キセル|変わらない、でも今までとはなんとなく違う20年目 キセル、20周年おめでとう。細野晴臣、斉藤和義、坂本慎太郎、中納良恵、曽我部恵一ら アーティスト15組から寄せられた祝福メッセージ

カクバリズム移籍

キセル

──ビクターを離れてからカクバリズムに移籍するまでの期間って、どれくらいでしたっけ?

豪文 2005年からの実質1年半くらいですね。ビクター時代から一緒にライブをやってもらってたエマさん(エマーソン北村)とPAの広津(千晶)さんにも自分たちから連絡して引き続き参加してもらって。たぶん、向こうも心配してくれてたんだと思うんですけど。

──ビクター時代に比べてライブの本数がすごく増えた時期で、エマさんを加えた3人で、地方にもあちこちライブに行ってましたね。

友晴 ビクター時代は、ライブの本数を絞って、プレミア感を出していこうという方針があったので、地方や小さい会場でもライブをやるようになったのはビクターを離れてからです。自分たちで新しくホームページを立ち上げて、ライブのオファーを直接受け付けるようになってから、「こういうオファーが来るんだ」ということにも気付きました。

──2人は、ちょうどインターネットが発達して一般的に定着していった2000年代の前半に、ビクター所属アーティストとして活動していたわけで。そういうリクエストがあったことも知らずにきていたのが、いざ所属を離れて蓋を開けてみたら、想像以上に要望が溜まってた、みたいなところはあったのかも。

カクバリズム移籍後初のアルバム「magic hour」(2008年1月)発表時のキセル。

豪文 そうかもしれないですね。その時期に、自分らが「面白そうやな」と感じたらそこに行ってライブするみたいな感じに慣れていったのはデカかったです。カクバリズムのノリもわりと同じ感じやから。

──角張渉さん(カクバリズム主宰者)との出会いは覚えてますか?

豪文 角張くんと初めて会ったのは、表参道のFABというライブハウスに湯川潮音ちゃんとSAKEROCKのツーマン(2005年9月8日)を観に行ったときでしたね。次のレーベルを探そうという気持ちもあって、その頃よく人の打ち上げに出てたんです(笑)。そこで角張くんが話しかけてくれて。当時僕が勉強してた、契約や原盤権とか印税のことを話してくれたのを覚えてます。

友晴 「アナログでインストを出しませんか?」って話が最初やったよね。僕はそのライブには行ってへんけど、帰ってきた兄さんからそういうことを言われたって話を聞いたのは覚えてる。

豪文 そのときはカクバリズムに入るという話にはならへんかったけど、角張くんは一緒にやるかどうかを考えてたんだと思います。

2007年6月に東京・渋谷クラブクアトロで行われたキセルとグッドラックヘイワによるツーマンライブのフライヤー。

──「うちでやりましょう」みたいな決定的な言葉はあったんですか?

豪文 ライブに来てくれるうちにだんだんそうなった感じやと思います。

──SHIBUYA AXで開催されたカクバリズムの5周年イベント(2007年12月1日)にキセルは出演していましたよね。その頃には翌年(2008年)の1月にアルバム「magic hour」をカクバリズムからリリースすることも発表されていました。

友晴 最初にカクバリズム関連のイベントに出たのはSAKEROCKのライブで、TUCKERさんとのスリーマンでした。確か渋谷のクラブクアトロでしたね(2006年1月12日)。

豪文 カクバリズム経由で「朝霧JAM」に呼んでもらったのも2007年やったと思うし。この時期から所属して、というのがはっきりしないんですけど、僕らより前にイルリメくんやニカさん(二階堂和美)がもうカクバリズムに所属していて。ニカさんとは彼女がポプラって名乗ってた頃に同じイベントに出たことがあって、そのとき買ったカセットをよく聴いたりしていて、線がまた交わるようでうれしかったし、なんだか不思議な感じでしたね。

──制作現場ではビクター時代との違いというか、カクバリズムらしさは感じました?

豪文 レコーディングの作業自体はウッチーさんと引き続き一緒にやっていたのでそんなに変わったところはなかったですけど、雰囲気の違いとして、風通しのよさみたいなものはある気がしましたね。

──今振り返ると、それまでインストバンド中心だったカクバリズムに、イルさん、ニカさん、キセルが加わって歌モノに向かうというか、「アダルト化する?」みたいな感じだった記憶があります。

友晴 ウッチーさんにも、カクバリズムに入ろうかと思ってるって話したら、「すっごいイケイケなレーベルだよ」って言われて(笑)。

豪文 そうやった。「大丈夫?」って言われて(笑)。レーベルがアゲアゲな感じやのに自分らはアゲられへんやろうな、と。でも、僕らはアゲアゲじゃないですけど、今もレーベルに居られてる。そこがカクバリズムの振れ幅というか。角張くんの好きなものの幅なのかなと思いますね。

20周年

──20周年を迎える今年は、カクバリズムに入ってから12年ということでもあります。オリジナルアルバムは「magic hour」(2008年1月)、「凪」(2010年6月)、「明るい幻」(2014年12月)、「The Blue Hour」(2017年12月)の4枚をリリースしてきました。アルバムごとにスパンは空いてるんだけど、裏ベスト「SUKIMA MUSICS」(2011年5月)やライブ会場限定のCDリリースがあったり、2013年、2015年と日比谷野音でワンマンライブをやったり、キセルは要所要所で毎年記憶に残ることをやってるなという感じがあります。

友晴 バリさん(角張)がいつもいろいろアイデアをもちかけてくれてるというのはありますね。

──キセルの不思議さでもあるんですけど、兄弟とはいえ、20年やってきてたら「この2年間くらいはぜんぜん会わずに別のことしてました」とかあっても普通じゃないですか。キセルにはそういう意味でもブランクを感じない。

キセル

友晴 そっすね。1、2週間会ってなくて電話とかせんと、だいぶひさびさって感じがするもんね。

豪文 そう?(笑) でも、ライブやって、新しい曲やアルバム作って、またライブやって、っていうのを途切れずにやらせてもらってるのはありがたいです。遅いペースですけど“この次”を更新していきたいという気持ちもずっとあるから、早いっていえば早かった20年ですね。今回、カクバリズム時代のベストを出すにあたって、やってきたことを改めて振り返ることができたのも新鮮でした。

──友晴くんはキセルの曲を聴き返したりします?

友晴 そうですね。ワンマンライブでやりたい曲を考えるときにけっこう聴き返します。

豪文 めっちゃ聴くよね(笑)。覚えてるやろ、とも思うんすけど。

友晴 いやいや、ちゃんと聴いて、雰囲気とか確認します。過去のリハ音源も聴いて「こういう感じでやってたんか」みたいに思ったり。

──今回のベストを聴いてふと思ったのは、キセルの曲って「あのとき自分はこうだった」みたいなことではなく、普通にキセル全体の魅力に集約されていくってことだったんです。曲とかサウンドが“ある時代”を象徴してないし、具体的な懐かしさにはならない。この感じって50周年でも1周年でも同じような気がするんです。

豪文 そうかもしれないです。時代性があんまりないという部分は、よくも悪くも自分らの曲にはあるなと思います。もちろん同時代の音楽からの影響もあることはあるんですけど。自分らが兄弟やからかもしれないんですけど、音楽の作り方にしてもこの2人が面白いなと思って落ち着くところがカテゴライズしにくいというか。「いいのかな? でもどうなんやろな?」という感じでも2人が面白いと思うんやったら、とりあえずやってみて、そこから考えていく。変わらずそれをずっとやってる感じですね。

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兄弟