作った曲なんです。どうなるんだろうって実験的に作ってたんですよ。その日はたまたま雷が鳴ってたんですよ、実際。それで「うるせーな! 歌が録れないじゃん!」と思って(笑)、いっそこの雷を録っちゃおうと。
──要するにあれは坂本さんの自宅で録った雷の音だと(笑)。
はい。ベランダに出て雷を録って、それに合う曲を作ったんです。「ツインボーカルで」と考えていたものが、雷が鳴るまでのタイムラグだったり、気持ちの変化で分かれる2人の私みたいなイメージで作れるんじゃないかって。けっこう実験的な気持ちで作った曲なんですよ。
生きてるだけで1人ひとりが音楽そのもの
──今回こうして“自分100%”のアルバムが完成してしまったわけですけど、ゆえに今後はどうするんだろう、というのも気になるんですよね。そのまま継続して自分ですべての曲を作り続けるのか、はたまた作家さんの曲を歌うスタイルに戻すこともあるのか。
「作曲って楽しいな」って確認できたし、これからもできるかぎり作っていきたいという気持ちはあるんですけど、同時に人が作った曲を歌う楽しさを再確認した部分もあるんですよ。「もうこれからは自分が作った歌しか歌いません」とは絶対言いたくないっていうか(笑)。もっとフレキシブルに、自分の声という武器を使って歌っていけるシンガーでありたいので、いろんな作家さんに私自身からは出てこないものを引き出してほしいという欲求もあります。自分で構築する世界と両方持っていられたら理想的だなと思いますね。
──自作に対しても、エゴからくる欲求というより、作品至上主義的な視点で客観的に見ている節がありますよね。
今までのクセかもしれないですけどね。人にお願いするときも、なるべく全体を見て「こういうアルバムにするにはどうしたらいいか」ってことを常に考えるクセが付いているので。でもこうして自分で作ってみると、やっぱり客観目線でいることが難しくはなるんですよ。いつもだったら「ここに大サビがほしいです」ってポーンと言うんですけど、今回はそれを自分に言うんですよ(笑)。「大サビがほしいです」「えー今から? 難しいよ」って(笑)。
──このクライアントめんどくさいなあと(笑)。
「今さら何言ってんだ!」みたいな。
──その考え方はおよそシンガーソングライターっぽくないとも言えますよね。もっとエゴ100%でいいと思うんですけど。そんなアルバムのタイトルが「シンガーソングライター」というのもすごい。
ねえ(笑)。初めは冗談で言ってたんですよ。自分でも「シンガーソングライター」というのはすごくかけ離れたものだと思ってたんですね。
──そしてアルバムのラストを締めくくる曲が「シンガーソングライター」。個人的にはこの曲、過去の全楽曲を含めたベストトラックなんじゃないかというぐらい好きですね。
えーっ! ありがとうございます。自分でもすごく気に入っています。1年ぐらいアルバム制作を続ける中で、私はそもそもそんなに難しいことはできないし、でも私はこれが好きなんだよねって言えるアルバムになったらいいなと思ったんです。そんなふうに考えて作ったのがこの曲で、タイトルは「楽しい(仮)」だったんですけど(笑)、難しいことを考えず「つい体が揺れちゃった」みたいな、そういう音楽があっていいんじゃないかなって。最終的に「自分で音楽を作って歌いました」という喜びをここまで的確に表したタイトルもないなと思ったんです。それで曲のタイトルも「シンガーソングライター」にしました。
──音楽そのものへの愛が歌われた曲が僕は大好きで、「シンガーソングライター」はそんな“音楽ソング”の新たな名作だと思います。
ある意味王道ですから、難しい題材ですよね。これまでのそういう曲と言ってることは変わんないと思うし。でもこれってアルバム1枚を作ってみての私の実感でもあるし、もっと言うと17、8年歌ってきての実感でもあって。生きてるだけで1人ひとりが音楽そのものなんですよ。歩くリズムとか、鼓動や呼吸でさえ音楽だと思えるぐらい、やればやるほど人生そのものが音楽だなって。そういう意味では誰だってシンガーソングライターなんじゃないかと思うんです。
──これまでの活動を経た上で、全曲を自分で作り上げたアルバムの最後を締めくくるのがこの曲だというのは、相当ドラマチックですよ。
ありがとうございます。やっぱり今までの活動を知っている方ほど、いろいろ思うところがあるようで。親戚みたいな気持ちで聴いちゃうのかなと思うんですけど(笑)。
- ニューアルバム「シンガーソングライター」/ 2013年3月27日発売 / FlyingDog
- 初回限定盤 3570円 / VTZL-60
- 通常盤 2940円 / VTCL-60340
CD収録曲
- 遠く
- サンシャイン
- everywhere~HAL mix
- ニコラ
- Ask.
- なりたい
- カミナリ
- 誓い~ssw edition
- 僕の半分
- シンガーソングライター
初回限定盤DVD収録内容
- レコーディング・ドキュメンタリー“Road to SSW”
- “ニコラ”MUSIC CLIP
坂本真綾(さかもとまあや)
1980年3月31日生まれ。幼少時より劇団で活動し、1996年にテレビアニメ「天空のエスカフローネ」のオープニングテーマ「約束はいらない」で歌手デビューを果たした。声優、女優としても活躍しながら、コンスタントにオリジナル作品を制作している。2012年11月にはシングルコレクションアルバム第3弾「シングルコレクション+ミツバチ」を発表。同年12月31日には東京・中野サンプラザにて初のカウントダウンライブを行った。2013年3月27日には全曲の作詞・作曲を自ら手がけた最新アルバム「シンガーソングライター」をリリース。