「人生にシナリオはいらない」ソロデビューから2年、工藤晴香が1stフルアルバム「流星列車」に託した思いとは (2/2)

工藤が理想とするロックスター像

──今作もいつも通り、すべての楽曲で工藤さんが作詞を、平地孝次さんが作編曲を手がけています。ただ今回はフルアルバムということもあるので、工藤さんが作曲した曲もあるんじゃないかなと個人的に期待していたんですけども。

作曲は、今回はいいかなって(笑)。スタッフさんからも「作曲する?」とは聞いてもらったんですけど、スケジュール的に難しかったということもあり……もちろんせっかく始めたことではあるので、「Magic Love」(2020年10月発売の2ndミニアルバム「POWER CHORD」収録)1曲だけじゃなく今後も少しずつやっていけたらいいなとは思っています。

──作曲をしたい思い自体はあるわけですね。

そうですね。ただ私は平地さんの作る曲がすごく好きなので、そこで満足しているのはあるかもしれないですね。平地さんに任せておけば間違いないんで。

──作詞の面で苦労した曲はありました?

「No scenario」はめっちゃ苦労しました。楽曲の作りがムチャクチャすぎて(笑)、メロが全部違うっていう……まあ、そうオーダーしたのは私なんですけど。

──自業自得(笑)。

「次々に違うメロが出てくる感じで作ってほしい」と言ったら、本当にそういう曲が上がってきて(笑)。繰り返しがほぼないんですよ。展開もテンポも目まぐるしく変わっていくから、歌詞としてのまとまりを持たせるのがすごく大変で。

工藤晴香

──展開の多い曲は平地さんの得意分野ですし、“筆が乗る”んでしょうね。

最初どうしても3割くらいまでしか書けなかったので、プリプロでは残りを「ラララ」で歌って乗り切って、そこから2カ月くらい放置しました(笑)。でも2カ月寝かせたのち、さすがに催促されるようになったので「そろそろ逃げずに向き合わないとダメだ!」と書き始めたら、なぜかわーっと書けちゃったんですよ。煮詰まったときは無理に書こうとするばかりじゃなく、一旦、置いとくのも大事なんだなと思いました。

──その「No scenario」ですけど、なかなか挑戦的な曲ですよね。役者でもある工藤さんが「シナリオはいらない」と歌っているという。

確かに(笑)。もちろんお芝居をするときにシナリオは絶対必要なんですけど、人生にはいらないかなって。「こういう人生を歩んでいきたい」と綿密にプランを立てたところで、まずその通りにはいかないじゃないですか。

──そもそも「役者として生きていく」ということ自体、工藤さんの人生のシナリオにはなかったものですしね。

なかったですね。音楽活動もそうです。

──この曲に限らず、そういう姿勢はほぼ全曲に通底しているテーマのようにも感じます。特に象徴的だなと感じたのは、「旅立ち」と「Tread this Earth」に「白紙」という言葉が共通して出てくるところで。

……ホントだ、使ってる! 自分では全然気付いてなかったです。

──アルバムの最初と最後の曲で印象的に使われているので、てっきり意識的にそうしたのかと思っていたんですが……。

無意識です(笑)。たぶん、“まっさら”が好きなんでしょうね。そこをどう埋めるか、何を描いていくのかというのが……それこそ歌詞を書くときも、最初は白紙ですし。

──もう1つ歌詞のお話で言うと、「ROCK STAR's Brand new song」はステージで歌うロックスターとオーディエンスの関係を描いた1曲になっていますよね。これは「ROCK STAR」(「POWER CHORD」収録)の続編という認識でいいんですか?

そうです。「ROCK STAR」で描いたロックスターの新曲ですね。これはこれで独立したシリーズとして今後も続けていけたらいいなという野望がぼんやりありまして。ゆくゆくは私の別人格じゃないですけど、このキャラクター主体の作品とかも出してみたいなって。

──それこそ「ROCK STAR」名義とかで?

「ROCK STAR(CV:工藤晴香)」みたいな(笑)。そもそも、このシリーズは「何かを演じたい」というところから始まってるんですよ。自分名義でソロ活動をする中で、全部の歌詞を“工藤晴香の言葉”として書くのも……もちろんいいなと思うんですけど、どこか“工藤晴香ではない部分”も見せたいという欲が出てきて。自分の中にはやっぱり役者の部分もあるので。

──工藤さんが理想とするロックスター像を描いて、それを自ら演じる喜びがあると。

そうです。私はここまで強い存在にはなれないんですよ。「Get up 君は悪くない 悪くないよ」とか、自分が言われたいことを書いて歌っている感覚ですね。だから歌詞に関しては、純粋な意味での私の言葉ではないんです。もちろん、ファンの人がこれを聴いて「くどはるが言ってくれている」と受け取ってもらってもそれはそれで全然よくて……めっちゃややこしいんですけど(笑)。

工藤晴香
工藤晴香

終わり方ひとつで作品の印象は変わる

──サウンド面では、「Tread this Earth」がちょっと新機軸ですね。これまでの工藤晴香楽曲は一貫して“エレクトロ風味のラウドロック”だったと思うんですけど、この曲は“ラウドロック風味のエレクトロ”というか。どちらかというとエレクトロに軸足がある。

平地さんには「ゴリゴリのエレクトロを」とお願いしました。でもちゃんとギターなどの生楽器も鳴っていて、デモが上がってきたときは「めっちゃ好き!」ってなりましたね。好きすぎて、「この曲を生かすも殺すも私次第か……」と思うとなかなか歌詞が書けなかったんです。制作の序盤にできてきた曲ではあるんですけど……。

──ヘタなものは書けないと。

そうなんですよ。でも「怖くて書けない」とは言えなかったから、「アルバムの最後に入れて“総括”する曲にしたいので、歌詞は最後に書いてもいいですか?」と伝えてうまく逃げました(笑)。ただ、いざ最後の段階になっても結局「総括とは?」という気持ちになって、すごく苦しみましたね。「No scenario」とはまた別の意味で。

──物語の終わらせ方って難しいですもんね。

終わり方ひとつで作品の印象ってめちゃめちゃ変わるので。これまでのミニアルバムがわりとハッピーエンドっぽい終わり方をしていたので、今回は余韻や切なさを意識しました。

──実際、「Tread this Earth」はいわゆるハッピーエンドの形ではないですよね。もちろん最終的に希望を歌ってはいるんですけど、描かれている状況としては……。

結局「君」と「僕」は離ればなれのままなので。

工藤晴香

──含みを持たせて終わる物語がお好きなんですか?

それはあると思います。「2人がくっついて、幸せになりました! ハッピーエンド!」みたいなお話もエンタメとしてはすごく好きなんですけど、その先を想像したくなるようなエンディングのほうが好きかもしれないです。

──例えば「あの終わり方はよかった、理想的だった」という作品を何か挙げられたりします? 急に言われても困るとは思いますけど(笑)。

えー、なんだろう……(しばし考えて)あ、思い出しました! 北野武監督の「キッズ・リターン」ですね。「まだ始まっちゃいねえよ」というセリフでバンッと終わるので、「マサルとシンジはこれからどうなるんだろう? 幸せになったのかな?」「それとも、別の道を歩んでうまいこといってるのかな?」といろいろ想像できるところがいいんです。まあ、あの映画は続編も作られていますけど、それは置いといて(笑)。ラストが好きな物語というと、私の中では「キッズ・リターン」になると思いますね。

──なるほど。今作「流星列車」もまさにそうですよね。アレンジ的にも少し不穏な音で終わっていますし、まだ続きがありそうな感じがするというか。

そうかもしれないですね。そこは完全に平地さんの仕事ですけど(笑)。

どこへ行く列車なのかがわからないように

──アートワークもすごく凝っていますね。工藤さんが「こういう世界で撮りたい」と?

はい。デザイナーの木村(豊 / Central67)さんに「ウォン・カーウァイ監督の『花様年華』のようなテイストで撮りたいです」とお伝えして、参考写真をバーッと送って。最初は寝台列車の食堂とか駅の待合室みたいな雰囲気がいいなと思っていたんですけど、なかなかそういう場所がなくて、最終的にはそれっぽいバーで撮影しました。写真もすごく気に入っていますし、ロゴも含めたアートワーク全体が最高の仕上がりになりましたね。

「流星列車」初回限定盤ジャケット

「流星列車」初回限定盤ジャケット

「流星列車」通常盤ジャケット

「流星列車」通常盤ジャケット

──やはりちょっと「銀河鉄道999」のテイストも感じます。

もちろん「999」はすごく好きなので、ぼんやり影響は受けてるかもしれないですね……それこそ、最初はメーテルみたいな格好をしようかとも考えたんですよ(笑)。でも、それだとただのコスプレになっちゃうと思って。

──確かに(笑)。

現実感のなさを出したかったんです。「この列車、箱根に行きそう」みたいな世界観ではなく(笑)、「具体的にどこへ行く列車なのかがわからないようにしたい」という思いはありました。

──そうしてフルアルバムが完成したことで、持ち曲の数が一気に増えましたよね。これまでのワンマンライブでは基本的にリリースした曲を全部披露していましたけど、おそらく今後は“やらない曲”が出てくるでしょうね。

そうなんですよ! 寂しい……。でも、約2年間で24曲できたということなので、それはすごいことだなと。そうなってくると、やっぱり「ツアーを回りたい」という願望につながってきますね。日替わりメニューで「大阪ではこの曲やるけど、愛知ではこっち」とか。

──昨年は待望のソロワンマンを4本ほど経験されましたよね。そろそろ「もっとこういうことができそう」だったり、新たにやってみたいことも出てきているのでは?

これまではわりとストイックなバンドのライブという感じでやってきたんですけど、そこに例えば朗読劇だったり、演劇的な要素を取り入れてみても面白いんじゃないかなと思っています。ちょうど先日「少女☆歌劇 レヴュースタァライト -The LIVE エーデル- Delight」というミュージカルをやらせていただいたところでもありますし。

──確かに本業が声優さんなわけですし、音楽以外の要素が入ってくるのもファンはうれしいでしょうね。

あと、以前デイヴィッド・バーンの「アメリカン・ユートピア」を映画館で観たんですけど、シンプルな舞台で楽器隊やダンサーが入れ代わり立ち代わり転換しながらアルバムをトータルで表現するコンセプト強めのショーになっていて、それがすごい衝撃で。今やっている自分のライブスタイルとは真逆なんですけど、そういう一風変わったライブもいつかやってみたいですね。

工藤晴香

──なるほど。例えばですけど、ライブハウスではストイックにやりつつ、ホールや劇場ではコンセプチュアルにやるような2軸でやっていっても面白いかもしれないですね。

そうですよね! 現時点ではただの妄想ですけど(笑)。

──作品作りのほうで何か挑戦してみたいことはありますか?

最初にお話しした「American Idiot」のようなコンセプトアルバムをいつか作ってみたいというのもありますし、声優として声の表現を突き詰めていくことを考えたときに……ビョークがほとんど声だけでアルバム(「Medulla」)を作ったりしていましたよね。あれをやってみたい欲がちょっとあります。アルバム全編それだとさすがにしんどいかなと思いますけど(笑)。

──そういう変化球の要望にも、意外と平地さんは応えてくれそうな気もしますね。

そうなんですよ。平地さんは何を要求しても「がんばります!」っていろいろ応えてくれるので、ありがたいです。

──外から見ていると、工藤さんと平地さんがそれぞれ新たなチャレンジを続けながら“アーティスト・工藤晴香”を高めていっている感じがしてすごくいいんですよね。どんどんタッグ感が増してきているというか。

そのあたり、平地さんがどう思っているのかも聞いてみたいですけどね。「この2年間を通して、どう?」みたいな(笑)。PassCodeさんをプロデュースしながらこちらでもたくさん曲を作ってくれて、よくブレないなと思います。すごいなって。

工藤晴香

ライブ情報

工藤晴香ワンマンライブ「Vogel」-Under the Sun- / -Cry for the Moon-

2022年5月4日(水・祝)東京都 チームスマイル・豊洲PIT
[第1部]-Under the Sun-
OPEN 14:00 / START 15:00
[第2部]-Cry for the Moon-
OPEN 18:00 / START 19:00

プロフィール

工藤晴香(クドウハルカ)

高校生時代からモデルとして活動したあと、2005年にテレビアニメ「ハチミツとクローバー」の花本はぐみ役で声優デビュー。その後も数多くのアニメに出演し人気声優としての地位を確立する。2016年からガールズバンドプロジェクト・BanG Dream!の氷川紗夜役を担当し、Roseliaのギターとしてライブ活動を展開。声優やアーティストのみならず、イラストレーターやデザイナーとしてもマルチに活躍する。2020年3月に全曲の作詞を担当したミニアルバム「KDHR」でソロアーティストとしてメジャーデビューを果たし、10月に2ndミニアルバム「POWER CHORD」をリリース。2021年7月に1stシングル「Under the Sun」を発表した。2022年1月に初のリミックスアルバム「KDHRemix」、3月に1stフルアルバム「流星列車」をリリース。