“好き”とは何か? Lucky Kilimanjaro、新アルバムで音楽の価値を追求 (2/2)

熊木幸丸がソウルミュージックに心動かされる理由

──EDM調の展開が印象的な「果てることないダンス」は、どういうところから着想した曲ですか?

僕はカルヴィン・ハリスの楽曲のように、1990年代のハウスを今の形に落とし込んでいる音が好きで。そういうサウンドを「Lucky Kilimanjaroのポップスとして表現したい」というところから作り始めました。それからEDMに定着しているイメージを更新できないかなって。

──というと?

EDMって、ちょっとチャラくてパリピの音楽、みたいなイメージがあったんですよね。そういうEDMの印象や要素を更新して、日本のポップスに持ち込みたかった。歌詞は内省的なところがあるんですけど、ごく個人的なことをハウスミュージックの中で描くことで、聴く人自身の気持ちが開けていくんじゃないかと考えました。これまでLucky Kilimanjaroが題材にしてきた「何かをやり続けること」の重要さを、反復性のある音楽に乗せて伝えることで、ポップスとして1つの形に示したかったんです。

──改めて、熊木さんがそこまでハウスミュージックに心動かされるのはなぜだと思いますか?

なんででしょうね? 抽象的な言い方になってしまうんですけど、ハウスミュージックを聴いていると、自分の視界が広がっていくような気がするんです。前に向かって何かを考えている感覚がずっとある。自分を掻き立ててくれるものがありますね。

──ハウス色の強い曲の中でも、ファンキーなサウンドが強烈な「無敵」は特にインパクトがありました。

昔はロックが好きで、それこそRage Against the Machineの曲を聴いたら、どこにいても無敵になった気分になれたんですよね。そういう感覚をLucky Kilimanjaroの音楽でも生み出そうとしたのが「無敵」です。例えば渋谷のセンター街でこの曲を聴いた人が、「今、渋谷の中で自分が一番強いんだぞ」みたいな気持ちになれたらいいですね(笑)。

──そうした全能感は、本作に通底するテーマかなと思います。

「果てることないダンス」の開ける感じも、まさにそういうことですよね。自分の中のある部分が変調することで、違うところに行ける感じ……そういう力がダンスミュージックにはあるから。「無敵」で目指したイメージはほかの楽曲でも共通していて、音楽的には全然違うジャンルを参考にしていますが、伝えたいことは同じです。

熊木幸丸(Vo)

自分たちでもがき、何かを受け取ろうとする姿は絶対に共感できる

──「ぜんぶあなたのもの」はメロウでまろやかな音が印象的です。

この曲はハウスのニューディスコ、ブラックミュージックを組み合わせた魅力を大事にしました。そこは自分がすごく好きな部分でもありますね。「楽園」はその要素をさらに突き詰めた曲で、現代的なサウンドの中に、ソウルの魅力をどこまで落とし込めるか挑戦しました。

──熊木さんがブラックミュージックに惹かれるのはなぜですか?

ブラックミュージックの中心には何かに対する反抗、自由を求めて歌うことがあると考えていて。僕らは社会的に厳しいダメージを受けたわけではないですけど、自分たちでもがき、何かを受け取ろうとする姿は絶対に共感を生むと思うんですよね。ブラックミュージックの持つリズム、体を動かすエネルギーの作り方、歌でみんなに思いを伝えること……そして何より、それが悲しい空気ではなく、心地いい空気として伝わっていくことに、僕はカッコよさを見出しています。自分もエンパワーできる存在でいたいという気持ちで音楽を作っています。

──粘り気のあるグルーヴを感じる「ZUBUZUBULOVE」はくせになるリズムですね。

この曲では重いアタックの効いた音色を押し出しました。2020年に公開された映画「スポンジ・ボブ:スポンジ・オン・ザ・ラン」のサントラで、スウェイ・リーが「Krabby Step」という曲を作ったんですけど、それがすごくカッコよくて。すごくポップで子供でも聴きやすいトラックだけど、808(※ローランド製のリズムマシン、TR-808)がブンブン鳴っていて、めちゃめちゃトラップ調の音なんですよね(笑)。「Krabby Step」を聴いたとき、僕も子供っぽい甘さがあるけど、強いアタックのリズムも盛り込まれた曲を作りたくなって、ピアノを弾きながら気持ちのいいサウンドを探りました。

──サウンドだけでなく、「ズブズブ」という歌詞も曲のよさを引き立てているように思います。

子供の頃、自然に感じた「シンプルに好き」という感情をそのまま歌詞にしたかったのと、それを大人にも共感してもらいたい気持ちがありました。そこで「好きなものって沼だよな」と思っていたら、たまたま「ズブズブラブ」という言葉を思い付いて。曲の最初でリフレインしている「I Love」という声ネタは自分で録り、ピッチを変調させてちょっと子供っぽい声にしています。

──ちなみにですが、「TOUGH PLAY」の中で制作時に苦戦した曲はありますか?

僕は飽きやすくていろいろな作り方を試すので、そういう意味では全曲苦戦しました(笑)。強いて挙げるとしたら「足りない夜にまかせて」ですね。気持ちいいポイントを何回も探しながらも、歌詞を含め曲全体の雰囲気を損なわず、ちゃんとハウスミュージックとしていい楽曲にしたかった。楽器をいろいろと研究しながら制作したので、完成まで時間がかかりました。

──どこかのタイミングでピンと来るものがあったんですか?

それがずっとピンと来なくて、歌詞もなんとなく歌いたいことはあるのに、なんかハマっていないというか……「イマイチ」「つまんないな」という感じになってしまって。そんなとき、不倫をテーマにしたある作品を観ていて、「“ハウスミュージックへの不倫”をテーマにしたら面白いんじゃないか」と閃きまして。そこからは早かったです。だからほかの曲にはない、妖しくも色気のあるムードが盛り込まれていますね。

──なぜそういう着想が生まれたと思いますか?

もともと僕はポップスやロックばかり聴いていたのですが、ダンスミュージックにのめり込んだとき、自分がどこにいるのかわからないというか……すごくワクワクしたんです。「足りない夜にまかせて」では、その「よくわからないけどいい」という心地よさを受け取ってもらえたらいいですね。

──それまでの自分の価値観が壊れていくのは、怖いけど楽しいですよね。

そうなんです。その瞬間って、不安と楽しさが変な感じに混ざっていたんですよね。その気持ちをきれいに歌い上げたかったんです。

熊木幸丸(Vo)
熊木幸丸(Vo)

「何かが広がっていく」感じが表現できそうなんです

──今後の活動についても少しお話を聞けたらと思います。「TOUGH PLAY」を作ったことで、次の作品へのイメージやアイデアは浮かんでいますか?

「TOUGH PLAY」は「自分の好きを信じること」がテーマになっていますが、今後の作品ではもっといろんな感情を表して、自分の中で化学反応を起こすことにアプローチしたいです。サウンドに関しても試行錯誤しているんですけど、例えばザ・ウィークエンドの新作「Dawn FM」にOPNが参加しましたが、OPNはこれまで培ってきたサウンドの文脈を踏まえつつ、ザ・ウィークエンドにしかないフィーリングを生かしていましたよね。それからOPNの音には遊び心がありつつ、ちゃんと何かを伝えてくるものがある。僕もそういうところを大事にしたいです。

──ライブのモードは変わっていきそうですか?

「TOUGH PLAY」が完成して、自分の感覚が1回リセットされたので、変わりそうな予感はありますね。「TOUGH PLAY」の楽曲ではパワフルな演奏ができそうです。僕らのライブはMCなしで一気に20曲以上パフォーマンスするんですけど、これまでに発表してきた曲と「TOUGH PLAY」の楽曲が混ざることで、よりよいストーリーが作れそうで。そこからハウスミュージックの「何かが広がっていくもの」を感じてもらいたいですね。なんか、それができそうな気がするんです。

──熊木さんも今、無敵の状態になっていると。

そうですね(笑)。今はけっこう無敵な気分です。

熊木幸丸(Vo)

──ちなみにMCなしで演奏するスタイルは、DJ的な感覚でもあるんですか?

もちろんDJプレイにも影響は受けているんですけど、単純にライブ中におしゃべりをするのが好きじゃないからですね。MCをすることで、それまで作ってきたエネルギーが戻っちゃうというか。酔っていたのに2軒目に行く途中で醒めちゃう、みたいな空気になりそうで。

──なるほど(笑)。

僕はそうなっちゃうのが嫌なので、「だったら飲み続けよう」ということですね。飲み続けてベロンベロンになったとき、ようやく見える光があるんじゃないかなと。

──別の見方をすると、音楽だけで伝えたい気持ちもあるんですかね。

はい。音楽の力を信じているし、信じている以上はそこを前面に押し出していきたいです。

ライブ情報

Lucky Kilimanjaro presents. TOUR "TOUGH PLAY"

  • 2022年5月28日(土)福岡県 DRUM LOGOS
  • 2022年5月29日(日)広島県 広島CLUB QUATTRO
  • 2022年6月4日(土)大阪府 Zepp Osaka Bayside
  • 2022年6月10日(金)北海道 札幌PENNY LANE24
  • 2022年6月12日(日)宮城県 Rensa
  • 2022年6月17日(金)愛知県 Zepp Nagoya
  • 2022年6月19日(日)神奈川県 パシフィコ横浜

プロフィール

Lucky Kilimanjaro(ラッキーキリマンジャロ)

熊木幸丸(Vo)、松崎浩二(G)、山浦聖司(B)、柴田昌輝(Dr)、ラミ(Per)、大瀧真央(Syn)からなる6人組バンド。2014年に音楽活動を開始。「世界中の毎日をおどらせる」というテーマを掲げて活動している。2018年にドリーミュージックより「HUG」でメジャーデビューを果たす。2020年にメジャー1stアルバム「!magination」を発表し、2021年4月には東京・日比谷公園大音楽堂(日比谷野音)でワンマンライブ「YAON DANCERS」を開催。2022年3月にはメジャー3枚目のフルアルバム「TOUGH PLAY」をリリースした。