空白ごっこ|“ネット発”だったユニットが下北沢から音楽を発信し続ける理由

空白ごっこが新曲「ハウる」を配信リリースした。

2019年12月に活動をスタートさせ、2020年は音源制作やMVの公開など、配信が活動の中心にあった空白ごっこ。今年7月からは空白ごっことして初ライブであり初のツアーでもある「全下北沢ツアー」を開催する。「ハウる」はツアー初日の前日に配信される楽曲であり、ライブハウスで披露されることを想定したダンサブルな1曲。“ネット発の覆面ユニット”という謎めいた存在だった空白ごっこが「下北沢発」を謳い、ライブ開催をはじめとしたフィジカルの活動に力を入れ始めたのはなぜなのか? 針原翼、セツコ、koyoriの3人に話を聞いた。

取材・文 / 倉嶌孝彦

“ネット発”が“下北沢発”になった理由

──空白ごっこのデビューは2019年12月なので、2020年はスタートダッシュを決める1年だったと思いますが、新型コロナウイルスの感染拡大などもあって、アーティストは誰しも苦戦を強いられた1年だったと思います。空白ごっこにとって2020年はどんな1年でしたか?

空白ごっこ

針原翼 制作に打ち込んだ1年でした。2020年は空白ごっこという名前が世の中に浸透し始めた時期だったので、ライブをするにはもう少し先のイメージでしたし、まずは自分たちの活動の柱である“音楽を作ってそれを配信する”という活動に集中すべきタイミングだと考えていました。新型コロナウイルスの流行があっていろんな行動に制限がかけられてしまいましたが、スタジオにこもる分には大丈夫でしたから、各自が家で曲を作って、形になったらスタジオに集まってレコーディングをする、という流れを繰り返した1年でした。

koyori 僕らはもともと家で音楽を作ることを生業にしていたので、新型コロナウイルスの流行があっても制作面ではあまり影響がなかったんですよね。特に僕は制作がメインの人間なので、黙々と曲作りをすることに集中した1年でした。

針原 セツコさんにとってはどんな1年だった?

セツコ もともとあまり外に出ないタイプなので、コロナの影響をダイレクトに受けた感じはプライベートでも音楽制作においてもあまりなかったんです。でもSNSでライブハウスの現状だったり、いろんなアーティストさんがライブができなくなるような状況を見て、やりきれない思いになることは多くて……。

針原 僕らは下北沢を拠点にしているので、街の空気がどんよりしていくのを肌で感じていました。もともと毎日のように随所でライブが行われていたので、街にはライブの関係者やバンドマンがたくさんいて。現場がなくなってしまって鬱々とした空気を感じていたから、なんとかみんなを盛り上げたかったし、下北沢から発信していく音楽がちゃんとあることを僕らが示したくて、音源の制作を止めないようにしていました。

──空白ごっこはもともと“ネット発”の色が強かったユニットですが、最近“下北沢発”と謳うようになったのは同じ理由からですか?

針原 直接的にそうではないんですが、もしかしたらそれも1つの要因になっているかもしれませんね。僕もkoyoriくんもボカロPをやっていたので、「ボカロP=ネット発」みたいなイメージはあると思うんですが、僕らはそのくくりだけじゃないよということを示したかったのが大きな理由です。実際に僕らは下北沢に自分たちのスタジオがあるからこの街にいる時間が多いし、スタジオ業務もやっているから、街と持ちつ持たれつで活動をしている感覚もある。街の音楽文化と僕らの奏でる音楽にはどうしても関係性が出ちゃうものなんです。だったら僕らは「下北沢を拠点にしています」って、ちゃんと発信したほうがいいんじゃないかなと。

──空白ごっこが結成される前に、セツコさんとkoyoriさんが初めてステージで共演したのも下北沢のライブハウスでしたよね?

セツコ はい。CLUB251というライブハウスでした。

koyori 僕らがやったのはアコースティックで数曲だったんですが、とにかく衝撃的なライブでした。セツコさんの生歌を聴いたのも初めてで、すごく印象に残ってますし。とにかく緊張したんですよね(笑)。

セツコ たぶん私のほうが緊張してたと思います。人前でお金をもらって歌うのが初めてだったので、「ちゃんと歌わなきゃ」みたいな思いで精一杯になっちゃって。なのにミスをしてしまったり、当時はそのミスをどうリカバリーしていいかもわからなくて、パニックみたいになっちゃったし……。思い出すと、今でもあまりよくなかったなあという印象があります。

針原 セツコさんはそう言うけど、僕からするとあの日のライブを観て、空白ごっこは僕とkoyoriくんとセツコさんの3人でいけると確信できたんだよね。

下北沢の老舗を回るツアー

──下北沢の話が出たので、先にツアーの話から伺います。下北沢を拠点にしているとはいえ、全10公演すべてを下北沢で行うツアーを行うと聞いて驚きました(参照:空白ごっこ、初めてのツアーは10公演すべて下北沢で開催)。

針原 空白ごっことして初めてのライブになるわけだし、誰もやったことがないこと、僕らにしかできないことを模索していたら、下北沢で10回もライブをすることになりました(笑)。僕らは下北沢にしょっちゅういるから、初めてライブをするなら下北沢にしようと決めていたし、こういうご時世の中で人数制限の問題とか、いろんなことを考えた結果、「だったら下北沢で何回もライブをしよう」ということになったんです。

──空白ごっこのライブを観るために初めて下北沢に訪れるファンの方もいると思います。針原さんは、そんなファンの方に下北沢のどういうところに注目してほしいですか?

針原 下北沢という街は、渋谷や新宿に比べてすごくコンパクトにまとまった街だと思うんですよ。でもライブハウスの数がほかの街とは段違いに多くて、例えば半径1kmの範囲内でのライブハウスの数は日本一、もしかしたら世界で一番多いんじゃないかというぐらい、ステージが密集した街なんです。音楽に限らず、劇場を含めればもっと数は増えますし。バンドマンはもちろん、俳優さんや役者志望の若い人たちもいる。カルチャーの街として、街の空気感を感じてもらいたいですね。

koyori はりーさんに誘ってもらってステージに立ったライブハウスとかがいくつもあって、こうしてはりーさんに出会っていなければ立つことのなかったステージも多いと思うんです。それとはりーさんが下北沢周辺に詳しいから、洋服屋さんとかおいしいラーメン屋さんとかいろいろ案内してもらったので、お気に入りの場所が多いんですよね。もしかしたらそういう好きな場所がここまでちらばっている街は、下北沢が一番かもしれません。

セツコ 街全体が小さくてコンパクトなのもそうですし、ライブハウスのキャパシティとかも大きすぎなくて、すごくアットホームな雰囲気が下北沢全体にあると思うんです。大きすぎないゆえの居心地のよさみたいな。あと私もはりーさんの影響で「おいしいごはんが食べられる場所」という印象が強いですね(笑)。私たちが向かうお店はすでにはりーさんが調べたところばかりだから、ハズレがないんですよ。

針原 ははは(笑)。今回のツアーでは数ある下北沢のライブハウスから悩みに悩んで10軒だけ回ることにしました。本当はもっと回りたいし、どのライブハウスを選ぶかすごく考えたんですが、まずは10年から15年以上経営されてる、老舗を10軒。僕が下北沢に来たのが18年くらい前なんですけど、その当時からお世話になっているライブハウスに恩返しがしたい思いが強くて。本当はもっとやりたかったんですけど、最初はまず10カ所のライブハウスを回るところから始めようかなと。

──針原さんの下北沢へのこだわりは今回のツアーだけではなく、下北沢のライブハウスをイメージしたエフェクター制作でも発揮されていましたよね?(参照:下北沢のライブハウス9店舗をイメージしたエフェクター発売、SHELTERはディストーション

針原 はい。下北沢にはライブハウスがたくさんあるけど、ライブハウス固有の音の傾向とか、箱ごとの得意ジャンルがあるから、それをサウンドで表現したら面白いなと。この企画はコロナ禍でなければできなかったことだったと思います。ライブハウス同士ってみんながみんな仲いいわけじゃなくて、やっぱり競合として競い合っている部分があるはずだから。コロナ禍でライブ業界全体が元気のないときに、みんなで盛り上がろうという企画を立ち上げたくて考えたのがこのエフェクターの制作だったんです。そうそうたる老舗ライブハウスの店長たちが面白がってくれて、街の合同企画みたいなことができてうれしかったですね。

空白ごっこ

対バン相手によって形を変える

──ツアー初日は空白ごっこにとって初ライブでもありますよね?

針原 はい。これだけ風呂敷を広げといて、ライブ自体がコケたらしょうがないので、今は1つひとつ丁寧に練習を重ねているところです。僕とkoyoriくんはコンポーザーという立ち位置なので、ライブのときは基本的にはステージに上がらようにしようかなと考えていて。対バン相手としてバンドやシンガーソングライターなどいろんな活動形態の方をお呼びしているので、それに合わせて僕らを含めないバンド編成だったり、以前のライブと同じようにkoyoriくんとセツコさんのアコースティック編成にしたり、いろんな形で空白ごっこを堪能してもらおうかなと思っています。

──てっきり針原さんやkoyoriさんも毎回ステージに上がるものだと思っていました。

針原 出ようと思えば出れるんですけど、餅は餅屋と言いますか、バンド仲間に任せようかなと。ボーカリストをセツコさんが務めるのは変わらないけど、ほかのメンバーは流動的な形にしようかなと。ライブを開催するにあたって、空白ごっこというユニットのチームを少し大きくしたい欲もあるんです。今までは僕とkoyoriくんが曲を作って、セツコさんが歌う3人組のように見えていたかもしれないけど、そこにステージ上での空白ごっこという新しいイメージを加えようと考えています。人によってはライブの現場で観るバンド編成が「空白ごっこ」のイメージとして強く残るかもしれないだろうし、受け取り手によって違うイメージを持ってもらう余地を持ったユニットにしたくて、当日の演奏をいろんな方に委ねる形にしています。もちろん、ライブによっては僕やkoyoriくんもステージに立つタイミングもありますよ。

──2年前のライブのようにkoyoriさんとセツコさんが一緒にステージに立つ機会も……?

針原 もちろんあります。

koyori 当時はまだ空白ごっこの曲がなかったから僕のボカロ曲を歌ってもらってたんだけど、今回はセツコさんと僕で空白ごっこの曲を演奏できるのがうれしいですね。いったいどんな気持ちで演奏できるのか、今から楽しみです。2年前とは違った緊張をするんだろうなあ。

セツコ 絶対私のほうが緊張してますよ。空白ごっことして自分の持ち曲を人前で披露するのが初めてなので、今はどう表現するのが一番伝わるのか、いろんなライブ映像を観て勉強しているところです。緊張するとモジモジしちゃうタイプの人間なので、せっかく観に来てくれた人たちをガッカリさせないように気を引き締めています。

──同じ街でライブを繰り返すからには、空白ごっこのパフォーマンスにもある程度の変化が求められると思います。

針原 もしかしたら何度もライブを観に来てくれる人がいるかもしれないから、編成を変えてライブをする以外にも変化は付けていこうと考えています。僕ら以外の要因としてはライブハウスが変わることで、ライブの表情はけっこう変わるんじゃないかと期待していて。ステージの鳴り方、ステージの大きさ、ステージの高さなど、それぞれ箱のキャラクターが違うのでライブの見え方が自然と変わってくると思います。

koyori セツコさんの成長も必ずあると思うし、2カ月で全然違うバンドになっているかもしれない。

針原 同じ街でやるから、観れるときに来てもらう形で構わないんですが、いろんな箱を見比べるいい機会とも言えるので、複数回観に来てもらっても楽しめるツアーになっていると思います。全部下北沢でやるツアーなんて、おそらく今回しかできない試みだと思っているんです。コロナ禍だからこそ生まれた発想だし、これから先で何回もやれるものじゃない。逆に言えば、次は僕らが全国各地へ会いに行くツアーを計画しないといけないので、まずは僕らのホームである下北沢でのライブを目に焼き付けてほしいと思っています。