05. さみしいときは恋歌を歌って[作詞:松本隆 / 作曲:秦基博 / 編曲:冨田恵一]
──そして、クミコさんが一番苦労されたと言う秦基博さんの「さみしいときは恋歌を歌って」。苦労の痕跡は微塵も感じません。大人のラブソングだなあと聴き惚れてしまいます。
クミコ でも一番難しい曲。今でもわからないなあと思ってる曲。
松本 でも秦君かわいいから許すんでしょ。
クミコ そう。クマさんみたいでかわいいから許す。そういうことでいいんだなと(笑)。
──どんな部分が難儀だったんですか?
クミコ 曲の出だしから難しいんです。なかなかうまくいかない。たぶん正解は、秦さんがデモテープで「ラララ」で歌ってくれたものだと思うんです。でもそれは秦さんの声じゃないと絶対に出ない音。きっとこう歌えばいい、というのはなんとなくわかるんですが、でもそれが私にはできない。永遠にできない最初の1行。
冨田 アーティスト自身が歌う「ラララ」を聴いてしまうと、本人が作って歌ってるから、整合性と言うか説得力があるわけです。そこでクミコさんは悩まれたんですよね、たぶん。僕が言うまでもありませんが、もちろんクミコさんは歌えているんです、最初の1行から完璧に。でもクミコさんご自身からすれば「全然できていない」と。
クミコ そうなの。今もずっと考えてる。この出だしはこうなのか、もうちょっとこうなのか。秦さんが歌うとすれば、きっとこう歌うはずなのに、なぜ私はできないんだろうって。ホントに難しい。もう一度レコーディングしてもきっとできないと思うなあ。
06. 枝垂桜[作詞:松本隆 / 作曲:亀田誠治 / 編曲:冨田恵一]
──6曲目、亀田誠治さんの「枝垂桜」も素晴らしい曲です。
松本 何年か前、ラジオパーソナリティの秀島史香さんの結婚式があって。代官山の会場で並んでたんだ。50人くらい並んでたかな。すると前に並んでた男の人が、くるっとこっちを向いて「松本さんですか?」って。それが亀田くんだった。妙な出会いをしてるんだ(笑)。今回初めて仕事ができてよかった。
──この曲は詞先ですか?
松本 そう。「枝垂桜くらくら」は松本隆オノマトペシリーズの1つでもあるね。「ドキッ」「キュン」「クラッ!」に続く(笑)。亀田くんはすごく上手に曲を付けてくれた。
冨田 亀田さんのデモトラックはギターをかき鳴らして歌ってる感じだったんです。そこにリズムを付けると、アップテンポの8ビートのロックのようになるなと。そういう曲もストレートでいいなと思いつつも、クミコさんが歌われるので、これはテンポを半分にしてゆったりとしたほうがいいかなと思ったんです。言葉のスピード感がもともとあるので。そこは原曲から大きく変わったところだと思いますね。
クミコ あんまり大きな声では言えないんだけど、デモは亀田さんが育てていらっしゃるアイドルグループの人が歌ってるんだろうと勝手に思ってたんですよ。あとからご自身の歌声だと知って大変ビックリ。なんて若々しい声なんでしょう(笑)。
松本 今回、ディレクターの堀越くんが選んだ作曲家たちはサウンドプロデューサーが多いんだよね。最初はやりにくいんじゃないかと思ったんだ。メロディだけを渡すわけだから。
冨田 そうなんです。「ここから曲を構築していくぞ」という途中段階で渡してしまう。普段とは違う感じがしていたんじゃないでしょうか。特に亀田さんは、メロディだけを提出するということはあんまりしないんじゃないかと思います。
松本 なのに全員、冨田くんを信用して曲を預けている。そういうミュージシャンの信頼関係ってすごく美しいと思う。そういうところでも「デラシネ」は画期的なアルバムなんです。
07. セレナーデ[作詞:松本隆 / 作曲:シューベルト / 編曲:冨田恵一]
──「セレナーデ」はシューベルトの歌曲に松本さんが日本語詞を付けたものですね。
クミコ 一番有名人の曲(笑)。
松本 顔は知ってるんだけど会ったことのない人(笑)。このアレンジは抜群にいい。
冨田 僕が正調クラシカルにやってもしょうがないのでアプローチには悩みました。どうしようかなと考えていたとき、つんく♂さんの「砂時計」とのカップリングでシングルリリースをする、という話になって。2曲の共通性も考えてやろうと。そうしたら、わりとうまい具合に収まったんです。
松本 素晴らしいアレンジになった。シューベルトに聴かせたいくらい(笑)。
クミコ ねえ。聴いてもらえなくて残念。
松本 エレクトロニカっぽいと言うのかな。冨田くんの中でも新しい感じだよね。
冨田 クミコ with 風街レビューに関しては、基本的には生演奏に近いフォーマットで最後までやるだろうと思っていたんです。そんなときに、つんく♂さんのデモが届いたんですけど、そこにあったエレクトロな要素が意外にクミコさんにも合うような気がしたんです。そうしたら、松本さんも「こういう曲調も悪くないね」とおっしゃったので、このプロジェクトではエレクトロもありと解釈するようになりました。それがあったので、シューベルトの曲もエレクトロニカっぽくしてみようということになったんです。
──松本さんは、過去に「美しき水車小屋の娘」や「冬の旅」とシューベルトの歌曲集の日本語詞に挑戦されています。シューベルトに惹かれるのはなぜですか?
松本 クラシックに詞を付けることはあまりやらないんだけど、シューベルトだけは特別。彼という人間に興味があるんだよね。
──どんな人物なんですか?
松本 ひと言で言えば、少年の純粋さを描いている人。そして自分も大人になりきらず、31歳で夭折してしまった。シューベルトってフラれる歌ばっかりなんだ。実際あんまりモテなかったと思う。背も低くて太っててメガネをかけてて。でも「セレナーデ」はその中でも珍しく求愛の歌。それがすごく面白い。彼の歌曲ではもっともポピュラーだと思う。「魔王」や「野ばら」もあるけれど、誰でも歌えるという意味では、「セレナーデ」が一番。シューベルトの看板曲と言えるだろうね。
08. 恋に落ちる[作詞:松本隆 / 作曲:永積崇 / 編曲:冨田恵一]
──そして永積崇さんの「恋に落ちる」。これも秦さんの曲と共にアルバムのリード曲的存在のナンバーです。
クミコ これも永積さんがギターでシンプルに弾き語ったデモを送ってくれて。とても素敵だった。
冨田 この曲は、秦さんの曲(「さみしいときは恋歌を歌って」)の次にレコーディングしましたけど、クミコさんは秦さんの曲ほどは悩まれなかったですね。これから1曲1曲悩みつつ進んでいくのだろうかと覚悟していたのですが(笑)。
クミコ スムーズにいきました。永積さんもコーラスに参加していただいて。あまりの素敵さにボーッとなりました(笑)。
冨田 カッコよかったですよね。永積君がフェイクと言うかインプロビゼーションでいろいろやってくれて。すごくよかった。
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「デラシネ déraciné」全曲解説(3/3)
- クミコ with 風街レビュー「デラシネ déraciné」
- 2017年9月27日発売 / 日本コロムビア
-
[CD]
3000円 / COCP-40092 -
[アナログ]
4320円 / COJA-9328
- 収録曲
-
- 不協和音[作詞:松本隆 / 作曲:七尾旅人 / 編曲:冨田恵一]
- 消しゴム[作詞:松本隆 / 作曲:吉澤嘉代子 / 編曲:冨田恵一]
- フローズン・ダイキリ[作詞:松本隆 / 作曲:横山剣 / 編曲:冨田恵一]
- しゃくり泣き[作詞:松本隆 / 作曲:村松崇継 / 編曲:冨田恵一]
- さみしいときは恋歌を歌って[作詞:松本隆 / 作曲:秦基博 / 編曲:冨田恵一]
- 枝垂桜[作詞:松本隆 / 作曲:亀田誠治 / 編曲:冨田恵一]
- セレナーデ[作詞:松本隆 / 作曲:シューベルト / 編曲:冨田恵一]
- 恋に落ちる[作詞:松本隆 / 作曲:永積崇 / 編曲:冨田恵一]
- 砂時計[作詞:松本隆 / 作曲:つんく♂ / 編曲:冨田恵一]
- 輪廻[作詞:松本隆 / 作曲:菊地成孔 / 編曲:冨田恵一]
- クミコ with 風街レビュー『デラシネ déraciné』リリース記念 トーク&サイン会
-
2017年11月2日(木)東京都 二子玉川 蔦屋家電 2F ラウンジスペース
<出演者>
クミコ / 松本隆
スペシャルゲスト:クリス松村
- デビュー35周年記念 クミコ・ザ・ベスト・コンサート 1982-2017
-
2017年11月18日(土)大阪府 森ノ宮ピロティホール
- クミコ
- 女性シンガー。1982年にシャンソニエの老舗・銀座「銀巴里」でプロ活動をスタートさせた。2000年に松本隆が手がけたアルバム「AURA」で一気にその名を広める。2010年「INORI~祈り~」がヒットし、同年「第61回NHK紅白歌合戦」に初出演を果たした。2015年9月、つんく♂がプロデュースを手がけた楽曲「うまれてきてくれて ありがとう」をシングルリリース。レコード大賞作曲賞を受賞する。2016年9月、松本隆と16年ぶりにタッグを組み、「クミコ with 風街レビュー」として両A面シングル「さみしいときは恋歌を歌って / 恋に落ちる」を発売。2017年9月にクミコ with 風街レビュー名義のアルバム「デラシネ déraciné」をリリースした。
- 松本隆(マツモトタカシ)
- 1949年生まれの作詞家。ドラマーとして所属していたはっぴいえんどでは、多くの楽曲の作詞を手がけていた。1972年のバンド解散後は、作詞家として本格始動。太田裕美「木綿のハンカチーフ」、寺尾聰「ルビーの指環」といった数々の名曲の作詞を手がけ「日本レコード大賞」などを受賞する。作詞家生活45周年記念として2015年に開催されたコンサート「風街レジェンド2015」が伝説的なライブとなり、記念アルバム「風街であひませう」はその年の「日本レコード大賞」アルバム賞を受賞した。また同年、昭和から現在まで第一線で日本の音楽史を支えてきた功績が認められ「第66回芸術選奨文部科学大臣賞」を受賞。2016年、クミコとタッグを組み、新プロジェクト「クミコ with 風街レビュー」を発足。9月に両A面シングル「さみしいときは恋歌を歌って / 恋に落ちる」、2017年9月にアルバム「デラシネ déraciné」をリリースした。
- 冨田恵一(トミタケイイチ)
- 音楽家、プロデューサー。 キリンジ、MISIA、平井堅、中島美嘉、ももいろクローバーZ、矢野顕子、RIP SLYME、椎名 林檎、木村カエラ、bird、清木場俊介、Crystal Kay、AI、BONNIE PINK、畠山美由紀、JUJU、 坂本真綾、篠崎愛、Uru、他数多くのアーティストにそれぞれの新境地となるような楽曲を提供する。“アーティストありき”で楽曲制作を行うプロデュース活動に対し、"楽曲ありき" でその楽曲イメージに合うボーカリストをフィーチャリングしていくことを前提として立ち上げたセルフプロジェクト「冨田ラボ」として今までに5枚のアルバムを発売している。自身初の音楽書「ナイトフライ -録音芸術の作法と鑑賞法-」を2014年7月に発売。2016年度横浜国立大学の入学試験問題には著書一部が採用された。1つの曲が出来ていく工程をオーディエンスの前で披露する「作編曲SHOW」の開催や、世界中から著名アーティストが講師として招かれることで話題のRed Bull Music Academyでのレクチャーなども行いつつ、音楽業界を中心に耳の肥えた音楽ファンに圧倒的な支持を得ている。