「人生にシナリオはいらない」ソロデビューから2年、工藤晴香が1stフルアルバム「流星列車」に託した思いとは

工藤晴香が1stフルアルバム「流星列車」をリリースした。

2020年3月にソロアーティストデビューを果たして以来、声優としても第一線で活躍しながら2作のミニアルバム、シングル、リミックスアルバムとコンスタントに作品を発表してきた工藤。自ら手がける独特の言語感覚を駆使した歌詞世界と、ラウドロック×エレクトロの音像にキュートなクリアボイスが絡み合う特異なサウンド感によって、ほかに類を見ない声優アーティスト像を打ち立ててきた。

そんな彼女がついに完成させた初のフルアルバムは、「列車、乗客、人生、旅」をテーマに紡がれた12編の物語で構成されている。幼少期から洋楽ロックをはじめとするさまざまな音楽に親しんで育ち、フルアルバムというフォーマットに強い思い入れを持つ彼女が、本作にどんな思いを詰め込んだのか。たっぷりと語ってもらった。

取材・文 / ナカニシキュウ撮影 / 竹中圭樹(ARTIST PHOTO STUDIO)

リミキサーを探すのが大変なんです

──「流星列車」のお話に入る前に、今年1月にリリースされた初のリミックスアルバム「KDHRemix」(くどはるりみっくす)についても少し聞かせてください。

おおー。リミックス盤についてメディアでお話しするのは初めてですね。

「KDHRemix」通常盤ジャケット

「KDHRemix」通常盤ジャケット

──前回のインタビュー(参照:音楽の魔法って本当にあるんだ……工藤晴香とナユタン星人が語る「MY VOICE」リミックスの裏側)で「リミックス盤を出してみたい」とはおっしゃっていたんですけど、正直まさか本当に出るとは思っていなくて(笑)。

私も実現するとは思っていませんでした(笑)。出せてうれしいです。

──リミキサーの人選は、「MY VOICE」と同じく今回もレーベル主導で?

「GROOVY MUSIC TAPE」のいよわさんと「君へのMHz」のtofubeatsさんは私のチョイスですね。「Memory Suddenly」の☆Taku Takahashi(m-flo、block.fm)さんに関しては、事務所の人がお知り合いだったので「ぜひお願いしたいです!」と言ってつないでいただきました。私自身、昔からよくm-floさんの楽曲をカラオケで歌っていたもので。

──いよわさんはともかく、トーフさんも工藤さんのご指名だったんですね。ちょっと意外な気もします。

tofubeatsさんの楽曲は以前からいちリスナーとしてよく聴いていたんですよ。リミックスアルバムを出せることになって「どなたにお願いしようか?」となったときにスタッフさんから「声優、アニメ業界とはかけ離れたところで誰かいない?」と聞かれて、パッと思い付いたのがtofubeatsさんだったんです。それでオファーしてみたら、なんとご快諾いただけて。結果、期待通りというか「こういう感じになるんだろうな」と思っていた通りのテイストに仕上げてくださって、満足度マックスレベル100みたいな。最高ですね。

──今後もリミックスのシリーズは続いていく感じになるんですか?

やりたいとは思っているんですけど……何しろリミキサーを探すのが大変なんですよね(笑)。いよいよ外国人クリエイターも視野に入れないといけなくなってくるかなって。

──個人的には「流星列車 Remix」もぜひ聴いてみたいです。

私も聴いてみたいですけど……絶対大変だと思いますね(笑)。

工藤晴香
工藤晴香

理想のアルバムは「American Idiot」

──そして今回、待望のフルアルバム「流星列車」が完成しました。まずタイトルが超カッコいいですね。

わあ、ありがとうございます!

──これは「銀河鉄道」を言い換えたもの、という解釈で合ってますか?

それに近いですね。田舎を走る機関車というよりは、「銀河鉄道999」のような宇宙を走る列車をイメージしていたので。アルバムのテーマ性として「列車、乗客、人生、旅」というのが制作中ずっと頭にはあったんですけど、それを1つの言葉に集約させてタイトルにするというのがめちゃめちゃ難しくて……確か、最初は「銀河列車」にしようとしたのかな。でも、同じような言葉を使っている人がすでにいたのでやめて、改めて歌詞を見返したときに「流星」という言葉をよく使っていることに気付いたので「流星列車」にしました。

──その「列車、乗客、人生、旅」というテーマを設定したのはどういう経緯で?

もともと沢木耕太郎さんとかの旅行記を読むのがすごく好きで、最初はそういうものをイメージしていました。本当は「1つの物語をアルバムという形で表現したいな」と思っていたんですけど、それがけっこう大変で。時間も相当かかりそうだし、その手法は今後に取っておくことにしたんです。それで「どうしよう?」と考えていたときに1曲目の「旅立ち」ができたので、「これをベースにいろいろ広げていこう」というところからテーマが固まっていった感じですね。

──「Cry for the Moon」と「Under the Sun」に関しては、そのテーマが生まれる前からあった曲ですよね。これらをどう収めるかで苦労したりは?

その2曲は「旅」というテーマからはちょっと離れるんですけど、「人生」という部分ではアルバムにとって重要な曲になっているんですよ。「Cry for the Moon」は1つの場所にとどまってもがき続けている人が主人公なんですけど、対照的に「Under the Sun」では羽ばたいているので、うまく配置すれば人生を表現できるかなって。だから、この2曲は極力離して置きたいなと思っていました。

──ちょうどその2曲が序盤と終盤の山場を作っている感じですよね。全体の曲順を決めるのは大変でした?

大変でした(笑)。1曲目の「旅立ち」とラストの「Tread this Earth」だけは最初からこの位置と決めていたんですけど、あとの曲に関してはパズルのように何通りも組み直しては聴いてを繰り返して……でも、思ったよりすんなり決まった気はしますね。ストーリー的にも音楽的にもスムーズな流れになるよう調整していったら、自然とこの並びになった。むしろ今までのミニアルバムのほうがもっと大変でしたね。

──これまで以上にまとまりのある作品として表現できた手応えがあるわけですね。

そうですね。単にいい曲を集めただけみたいなアルバムよりも、テーマの一貫している作品が私は好きなんだなということに気付いたんですよ。「このアルバムのこの曲は好き」というものはたくさんあるけど、「全編を通して好き」と言えるアルバムが意外と少ないなって。

──最近になって気付いたということですか?

今回は初のフルアルバムということで、制作にあたっていろんな方のアルバム作品を改めて聴き直してみたんです。そこで、私にとっての1つの理想型だと思えたのがGreen Dayの「American Idiot」だったんですよ。組曲とかも入っているコンセプトアルバムで、“ロックオペラ”とか“パンクオペラ”って呼ばれている作品なんですけど。

工藤晴香

──流れで全部を聴かないと本当の意味で聴いたことにならないタイプのアルバムですね。ブツ切りで聴いちゃうと意味がなくなるというか。

そうそう、そうなんですよ! 「流星列車」はそこまでガチガチのコンセプトアルバムという感じではないんですけど、通して聴いたときに一番「最高!」と感じてもらえるものにしたかった、というのはありますね。ずっとそういう作品を好きで聴いてきたから、それが1つの価値基準として血肉化しているんだと思います。

──やはり“アルバム”というフォーマットに強い思い入れをお持ちなんですね。

本当にフルアルバムという形でリリースできるのはうれしいです。ミニアルバムだったらここまで表現できなかったでしょうね。今はサブスク全盛の時代ですけど、やっぱりアルバムとして曲順通りに全曲聴いてもらいたい思いは強いんですよ。要求しすぎかもしれないですけど(笑)、「『No scenario』からの『Under the Sun』の流れ、最高だよね」みたいな聴き方をしてもらうのが理想ではあります。もちろん、この“旅”の中でのお気に入りを1曲見つけてもらうような形でも全然ありがたいですけどね。