ラジオから流れてきたMaika Loubté
──「薄明」ではシンガーソングライターのMaika Loubtéさんをフィーチャーしていて、フランス語のボーカルパートがあります。KIRINJIの歌にフランス語が使われるのは初めてでは?
初めてです。この曲はフレンチエレクトロをよく聴いていたときにできた曲ということもあって、フランス語を乗せたらいいかも、と考えていました。そんな折に、ラジオでMaikaさんの曲を耳にして。その曲は英語と日本語だったのですが、両方ともきれいな発音だったので、すごいな、と思って調べてみたら日本とフランスにルーツを持っているということがわかった。しかも、大野さん(Buffalo Daughterの大野由美子)と一緒にHello, Wendy!というシンセユニットをやってることもわかって、面白いアーティストだなと思って声をかけました。
──断片的なイメージで構成される歌詞が映像的です。
Instagramとか自分の携帯の中の写真をいろいろ見ているような感じですね。薄明かりみたいなものをテーマにしたかったから、「誕生日の蝋燭」とかそういうぼんやりしたイメージの羅列がサビにつながるように作りました。雲の切れ目からフワッと光が出て、それまで気分が塞いでいたけど、それを見ていたら少し気持ちが和らいだ。そういったことを歌っています。
──それもまた、コロナ時代の心象風景という感じがしますね。続く「曖昧me」のリズムはブラジル音楽から?
いわゆるラテンポップのリズムです。ブラジルっぽくもあればキューバっぽくもある。プエルトリコ系の人たちは、みんなこのビートが好きみたいで。曲自体はボッサっぽいのですが、あまりブラジル寄りにならないようにしました。最初にタブラの音を入れたのは、いろいろやってみて一番収まりがよかったから。インドの楽器だけど、まあいいかなと。
──最近自分の年齢がわからない、という歌詞は中年の感慨って感じですね(笑)。
そう(笑)。40歳超えたくらいから、どうでもよくなってきた。誕生日を過ぎたのに忘れているような、まだ誕生日が来てないような。それで家族に「俺、いくつだっけ?」って聞いたりして。
──そういう、曖昧な感じとコロナで麻痺した日常感覚は、どこか通じるところがあるかもしれません。
コロナでさらに時間の感覚がわからなくなりましたからね。コロナの国内感染が広がって2年だけど、まだ1年しか経っていない気がするときがある。どこかで1年すっぽり抜けているような。
──わかります。コロナに入ってからの記憶が飛んでいるっていう話はよく聞きます。「気化猫」は沈み込むようなグルーヴが特徴です。
これはもともとファンクっぽい曲を作りたかったんです。Sly & the Family Stoneみたいにゆっくりとしたやつを。でも、やっているうちに全然スライじゃなくなった(笑)。
──言われてみればスライの「暴動」(1971年発売のアルバム)を思わせるところもありますね。
最終的にテンポ感だけ残りました。
──それにしても不思議な曲名です。このタイトルはどこから?
猫ってどんな隙間にも入るんですよね。だから「猫は液体なんじゃないか?」という論文を書いたフランスの学者がいて、イグ・ノーベル賞を受賞したんです。確かに猫って液体っぽいと思って、それを歌にしようと思ったのですが、そのままだと芸がない。液体ってことは蒸発もするんだな、と思って気化させることにしました。
──もしかしたら、飼われていた猫が天に召されたのかと思いました。
猫は飼っていますが、まだ元気です(笑)。この曲はフィクションで、気化するというのは、蒸発したのか、死んでしまったのか。そのあたりは自由に解釈してもらえれば。
「俺、この人とコミュニケーションできるのかな?」ぐらいの人がいい
──本作で唯一のインスト曲「ブロッコロロマネスコ」は、シンガーソングライター / パーカッショニストの角銅真実さんがマリンバとパーカッションで参加しています。
曲をアレンジしていく過程でピアノではつまらないと思って、それでマリンバを思い付きました。これまでマリンバ奏者をレコーディングに呼んだことがなかったので、ディレクターから角銅さんを紹介してもらいました。
──マリンバの音色のせいか、ちょっとフランク・ザッパっぽい曲ですね。
そう。最初はStereolabっぽいものをイメージしていたのですが、作りながら「ザッパっぽいな」と思っていました。
──この曲をクッションにすることで「爆ぜる心臓」がアルバムの流れにうまくはまっています。この曲ではラッパーのAwichさんとコラボレートしていますが、彼女を選んだ理由は?
主題歌を担当するにあたって、映画会社から誰かとコラボレートしてほしい、というリクエストがありました。それでこの曲だったらラッパーがいいんじゃないかなと思って。レコード会社から彼女を紹介してもらったのですが、聴いてみたらカッコよかったのでお願いすることにしました。
──RHYMESTER、鎮座DOPENESS、そしてAwichさんとヒップホップカルチャーを体現しているようなラッパーとのコラボが続いていますね。
コラボレーションは全然フィールドの違う人とやったほうが面白いんですよ。「俺、この人とコミュニケーションできるのかな?」ぐらいの感じの人とやったほうが。やっているうちに心が通じていくのが面白い。Awichと最初に会ったのはレコード会社の大きな会議室で関係者も大勢いて物々しい感じだったのですが、3回顔を合わせたうちの1回はリモートで。でも、なかなか彼女につながらないから一緒にいたプロデューサーのChaki Zuluさんに「どこにいるの?」ってテレビ電話で聞いてもらったんですよ。そしたら「沖縄のさとうきび畑です」って(笑)。彼女は車に乗っていたのですが、後ろにご家族もいて、窓の外は一面さとうきびで、思わず和んでしまいました。
──それは和みますね(笑)。この曲は映画の主題歌ということもあって、ほかの収録曲とは趣が違う派手な仕上がりです。石若さんのドラムも前のめりだし。
映画の世界観に合わせて作ったので「cherish」の流れとも違いますね。あと映画の予告にも使われるので、インパクトのあるものじゃなきゃいけない。石若くんには、Led Zeppelinの「Rock and Roll」のイントロのイメージで叩いてもらいました。
──そのインパクトがアルバムのクライマックス感を生み出しています。そして、ラストナンバーは、しっとりとした「知らない人」。これはピアノの弾き語りですか?
それっぽく聞こえますが打ち込みです。それにシンセベースを加えています。「爆ぜる心臓」は音像的に面白い仕上がりなので、それを引き継いだ曲を作りたいと思いました。それでジェイムス・ブレイクみたいな感じにならないかなと思って作り始めたのですが、いかにもな感じになってきて、途中でやめました。
──でも、ほんのりとジェイムス・ブレイクの面影が残っていますね。
曲の後半は空間的な演出をしていますからね。最初はギターを入れてみたりしたのですが、そうするとどんどん普通っぽくなっていく。ピアノとシンセベースだけのほうが歌の表情や楽器のリバーブがよく聞こえるので、ほかに楽器を入れなくても十分成立しました。
──歌詞はちょっと意味深な感じですね。
人のパーソナリティって1つではないですよね。例えば子供の頃、親と歩いているときに親の知り合いと会うと、親は自分が知ってるしゃべり方とか態度と全然違うふうになる。それを見て「誰この人?」と思っていました。
──わかります。自分が知らなかったパーソナリティが突然出てくる。
自分自身にもそういうところがあって、そういう瞬間に昔からドキッとするんです。それを歌にしてみました。恋人が浮気してるのかな?という読み方もできますが、もうちょっと広いことを考えながら作った歌です。
──このアルバムもKIRINJIの新しいパーソナリティと言えるかもしれませんね。ジャケットはマンガ家の西村ツチカさんとの作品とのコラボレーションですが、どういう経緯で?
西村さんには「Tarzan」の連載「ジム通いのメランコリー」の挿絵を描いてもらったのですが、そのときにいいなと思って。なんでこういうことを思い付くんだろうという絵なんですよね。それで昨年コンサートグッズの絵を描いてもらったりして、今回ジャケットに作品を使わせてもらいしました。それと今回ソロプロジェクトになって1発目のアルバムなので「この人がKIRINJIなんだよ」という意味で本人が出たほうがいいなと。でも僕の顔がボンと出ているだけだとつまらないので、デザイナーの大島依提亜さんに相談して、僕が西村さんの描いた世界に迷い込んだようなデザインになりました。
法人「KIRINJI」の社長兼社員として
──初めてソロプロジェクト体制でアルバムを作ってみていかがでした?
バンドのときと比べると好き放題できたところはありますね。バンドだと録ったものを差し替えることは簡単にできないんです。メンバーを尊重しなくてはいけないので。あと、「堀込高樹」名義ではなく「KIRINJI」名義でやる違いということも考えました。
──というと?
例えば「薄明」はMaikaさんが全部歌ってもよかったな、とか。今回レコーディングをしていて、「自分がフロントに立って歌わなくても成り立つんじゃないの?」と思う瞬間が何度かありました。「堀込高樹」名義のアルバムだったら、そうは思わなかった気がして。「KIRINJI」名義なら、僕が曲を書いて誰かに歌ってもらってもいいし、誰かが書いた曲を僕が歌ってもいい。これからは、法人として「KIRINJI」をやっていけばいいんじゃないかって思ったんです。
──KIRINJI=堀込高樹ではなく、1つの看板なんですね。
そんな気がしました。次は1人だけでやってもいいし、また新しいメンバーとやってもいい。自分がフロントにいなくてもいいわけだから、やり方はこれまで以上にいろいろある。自分はKIRINJIという法人の社長兼社員、みたいな感じです(笑)。
ライブ情報
KIRINJI TOUR 2021
- 2021年12月7日(火)大阪府 なんばHatch
- 2021年12月15日(水)東京都 Zepp DiverCity(TOKYO)
- 2021年12月16日(木)東京都 Zepp DiverCity(TOKYO)
プロフィール
KIRINJI(キリンジ)
1996年10月に堀込泰行(Vo, G)、堀込高樹(G, Vo)の兄弟2人で「キリンジ」として結成される。1997年のインディーズデビューを経て、1998年にメジャーデビューを果たす。2013年に堀込泰行が脱退し、同年に新メンバー5人を迎えバンド編成の「KIRINJI」として再始動。2021年からは堀込高樹のソロプロジェクト・KIRINJIとして活動しており、12月に現体制初のアルバム「crepuscular」をリリースした。
KIRINJI (@KIRINJIOFFICIAL) | Twitter