片想いが4月21日にB面集「B my baby」をリリースした。
2003年頃に片岡シン(Vo, 三線)、MC.sirafu(G, Key, Tp)、issy(Key, Cho)の3人によって結成された片想い。現在はあだち麗三郎(Dr, Cho)、伴瀬朝彦(B, Cho)、遠藤里美(Sax, Cho)、大河原明子(Horn)、オラリー(Vo)を含む8人編成で活動している。「B my baby」は、彼らがこれまでリリースしてきたアナログシングルのB面曲や、代表曲「踊る理由」の7inchバージョン、DJみそしるとMCごはんへの提供曲「ジャスタジスイ」などをまとめたB面集だ。しかし、ライブでのキラーチューンが多数収録されており、ベストアルバムとも言える充実した1枚となっている。音楽ナタリーでは片岡、MC.sirafu、オラリーの3人にインタビュー。片岡が経営する東京・墨田区の銭湯「御谷湯」にて、B面集をリリースした経緯や、これまでのバンドの歩みについて話を聞いた。
また特集の後半にはアルバムタイトル「B my baby」にちなみ、片岡、MC.sirafu、オラリーの3人にそれぞれ“B面的な趣味やカルチャー”を紹介してもらった。
取材・文 / 下原研二 撮影 / 草野庸子 取材協力 / 御谷湯
このメンバーで続けていく
──まず本題に入る前に、2019年12月に片岡さんの舌がん発症というニュースがあって(参照:片想いのボーカル片岡シンが舌がん発症)、当時かなりショックを受けたのを覚えています。片想いはずっと続くバンドだといちリスナーとして思っていたけれど、もしかしたらそれが終わってしまうのかもしれないと。片岡さん自身は当時どんな心境だったのでしょうか。
片岡シン(Vo, 三線) 「え、がんっ!?」って感じでびっくりですよ。フロントマンが舌のがんになっちゃったわけだから。しかも当時はツアーを回ってる最中で、舌がんが発覚したのは名古屋公演の前日だったんですよ。そのライブは何事もなかったようにやり終えたんですけど、正直バンドの今後を考えるほどの余裕はなかったかな。
MC.sirafu(G, Key, Tp) ちょうど「2019年のサヨナラ(リリーへ)」の7inchを作ってるタイミングで、カッティングのためにメンバーの伴瀬(朝彦)と一緒に東洋化成に行ったんですよ。それで、ちょっと早く着いたから角打ちに入って1杯飲みながら、伴瀬と2人で「今後バンドどうしようか?」みたいな話をしたのを覚えてる。
片岡 シラフはその前にお見舞いにも来てくれて、僕が手術後うまくしゃべれなくなってるところも見てたからね。
MC.sirafu 僕たち、バンドを始めてもうすぐ20年くらいになるんですよ。今の8人体制になってから10年以上経っていて、周りのバンドが解散したり休止したりするのも見てきて。バンドを長く続けることが偉いわけじゃないけど、なかなかすごいことだとも思うんですよね。この10年間を振り返ってみても、メンバーが結婚して子供が生まれたり、東京から地方に移住したりとか、それぞれの生活に変化があって。そういう状況の中でも8人編成のバンドが同じメンバーで10年以上続けられているって、僕はそれはそれで1つの表現だと思う。だから今回の舌がんって病気は事実としては重かったけど、「このメンバーで続けていく」っていう思いは変わらなかったです。
──メンバー8人の代わりは誰もいないと。
MC.sirafu そう。これはバンドに限った話じゃなくて伴侶だったり友達だったりもそうだけど、自分が大切にしている人間の代わりはいないと思っていて。そこを補おうと思っても、もともとあったものは絶対に超えられないんですよね。僕らはメンバーの誰か1人でも欠けたらライブの誘いを断ることもよくあって、サポートを入れてまでやりたくないというか。だからメンバーが欠けた状態でもライブをやるなら単にサポートを入れるんじゃなくて、新しい一歩を踏み出すしかないと考えています。例えば今回はアルバムのツアーを発売に先駆けて今週末からやるんですけど、issyとえんちゃん(遠藤里美)は諸事情で出られないんですよ(インタビューは4月初旬に実施)。技術面で考えれば2人よりうまいプレイヤーはいるかもしれないけど、えんちゃんみたいにいいサックスを吹く人はいないし、issyみたいに片想いのカラーを担ってきた人の代わりはいない。だから今回は僕らとストーリーや関係性のある、ザ・なつやすみバンドのリズム隊の2人に入ってもらうことにして。
──リズム隊? 片想いのリズム隊は伴瀬さんとあだち(麗三郎)さんですよね。
MC.sirafu 伴瀬とあだちはシンガーソングライターで、なおかつなんでもできる最高のプレイヤーなので、今回はその2人に前に出てもらって、なつやすみバンドの(村野)瑞希ちゃんと(高木)潤さんにリズム隊としてサポートしてもらうことにしたんです。
片岡 ベースの伴瀬がキーボードを弾いて、ドラムのあだちがサックスを吹くっていうね。メンバーがいないのにライブをやるっていうのはさっきの話と矛盾してるかもしれないけど、今回はコロナ禍に打ち勝とうとしてるところもあって。やっぱりコロナっていうのは、メンバー全員にとってヘビーな出来事だったんですよ。その中でツアーの開催自体かなり悩んだけど、シラフからなつやすみバンドの2人を入れるって案を聞いて、この状況を無理くりにでも乗り切るのは面白そうだなと思ったし、そういう形でも片想いがライブをやるっていうのはお客さんにとってもうれしいことなんじゃないかと思ったんです。
MC.sirafu だから誰かの代わりはいないんですよね。昔、伴瀬が参加できないけど、ライブはやらなきゃいけないってことがあったんですけど、そのときは「伴瀬の存在を補うためには5人くらいサポート入れないとダメだ」という話になって(笑)。
片岡 ceroのメンバーや、吹奏楽部だったっていうだけの経歴の人とかに入ってもらってね(笑)。結果的に13人編成くらいになったのかな。
MC.sirafu その中に片想い加入前のオラリーもいたんですよ。で、そのライブでのオラリーの雰囲気がよかったから、みんなに「メンバーに誘おうと思う」と相談したら「別にいいんじゃない」みたいな感じで(笑)。だから“ピンチもチャンス”くらいに捉えているんです。何度も言うようにメンバーの代わりはいないけど、人生の関わりがある人たちと一緒にやってみようとか、形を変えていくことで新しい表現につながるんじゃないかと思ってます。
敷居が低いバンド
──コロナ禍の中の活動で言うと、片想いは昨年4月から12月まで毎週月曜に「片想いのインスタライブ」と題してトークやライブの模様をInstagramで配信していましたよね。これはファンとのつながりを意識してのことだったんですか?
片岡 インスタライブってお客さんのコメントをリアルタイムで見られるじゃないですか。それがただ楽しくて、僕としては「おもしろ! すごいテクノロジーだな」くらいのノリでやっていたんですよ。あと僕らは10年以上の付き合いになるけど、メンバー同士で話す機会ってそんなに多くないんですよね。ライブやリハーサルのときにはもちろん話すんですけど、コンスタントに発信するっていうのはあまりなくて。で、やってみたらグダグダしゃべってるだけの配信が面白くて。
MC.sirafu バンドと仲良しグループの違いって、バンドは表現者の集まりなんですよね。発信すること、自分たちの知らない人たちとつながるってことを止めたらバンドってマジで終わっちゃうんですよ。片想いの活動って本当にマイペースだし、ほかのバンドに比べたらライブの本数も少ないから、何かを発信してないと終わっちゃうなと思ったんですよね。だからあの配信はお客さんのためじゃなくて、うちらが救われたっていう感覚のほうが強かった。
片岡 うん。演奏したのは4、5回で、そのほかはずっとグダグダしゃべってるだけだったけど、それでも観てくれる方がいて、コメントでリアクションしてくれるのがうれしくて。今回ツアーをやる決断をしたのも、インスタライブで「ライブ観たい」って声を見ることができたからなんですよね。
MC.sirafu 僕たちは“敷居が低いバンド”だと言われることが多いんですけど、市井に近い目線で活動したいと思っていて。片想いというバンドが存在してる事実だけでみんなが安心するとか、笑えるとか、そういうところを目指してるんですよ。そんな音楽や表現を提供できたら素敵だなっていう気持ちでずっとやってますね。
B面集=人生
──ここからはアルバムについて聞かせてください。「B my baby」というタイトルから最高ですが、B面集を作れるくらいにシングルをリリースしていたことにバンドの歴史を感じました。そもそもなぜこのタイミングでB面集を出そうと思ったんですか?
MC.sirafu 片想いは2012年に「踊る理由」で初めて7inchを作ったんですけど、僕の音楽活動の中でもちゃんとしたリリースはそのときが初めてだったんですよ。自分たちの作品をレコードで出すことに憧れがあったし、いつかB面集を作りたいと思っていて。
──当時から構想があったんですね。
MC.sirafu そうそう。だから「踊る理由」をリリースしてからは「B面集を作るならこういう曲が入ってたらいいな」とか考えながらシングルに入れる曲を決めていって。
片岡 それで去年アルバムを出せるくらい曲数が貯まってきたんだよね。
MC.sirafu 本当は去年出そうかって話もあったんだけど、コロナ禍になっちゃって。
──なるほど。ちなみに、B面集の魅力ってどんなところだと思います?
MC.sirafu オリジナルアルバムはそのときのバンドのモードだったり、コンセプトや音楽性が反映されるものじゃないですか。でもB面集には、そのバンドの人生や、現場感みたいなものが表れると思っていて。今回のB面集にはCD化や配信はされてないけど、ライブの終盤やアンコールに演奏するようなメインの曲が多く入っているんですよ。僕はツアーを回ったりインスタライブもそうだけど、その積み重ねの中にバンドのストーリーがあると思っているから、「B my baby」は10年かけてできたベストアルバムみたいな感覚なんです。
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誰も売れてなかったけど、当時の空気感が詰まった「踊る理由」