映画「神は見返りを求める」公開記念 セツコ(空白ごっこ)×岸井ゆきの×𠮷田恵輔 鼎談

空白ごっこが、6月24日公開の「神は見返りを求める」で初の映画主題歌を担当する。

「神は見返りを求める」はムロツヨシと岸井ゆきのが出演する、𠮷田恵輔監督のオリジナル作品。主演のムロ演じる“神”のようにお人好しな主人公・田母神尚樹が、岸井演じる底辺YouTuber・ゆりちゃんを手伝いながらよきパートナーになっていくが、ある出来事をきっかけにその関係が豹変してしまう。空白ごっこは映画のための書き下ろし曲として主題歌「サンクチュアリ」と挿入歌の「かみさま」の2曲を提供。「かみさま」は田母神とゆりちゃんが距離を縮める重要なシーンで、「サンクチュアリ」はさまざまな解釈の余地がある物語のエンドロールで使用されている。

映画の公開を記念して音楽ナタリーでは𠮷田監督、出演の岸井、空白ごっこのセツコによる鼎談をセッティング。監督が“エモい音楽ありき”で作り上げたシーンに空白ごっこが書き下ろした「かみさま」の映画内での役割についてや、本来発注されていなかった主題歌「サンクチュアリ」の制作秘話など、音楽を切り口に映画の見どころを語り合ってもらった。

取材・文 / 倉嶌孝彦撮影 / 前田立

「とにかくエモい曲をこのシーンに」

──今作は𠮷田監督のオリジナル企画と伺いましたが、どういうきっかけからこの作品が生まれたんでしょうか?

𠮷田恵輔 発端となったのは“恩を仇で返す女と見返りを求める男”の話をやりたいなというアイデアでした。例えばミュージシャンと音楽プロデューサーとか、描く内容はなんでもよかったんですが、いろいろ考えた末にYouTuberの女の子とそれを応援する男の話がいいかなと思って。それはなぜかと言うと、YouTubeやSNSに対して危ないところがあると思っていたことと、YouTuberだったらお互いの罵り合いを全国民に見せることができるだろうなという演出上の理由が大きいですね。“恩を仇で返す女”に(岸井)ゆきのを選んだのは、「銀の匙 Silver Spoon」(2014年公開の映画)を撮ったとき、生徒役の中で彼女が一番上手だなと思っていたから。いつか一緒に作品を作りたいとずっと言っていたんだけどなかなかチャンスがなくて、この作品ではちょうどゆきののいいところが出そうだと感じたので、声をかけてみました。

左からセツコ(空白ごっこ)、𠮷田恵輔、岸井ゆきの。

左からセツコ(空白ごっこ)、𠮷田恵輔、岸井ゆきの。

岸井ゆきの 脚本を読ませていただき、序盤はとてもかわいらしい青春映画ですけど、後半になるとどんどん人間の醜い部分が出てくるような内容になっていて「私の好きな𠮷田監督作品だ!」と思いました(笑)。

セツコ(空白ごっこ) 女性の二面性が表れているというか、演じるのが難しい役柄じゃないですか?

岸井 難しい役だとは思いましたが、それよりも「楽しみ!」という思いが勝っていたんですよね。演じるにあたって「どうしてこの子はこうなんだろう」と疑問に思う部分がなかったんですよ。それは主人公のゆりちゃんに限らず、どの登場人物に対してもそうでした。「欲しいもののために道徳を捨てたらこうなるよね」って思いましたね。

岸井ゆきの

岸井ゆきの

セツコ 主題歌担当に私たちが選ばれたのはどうしてだったんですか?

𠮷田 正直に言うと、僕は音楽の知識が全然ないから主題歌を誰にお願いしていいか全然わからなくて(笑)。この映画で言うと「とにかくエモい曲をこのシーンで流したい」という気持ちが強かった。そんな話をいろんな人に相談していたら、空白ごっこさんを紹介していただいて。試しにいくつか曲を聴いてみたら、僕が撮ってた映像とすごく合いそうなエモさを感じたんですよね。

セツコ 監督のお名前はもちろん知っていましたし、ゆきのさんのことも知っていたからこそ、声をかけていただいたときは驚きました。勝手な話なんですが、𠮷田監督の作品のイメージから、すごく癖のある監督像をイメージしていてすごく身構えていたんです。でも実際にミーティングでお話しさせていただいたらものすごく物腰が柔らかくて、楽曲の発注に関しても「自由にやってほしい」と言っていただけたので、すごく肩の荷が下りたのを覚えています。

セツコ(空白ごっこ)

セツコ(空白ごっこ)

「かみさま」は「君の名は。」で言う「前前前世」

──ミーティングの際にどんな話をしたんですか?

𠮷田 僕がイメージしていたのは、「君の名は。」で「前前前世」が流れるシーン。「君の名は。」では美少年と美少女の2人がそれぞれの場所で充実した時間を過ごすシーンなんだけど、「神は見返りを求める」は片方がおじさん(ムロツヨシ)だから、ちょっとキャスティングを間違えちゃった、みたいな(笑)。ゆりちゃんと田母神の関係性って歳の差もあるし、テンポよく話が進むとお客さんがついて来れない可能性があって。かと言ってそこを丁寧に描いちゃうと尺が足りないから、何か1曲を流しながらいろんなシーンをハイライトで見せたくて、空白ごっこさんに“エモくて疾走感のある挿入歌”を発注しました。

岸井 「かみさま」が流れるシーン、いろいろなロケ地に行って、撮影が本当に楽しかったんですよ。でも映画ではハイライトになっているからとてもカットされていて、各シーン2秒ずつくらいしか映らないんです(笑)。

𠮷田 思い出が詰まってるよね。

岸井 しかもそこに空白ごっこさんの曲が流れてくるので、思い出がさらに美化されて、「私たちの思い出に曲が付いた!」と思いました。

映画「神は見返りを求める」より。

映画「神は見返りを求める」より。

𠮷田 セツコさんの声はちょっとはかなげというか、どことなく悲しさを含んでいるようにも聞こえるんですよね。だからこの映画がただのハッピーエンドでは終わらないぞ、という要素を含んでいるのもすごくよかった。歌詞はセツコさんが書いたんですよね?

セツコ はい。編集段階の映像を観させていただいたんですが、私にはこの物語がラブストーリーであるという認識がなくて(笑)。「かみさま」という挿入歌はまだ物語に暗雲が立ち込めていない、2人が一番幸せであろうときに流れる曲なんです。そうは言ってもここでただハッピーな曲を流すわけじゃなくて、そこから先で描かれる物語の顛末とも帳尻を合わせなければいけないから、ただ幸せなだけな歌詞にはしたくないし、あまりにも言葉で何かを表現しすぎてもいけない。そもそも2人の関係性が恋愛対象とも言えない曖昧な部分があるから、いい意味で中途半端な歌詞にすることを心がけました。

𠮷田 映画で流れたときにはスッと聴けるから、音源だけを改めて聴くと「こんなこと歌っていたんだ」って発見があると思う。それと映画では尺の都合で編集されちゃっているんだけど、オリジナルの音源のイントロが好きなんだよね。すごく気持ちいい曲の始まり方なんだけど、映画の展開に合わせるにはちょっと調整する必要があったのが残念で。もしこの曲をもらってから撮影ができたら、また違う撮り方ができたんだろうなあ。