クミコ with 風街レビュー|“根無し草”の3人が多彩アーティストと作り上げた恋歌

「デラシネ déraciné」全曲解説

01. 不協和音[作詞:松本隆 / 作曲:七尾旅人 / 編曲:冨田恵一]

──ではここからは多彩なアーティストと制作されたアルバム収録曲について1曲ずつお話を伺っていきたいと思います。まず1曲目「不協和音」は七尾旅人さんが作曲されました。「七尾さんにソングライティングを」というのはどなたのアイデアだったんですか?

松本 アルバムの作曲家陣については、今回のプロジェクトの番頭役でもあるディレクターの堀越信哉くんがアイデアを出してくれたんだ。「今まで一緒にやったことのない、新しい人と組んでください」と。なるほど、確かに今までやったことのない人や若手とやるのは面白いなって。で、七尾くんのことも堀越くんが推薦してくれた。

──詞と曲、どちらが先でしたか?

松本 これは詞先。上がってきた曲を聴いて「ああ、アルバムの1曲目だな」とすぐに思った。そうしたら、冨田さんがすごく長いエンディングをつけてくれたんだ(笑)。

冨田 この曲をアルバム全体のオーバーチュア(序曲)にしたかったんです。

松本 出だしの1曲目から不思議な曲に仕上がったよね。

クミコ

クミコ 作曲家の方々はご自分でプレイしながら仮歌を歌ってデモを作ってくることが多いんです。それ自体がとっても貴重なレア音源ですから、それを聴くのが今回の楽しみの1つでもあったんですが。旅人さんはギターの弾き語りで、わりとポソポソと呟くように歌ってらして。それが冨田さんのフィルターを通したら全然違う曲に生まれ変わったんです。「ああ、歌はこんなふうに生まれ変わっていくんだな」と。新たな発見と言うのかしら。サウンドプロデューサーとはこういう仕事なんだわ、といたく感心してしまいました(笑)。

冨田 曲がもともと素晴らしくて。ギター1本でストレートに伝わってくるんですが、ユニークなのは、サビの「不協和音」のところでテンポが変わること。弾き語りだから、旅人さんがそこを意識していたかどうかはわからないんですが。曲中でテンポが変わっていくのが面白いので、フォークっぽく始まり、歌謡曲っぽいサビがあって、少し洋楽的な雰囲気もある……そんな1曲にすれば、全体のプロローグになるのかなって。

松本 深いね、やっぱり。

クミコ さすが!

02. 消しゴム[作詞:松本隆 / 作曲:吉澤嘉代子 / 編曲:冨田恵一]

──2曲目の「消しゴム」は、新鋭のシンガーソングライター・吉澤嘉代子さんの曲です。

松本 吉澤さんとは前からTwitterでつながっていたんだ。僕の詞のファンだと言ってくれて。いつか一緒に仕事ができるといいなと思っていたら、偶然にも、堀越くんから吉澤さんの名前が上がってね。これは曲先で、吉澤さんの曲に詞を付けたんだけど、ふと「エア消しゴム」という言葉が浮かんだ。「あ、言っちゃった。今のひと言はなかったことにする。ゴシゴシゴシ」っていう。そういう詞がいいなって。付けてみたら、わりとすんなりといって。そうしたら、クミコがこの詞を見て文句言ったんだ。「こんなにかわいい状況は大昔のことだ!」って(笑)。

クミコ そんなに言ってませんよ、大っぴらには。ただ、この歳の私には「そういう経験はもうないぞ!」って(笑)。だって若い恋じゃないですか。すっかり忘れてしまってる感じの青春の1ページとでも言いますかね。

松本 クミコさんにもぜひ、もう一度恋をしてもらいたいという気持ちを込めてるわけです。

クミコ え、そういうこと?

全員 あはははは(笑)。

クミコ そうそう、この間吉澤さんにお会いしたら、すっごく喜んでました。「この仕事だけはほかの人に取られたくなかったんですっ!」って情熱あふれてて。吉澤さん自身もこの歌を歌いたいんじゃないかな。

03. フローズン・ダイキリ[作詞:松本隆 / 作曲:横山剣 / 編曲:冨田恵一]

──3曲目「フローズン・ダイキリ」は横山剣さんの曲。「付かず離れずにね」や「ハバナでヘミングウェイが愛したお酒」など、詞が剣さんの世界感にとても近い感じがしました。

松本 実はこの詞は、川勝正幸くん(2012年に急逝した編集者)を思って書いたんだ。川勝くんは剣さんの大ファンで、昔から大好きで、「松本さんと一度会わせたい」ってずっと言ってた。でもきちんと会わせる前に自分が先に天国に旅立っちゃったから、そのままになっちゃって。僕はこのままクレイジーケンバンドとは縁がないのかなと思っていたら、今回縁ができた。だからこの詞は、川勝くんが喜びそうな詞を書こうと(笑)。でも書き上げてみたら「これはクミコ自身のことじゃないかな」って。

クミコ ヤサグレ感が出てますよね(笑)。

松本 「自分と歩く」っていうのがいいでしょ。「男と」じゃなく「自分と」。これは女性のライフスタイルの1つの見本だよね。

クミコ そう。だから、初めてこの詞を読んだとき、僭越ながら褒めてしまいました。「松本さん、よく書けたね」って。

松本 褒められました(笑)。

クミコ 恐れを知らない私(笑)。

松本 これは曲が先だったね。

冨田 そうですね。すごくいい曲だなと思いました。アルバムの中で一番リズミカルなんじゃないかな。それまではゆったりとした曲が多かったので、リズムの立った曲も楽しいなって。

松本 だからリズムに乗って書き始めたら止まらなくなって。ずっと女の人のモノローグで、恋も男も出てこない。出てくるのは、おしゃれなバーテンダー。これは実はモデルがいてね。京都のとあるバーの名物店長なんだ。この人を知らずして京都は語れないという存在なんだけど、ワケありの伊達男と言うか。存在自体がダンディなんだ。その人のイメージで、そこへ通ってくる女性としてクミコを置いてみたら妙にハマって(笑)。

クミコ 前に一度、松本さんにそのバーへ連れて行っていただきました。彼、隠し扉から急に出てきたからビックリしたけど(笑)。

松本 そう。お店が2つ、背中合わせでつながってて。お酒が並ぶ棚が1つ隠し扉になってるんだよね。

クミコ だからこの詞を読んだときに、あのバーのことだなってすぐわかった(笑)。

──ところで、剣さんの印象ってどうでしたか?

松本 剣さんはカッコよかったよ。と言うか、今回のレコーディングより前に、NHKの「The Covers' Fes. 2016」で初めて会ったんだ。あのとき剣さんは、北島三郎の「まつり」を歌ったんだけど、「めっちゃカッコいいじゃん!」って。僕はそれまで演歌に対してすごくバリケードを張ってたけど、剣さんの「まつり」以降は、考え方がガラッと変わったな。

04. しゃくり泣き[作詞:松本隆 / 作曲:村松崇継 / 編曲:冨田恵一]

──4曲目「しゃくり泣き」は村松崇継さんの曲です。村松さんは映画やドラマの音楽で活躍されている音楽家。スタジオジブリの映画「思い出のマーニー」、瀬々敬久監督の映画「64-ロクヨン-」の劇伴では日本アカデミー賞も受賞されています。

松本 彼には今回のプロジェクトで初めてお会いしたんだ。クラシック畑の人なんだけど、ポップスも好きだとおっしゃって。「ああ、彼も冨田くんのようにジャンルレスの人なんだな」って。詞を渡したら、素晴らしい曲が上がってきた。

──この詞は「冬のリヴィエラ」を彷彿とさせるなあと思ったんですが。

松本隆

松本 僕は今、京都と神戸に住み家があるんだけど、この曲は神戸の港を描いている。神戸の人って「突堤」って言うんだ。横浜では大さん橋もそうだけど、「さん橋」とか「埠頭」って言うのが一般的。「突堤」という言葉はもちろん知っているし、あるんだけど、日常的ではなかった。その「突堤」という言葉の響きがいいなって。突堤には豪華ホテルを横倒しにしたような巨大な客船が停泊するし、夕方5時になると汽笛が鳴る。出港するときはけっこう長い汽笛も鳴る。そういった神戸の日常の風景を詞にしようと。ご当地ソングではなく、詞の中に神戸が染み込んでいるようなね。だから「360度 悲しい景色さ」っていうのはすごく神戸っぽいんだ。神戸の突堤の風景。神戸の人はわかるんじゃないかな。

クミコ 私はこの詞を読んで「しゃくり泣き」って詞になるんだなって(笑)。

松本 なんでも詞にしちゃうから、僕は(笑)。

クミコ なぜ「しゃくり泣き」なのかなって。「しゃっくり泣き」ではないでしょ。でも考えてみたら「ヒックヒック」と泣くわけだから、「しゃっくり」みたいなものだし。声にならない声を自分の中で収めようとして「ヒック」となる。そういう感じは今の自分だわって。

松本 どういうこと?

クミコ 若い頃じゃなく、今この年代で「しゃくり泣き」をするというのがリアルだわと。若い頃は「ギエー!」って大声で泣けば許してもらえる部分があったけど、この歳になると立場的にも声を上げて泣くことなんてできないし、1人で「ヒック」となっても、そんなことに負けるもんかと思う自分がいる。この歌の世界としては別れの風景なんだけど、私の生活としても「しゃくり泣き」というのは身につまされるものがあるなあって。しかもそれが私だけじゃなく、私と同年代の仕事をしてる女の人たちみんな「この曲が染みるのよね」って言うんですよ(笑)。

松本 そうなんだ(笑)。

クミコ やっぱり「しゃくり泣き」世代なんだわ。

松本 世代なんだね。

クミコ そう。中高年は「しゃくり泣き」世代(笑)。

松本 しかし詞を見て改めて思ったんだけど、この歌の主人公は食欲がすごいよ。最初の2行、「異国の酒も飲み慣れるよね だって食事が美味しそうだし」。お酒と食事のことしか言ってないんだよ(笑)。

クミコ 悪いけど、この最初の2行は歌詞じゃないと思いますよ。

全員 あはははは(笑)。

クミコ 私、これに曲を付けた村松さんを尊敬します。どうやってこれに付けたんでしょう(笑)。

冨田 今回、詞先で曲を付けた方は何人かいらっしゃって、皆さんそれぞれ素晴らしいんですが、中でも村松さんの曲は“自然さ”がすごいと思います。

松本 特筆だよね。

冨田 詞に曲を付けたのか、曲に詞を付けたのか、まったくわからないほどで。これはちょっとビックリします。

松本 僕はなんでこんなこと書いたんだろう。おなか空いてたのかなあ(笑)。しかもこの船はどこへ行くのかなと考えると、上海か香港なんだよね。

クミコ 美味しそうなところへ行くんだ(笑)。

松本 「異国」を「天国」に変えると違う話になるんだけど(笑)。

クミコ with 風街レビュー「デラシネ déraciné」
2017年9月27日発売 / 日本コロムビア
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収録曲
  1. 不協和音[作詞:松本隆 / 作曲:七尾旅人 / 編曲:冨田恵一]
  2. 消しゴム[作詞:松本隆 / 作曲:吉澤嘉代子 / 編曲:冨田恵一]
  3. フローズン・ダイキリ[作詞:松本隆 / 作曲:横山剣 / 編曲:冨田恵一]
  4. しゃくり泣き[作詞:松本隆 / 作曲:村松崇継 / 編曲:冨田恵一]
  5. さみしいときは恋歌を歌って[作詞:松本隆 / 作曲:秦基博 / 編曲:冨田恵一]
  6. 枝垂桜[作詞:松本隆 / 作曲:亀田誠治 / 編曲:冨田恵一]
  7. セレナーデ[作詞:松本隆 / 作曲:シューベルト / 編曲:冨田恵一]
  8. 恋に落ちる[作詞:松本隆 / 作曲:永積崇 / 編曲:冨田恵一]
  9. 砂時計[作詞:松本隆 / 作曲:つんく♂ / 編曲:冨田恵一]
  10. 輪廻[作詞:松本隆 / 作曲:菊地成孔 / 編曲:冨田恵一]
クミコ with 風街レビュー『デラシネ déraciné』リリース記念 トーク&サイン会

2017年11月2日(木)東京都 二子玉川 蔦屋家電 2F ラウンジスペース
<出演者>
クミコ / 松本隆
スペシャルゲスト:クリス松村

デビュー35周年記念 クミコ・ザ・ベスト・コンサート 1982-2017

2017年11月18日(土)大阪府 森ノ宮ピロティホール

クミコ
クミコ
女性シンガー。1982年にシャンソニエの老舗・銀座「銀巴里」でプロ活動をスタートさせた。2000年に松本隆が手がけたアルバム「AURA」で一気にその名を広める。2010年「INORI~祈り~」がヒットし、同年「第61回NHK紅白歌合戦」に初出演を果たした。2015年9月、つんく♂がプロデュースを手がけた楽曲「うまれてきてくれて ありがとう」をシングルリリース。レコード大賞作曲賞を受賞する。2016年9月、松本隆と16年ぶりにタッグを組み、「クミコ with 風街レビュー」として両A面シングル「さみしいときは恋歌を歌って / 恋に落ちる」を発売。2017年9月にクミコ with 風街レビュー名義のアルバム「デラシネ déraciné」をリリースした。
松本隆(マツモトタカシ)
松本隆
1949年生まれの作詞家。ドラマーとして所属していたはっぴいえんどでは、多くの楽曲の作詞を手がけていた。1972年のバンド解散後は、作詞家として本格始動。太田裕美「木綿のハンカチーフ」、寺尾聰「ルビーの指環」といった数々の名曲の作詞を手がけ「日本レコード大賞」などを受賞する。作詞家生活45周年記念として2015年に開催されたコンサート「風街レジェンド2015」が伝説的なライブとなり、記念アルバム「風街であひませう」はその年の「日本レコード大賞」アルバム賞を受賞した。また同年、昭和から現在まで第一線で日本の音楽史を支えてきた功績が認められ「第66回芸術選奨文部科学大臣賞」を受賞。2016年、クミコとタッグを組み、新プロジェクト「クミコ with 風街レビュー」を発足。9月に両A面シングル「さみしいときは恋歌を歌って / 恋に落ちる」、2017年9月にアルバム「デラシネ déraciné」をリリースした。
冨田恵一(トミタケイイチ)
冨田恵一
音楽家、プロデューサー。 キリンジ、MISIA、平井堅、中島美嘉、ももいろクローバーZ、矢野顕子、RIP SLYME、椎名 林檎、木村カエラ、bird、清木場俊介、Crystal Kay、AI、BONNIE PINK、畠山美由紀、JUJU、 坂本真綾、篠崎愛、Uru、他数多くのアーティストにそれぞれの新境地となるような楽曲を提供する。“アーティストありき”で楽曲制作を行うプロデュース活動に対し、"楽曲ありき" でその楽曲イメージに合うボーカリストをフィーチャリングしていくことを前提として立ち上げたセルフプロジェクト「冨田ラボ」として今までに5枚のアルバムを発売している。自身初の音楽書「ナイトフライ -録音芸術の作法と鑑賞法-」を2014年7月に発売。2016年度横浜国立大学の入学試験問題には著書一部が採用された。1つの曲が出来ていく工程をオーディエンスの前で披露する「作編曲SHOW」の開催や、世界中から著名アーティストが講師として招かれることで話題のRed Bull Music Academyでのレクチャーなども行いつつ、音楽業界を中心に耳の肥えた音楽ファンに圧倒的な支持を得ている。