いしわたり淳治|音楽を続けられるのは 努力を努力と思わない人

作詞するアーティストと職業作詞家の違い

──テーマ選びからすべて自分でやっていたバンド時代に比べて、クライアントの意向に合わせて書くというのは180度違う作業のような気がします。

本当に違うと思いますよ。アーティストは畑で野菜から育てているようなもので、その中から自分で選別して料理するわけです。でも作詞家は、クライアントが用意したテーマやトーン、マナーを受け取って、それをどうおいしく料理するかというシェフのような仕事なんですよね。一部の作業は共通しているけど、アーティストと作詞家が一緒かというとまったくそうではないと思います。極端な言い方をすると、作詞家は生き様がいらないというか。

──作詞家には作品だけあればいいということですか。

作品というか、テクニックがあるということが大事なんじゃないかと。印象的な体験があってそれを歌にするというのはアーティストの発想だと思うんです。僕の場合、同じようなことがあってもオーダーがなければ発表する場所がない。だから、そういう体験よりも技術があったほうがいい。より冷静になりますね。

──作詞家として「これで生きていく」と感じたのはいつ頃ですか?

2010年頃、少女時代が日本で人気になり、AKB48もブレイクして日本でアイドルブームが起こりました。それで一気に職業作家の時代になったんです。そこに自分がそれまで貯めてきた知識をうまくぶつけることができたのはラッキーだったと思います。2012年から少女時代やSHINeeなど、SMエンタテインメントのアーティストの作品をやらせてもらって、作詞家としても収入を得ることができるようになっていきました。

いしわたり淳治

──それまでの蓄積が重要だったという。バンド解散直後に職業作家の時代が来ても、同じようにはいかなかった可能性もありそうですね。

それはあると思います。2011年に東日本大震災があって、エンタメ業界が1年くらいピタッと止まったとき、過去の歌謡曲をゆっくり聴き直すことができたんですよね。自分の裁量で好きなものをずっと聴き続けられるなんて、デビュー以来なかったなと思いながら。そこまで音楽知識がない状態でデビューして、でも職業だからやり続けなくちゃいけない。自分の仕事がアイデアの自転車操業だと気付いていたんです。だから、あの1年は僕にとってすごく意味があって、音楽というものを再認識することができました。

──音楽以外にインプットを心がけているものはありますか?

僕はテレビですね。今は広く聴かれるものを作るフィールドが主戦場になりつつあるので、やはり世の中の温度感を知っておかなくちゃいけないと思っていて。僕は田舎の出身なので、流行が東京から伝わってくる時差をすごく感じていたんです。青森まで伝わる頃には、都会ではもう終わってたりする。唯一、テレビだけが同じ時間に同じものが届いていたんです。もちろん、今はテレビを観ない世代もいるのはわかっていますが、それでも日本の隅々までリアルタイムでチューニングしてるメディアはテレビなんじゃないかと思っているので、なるべく触れるようにしています。やはり時代を映す箱というか、どこまでいってもテレビの役割はあると思いますね。

あのとき初めてJ-POPを理解した

──サブカルチャー色が強いバンドをやっていたところから、より広い層を相手にするJ-POPを主戦場にするにあたって、何か変わったことはありますか?

作詞の仕事を始めたての頃、某化粧品のCM曲を依頼されたことがあって。オーダーされた通りに書いて提出したんですが、20回も30回もボツにされたんですよ。相手方は僕が降りるだろうと思っていたらしいです。でも、僕は折れなかったので、最終的にはある歌詞で着地しました。おそらく、そこにサブカルとJ-POPの境目があったと思います。そのときに初めてJ-POPを理解しました。

──その境目には何があるんでしょう?

「余計なシニカルはいらない」ということです。スタンダードなものをスタンダードに仕上げるというか。若い頃は、そういうものをバカにするほうが目立てるんですよ。だけど、あるところから上質なスタンダードを作れるようになる必要が出てくる。そこがなかなか渡れない川なんですよね。何回船を作っても沈没するんです。設計図を斜めから見ているので。だから自分の落ち度に気付かないんです。あの体験はすごく勉強になりました。二度と戻りたくないですけどね(笑)。

いしわたり淳治

──バンドの頃からタイアップなどいろいろあったと思いますが、著作権使用料のことを意識したのはいつからでしょうか?

バンドの初期には何もなかったですよ。ノンプロモーションでがんばっていたので。でも、最初のアルバムはそこそこ売れたので、その印税が入ったときですかね。

──職業作詞家になってからは、収入に占める著作権使用料の割合も増えたと思うので、権利に対する見方も変化したのではと思うんですが、いかがでしょうか。

あえて言うなら、自分という会社があって、1曲1曲が社員という感じなのかなと思います。自分の手を離れたところで曲たちが仕事してくれている感覚というか。

──その会社なら、どんな社員もクビにしなくてもいいですもんね。

そうですね。無限に抱えられる、大企業です(笑)。

──AIで生成された歌詞が話題になることもありますが、人が書く歌詞との違いはどこにあると思いますか?

あるテレビ番組でAIの研究者の方がおっしゃってたんですが、AIが出力した漫才の台本は面白くないそうです。なぜかと言うと、AIは恥ずかしがらないから。恥ずかしい気持ちがないと、スベっても怖くない。でも人は恥をかきたくないからがんばるし、新しい表現を考える。なのでAIが恥ずかしさを理解したら次のステージが来るのかなと思いますね。

──それまでは、作詞は人間のものだと。

ただ、先日「秋元康 × AI秋元康~AKB48新曲プロデュース対決~」を観ていたら、もうすぐそこまで来てるんだなと思いました(参照:秋元康とAI秋元康が対決、いい曲を作れるのはどちらか / 秋元康、AIに敗北)。どんなデータを食べさせるかによるんでしょうけど、精度高く詰めていったらすぐにクリアしてくるんだろうなと。でもAIがいい歌詞を書けるようになったら、人間はもっと違うことをするんだと思います。今までも制作の環境は技術の進歩によって変化し続けてきたので、面白がるしかないんじゃないですかね。

アーティストに“永遠を感じる”瞬間

──いしわたりさんはワーズプロデュース(アーティストの歌詞のプロデュース)もなさっています。作詞ともまた違った作業だと思うのですが、どういった観点から歌詞をプロデュースしているんですか?

書きたいこと、テーマについては「メイド・イン・自分」であってほしいんです。そのうえで、客観的に技術をあてがうようにアドバイスをする。「Aメロでこれくらい説明しないとサビが生きてこない」とか。おそらく作詞した本人は気付かないと思うんですよ。そういったことを実際にやってみせて、その人が表現したい世界に近付いたらいいなと。

──「売れる歌詞に変える」ということではなく。

本人が「ヒットさせたい」と言うなら、そういう方向のアドバイスを考えますよ。でも、それは言ってみれば味を濃くする作業なので、本人が望まないとできないですね。ナチュラル志向の料理に化学調味料をガンガン振りかけるようなことは、勝手にはやりません。

──あくまでもアーティスト本人のスタンスが重要なんですね。

曲はその人の持ち物なので。歌ったり演奏したりするときに気持ちが乗らない仕上がりにするのは、なるべく避けたいです。

──例えばCM曲の作詞だと「どれだけ世間に広がるか」に重きを置くでしょうから、やはりやることが全然違ってきますね。

そうですね。ワーズプロデュースはアーティストに寄り添う感じです。難しいのは、アーティストとレーベルの足並みがそろっていないときですね。オーダーが2つになっちゃうので。両者の関係は長く続くと思いますが、僕は言ったらよそ者なので、間に入って自由に言い合えるハブになるようなことをするときもあります。悪者になるのもいとわないというか。

──アーティストと接していて、「この人は音楽で生きていくだろうな」と感じることはありますか?

あると言えばあります。僕はそれを「永遠を感じる」と呼んでいます。その人が作っている音楽、あるいはプレイしている姿を観ていると、永遠にそれが続くような気がする瞬間があるんですよね。それが音楽に愛されているということなのかはわからないですけど。永遠を感じる人はいます。

いしわたり淳治

──先ほどおっしゃったような、バンド活動の夢の中を歩いているような感覚とは逆の、地に足がついた感じでしょうか。

無理して努力している人は、やっぱりどこかで破綻する日が来ると思うんです。だけど努力を努力だと思わないで、どんどん音楽的に挑戦していくような人なら、自分で自分に喜びやテクニックをずっと与え続けられるわけで。そういう人に会うと「この人は永遠に音楽をやるんだろうな」と思いますね。作っている音楽がいいのなら、それでずっと暮らせるだろうし。

──例えばメジャー契約が切れても、関係なく音楽をやり続けるだろうというような。

そうですね。あるいは、このテクニックや人柄を欲しがる人はいるだろうなと。周りがほっとかないですよね。

──「努力を努力と思わない」というのは、音楽で生きていくうえで重要な資質なんですね。

だからと言って、「明日から努力を努力と思わないようにしよう」とはできないんですよ。そう思ったということは意識して努力しているということなので。ある意味、努力を努力と思わない人が天才なのかもしれません。

職業音楽人として生きる秘訣

──職業音楽人として生きていく秘訣があるとすれば、どんなことだと思いますか?

答えになっているかわかりませんが、僕は小説をほとんど読んだことがない人生だったんです。でも、新聞とか雑誌のコラムは隅々まで読むタイプでした。「限られたスペースに対してマックスの面白さを配置する」というのが好きなんだと思います。小説だとスペースが広すぎて難しく感じる。曲の歌詞を書くというのも、それに近い感覚。スペースに対する文字のパズルというか。クライアントさんからオーダーをいただいて、それに合わせてワード、雰囲気、イメージがパズルのようにハマっていくと楽しいんですよね。ほかの人がどうかはわかりませんが、自分が作詞家に向いている理由はこういうことなんじゃないかと。

──やはり、向いていることをやるのに尽きるんですね。

おもちゃ屋で買ったんですけど、答えが何万通りもあるパズルがあって、最近それをずっとやっちゃうんですよ。何になるわけじゃないけど、本当にずっとやっちゃう(笑)。もちろんそれは努力でもなんでもなくて、そういう性格なんだと思います。作詞も、締め切りがなかったらずっと言葉のパズルをやってるかもしれないですね。

──音楽を仕事にするうえでは、締め切りは大きなファクターですよね。

逆に言うと、僕は締め切りを99%守ってきました。それは、ずっとやっちゃうからなんですよね。さっきのパズルじゃないですけど、メロディに対する言葉の収め方は1つじゃないから、ある程度収まったら人に聴かせてみようと思うんですよ。クライアントさんの要望からあまりにもはみ出てたなら、もう1回やればいいだけなので。

──最後に、今の音楽業界の中で、作詞家という仕事に夢はあると思いますか?

あると思いますよ。僕が志した頃より今は作詞家にもちゃんと仕事がある時代だと思います。たまに作詞の講義をやらせていただくんですけど、聞かれたらなんでも答えるようにしています。若い人たちに自分の経験やテクニックを種のように蒔いたら、もっといい花が咲くかもしれないですからね。

いしわたり淳治

プロフィール

いしわたり淳治(イシワタリジュンジ)

1977年生まれ、青森県出身の作詞家 / 音楽プロデューサー / 作家。1997年にロックバンドSUPERCARのメンバーとしてデビューし、全楽曲の作詞を担当する。2005年のバンド解散後は、Superfly、Little Glee Monster、King & Prince、少女時代、SMAP、関ジャニ∞、Hey!Say!JUMP、DISH//、TOMORROW X TOGETHER、矢沢永吉らの作詞、チャットモンチー、9mm Parabellum Bullet、flumpool、ねごと、NICO Touches the Walls、GLIM SPANKYらのプロデュースを手がける。現在までに700曲以上の楽曲制作に携わり、数々の映画、ドラマ、アニメの主題歌も制作。執筆活動も行っており、著作に20万部発行の短編小説集「うれしい悲鳴をあげてくれ」、エッセイ「次の突き当りをまっすぐ」「言葉にできない想いは本当にあるのか」がある。2021年に新ユニット・THE BLACKBANDを結成し、そのメンバーとしても活動中。